外伝 バスカヴィルの魔犬【後編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。
前編→ https://privatter.me/page/6596ce95596b9
中編→ https://privatter.me/page/6598c6d08eaa3

ついに後編です。クソ長いです。これで終わりなのでお付き合いいただければ~。頑張ってミステリっぽくしていますが、ガチでミステリ書いてる人が読んだら怒りそうだな…とちょっと思っています。概要欄に色々書いたら余計なネタバレしそうなので黙っとこうね~~。
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スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さまのお名前や一部語録などをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。


***

__同刻
アスコット ハイドノーブル邸



フィニア・バスカヴィルは見知らぬ天井を見ていた。ゆっくり体を起こして周囲を確認する。調度品の類は簡素なものが多い。飾り気もない。バスカヴィル邸のような歴史の重みは無く、最近の建築方法によって建てられた住宅であることはすぐに分かった。布団をはいで、床に置かれていたスリッパを履き室内をさらに確認する。
妙な物を仕掛けられている気配、無し。魔術的な拘束力、無し。つまりここは安全である。フィニアはそう結論付けた。

「お。目ェ覚ましたみたいだなァ」目つきの鋭い、前髪が白と黒ではっきり二等分されたメイド服の馬子が室内に入ってくる。
「え、ええと」
「腹減ってねえか? あ、安心しろ。毒とかは入れてねえ。不安ならあたしが毒見してやるよ」
「その。ここは一体……私は……」自らアンシーリーコートに口付けて毒を呷り、死を図った。それどころかそもそも彼の起こした奇跡で死ぬはずだったのでは、とフィニアは思う。
「あ~、それは先輩が説明してくれるから、まあ気になるなら先に行くか?」
「先輩……?」

メイドの先輩がいるという事だろうか。フィニアは疑問に思いながらも彼女について行く。廊下や窓は伝統的なデザインを残しているものの、殆どが新しい。ここは一体どこなのか。何故連れてこられたのか。フィニアは聞きたいことを脳内で列挙しながらメイドを追った。

「先輩、お嬢さんが目を覚ましました。聞きたいことが山のようにありそうだったんで連れてきましたよ」
「ありがとう、スコッチ」

メイドの名はスコッチと言うのか。酒の名前だ、とフィニアは思う。
中性的な声音をした青毛の馬子がこちらを振り返った。その容貌ときたら! シャルルマーニュ・ハイドノーブルにそっくりではないか。フィニアは驚きながら彼の顔を凝視した。

「初めまして、フィニア・バスカヴィル嬢。僕はロジェールマーニュ。ロジェールマーニュ・ハイドノーブル」
「あ、は、初めまして。……フィニア・バスカヴィルと申します」
「立ったままではきついでしょう。どうぞ、そこの応接椅子に。スコッチ」
「はい」

スコッチと呼ばれたメイドはさっと椅子を引き、私を座らせた。ロジェールマーニュは勝手に正面の席へ座る。何も頼んでなどいないのにフィニアの前には白湯が置かれた。

「貴方が知りたいことに答えます。どうぞ、疑問があれば」
「どうして私は生きているんでしょう」フィニアは率直な、最も疑問だった事をぶつけた。「アンシーリーコートの体液は猛毒です。耐性が無い者が摂取すれば普通に死ぬはずでは……
「僕の部下に貪食者がいまして。何でも食べるんです。貴方の蘇生は彼女に一任しました。恐らく自覚していないかもしれませんが、貴方はエイダに……部下に喰われていると思いますね」
「そ、それは。あの……食事的な意味で、ですよね?」
「両方かな」ロジェールマーニュはあっさり認めた。救命のためとはいえそんなことを、とフィニアは混乱する。
「で、ではその、ここは何処です? あなた方の目的は?」
「ここはアスコットにある秘匿領地です。僕と僕の部下が数名、それと妻がいます。貴方をここへ連れてきたのは、生きながらに封印され続けるのが惜しい人材だと思ったからに他ありません」
「つまり、ええと、ヘッドハンティング、という事ですか」

そうですね、とロジェールマーニュは頷いた。その紺色の瞳の奥には強い意志が渦巻いている。

「僕はわけあって、部下を方々から集めている所でね。信頼できる者を探している」
「何故……私を?」
「無論貴方がシステムエンジニアとして優秀である、というのは大前提です。ですが貴方は目的のために手を汚す覚悟を決めることができる方だと、先の事件で思いましたので」
「それは。単なる、私の自己満足に過ぎません。だって結局何もかもめちゃくちゃにしてしまった。私は何も守れず、唯々怨嗟を撒き散らしただけでした」
「なら今度は救えばいい。だろ?」スコッチはそう言ってにやりと笑った。
「救う……だなんて。私、人殺しですよ」
「ここにいるものは全員人殺しだ」ロジェールマーニュは紅茶を一口飲み続けた。「……先に言っておくけれど、僕はハイドノーブル家を解体しようと思っています」
「それは__」

純血貴族家たちと真っ向から対峙するということか? フィニアは驚きに満ちた表情でロジェールマーニュを凝視した。
ハイドノーブル家は純血を貫く家ではないが、『黒の一族』と呼ばれる名家の中の名家だ。バスカヴィル家などよりも遥かに大きな家の牡馬が、純血貴族たちと真っ向から対峙しようとしている。

「僕はもうすぐハイドノーブル家の当主になります。そうなったとき、僕は前当主派と新当主派で家中を真っ二つに割ることになるでしょう。……だからこそ優秀な部下を一人でも多く集めておきたい。同じ志を持つ者に集まってもらいたいと思っている。
フィニア。君は血の呪いを切りたいという僕の思いに賛同してくださるのではないかと思った。打算で君を救った。嫌なら断ってくれて構わない。たとえ断ったとしても、君が次の人生を歩めるよう手助けはするつもりだから__」
「いいえ、いいえ。ロジェールマーニュ様」

フィニアは凛とした声で告げた。
ロジェールマーニュは一瞬目を見開き、驚いた表情でフィニアを凝視する。


「フィニア・リゼリエッタ・バスカヴィル。貴方の為にこの命、使わせていただきます」

……ありがとう、フィニア。
__ようこそ、英国で最も穢れた職場へ。歓迎するよ。〝キスイズファイア〟」









fin