外伝 バスカヴィルの魔犬【後編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。
前編→ https://privatter.me/page/6596ce95596b9
中編→ https://privatter.me/page/6598c6d08eaa3

ついに後編です。クソ長いです。これで終わりなのでお付き合いいただければ~。頑張ってミステリっぽくしていますが、ガチでミステリ書いてる人が読んだら怒りそうだな…とちょっと思っています。概要欄に色々書いたら余計なネタバレしそうなので黙っとこうね~~。
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スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さまのお名前や一部語録などをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。




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After Day__221B





「迅速な解決、実に素晴らしい。脚足らずに頼むのは大変癪でしたが対応に苦慮していたのは事実です……ああ、お気になさらず、そのまま寛いでどうぞ。今日は気分がいいので許します」

ヘルメスの鳥。その名は私にとって少々因縁ある名前である。
霞色の馬子は現代に合わせた装いで私の家を訪れた。ベイカー・ストリート221B。シャルルマーニュの〝ちょっとした〟友人だというアイドア経由で知ったのだろうが、まさか本人が直々にやって来るとは全く想定していなかった。

「ありがとうございます……?」担当編集のアイゼン・ロマネスコは困惑しながらも礼を言った。「ええと、紅茶はいかがでしょうか」
「おや、竜にしては気が利きますね。貴方は竜というよりももっと弱弱しい鳥のような存在のようですが」
「あはは……お見えになるんですか」
「愚問です。勿論アンシーリーコートの姿も分かっています。ああ、ミルクは結構です。ストレート派なので」
「お前がわざわざ私の元に来るなんて。どういう風の吹き回し?」

私はマグカップを手に取りミルクティーを啜った。エッグプラントの背中で育てたミントが入っているので、甘みと清涼感が丁度いい。
ヘルメスは私の質問に答える気があるのか無いのか紅茶を楽しみながら鼻歌を歌う余裕まで見せている。私は先にロマネスコへ原稿を手渡して確認作業をさせ、やるべきことを先に終わらせようかとタブレット端末とタッチペンを執筆机から引っ張り出してみれば図ったかのように「それは」とヘルメスが声を上げた。機嫌を損ねると面倒なので私はサイドテーブルに物を置いて向き直る。

「私のかわいいアイドアに代理をさせるというのも、流石に礼節を欠くかと思ったまでです。そもあの猟犬は手練れの人狼や竜人でも苦心する相手でしょう? それを星の奇跡で叩き潰すとは、存外貴方も力でねじ伏せる方が楽だと思っている節があるのだと、そう思ったまでのこと」
「礼を言うか貶すかどちらかにしては如何かしら」私は若干イラっとしてそう言った。「大体、あの後お前の使いがやってきて現場を引っ掻きまわすだけ引っ掻きまわしたじゃない。結局バスカヴィル邸はお前たちのものになるし、秘匿領地にあった龍脈の使用権までお前たちが持って行くし、火事場泥棒とはこの事よ! ほとぼりが冷めるまで神秘管理局に委ねろと言ったのに__」
「おやおや、そのような事を私に言われても困ります。そういった事は愛しい子供たちに一任していますから、私は知りませんよ?」
「白々しい。お前が秘匿領地と龍脈の使用権を取って来いって言ったんでしょう。そうじゃなきゃあんな捻くれた土地と魔力を欲するようなのがタイミングよく出てくるとは思えないわよ」
「あははははは!!!! 本当に面白いですね。よく分かっているではありませんか、アンシーリーコートよ」

ヘルメスは予想外に本当に機嫌がいい様子で笑った。ロマネスコは視線を右往左往させていたが、大人しく私たちの話が終わるまで黙っていることにしたらしくパソコンに視線を落とす。遠慮がちなブラインドタッチの音が少しパチパチと響いている。

「所で、結局バスカヴィル邸の人間で生き残ったのは、食客だったジンイチ・セガワだけだったそうですね。皆死んだのですか?」
…………皆、死んだわ。屋敷に戻った時には血みどろの惨事が広がっていた。ハイドヘカチェリーナは卒倒してそのままロンドンの病院に搬送されたし、現場にいたホークアイとレストレードも一時的に錯乱してたのと酷い脱水症状、砒素中毒症状で入院中。普通に戻ってこれたのは私とシャルルマーニュ、瀬川だけだった」
「やはりティンダロスの猟犬というのは本当に面倒な連中ですね……貴方の力で入り込めないよう、魔術結界を強化できないのですか? 奇跡を張り巡らすとか__」
「できなくはないけど、お断りよ」
「つれないですね。給金は弾みますよ? 本の印税よりも遥かに良い給金を出しますが」
「だっ駄目です!! ワトソン先生を引き抜かないでください!! 弊社で一番売れてる作家なんです!! ワトソン先生がいなくなったらうちは終わりです!!」

ロマネスコが慌てながら会話に参戦した。
一番売れてる作家。少し嬉しくなる。先日は派手に売れない本を出してしまったが、日本語訳版は随分良い売れ行きらしい。特に英国で本が売れていない時日本で売れている話を聞くと心がきゅっとするのだった。

「冗談ですよ、竜の子。少なくとも私はこんな魚は要りません。それと女性を演じるならばもう少し貞淑にした方が宜しい。貴方は少々嘶きが喧しいですから」
「お前のせいでしょう……

いちいち癪に障る事を言わないと気が済まないのか、この馬は。私は苛立ちを隠さずに呟く。ヘルメスはそよ風のように私の声を交わした。

「結局なぜ猟犬が顕れたのかは不明なまま、ですか」
「フィニア・バスカヴィルが猟犬に関する遺物に触れたことは間違いない。そうでなければあれを呼ぶことはできないだろうし。けれどどこで触れたのか、そもそもいつから使徒化していたのか、謎のまま彼女は死んでしまった。……遺体は管理局が持って行って厳重に封印したはず。あれをそのまま土葬すればまた猟犬が湧き出すから」
「賢明な判断ですね。また領地を喰い荒らされても困ります」ヘルメスはロマネスコの方に空のティーカップを差し向けた。あ、はい、とロマネスコは給仕のようにさっと追加の紅茶を注ぐ。「このブレンドは貴方が?」
「そうだけど。文句あるの」
「いちいち突っかからないと死ぬんですか? 文句などありません。融通していただけますね」
「え」私は嫌だけど、という顔を前面に出してみる。ニコリと微笑み返されるだけで何も起きない。「……カナリア・ティーハウスのブレンドサービス。これ持って行ったら、同じものくれるわ」
「ではアイドアに頼むとしましょう。脚足らず共は紅茶の趣味だけは良いようだ」

紙片を懐に収納し、ヘルメスはゆるりと私の方へ視線を投げた。慈愛。慈悲。そういったものを歌う癖に実際やっているのは無慈悲な食事なのだから、この馬子ときたら。私はぼんやりと昔の事件を思い出す。鳥籠から出た大きな鳥は、様々な物をその胃に収めてしまう悪食だった。鳥ならば大人しく囀るか、空でも飛んでいれば良い。だからこそなのか、とも思うけれど。

「おや。喧しい小鳥たちが来たようですよ」
「え? まだ入院中のはずじゃ」私は流石に退院が早すぎるのでは、と冷汗をかく。だが確かに窓の下、221Bの傍に在る路上駐車場には紺色のアストンマーチンが停まっている。「どんな回復速度してるのよ」
「私は領地に帰ります。料金の支払いはアイドアに請求してください。それと、一つだけ」
……何かしら」
「貴方には良い報告が来ると思います。では」

ヘルメスはそう言い残して霞のように消えた。さすがは回帰者、転移魔術もお手のものというわけか。私は巨大な溜息をついてロマネスコの方に視線をやる。
だがこの後どうせホークアイが喧しく部屋に入ってきて、どうせついでのようにシャルルマーニュもやって来るのだ。仕事は一向に進みそうにないわね、と言えば、ロマネスコはゆっくりでもいいですよ、と微笑んだ。









fin……?