外伝 バスカヴィルの魔犬【後編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。
前編→ https://privatter.me/page/6596ce95596b9
中編→ https://privatter.me/page/6598c6d08eaa3

ついに後編です。クソ長いです。これで終わりなのでお付き合いいただければ~。頑張ってミステリっぽくしていますが、ガチでミステリ書いてる人が読んだら怒りそうだな…とちょっと思っています。概要欄に色々書いたら余計なネタバレしそうなので黙っとこうね~~。
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スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さまのお名前や一部語録などをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。


***



少し時間を遡る。
ジェームズ・ワトソンがホークアイ、レストレード両名と遺体の見分をして議論していた頃、シャルルマーニュ・ハイドノーブルはバスカヴィル邸の中を調べまわっていた。

「ちょっと! シャル! __シャルルマーニュ・ハイドノーブル!!」ハイドヘカチェリーナが鼻歌を歌いながら歩くシャルルマーニュを呼び止めた。「貴方ね、警察の方の話聞いていなかったの!? 食堂にいなさいって言われたじゃない。何呑気に館の中散歩しているの!」
「え~? 散歩じゃあねえよ。これはれっきとした〝捜査〟の一貫ね」
「屁理屈を、この驢馬耳! いいから部屋に戻りなさい! ほら行くわよ」ハイドヘカチェリーナは思い切り腕を掴んで引っ張る。
「おっと失敬、レディ!」
「きゃあ!?」

シャルルマーニュは勢いよく彼女の手を振り払い、そのままボールルームダンスをするように腰を抱きとめて一言、

「ごめ~んね♡」
「蹴り飛ばすわよ!?」

ハイドヘカチェリーナは怒り心頭という風に耳を引き絞り後ろへ倒した。シャルルマーニュは他人の神経を逆撫でする天才だと言いたげである。
結局彼女はシャルルマーニュには監視が必要だと己を納得させてついていく事にした。何処へ向かうのかと様子を伺っていると、彼は一切迷いなく当主の部屋__即ちフィニア・バスカヴィルの部屋を目指している。一体そんなところを調べてどうしようというのよ、とハイドヘカチェリーナは疑問に思いながらも黙ってついて行った。

……まさかとは思うけれど、疚しい事考えていないわよね」
「馬鹿言うな! 俺は既婚者だぞ? 俺が気にしてるのはチャールズ卿の方だ。彼もあの部屋を使ってたわけだろ? でもって殆ど遺品はあの部屋にある。日記の類なんかもありそうじゃん?」
「あらかた昨日のうちに調べたわ。でも気にするようなものは何も無かったわよ」ハイドヘカチェリーナは言う。「確かにチャールズ卿の死に関しては謎が多いけれど」
「遺言執行の上では気にするべきじゃねえと?」
「そうよ。故人の遺言通り財産を相続させる事。それが私の仕事で、事件を解くのは警察に任せればいい……もうたくさんよ。ベリルさんまで亡くなって何が起きているのか……

ハイドヘカチェリーナは表情を暗くさせた。当然と言えるだろう。シャルルマーニュ自身は直接遺体を確認したわけではないが、警察の話し口から相当酷い様になっているのは容易に想像がついた。

「だからこそ事件を解き明かすことが重要なんだろうが。まあ安心しろよ、俺たちにはジェームズ・ワトソンという諮問探偵がいる。一応家賃を二割ほど無理言って引いてもらってる訳だし、事件解決の為に情報を集め回らねえと、な」
「貴方ね……

呆れたように彼女は溜息をついた。
目の前には両開きの黒い扉がある。そこはバスカヴィル家当主の居室だった。シャルルマーニュは一切の躊躇いなく取っ手に指をかけて引き扉を開く。正面には大きな窓、左側には天蓋付きの大きなベッドが置かれており、その傍で最近人気のデザインのスーツケースがひっそりと主張していた。右側に視線をやると、壁一面に本棚と飾り棚が置かれており、その中には古書から最近の本、百科事典なども収められていた。

「家系図発見。写メ撮っとくか……あとこれは肖像画だな」シャルルマーニュは壁の上部にかけられた大きい油彩画の方へスマホのカメラを向けた。
「ちょっと何してるのよ!?」

ずかずかと室内へ入ったシャルルマーニュは中央に置かれた執務机に向かう。引き出しを開けて様々探るが、整理整頓が行き届いており不審なものは何もない。背後からハイドヘカチェリーナが「先日整頓したから何も無いわよ」と困ったような声で言ったが、シャルルマーニュは意に介さずひたすら調べている。
シャルルマーニュは左側の四段目、鍵付きの引き出しを軽く引っ張る。鍵はかかっていなかった。

「お?……この引き出し、外側の高さと内側の高さが違うなあ」
「まさか。そんなこと……嘘」ハイドヘカチェリーナは驚いたように指で高さを測る。確かに外側の高さと内側の高さは指の関節一つ分ほど差があった。
「二重底だ。下に何かある」軽く板をコンコン、と押す。すると奥でガコンと板が外れる感覚があった。そっと板を上に持ち上げてどかせば、ハードカバーの日記帳が姿を表した。「ビンゴだな。こりゃあ大収穫だ。さてさて御開帳……

左開きの表紙をそっと開くと何かが下へと落下する。金色の鍵が絨毯の上に音もなく乗った。ハイドヘカチェリーナはその鍵を拾い上げて明かりに透かしたり、ひっくり返したりして調べていた。

「ほお~~。おい、ヘカチェ。やっぱりチャールズ卿は自分の置かれている状況に疑問を感じていたようだぜ」シャルルマーニュは灰色の瞳を鋭く細めて手書きの英字を眺めた。「……『日に日に悪くなっている気がする。モーティマー医師は軽い診察と追加の薬の処方しかしてくれない。治る見込みが無いのならばそう言って欲しい。遺言書をまとめておくべきだろうか?』」
「見せて」シャルルマーニュは彼女に日記を渡して鍵を受け取った。
「この鍵も妙な溝があるな。なんかもう一本……

鍵の中心には一本溝が通っており、そこに何かが組み合わさるような雰囲気を感じられた。ハイドヘカチェリーナは相変わらず日記帳を読み込んでおりシャルルマーニュの独り言には反応しない。

「シャル。この日記と鍵は貴方が持っていて」
「いいの?」
「ええ。ワトソン先生にもちゃんと報告して頂戴」深刻そうな表情でハイドヘカチェリーナは顔を顰めた。「貴方に頼まなければならないのが大変癪だけれど。ワトソン先生が、ワトソン先生が貴方を信頼しているようだから。仕方ないでしょう? 仕方ないから貴方に頼みます」
「まあいいや。……しかしこの日記のジェームズ卿は何というか悲壮感があるなあ。病のせいなのか所々おかしい記述もあるし、明らかな幻覚の記述がある。やっぱこれは単なる病の一言で片付けていいもんじゃなさそうだ。あーそうだ。ヘカチェ、その辺に鍵もう一本無いか?」
「もう一本? 確かにこの溝に何か刺さりそうね」
「本棚見てくるからその辺探しててよ」

シャルルマーニュは日記帳と鍵をジーンズのポケットに突っ込んで本棚へ向かう。日記帳と似たような形の本を探してみるが似たものは見当たらない。ハードカバーの本などを開いて間に挟まっていないか確認するがそういうことはない。小ぶりの金庫が下の段に置かれている__シャルルマーニュは鍵穴に鍵を差し込んでみるが刺さらない。この鍵は金庫の鍵ではないらしい。
本棚は完全に床と接地している。隙間に何か挟まっているようにも見えない。特に不審な点は見受けられなかった。

「あれ……この犬の像……

シャルルマーニュは昨晩見つけた奇妙な銅像を思い出す。今はワトソンの部屋に置かれているそれと全く同じデザインのものだ。そっと持ち上げてどかしてみるが特に何かあるわけでもない。
一つはバルコニーの壁に隠されていた。ここに普通に置いておくのであれば隠しておく理由が無い。シャルルマーニュはそれをひっくり返して裏側を確認する。同じ古代文字と思しき文字列が刻まれており、彼はとりあえずその文字列を日記帳の最後のページにメモした。

「シャル。こっちには鍵らしきものは何もないわ」
「残念ながらこっちも収獲ゼロだ。……チャールズ卿が亡くなった際誰かが持ち去った可能性もありうるか」
「もういいでしょう? ほら、早く戻らないと」
「う~~ん……何か引っかかるんだよな~……」シャルルマーニュは煮え切らない様子で本棚を睨んでいた。「ジェームズが感知した隠し部屋の方角、そのまま真っ直ぐだったらここだと思うんだがなあ」
「ほら行くわよ! いい加減にしないと警察の方にご迷惑をおかけするでしょう!」
「は~~い……

ぐいぐいと押されて後ろ髪を引かれる思いでシャルルマーニュは部屋を出た。ハイドヘカチェリーナは先を歩き、どこか少し軽くなった足取りで食堂へ戻る。
食堂は変わらず重苦しい空気に支配されていた。執事のバリモアやメイドのアンナ、給仕らも疲れた様子で下手の椅子に腰かけている。食客の二人は対照的な様子だ。落ち着き払った瀬川と頭を抱え何かに怯えるような様子のステープルトン。上座に座っているフィニアはテーブルを凝視してこれからの取り調べに怯えているのか、落ち着かない様子で何度も両手の指を組み替えていた。

……ぁ」

フィニアがドアの開閉音に反応して顔を上げた。
出入り口にはホークアイとレストレードが立っている。その後ろには何かを考え込み、深刻な顔で一同を見るジェームズ・ワトソンがいた。