吾妻
2021-10-31 17:49:07
112283文字
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戦争と平和

はるか昔に運営していたSO3夢サイトの、更にオレ設定を元にした三次創作(未完)。自分で読むためにもってきました。ほぼオリキャラ若手漆黒兵から見た戦争。


Fragment:7years ago


 珍しく、朝から細い雨が降っていた。
 息を切らして、フォスは走る。
 まばらに建った村の家々の間を抜けて、その先にある高台へ。
 ぬかるんだ土に足を取られ、幾度も地面に手を突いた。爪の間まで、泥で汚れきっている。
 村の奥にある高台へと続く、なだらかな坂道は、村人たちが踏み均したおかげで一応道にはなっているが、草木があまり生えていないせいで、すぐにぐちゃぐちゃになってしまう。
 普段なら、何もこんな悪天候の日に高台へ向かおうなどとは思わない。
 けれど、今日は別だった。
 人を探していた。

 大粒ではないから気にも留めていなかった雨が、いつの間にか髪や服にしっとりと沁みこみ、体温を奪う。
 伸びかけた前髪が額に貼りつき、視界を遮る。わずらわしくなって、乱暴に後ろに掻きやった。
「ロイ!」
 声を上げて、名前を呼んだ。
 あたりはひっそりと静まり返っていて、人の気配はない。
 このあたりにはいないのだろうか?
 ふと、不安になった。無駄足だろうか。
 しかしフォスは、かぶりを振って髪を伝う滴と迷いをいっぺんに振り払った。
 ロイはきっと、高台にいる。そうでなければ、どこにいるというのだろう?

――ロイ、きっと何も食べてないだろうから、持っていってあげな。
 母親から託された軽食を抱えて、フォスはロイの家を訪ねた。
 幼馴染に会うのは数日振りで、自分でも驚くほど緊張していた。
 物心がついたときから毎日顔を合わせていたから、数日を経た今、どんな挨拶をしていいのかわからなかった。
 それに――何と声を掛けたらいいのかも、わからなかった。
「ロイ、メシ」
 改まった挨拶をするのはやめて、特定の話題に触れるのもやめて、今まで通りを心がけて扉を開けた。
 ――が、ロイは家にはいなかった。
 がらんとして、人の気配がまったくしない家。
 第二の我が家のように出入りしていたカライス家が、全く別の場所に見えた。
 無人だというだけで、人の温度がないだけで、ひどく寒々しくて、他人行儀な場所に思えた。
 出かけているのか? ……どこに?
 こんな天気で、"こんな状況で"。
 どこへ出かけるというのだろう?
 居間のテーブルに、差し入れの籠を置き、別の部屋を覗いた。
 寝室、それから――
……?」
 そのドアを開いて、フォスは息を飲んだ。
 形容しがたい寒気に襲われた。
 そこは、カライス家の中で、もっとも大事にされていた部屋。
 この家の主である、キマ・カライスの書斎。
 決して広いわけでもなく、金のかかった蔵書があるわけでもないが、壁に作りつけられた本棚をびっしりと埋め、尚且つ床にも溢れ出す本と、しっかりとした机の置かれた部屋だった。

 キマは、アーリグリフ三軍のひとつ、重装騎士団【漆黒】の参謀室に所属していた。
 穏やかな物腰で、体格もそれほどいいわけでもなく、外見からはとても軍人には見えない。
 事実本人も、腕っぷしには自信はないようで、『自分が戦わなくても済むように、作戦を練るのさ』と、冗談めかして言っていたものだった。
 フォスの生まれた村は、小ぢんまりとしていて、周りに比べれば肥沃な土地を耕して自給自足をしている。集落全体が家族のように仲がよく、よく言えばまとまっていて、悪く言うなら閉鎖的な場所だった。
 ここで生まれ育った子どもたちは、親から継いだ土地を耕すか、近くの街へ出稼ぎに行くか、大体二択から未来を選ぶ。
 そのなかで、漆黒の中枢にまで入り込んだキマは、羨望とわずかな妬みと共に、村の名士として敬われていた。
 フォスにしてみれば、休みの日はいつも本ばかり読んでいる、変わり者のおじさんだったが、彼の話を聞くのは好きだった。
 王城の威容、ドラゴンの猛々しさ、かつてこの大陸を侵略したという、命を持たない人形兵士のこと。
 キマが聞かせてくれる話は、どれも新鮮で、彼の休暇が待ち遠しかった。
 そんな彼を一番誇っていたのは、他でもない、ロイだった。
 父親が任務で家を開けているときも、よくこの書斎に入り浸って、分厚い本を抱えていたものだった。
 姿が見当たらないときは、ロイは大概ここにいた。
 だから、ここだと思ったのに。

 床一面に、本が散乱していた。
 開け放たれたままの窓から、湿った風が吹き込んでくる。
 普段は大きさや種類に区別されて、病的なほど几帳面にしまわれていたそれらが、足の踏み場もないほどばらばらに、ぐちゃぐちゃに折り重なっていた。
 ある本は開いたままのページを天井に向け、滑り込んでくる冷たい風に、荒々しく弄ばれている。
 あれほど秩序が支配していた場所だったのに。
 何者かが引っ掻き回したとしか思えなかった。
 物盗り? まさか、こんな呑気な村で。



「ロイ! いるんだろ!?」
 高台にたどり着いて、もう一度名を呼んだ。
 身を寄せ合う家々を見下ろせるこの場所は、村にとって特別な場所でもあった。
 今を生きる人々を見守るように、墓が作られているのだ。
 数日前、埋葬があった。
 "だから"、ロイはここにいると思った。

 バサバサ、と物音がした。
 鳥の羽音にも聞こえた。
 村に面した坂道とは逆の、切り立った崖の方だった。
 音の出所を探し、フォスは足と息を止めた。
 数日前、新しく作られた墓標のあたり。崖の際に、見慣れた背中を見つけた。
「ロイ……?」
 少女のような薄い体躯が、しっとりと濡れそぼっていた。
 どのぐらい、ここに立ち尽くしていたのだろうか。
 呼び掛けには答えない。まっすぐ、崖の向こう側を見ていた。
 息を殺し、フォスはその背に近づいた。
 近づくにつれ、ロイの濡れ羽色の髪の先から、滴がしたたっているのもくっきりと見えるようになった。
 刺激をしないように、ななめ後ろに滑り込む。
 ロイは真新しい墓標の隣に立って、両手に重そうな本を何冊も抱えていた。
 髪と同じ色の瞳は、澄んでいた。何も、映していないようにも見えた。
 どれぐらい、並んで立っていたのだろうか。
 微動だにしなかったロイがふと、利き手を持ち上げた。
 その手には、分厚い一冊の本。
 しっかりとした革の装丁は、フォスも見慣れたものだった。
 ロイにとって特別な本だ。お守りのように、いつも身近に置いていた。
 フォスが漆黒へ入りたいという夢を持つよりもずっと前から、ロイは将来の野望を持っていた。
 夢という淡い願いではなく、どうしたら叶えられるのか、何が課題なのかを冷静に考え、実現に向けて努力をしていた。
 決して容易く叶う願いではないはずなのに、フォスには確信があった。
 ロイはきっといつか、その野望を叶えるだろう。
 散々読み返されてくたびれたその本は、ロイの決意の象徴だったのだ。
 ロイは、歴史書を持った手を、伸べた。
 そしてそのまま、崖の下へと投げ落とした。
 バサバサ、と。羽ばたきに似た音が、吸い込まれるように落ちて行った。
「な……
 無感動に、荒涼とした眼下の景色を眺めながら、もう一冊。
「何、してんだよ!」
 たまらなくなって、フォスはロイの肩を掴んだ。
 強く引いて、自分のほうへ向き直らせる。
 ロイの手にはもう、一冊の本も残っていなかった。
「お前、何してんだよ! あの本、おじさんがくれた――。大事にしてたんだろ!?」
……いいんだ」
 かくん、とロイの首がうな垂れた。
 濡れそぼった髪が顔の半ばまでを覆い隠し、フォスから見えたのは、わずかに口角の上がった口元だけだった。
「もういいんだ。必要ない」
 黒髪の先端から、ぱたぱたと、滴が落ちる。
「何、言ってんだよ……
「僕にはもう必要ない」
 きっぱりと、ロイが言った。
 ぐっと、手の甲で顎へと伝う滴を拭い、顔を上げた。
 鋭い眼差しが、フォスを射抜いた。
 暗く、深い穴を覗き込んだような、そんな心地がした。
 悲愴な、決意があった。
「頼みがあるんだ、フォス」
……たの、み?」
 頭部から滴り落ちてきた滴が、ロイの額を伝い、頬へと帯を作る。
 涙の軌跡に、よく似ていた。
「体、鍛えたいんだ。訓練に付き合ってくれよ。ある程度の身体能力がないと、試験はパスできない」
……くん、れん?」
「僕は軍に入る。軍に入って、絶対に総参謀室に行ってみせる」


【つづく】