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吾妻
2021-10-31 17:49:07
112283文字
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戦争と平和
はるか昔に運営していたSO3夢サイトの、更にオレ設定を元にした三次創作(未完)。自分で読むためにもってきました。ほぼオリキャラ若手漆黒兵から見た戦争。
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3.奇妙な噂/Murder Suspect
「ほら」
薄暗い修練場の一室、簡素なベッドをいくつか並べただけの殺風景な部屋に、リゲルはフォスを連れてきた。
いつもは診察用に使われている椅子に座り、フォスはしばらく、診察室を右往左往する不良中年医師を見つめていた。
いや、実際はなにも見えていなかったのかもしれない。
突然目の前に白いカップを差し出されて、面食らった。
「
……
なに、これ」
「そう身構えんなよ、毒じゃねぇ」
「でも、ヘンな匂いがする」
白い湯気を上げるマグカップを受け取り、フォスは顔をしかめる。
不良医師は、片眼鏡の奥で呆れたように目を細めた。
「せっかく人が気を利かせてハーブティを淹れてやっても、そのありがたみが伝わらねぇんじゃなぁ。
……
ま、漆黒のガキどもなんて、大概そんなもんか。"上"からしてひねくれてるもんな?」
「ハーブ
……
」
「毒じゃねぇよ、そんな睨むな。お前らだってベリィ食うだろ」
「
……
で、先生が持ってんのは?」
「俺は酒だ」
リゲルは得意げに、ワインボトルを掲げてみせる。
「ずりー
……
」
「ずるくねぇよ。俺は今日も一日頑張ったからな」
「そんなの、俺だって!」
「ああ、初任務だったらしいな? どうだった」
グラスも使わず、リゲルはワインボトルにそのまま口をつけた。
白衣にこぼれてシミになってしまえ、と念じながら、フォスは両手で包んだカップの内容物におっかなびっくり口をつける。
鼻をついていた香りが、口の中に含まれて内側から体に広がると、ほっと肩の力がゆるんだ。全身をこわばらせていた余計な何かが、そぎ落とされた気がした。
「
……
よく、わかんなかった」
手にしたカップの中で揺れる、琥珀色の水面を見つめ、フォスはぽつりとつぶやいた。
「初めての任務だって言われて、すげー気合が入ってたけど、戦うわけじゃなくて、輸送任務で
……
」
「
……
本当にお前はイノシシだな」
「だって! 俺は強くなりたくて漆黒に来たんだ!」
「憧れの漆黒兵や団長殿みたいに、か」
「
……
うん。でも、輸送だって大事な任務だって頭じゃわかってるから、しっかりやろうって思ってたんだけどさ」
「失敗でもしたか?」
「ううん、任務自体はちゃんと終わったんだ。でも俺、何にも知らないんじゃないかって思って」
「どうしてそう思う」
ゆったりと先を促しながら、リゲルはもう一口、ワインを飲んだ。
フォスはちらりと医師を上目遣いに見上げ、再びハーブティに視線を戻す。
「戦争のこととか、被害に遭ってる人たちとか、知ってたつもりだったんだ。でも今日、輸送中にフェルシアの跡地通ったり、村で色んな話聞いたら、俺、全然わかってなかったんじゃないかって思ってさ。
……
あと、ロイのことも」
「カライスがどうかしたのか?」
「変だったんだよ。前から嫌味だったり意地悪だったりしたけど、あんなにグランツに
――
他人に突っかかってくとこなんて、見たことなくて。妙にイライラしてたみたいだし」
「お前は
――
」
空になったワインボトルを名残惜しげに振り、リゲルはそれを机の上に置いた。
フォスは顔を上げ、その仕草を目で追う。
「フェルシアや、任務先の村を見て、ショック受けたんだろ」
「
……
え? うん」
「カライスだって一緒だ。あいつだって、混乱したんだ」
「あ
……
」
ぴくりと指先が震え、両手で抱えたマグカップの中で、まだ温かい液体が揺らぐ。
目の前にかかっていた膜が、一枚取り払われた気がした。
どうして今まで気が付かなかったのだろう。
リゲルは、目を瞠って息を飲んだ新米兵に、苦笑を寄越した。
「カライスがいくら落ち着いてるからって、なにも感じないわけじゃねぇだろ。いつも無駄なぐらいポジティブなお前だって参ってんだ。むしろ、お前より色んな知識を詰め込んでる分、もっと色んなもんが見えたのかもしれない」
「
……
そう、なのかな」
「人間、心に余裕がなくなると、自分を抑えるのが難しくなる。いつもは隠したり、つくろったりしてるもんも、出てくるさ」
「
……
俺が知らなかっただけ、なのかな。訓練の頃から、ロイとグランツはうまくやってると思ってたんだ」
「妙だな。確かにスマラクトはぬぼーっとしてるが、悪い奴じゃないだろう。カライスはお前と違って、直感で動いたりしないだろうし」
「
……
ロイはずっと、おじさんのことが引っかかってるんだ。たぶん」
不意に、先刻のことを思い出した。
乱暴にこの胸を突き飛ばしたロイの腕の力。
そして、痛みをこらえるような、あの表情。
「おじさん? カライスの親父さんか。
……
待てよ」
「
……
先生?」
リゲルの表情が引き締まった。
仕事の時に見せる、真剣なそれだった。
「親父さんってまさか漆黒の参謀室にいた、キマ・カライスか」
「知ってんの」
「知ってるもなにも
……
そうか、なるほどな」
リゲルは、無精髭に覆われた顎を撫でつけ、片眼鏡を外した。
「カライス
――
ロイは、そのことをおおっぴらにはしていないようだな?」
「
……
おじさんのことで色眼鏡で見られるのが嫌だって」
医師は深いため息を落とし、額を片手で覆う。そのままつるりと顔を撫で下ろした。
「あいつがあんなに功名心に駆り立てられてるのは、そういうわけか。柄でもねぇって思ってたんだがな」
「おじさんが死ぬまでは、こうじゃなかったんだけど」
「ありゃあ
……
な。そうか、キマ殿の
――
」
「あっ、俺が話したこと言うなよ!」
「言うかよ! ガキじゃねぇんだ。言えねぇよ、バーカ」
子どもじみた言葉で罵られて、フォスは唇を尖らせた。
「あーあ、困ったガキばっかりだねぇ、漆黒は。特に若えのはすぐに上の真似しようとしやがって。お前もその予備軍だろうから言っとくが、"アレ"の真似すんのはやめとけ。普通の奴はすぐ死ぬぞ」
「アレ、って
……
」
「お前の大好きなアルベル団長だよ。あいつはな、ただ腕っぷしが強えとか、そういう問題じゃねぇ。あいつは、ちょっとどうかしてるんだ。なにも怖がってねぇんだよ」
「
……
怖くないのって、ダメなことなのか?」
フォスがきょとんとすると、リゲルは子どもに向ける顔で苦笑した。
「
……
わかんねぇなら、そのほうがいい」
「なんだよそれ
……
」
「ただ俺はな、キラキラ目を輝かせたまま死んでくガキを見るのに、いい加減飽きてきたんだよ。
……
ほら、とっとと寝ろよ。もう遅えんだぞ」
リゲルはこれ以上、話すつもりはなさそうだった。
フォスは冷めかけたハーブティを飲み干して、診察台の上にカップを乗せる。
「
……
ごちそうさま、でした」
ぎこちなく礼を言うと、医者は楽しそうに笑った。
「いいねぇ、そういう純朴そうなところは可愛いじゃねぇの」
「
……
礼言って損した」
むすっとむくれ、フォスは扉へ向かう。
半ばまで開いて、リゲルを振り返った。
「
……
なぁ先生、グランツの家って、本当にその」
「ん?」
雑然とした診察机をひっくり返していたリゲルが、目を瞠ってフォスを見返す。
「なんだ、フォス。お前も生まれで見る目が変わるのか?」
「
……
そういうわけじゃないけど」
「あんまり人様のプライベートを話すのは好きじゃねぇんだがな」
わしわしと頭を掻いたあとで、リゲルは小さく肩をすくめ、口を開いた。
「スマラクトの家は、もうねぇよ。数年前に、火事で全部燃えちまった。生き残ったのは
――
あいつだけだ」
*
「うおっ、ぷ!」
いきなり目の前に振り下ろされた模擬剣を受けそこね、フォスは訓練所の地面に尻もちをついた。
「どうしたんだよフォス、なんか今日、変じゃねぇか。ボーッとして」
「
……
ワリ、ちょっと寝不足で」
取り落した剣を杖のように使って、フォスは立ち上がった。
「おいおい、お前が眠れないなんてこと、あるのかよ?」
同期のダスクがとてつもなく心配そうな顔をした。
気持ちはありがたいが、中身がひどい。
「
……
失礼なこと言うなよ」
「原因はなんだ? 恋の悩みとかか? 吐け!」
「お前じゃないんだから、そんなもんねーよ」
「お! 俺のカノジョの話が聞きたいか、そうかそうか」
「誰もそんなこと言ってねぇよ! やめろ、聞きたくない!」
「そう言うなって、ディナはなぁ」
こうなってしまうと長い。
フォスは心頭滅却することにした。
誰が好き好んで他人の惚気など聞きたいものか。
(心を無にするんだ)
別に、相槌などなくても構わないのだ。ダスクは好き勝手に可愛い彼女の自慢ができればそれでいいのだ。
「
……
でも、俺たちもボーッとしてられないんだよな」
一方的にまくしたてていたダスクが、一転しんみりした声を出した。
あまりの落差に、フォスも無我の境地から引きずり戻された。
「急にどうしたんだよ」
ダスクは神妙な顔をして、声を低めた。
「シーハーツが新兵器を開発してるって噂」
「え
……
」
「今までもシーハーツの施術ってのはすげえ脅威だったけど、その新兵器が開発されたら、もしかしたら戦況を全部ひっくり返されるかもって」
ダスクは既に、引き締まった顔をしていた。
フォスもダスクも既に、無邪気なただの子どもではなく、兵士だった。
「その噂は、信憑性に欠ける。まだ憶測の域を出てない」
頭を突き合わせてこそこそと話すふたりの間に、静かな声が滑り込んできた。
フォスにとってはよく耳慣れた声だった。
「っと、やべ。ロイに見つかっちまったか」
ダスクは肩をすくめ、軽く舌を出した。
しかし、ダスクも心に随分と余裕がある人間なので、ロイの回りくどい態度にも嫌悪感を抱いたりはしない。
「じゃあロイせんせいの見解はどうなんだ? この噂」
「確かにここにきて、シーハーツの戦力は侮れなくなっていると思う。上層部(うえ)が決着を焦っているような気がするのも、物資や士気の面ばかりじゃない気がする」
「なにかが持ち出される前に、決着をつけちまおうってこと?」
「施術はとてつもない脅威ではあるけど、シーハーツ王家の血筋を引いていなければ使えない。だから今まではなんとかなってた。でも、それが流用された兵器が大量に生産されたら、間違いなくひっくり返される。それが、遠距離の攻撃を備えているとしたら、今まで疾風で得られていた空からのアドバンテージも失われるかもしれない」
「ロイは、作られてると思うか? 新兵器」
「さすがに断言はできないけど、ここまで押し込まれて、シーハーツがなにも対策を講じないわけはないと思う。シーハーツにも密偵を潜らせているって話だけど、そんな情報はとても僕たちのあたりまでは降りてこない。この戦争はこちらから仕掛けたから、今までアーリグリフが優勢を保っていられたけど
……
」
「
……
考えてると、胃が痛くなる話だな」
「不確定な要素で不安を膨張させると、士気にかかわるから、本当はあまり考えない方がいいんだ。特に、僕らみたいな末端は」
「だな。面倒なことは、上のお偉いさんが考えてくれるんだろうし」
「
……
上層部に、頭のまわる人間がいれば、の話だけど」
「ん?」
「いや、ひとり言だ」
「そっか? だったら俺はそろそろ飯でも食いに行くわ。なんかフォス、恋煩いでボーッとしてるっぽいし?」
「バッ、ちげーよ!」
ダスクはひらりと手を振り、長剣を担いで訓練所を出て行った。
「
……
恋煩い?」
「違う」
冷ややかな目を向けてくる幼馴染に、フォスはそっぽを向いて答えた。
「その
……
昨日よく眠れなかったんだ、色々考えてて」
「お前が眠れないなんて、槍が降るかな。さっきから本当にボーッとしてるし」
「それは、ロイとダスクの話に、入っていけなかっただけで
……
」
もごもごとフォスは答える。
事実だった。
自分なりに、現状について考えてはいるつもりだった。
しかし、昨日の任務から戻って、よくわからなくなっていた。
本当は、自分はなにも知らないのではないだろうか。
ロイとダスクのやり取りを聞いていても、そう思った。
「さっきも言っただろ。末端はあんまり考えないほうがいいんだ」
「でも、ロイは」
「僕は
……
」
フォスが窺うと、今度はロイが顔を背けた。
「ただの癖だよ。放っておいても、考えてしまうんだ」
「
……
中枢の参謀室に、行きたいんだよな?」
「
……
」
おそるおそる問いかけた。はねつけられるかと思った。
けれどロイは黙って、幼馴染を見つめ返した。
「今はまだ無理だ」
静かに、答えた。
「なんでだよ。兵法の試験、教官も舌巻いてただろ。普通ならここじゃなくて、王都の
――
」
「今は無理なんだ!」
少し語気を荒げ、ロイは繰り返した。
「僕には、位がない。だから、風雷にも疾風にも、配属されなかった。それだけだ」
「そんな
……
」
「いくら今のアーリグリフが実力至上主義とはいえ、実際はそんなものなんだ。配属試験を受けるまでは少しだけ、希望も持っていたけど、蓋を開けてみたらこのザマだ。だから僕は、ここから這い上がるしかない。それだけなんだ」
「
……
おじさんの、代わりに?」
フォスはいっそう身を縮めて、か細い声で聞いた。
昨日のように、突き飛ばされるかと思った。
けれどロイは静かに、
「
……
そうだ」
と、つぶやいた。
「僕は、報われなかったあの人の代わりに、中央の参謀室に行ってみせる」
ロイの瞳は静かだった。
静かで頑なな決意に満ちていた。
「
……
ロイは、強いよな。俺はなんか、憧ればっか先走ってて」
「お前はそれでいいと思う。僕はただ、復讐したいだけなんだ。認めさせて、見返したいだけだから」
かすかに、ロイが笑う。フォスはそれ以上、なにも言えなかった。
「あ、フォス! ロイも一緒か」
訓練所のドアが開き、同期の男が顔を出した。
きょろきょろと周囲を窺い、歩み寄ってくる。
「スマラクトは一緒じゃないのか?」
「グランツ? 探してんのか?」
「
……
そういうわけじゃないんだ。一緒にいないなら都合がいい。ちょっと聞きたくて」
どうも様子がおかしい。フォスはロイと顔を見合わせた。
「スマラクトがどうかしたのか?」
わずかに声をこわばらせ、ロイが男に問いかける。
男は周囲をもう一度見まわしてから、口を開いた。
「あいつ、カルサアの貴族で、火事で家族亡くしてるって」
「その話なら」
知ってる、とフォスが続けるよりも早く。
「その火事、あいつが火をつけたって、ホントなのか?」
【つづく】
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