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吾妻
2021-10-31 17:49:07
112283文字
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戦争と平和
はるか昔に運営していたSO3夢サイトの、更にオレ設定を元にした三次創作(未完)。自分で読むためにもってきました。ほぼオリキャラ若手漆黒兵から見た戦争。
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怪物と戦う者は、その際自分が怪物にならぬように気をつけるがいい。
長い間、深淵をのぞきこんでいると、深淵もまた、君をのぞきこむ。
――
ニーチェ
11.信仰の帰結/The Abyss
光。
斜陽の橙を跳ね返す、ぬるりとした、鋭い反射光。
その切っ先からしたたる赤を、フォスはぼんやりと眺めた。
細身の刀身は、斬ることに特化している。フォスたち、一般の漆黒兵の持つ大剣が、殴り叩き潰すことに特化しているのと、正反対の性質を持つ。
鋭利な武器。それをひと振るいして、"彼"は、絡まりつく鮮血を払った。
その刃に負けぬ鋭い眼差しは、しばらくのあいだ、値踏みするようにフォスを見据えていた。虫が針で台に縫いとめられるのは、このような心地がするものかもしれない。指先をわずかでも動かせば、バッサリと斬り伏せられる。そんな気がした。
射すくめる眼差しが、しかし、ふとフォスから逸れた。
興味を失くしたのではない。何か別のものに移ったような
――
たとえばそう、フォスの後方に。
「アルベル・ノックス!」
フォスの背後から、怒号が飛んだ。その声は、呆然と立ち尽くす背を追い抜いて、前方の戦鬼へと向かう。
(この声)
聞き覚えがある。振り返ることもできず、フォスは身を硬くした。
次の瞬間、どっと体積のあるものがぶつかってきた。呆然と立ちすくむフォスの右手から、無理矢理に大剣をもぎ取ってゆく。兜を脱ぎ捨て、金の髪を振り乱す、その背中
――
他の兵士に比べれば小柄な、それでも、肉食獣めいた俊敏さをは随一だと評された背を、フォスはよく知っていた。とても、よく。
「"先輩"!」
咽喉を開き、叫んだ。声の限り、呼び止めたつもりだった。
しかし、放たれた矢を留めることはできない。うまく動かない脚では追えなかった。
「アルベル・ノックス、てめえ
……
ッ!」
ヨーンが渾身の力で振り下ろした一振りを、アルベルはいとも容易く身を引いて躱した。がり、っと大剣の先が地に刺さる。落陽を跳ね返し、細身の刀身が翻った。無防備な首を、最小限の動きで横薙ぎに狙う。
ヨーンは慌てて剣を引き戻し、首の手前で刀を受けた。
ぃん、と獣を馴らすための笛の音に似た、金属音。そして、小さな火花が散ったような、錯覚。
得物の強度は、ヨーンの方が上だ。アルベルは目を眇め、部下を見下ろした。
「
……
気でも違ったのか」
低く、それでいて通る声が言った。
「副団長と部下、てめえが見殺しにしたのか
……
」
わずかに眉を上げ、アルベルははじめて、ヨーンを"見た"。
その他大勢の、気にも留めない風景としてではなく、一個人として、視野に入れた。
「あの日! 修練場に居たのかって聞いてるんだよ!」
アルベルは答えなかった。もう一度、眉根を寄せた頃には、既にヨーンへの興味を失っているように見えた。
「てめぇ、答え
――
ッ!」
ど、っと。ヨーンの体が弾き飛ばされ、仰向けに転がった。
ヨーンに振るった刀を引き、鉄甲で覆った左腕に体重を乗せて、懐の内側から突き放した。アルベルがしたのは、たったそれだけのことだ。
しかし、ヨーンの体はあまりに呆気なく地に転がった。
「っ、く、そ
……
!」
「先輩!」
今まで動かなかった足が、急に動いた。
ヨーンの背に駆け寄り、彼が取り落した自分の大剣を拾おうと、地に膝をつく。
ようやく柄を握ったところで、ひゅっと風を切る音が耳元に迫り、ぞくりと背筋を悪寒が駆け上った。
頭上に、影がさす。呼吸が上手くできない。腹と胸とをいっしょくたに押し潰す圧迫感に、眩暈がした。
殺気だ。感情のない、ただ純粋で真っ直ぐな圧力。そこに憎しみや狂気はない。けれどそれゆえに、恐ろしいほど研ぎ澄まされた、殺意。
無様に地に手を突いたまま、ゆるゆるとフォスは顔を上げた。すぐそばに転がっているヨーンのことなど、気遣うこともできずに。
額のすぐ傍に振り下ろされた、白銀色の切っ先を見た。わずかに赤い色を絡めた、人を殺すための武器を。
顔を上げると、先端は鼻の先だった。わずかに歪曲した、それでいて美しい刀身。初めて間近に見るその暴力的な輝きを辿り、殺意の主を見上げた。
燃えているように赤いのに、氷よりも冷たい眼差しと、目が合った。
ちくちくと、肌が粟立つ。恐ろしくて、目を逸らせなかった。
野生の獣と森で出会ったときは、決して目を逸らしてはいけない。背を向けてもいけない。生まれ育った村での生活の知恵を、何故か不意に思い出した。
一瞬なのか、それとも数分なのか判然としない、奇妙な間のあと。
「貴様、ワイズ! 団長に手を上げるとは、どういうつもりだ!」
外野の声が割って入った。悲鳴に似た怒声だった。アルベルはちらりと声のほうを一瞥し、カタナを引いた。
「
……
放っておけ。右手をやってる」
深紅の眼差しが、一度だけヨーンに向いた。フォスは驚いて、地面に転がったままのヨーンを振り返る。
「く、そ
……
ったれ
……
!」
ヨーンは、右腕を抱えてうずくまっていた。
「見世物じゃねぇぞ。まだ終わりじゃねぇだろうが。とっとと散れ」
早口に言って、アルベルは踵を返した。
視線は先へ向いている。
――
前線へ。
躊躇いのない、よどみもない足取りだった。
阿鼻叫喚と狂気の坩堝の只中で、まっすぐに立つ、いっそ静かな背は、他の誰よりも純粋に狂っているようにも見えた。
(どうしてそんな、平気な顔してられるんだ
……
?)
必要であれば、きっと、味方でも部下でも斬った。
向けられた一点の曇りもない殺意が、そう告げていた。
必要がなかったから斬らなかった。ただそれだけのこと。
「団長!」
勝手に声が出た。遠ざかる背を呼び止めていた。
振り返りはしなかったが、吹きすさぶ風のに束ねた髪を遊ばせて、男は足を止めた。
(何してんだ、俺)
大剣の柄を握り締めたままの手が震えている。手だけではない。全身が、小刻みに揺れていた。
殺意に射抜かれて、恐ろしかった。そして、混乱もしていた。何をしようとしているのか、自分がわからなかった。相手のことも。
わかることなど、ひとつもなかった。
「団長は
……
何のために、戦うんですか」
震え、上擦った声を絞り出し、何故かフォスは泣き出しそうになった。
抑え込んでいた何かが、腹の底からこみ上げて、一気に噴き出した。
(そうだ、俺
――
ずっと、怖かったんだ)
信じてきた理想は、児戯の延長だったのだろうか?
この手にした力は、過ちだったのだろうか?
あのとき、もしかしたらルーフェンを救えたのではないだろうか?
いつになれば、終わりが来るのだろうか?
いつまで、狂気の只中で殺し合いをすればいいのだろうか?
"何のために"
――
?
「団長は!
……
俺たちは、どうして」
どうして戦っているのだろう?
勝つためだ。理性が叫ぶ。ならば、この男は
――
アルベル・ノックスはどうだ。敵を見過ごしたというのなら、どうして国の不利益になるようなことを?
「あんたは、英雄だって呼ばれて、皆もそう思って!」
「
――
テメェは」
上擦るフォスの声を遮ったのは、荒らげたわけでもない声だった。
吹きすさぶ風にも掻き消されぬ、ぞっとするほど冷ややかで、それでも熱量のある声。
アルベルは肩越しにフォスを振り返った。揺らめく前髪の間から、紅玉の双眸がフォスを射る。
「英雄になりたいとでも言うつもりか」
語尾に嘲笑が混ざった。歪んだ笑みだった。まるで
――
悪魔のような。
「だったら教えてやる」
うっすらと弧を描く唇をそのままに、アルベルは手にした刀の切っ先で、遠くを示した。荒野の果て、前線の向こう、敵地を。
「先陣切って、あそこにいる奴らを片っ端から斬って捨ててこい。女、子どもも容赦しねぇで、どこに引いてあるかもわからねぇ"境"の向こう側にいる敵を、ひとりでも多く殺せ。そうすりゃ、テメェは今日から英雄だ」
「そんなの!」
殺戮と、何が違う。
フォスが飲み込んだ言葉を察して、アルベルは笑みを深くする。
「英雄なんざ、ただの人殺しだ。何百人も斬れば、耳ざわりのいい名で呼ばれる。戦のうちはな」
「俺は
……
」
「意味があるとでも思ってんのか?」
ふっと、アルベルの口元から歪んだ笑みが消えた。蝋燭の火が消えるように、あっけなく。
「個人の理想や大義なんてもんは、ここじゃ価値も持ちゃしねぇ。どんな高尚なお題目を掲げてるやつも、咽喉掻っ切られればすぐに死ぬ」
アルベルの瞳が、足元に転がる隠密の骸を一瞥した。ほんの少し前まで、生きて呼吸をしていたものを。
ひとつ間違えば、あそこに転がっているのはフォスだったかもしれない。
生き残ったことに、理由があるわけではない。偶然が生死を分けた。確かにそうだ。
「殺らなきゃ殺られる。それだけだ。それともテメェは、殺そうと向かってくる相手に、武器を捨てて斬られてやるのか? ひとり一人に名乗りを上げて、戦う理由とやらを問うつもりか」
「それは
……
」
「俺たちは、国同士の我慢比べの駒だ。どちらかが根負けして白旗を揚げるまで、延々殺し合いを繰り返す。お前や俺がどこの誰だろうが、どんなに大層な理想があろうが関係ねぇ。今ここで、何人殺して、何人死んでも、どちらかが降伏しない限り戦は続く。駒が何を考えたって無駄だ」
違う、と言いたかった。声を張り上げて否定をしたかった。
しかし、腑に落ちている自分もいた。ヨーンも言っていた。
『戦争は、死ぬ人間を律儀に選り分けてはくれない』。
それでも首を縦に振る勇気がなかった。どれだけ悩み苦しんでも、意味がないと割り切るには、傷つき、犠牲を払いすぎた。無価値だと認めてしまえば、再び立てなくなるかもしれない。
「神気取りで駒を動かしてる奴らに、こんな場所に放り込まれて、それでも国のためだなんだと抜かせる奴は、とっくに狂っていやがるのさ。俺たちが戦場でできることはふたつ。殺すことと、殺されないこと。それだけだ」
一言も、出てこなかった。泣くことも喚くこともできなかった。
アルベルは、呆然と座り込むフォスを真直ぐに見据え、やがて諦めたように視線を外す。
「こんなところで死ぬのは、ただの無駄死にだ」
「テメェ
……
ッ!」
途端、弾かれたようにヨーンが身を起こした。
「テメェ、ぶっ殺してやる!」
「先輩!」
だらりと垂れた右腕を引きずって、ヨーンが吼えた。
フォスはその腰に組みついて、飛び上がろうとする体を必死に抑え込んだ。
「やってみろ。
……
できるもんならな」
冷めきった声を残し、今度こそアルベルは振り返らなかった。
「畜生、フォス、離せ!」
フォスを引きはがそうと、ヨーンが必死に身を捩る。
錯乱した人間は、獣と同じだ。容赦のないヨーンの左肘が、腰にしがみついたフォスの頭に落ちてきた。とても怪我を負った人間の力とは思えない。
鈍い痛みと、視界の揺れ。全身の力が抜けそうになる。
しかし、ここで腕を離したら、再びあの男に掴みかかっていくだろう。
そして今度こそ
――
。
「先輩! もう、やめよう! もう、やめてくれよ
……
!」
もうやめてくれ。
その言葉を、四方八方に叫び散らしたかった。
夢には力があると思っていた。
力で守れるものがあると思っていた。
馬鹿な話をして、大事な人々といつまでもいられると信じていた。
英雄は輝かしいものだと、身を削り、相手を傷つけてでも戦うことに、意味があるのだと。
それなのに、力を振るえば振るうほど、ずるずると深淵に堕ちてゆく。
少しずつ歯車が食い違って、そのうち、何もかも失ってしまう。
足元が揺れる。悲鳴と怒号と土埃で、上手く聞こえない、見えない。
自分は今、どこに立っているのだろう。
【つづく】
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