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吾妻
2021-10-31 17:49:07
112283文字
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戦争と平和
はるか昔に運営していたSO3夢サイトの、更にオレ設定を元にした三次創作(未完)。自分で読むためにもってきました。ほぼオリキャラ若手漆黒兵から見た戦争。
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2.理想と現実/Fact of brutality
「
……
腹減ったー」
「さっき食べただろう、本当に燃費が悪いな!」
馬車の荷台に座ったフォスが、背中からずるずると床に滑り落ちる。
もう何度目かわからない愚痴に、いい加減ロイの堪忍袋も限界だ。無視しきれずに声を荒らげる。
「育ち盛りだし、足りねーよ! もう動けない
……
。あ、いいこと思いついた!」
もう動けないはずのフォスが勢いよく立ち上がり、荷台に積まれた木箱に歩み寄る。
「あっ、こら!」
幼馴染の魂胆を見透かしたロイが、いきり立って腰を浮かす。
しかしフォスは木箱の蓋を軽く持ち上げて、黙り込んでしまった。
「
……
フォス?」
「おいおい、荷台であんまり暴れんなよー」
ロイが固まったフォスの背に声を投げるのと、御者台から別の声が飛んでくるのは同時だった。
「センパイ! 村にはいつ着くんだよー!」
ぱたむ、と木箱の蓋を閉じて、フォスは御者台の方へ顔を出す。
「もうすぐだから大人しくしてろって」
「それ、さっきも聞いた!」
カルサアで合流した、顔なじみの先輩漆黒兵とフォスが父親と子供のような会話を繰り広げる中、ロイは立ち上がり、木箱の蓋を開いた。
「
……
」
中身を確かめて無言で閉ざす。
そして、荷台の奥へ視線を移した。
一連の騒ぎの間中も、同行者であるグランツは身じろぎもせずに荷台の奥に座ったままだった。
「センパイはさ、団長に会ったことあんの」
ちゃっかりと先輩漆黒兵の隣に陣取ったフォスは、決して平坦ではない道を懸命に歩む馬のたてがみを眺めながら訊いた。
「お、これが噂に聞くフォスの団長大好き病か?」
「
……
気色悪い言い方しないでよ。ただ憧れてるだけなんだってば」
「どんなところに」
「どんな
……
って、とにかく強いんだろ? 見たことはねーけど」
「まぁ、そうだな。単騎なら、ヴォックス卿とも互角にやりあえるって話だ」
「俺とそんなに変わらない歳で三軍の団長だし」
「ま、前例はないだろうな」
「どんなヤツにも媚びへつらったりとか、自分を曲げたりしないっていうし」
「ウォルター様や陛下にすら、ズケズケもの言うって噂だしな。
――
あとは?」
「あとは、えっと
……
強いし」
「そりゃ、さっきも聞いた」
「
……
ああもう! わかんねぇよ、会ったことないし! 漆黒の行事のアレコレとかもさ、結局シェルビー様が仕切っちゃうだろ?」
「はは、団長は何にもしねぇからな」
「だから俺、漆黒に入ったけど、間近で見かけたこともないし、もちろん話したこともないし
……
」
「漆黒は、兵士の数が三軍で一番多いからな。自然と、上層部とは距離もできるだろうさ」
「なんかさ、普通に俺、憧れてるんだけどさ、時々わかんなくなるんだ。漆黒の中でも、俺みたいに団長スゲーって憧れてるやつもいれば、戦闘狂とか、殺人鬼とか聞こえるように悪口いう奴もいてさ。派閥
……
っていうのかな? シェルビー様バンザイみたいな奴らもいて。もっと軍隊は、こう
……
」
「一枚岩だと思ってた?」
「
……
ん。でも、俺なんにも言えないじゃん、団長のこと知らないし。まともに声とかも、聞いたことねぇし」
漆黒兵として入団が決まった際、フォスは内心小躍りしていた。
今まで憧れていたアルベル・ノックスと、間近で会って言葉を交わせるかもしれない。そんな、淡い期待を抱いていたのだ。
しかし、期待に反して任命の行事に現れたのは副団長のシェルビーだった。
聞くところによると、アルベルは行事や式典の一切
――
特に重要なものを除く
――
を、副団長に任せているらしい。
噂によると「任せている」というのも言葉だけで、実際は団長本人に行わせようとしても、華麗にすっぽかすのだそうだ。
『アルベルは戦うこと以外には、まったく興味を示さない。』
とは、フォスがまだ軍に所属する前からまことしやかに囁かれていた。少しは尾ひれがくっついているかと思っていたのに。
「俺も、会ったことがあるのは2~3度だぞ」
「あんの!?」
「
……
でもまぁ、会ったっていうより、眺めたっていうほうが正しいかもなぁ。団長っつっても、軍の上層部・将軍職なんて、雲の上のお方だぜ。修練場とかですれ違うのが関の山。もっと近づきたいなら、やっぱり
――
戦場しかないだろうな」
「戦場、か。
……
ん?」
黒馬のたてがみから顔を上げたフォスの視界に、何かが飛び込んできた。
横倒しになった標識だった。この近くに集落など、無かったはずだが。
「センパイ、あれって
――
」
なに、と問いかけようとして、言葉を失った。
道を進むごとに、"それ"の全貌があきらかになる。
廃墟だった。かつてはそれなりに大きな街だったのだろう。
屋根が崩れ、柱がのぞき、窓が割れ
――
残骸が散乱する大通りを、乾いた風が吹き抜けてゆく。
人の気配はなかった。
「フェルシアの街だよ。もう、元
……
だけどな」
「
……
え? あれが?」
聞いたことがある。
まだ国が戦争に踏み切るよりも以前、資源の枯渇が民たちを困窮に喘がせた。
その結果、フェルシアは暴徒に蹂躙され、大規模な虐殺に遭ったのだと。
今でも人々が口々に語る。アーリグリフの悲劇のひとつ。
この暴動を期に、世論は一気に開戦に傾いたとも言われている。
話としては知っていたが、こうして実際に打ち捨てられた廃墟を見ると、言葉にならなかった。
「
……
けっこうデカい街だったんだけどな。今じゃすっかり、ゴーストタウンだな」
「誰も片付けたり、再建したりしようとしないの?」
「できねぇのさ」
寂しげに笑い、先輩は首を横に振った。
「できない?」
「あの暴動で生き残ったのは、数えるほどだったって言うぜ。フェルシアの領民は、もうほとんどいないんだ。だから、恐ろしい記憶のある場所にわざわざ戻って、建て直そうなんて思えないんだそうだ。国が片付けるには、コレがいるだろ」
漆黒兵は、金を示すジェスチャーをフォスに見せつけた。
「オラ、座ってろって」
フォスはいつの間にか腰を浮かし、吹きさらしになっている廃墟を見つめていた。
大通りの奥にある、ひときわ大きな屋敷。その屋根にも今や穴が開き、長年の風雨にさらされて崩れかかっていた。
「知ってた、はずなのにな
……
」
ひとりごちて、腰を下ろした。
皆、この悲劇を口にして、主戦を唱える。
けれど、どれほどの人間が、この風景を見たことがあるのだろう。
喪失の気配を、肌で感じたことがあるのか。
一応鎧を着こんでいるというのに、肌寒かった。
気候のせいではない。内側からじわじわと滲み出す寒さだった。
*
「お勤めご苦労さまでございます」
日も傾きかけた頃、フォスたちは村に到着した。
迎えに出たのは、小さな体をさらに小ぢんまりと縮めた老女だった。
もぞもぞと口を動かし、うつむきがちに礼を言う。
彼女はこの村の長だという。元は夫が務めていたそうだが、少し前に亡くなったらしい。
手続きをする先輩漆黒兵の後ろで、フォスはキョロキョロと村を見渡した。
村は静かだった。
先程のフェルシアの廃墟とは違い、人の気配はする。
息を殺して、なにかを窺っているようにも見えた。
女たちはそそくさとうつむきがちに家に入り、窓を閉ざす。
陰気なところだ、と思った。
「
……
確かに。では、我々はこれで。なにか困っていることがあったら、遠慮なく申し出て
――
」
「言うたところで、なにかが変わるもんかね」
漆黒兵の言葉を遮り、老女がつぶやいた。
「
……
え?」
「いや、兵隊さんたちを責めとるわけじゃないが、もうこの村に若い男手はおらんし、前線も近い。耕してもあまり実りはない。王様も、はやく終わらせてくれんかね
……
」
「それは
……
」
「巫女の国とはいうが、あやつらはバケモノじゃ。人ならぬ力を使う。邪教をあおぎ、肥沃な大地をわしらから奪いおった
……
。どれだけの若者が殺されたことか」
「
……
」
「早く皆殺しにしてくだされ」
物資を手渡したときよりも深々と頭を下げられ、フォスたちは言葉も返せなかった。
「へいたいさん!」
どれぐらいぼんやりしていたのだろう。
真下から声をかけられて、フォスは我に返った。
村の入り口で、馬車の番をしていたところだった。
声を見下ろすと、あどけない瞳と目が合った。
少年かと思った。
けれど、髪を短く切ってあるだけで、少女なのだと遅れて気づく。
「あたししってるよ、そのよろい」
少女に無遠慮に指をさされ、フォスは一瞬憮然とする。が、すぐに息を飲んだ。
少女の手には、薬指と小指がなかった。
「『しっこく』のひとなんでしょ? いつもくるへいたいさんより、エラいんだよね?」
しかし少女はあどけない笑みを浮かべて、フォスを見上げる。
「おにいちゃんにきいたことあるよ。『さんぐん』のへいたいさんは、ふつうのへいたいさんよりずっとつよくて、てきをばっさばっさころすんだって」
ニコニコと少女は笑う。
フォスは思わず、自分の手の甲をつねりたくなった。
これは
――
現実なのだろうか。
いつのまにか居眠りをして、たちの悪い夢でも見ているのではないのだろうか。
「お、お兄ちゃんってのはどこにいるのかなー?」
話題を変えようと、フォスは膝を折ってしゃがみ込む。
少女のあどけない顔を、間近に覗き込んだ。
「"せんそう"!」
満面の笑みを浮かべて、少女が声を張り上げた。
フォスは絶句した。
「あたしたちのこと、まもってくれるんだって! だからへいたいさんもがんばってね、やくそく!」
そう言って、少女はフォスに人さし指を差し出した。
一瞬、彼女が何をしようとしているのか、フォスにはわからなかった。
「や・く・そ・く!」
むっとした顔をして、更に指を突き出され、フォスは悟った。
小指を差しだしかけて、ためらった。言葉にできない感情が、胸の内側でぐるぐると暴れて、今にも溢れ出しそうだった。
彼女には、約束を誓うための小指が、ないのだ。
「リラ!!」
悲鳴に近い声が飛んできて、フォスの前から突然少女の姿が消えた。
「申し訳ございません兵士様、無作法を!」
リラと呼ばれた少女は、母親らしき女の腕に捕まえられていた。
不機嫌そうに身をよじるが、強い力で抱きすくめられてしまう。
「い、いや、別に俺は
……
」
なにも不快には思っていないと伝えようと立ち上がると、女の顔があからさまにひきつった。その足が、一歩後ろに下がる。
「わ、私はこれで! 失礼いたします!」
小刻みに何度も頭を下げ、女はリラを抱えて村の奥に消えて行った。
「よう、フォス」
物資を分配し終えたらしい先輩兵が、苦笑しながらフォスに歩み寄ってきた。
「
……
センパイ」
「カライスとスマラクトはまだか?」
「あ、うん。まだ戻ってきてない」
うまく頭が回らない。やっと、それだけ答えた。
「酷えだろ、この村」
フォスの隣に並んで立ち、男は言った。
フォスはなにも言えずに、うつむく。
「前線の近くは、どこもこんなもんだ。みんな疲れ切ってる。物資の輸送任務はいつも
……
精神的にくるよ」
「
……
物資って、全部あんなものなの?」
思わす、フォスは問いかけた。
途中、つまみ食いでもしようかと蓋を開けてみた木箱の中身。
そこに入っていたのは、決して十分とは言えない量の穀物と、しなびた野菜。
「
……
大体、そうだな」
「でも、俺たちは!」
「言っとくが、修練場のメニューは、おばちゃんのたゆまぬ努力の結晶だぜ。俺たちがとびぬけて贅沢してるわけじゃねぇんだ」
「だけど
……
」
「ま、優先されてるのは事実だろうな。でも、今は王都でさえ食糧が足りてないんだ。ないものはどこにも回せねぇんだよ」
「
……
うん」
理屈ではわかる。けれどフォスにはうまく飲み下せなかった。
「あの子も村長さんも
……
」
――
敵を殺せ、と言う。
あどけない声、しわがれた声。
とても、暴力や殺意とは程遠いはずの人々。
「俺も、子どもの頃から漆黒に憧れてた。ヒーローみたいだって思ってた。でも
――
」
フォスは、手甲に包まれた自分の右手を見下ろした。強く握りしめる。
あの日、自分を救ってくれた漆黒兵が、村まで手をつないでくれた。
村へ戻る間にも、飢えた獣が飛び出してきたこともあった。
そのたびに、男は華麗に獣を退け、フォスを救い、手をつないで怯えるフォスを励ますように言ったのだ。
――
よし、ボウズ。生きて帰ろうぜ。
「なぁ、フォス」
「え?」
名を呼ばれ、フォスは顔を上げた。
先輩兵は、じっと陰気な村を見つめていた。
「だから俺たちは、一刻も早く戦争を終わらせなきゃならないんだ。
……
お前も、この村であったこと、忘れんなよ」
いつもはどちらかと言うと飄々としている先輩兵の真剣な横顔を、フォスはじっと見つめた。
そして自分もまた、疲弊しきった村の有様を目に焼き付ける。
「
……
うん」
しっかりと、うなずいた。
*
帰りの馬車は、重い空気に包まれていた。
日が落ちてからは尚更だった。
いつもは騒がしいフォスも黙り込み、荷を下ろした後でがらんとした荷台に座りこんでいた。
ロイも片膝を抱えて目をつぶり、じっと何かを考えている様子だった。
先輩兵の代わりにグランツが御者台に座ったその馬車は、夜更けに修練場へと戻ってきた。
「悪かったな、スマラクト。疲れたろ」
荷台から降りた先輩兵が、御者台にいるグランツをねぎらう。
「いいえ、先輩こそ、物資の調達と運搬からですから、お疲れでしょう」
いつもどおり、抑揚のない声で応じて、グランツも馬車を降りた。
「
……
なんとも、ないのか?」
わずかに笑みすら浮かべて見せるグランツの様子に、先輩兵は少し面食らったようだった。
フォスやロイはあれほど意気消沈しているというのに。
「いいえ、特には」
グランツは小さく首を横に振って答える。
強がりでもなさそうだった。
「そうか、ならいいんだが
……
」
「お疲れ様でした」
馬車を厩の見張りに引き渡し、グランツは折り目正しく敬礼をすると、修練場の中へ消えて行った。
「スマラクト
――
どこかで
……
」
「センパイ?」
顎に手を当て、じっと考え込んでいる先輩兵の顔を、フォスが覗き込んだ。
「グランツがどうかしたのか?」
「
……
いや、どこかで聞いた名だと思ってたんだ。どこだったか思い出せないんだが
……
フォス、知ってるか?」
「いや
……
全然
……
」
「そうか」
腑に落ちない顔をしたまま、それでも先輩兵士は片手を挙げ、もはや夜闇の中で黒い塊となった修練場へ、姿を消した。
「貴族の名前だよ」
帰路では黙ったきりだったロイが、フォスの隣に並んだ。
「え?」
「スマラクトは、カルサアの貴族の名前だ」
ロイは、仇でも睨むような鋭い眼差しで、修練場を見上げる。
「え
……
?」
間の抜けた返事をした。
ロイの言葉がすぐには理解できなかった。
戸惑う幼馴染を、ロイは苛立った様子で見つめる。
「名家だよ。名家
――
だった。代々優秀な軍人を輩出してきた名門だ。"風雷"の」
「ふう、らい?」
――
スマラクトは、ルムの扱いのほうが慣れているんじゃないのか?
出発前、ロイがグランツに対して浴びせた言葉を思い出す。
「だから、あんなこと
……
」
「お前は悔しくないのか!?」
ロイの黒檀のような瞳には、ふつふつと滾る怒りがあった。
静かで、苛烈な怒りだった。
「悔しいって、なんのことだよ?」
フォスは混乱していた。
「スマラクトは、ここにいる必要なんてないんだ」
「
……
わかんねぇよ」
目の前にいる人物が誰なのか、フォスにはわからなくなっていた。
本当に、物心ついたときから傍にいる幼馴染なのだろうか?
こんなふうに誰かに、剥き出しの敵意を向けるような奴だったろうか。
「あいつには!」
伸びてきたロイの腕が、フォスの胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「もうあったんだよ、元々、道が! 僕たちが逆立ちしてもくぐれない門の前に立っていたんだ! 僕たちは努力して、這い蹲ってようやくここまで登ってきて! なのに
……
!」
ロイの声が上ずった。
込み上げた何かを押し戻そうと、フォスから顔を背けてうつむく。
「
……
僕は認めない。踏み台にされて、使い捨てられるのはごめんだ」
「ロイ、お前
……
キマおじさんのこと
……
」
フォスが思わずその名を零した瞬間、ロイははじかれたように顔を上げ、捕まえたままだったフォスの胸ぐらを思い切り突き飛ばした。
受け身もとれずに、フォスはそのまま、ぺたんと地面に尻もちをつく。
突き飛ばした本人のほうが痛そうな顔をしてフォスを見つめ、踵を返した。
どこも怪我などしていないくせに、フォスはすぐには立ち上がれなかった。
接地した場所から、地面にじわじわと力が抜き取られてゆく錯覚に襲われた。
「おじさん、俺
……
どうしたらいいんだよ
……
」
ぼんやりとつぶやいた。途方に暮れていた。
処理能力を超えていた。
なぜか今、打ち捨てられた廃墟の姿や、差し出された少女の指、疲れ切った女たちの顔が思い出された。
勝手に涙腺がゆるんだ。
手甲で覆われた手で、目を押さえた。
「おいおいどうした、怪我でもしたのか」
頭上から声がかかって、フォスは喉をそらして相手を見上げた。
闇の中にうすぼんやりと、白い布が見えた。
「リゲル先生
……
なにしてんの」
「そりゃこっちの台詞だ。ひっでぇツラだなぁ」
無精髭をまばらに生やし、片眼鏡をかけた白衣姿の中年男が、フォスの傍に立っていた。
「腹でも減ったのか、フォス」
片頬を歪めるようにして、修練場勤務の医師は意地悪く笑った。
白衣のポケットに両手を突っ込み、斜に構えた姿はとても医者には見えない。
酒とカードが好きで、口も悪いが、腕はいい。
気性の荒いものが多く集まる漆黒には、似合いなのかもしれない。
"イノシシ"が災いしてよく怪我を負うせいで、フォスもすっかり顔見知りになっていた。
「そ、そんなんじゃねぇよ! ただ
……
」
「だったらケンカでもしたか」
「
……
」
子どもを諭すようなやわらかな口調で言われ、フォスは黙り込む。
リゲルは肩をすくめ、小さく苦笑した。
「ったく、ガキどもは青いねぇ。すぐにぶつかりやがる」
「わかんなくなった。あいつが、考えてること
……
」
「カライスか」
のんびりとしているようで、リゲルは察しがいい。
本人が言うには、「ガキの考えるようなことなんざ、お見通し」なのだそうだ。
「
……
ん」
ぺったりと地面に座り込んだまま、フォスは小さくうなずいた。
「オラ、怪我してねぇならとっとと立てよ。天下の漆黒様が、だらしがねぇ」
「痛っ! いきなりなにすんだよ!」
後ろから思いっきり背を蹴られ、フォスは飛び上がる。
いきり立って怒鳴ると、リゲルがまた意地の悪い笑みを浮かべた。
「らしくなってきたじゃねぇか。うるさいだけが取り柄のガキが、いっちょまえにしょぼくれてんじゃねぇよ。他人のことがわかるわからんなんぞ、幻覚だ。妄想で、勘違いだよ。同じ人間じゃねぇんだもの」
「
……
先生」
「とにかく入るぞ。冷えてきやがった」
白衣一枚の肩をさすって、リゲルは歩き出した。
【つづく】
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