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吾妻
2021-10-31 17:49:07
112283文字
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戦争と平和
はるか昔に運営していたSO3夢サイトの、更にオレ設定を元にした三次創作(未完)。自分で読むためにもってきました。ほぼオリキャラ若手漆黒兵から見た戦争。
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4.希望の戦場/Colors
「
……
どう思う? なにか知ってる?」
「いや
――
」
フォスの問いに、ロイは小さく首を横に振る。
ゴツゴツとした石造りの修練場の内庭。
屋外にある訓練場に、傾きかけた夕日が橙色の陽光を投げかけていた。
ふたりきりだった。
「フォスこそ、スマラクトの家のことを?」
「えーと、その
……
聞いたんだ」
つい、とフォスが首の後ろで腕を組み、明後日のほうを向く。
「誰に」
ロイは濡れ羽色の双眸を眇め、追及を緩めない。
「
……
リゲル先生」
「なるほどね」
ロイは小さくため息を零した。
「あの、さ。ぶっちゃけロイは、グランツのこと、どう思ってんの」
ここ数日引っかかっていたことを、聞いてしまうことにした。
「
……
よく、わからない」
ロイはしばらく逡巡して、彼にしては歯切れの悪い答え方をした。
「自分のこの感情に、うまく名前がつけられないんだ。そもそもスマラクトのことが、よくわからない。あいつは自分のことを話さないし、感情を揺らしたのを見たことがない。実技の訓練だって、お前はすぐに熱くなってイノシシになるのに、僕はスマラクトのそんな顔を、一度だって見たことがない」
「いい奴だと思うけど
……
いつもニコニコしてるし」
「だから、だよ」
「
……
?」
「つくりものに見える。温厚な笑顔が、あいつの顔にずっと貼りついてる。みんなに平等に親しげで、同じぐらい、近づきがたく感じる」
「
……
そう、かな。俺はあんまり感じたことないけど」
「お前が特別なんだ。無作法で無遠慮で、相手がわざわざ引いた境界線も、簡単に踏み越えて侵入していくんだ。無法者だよ」
渋い顔でここぞとばかりに罵倒され、フォスは唇を尖らせた。
「どうせ俺は、空気の読めないガキだよ」
「それはお前の美徳でもある」
「
……
え?」
小さなつぶやきを聞き返せば、ロイはついと顔を背けた。
「
……
使いみちがある」
「なんだよそれ!」
「お前の話はもういい。今はスマラクトの話だろ」
うまくはぐらかされた気もしたが、それ以上は追いすがらないことにした。
理性的に見えて、ロイは案外拗ねると長く根に持つタイプだ。
「火事で燃えたって、聞いた」
「そうらしい。スマラクトはその火事で、両親と年の離れた妹を亡くしている」
「ひとりだけ生き残ったから、怪しいって思われてんのかな」
「
……
それもあるだろうな。だけど、こんなふうに噂が広まっているのは、僕が言うのもなんだけど
――
やっかみの気がする」
「やっかみ?」
「前にも言ったけど、スマラクトの家は、何代にも渡って風雷の軍人を輩出してきた家だ。例え家が失われても、名前は残る。入ろうと思えば、僕たちのように試験を受けなくても、風雷に入れたはずだ」
「そんな、もんなのかな」
「もちろん公然とまかり通るわけではないだろうな。伯は厳しいお方のようだし。でも、入口ならいくらでもある。そういうものだろう。
……
いや、現実がそうではないとしても、"名前"を持たない人間には、妬ましくもなるんだ。はじめから、スタートラインが違っているような気がするから」
「
……
ロイも、そうなのか?」
「否定はしない。そういう感情が、たぶん僕の中にもあるんだろう。でもなによりも僕は、気味が悪いんだ。
――
グランツ・スマラクトが、なにを考えているのか、わからなくて」
「うーん」
腕を組み、フォスは考え込んだ。
グランツとはそこそこ仲が良い気がしていたが、よくよく考えてみると
――
(よく知らないかも)
癖や好物、将来の希望。嫌悪するもの。
聞いたことがない。
「でも僕は、スマラクトが家に火をつけたとは思っていないけど。さすがに、そこまでは」
「
……
うん」
鐘の音が鳴り響いたのは、そのときだった。
だだっ広い修練場全体に、効率的に報せを届けるためのものだ。
「
……
召集? こんな時間に?」
既に日も暮れかけている。平素はこのような時間に鳴るものではない。
尋常ではない、ということだろうか。
にわかに修練場が騒がしくなった。
「とりあえず行こう。屋上だ」
ロイの表情が引き締まる。
うなずいて、フォスは修練場の中へと通じる扉に手をかけた。
押し開き、一歩踏み出した
――
そのとき。
目の前を横切った影がある。
ひらりと、白いものが尾を引いて揺れた。
金と紫紺、そして鈍く光る鉛色が、視界に競って飛び込んでくる。
色彩に乏しい修練場では、明らかに"浮いて"いた。
あまりに浮いているので、フォスは一瞬、それが一体なんなのか、理解できなかった。
扉を押し開いた体勢のまま、呆然とその色彩の集合体を目で追う。
"彼"は、突然開かれた内庭に通じる扉を
――
そこで棒立ちになっているフォスを、ついと"深紅の双眸"で眺める。そしてすぐにつまらなさそうに、視界から外した。
すべて、一瞬だった。
「"団長"!」
鎧の音をけたたましく響かせ、その影に追いすがる兵士がいる。
その兵士の発した言葉で、ようやくフォスは詰めていた息を吐き出すことができた。
呼吸も上手くできていなかったことに、遅れて気が付いた。
そして、あれが誰なのかも、じわりと悟った。
「ッ
……
!」
フォスは慌てて、廊下に飛び出した。男が去った方向を、食い入るように見つめる。
既に遠ざかり、角を曲がって消えるところだった。
「
……
アルベル・ノックス」
その名を呼ぶロイの声は、かすかに震えていた。
「あれが、団長なんだ
……
」
フォスは誰に向けるでもなく、自分の気持ちを舌先に乗せて確かめた。
【歪】とあだ名され、鬼神とも狂人とも言われる男。
不可思議な色合いの髪に、左腕を覆う鉄の爪。赤い瞳。
重装騎士団【漆黒】のトップでありながら、驚くほど軽装であるとも聞いた。
噂ばかりが飛び交い、特に中央から離れた村などでは更に尾ひれがつき、熊のような大男であるとか、目が合うだけで死んでしまうだとか、語る人々によってまったく別の人物になる。
(背は高かったけど、細身だった)
(目が鋭くて、ちょっと目が合っただけなのに、ぞくっとした)
ひとつひとつ、ゆっくりと情報を整理する。
フォスは混乱していた。
肌が粟立ち、ざわざわと寒かった。
眺められただけ、だ。
個として認識された気配はなかった。
ただ通りがかりに突然扉が開いたので、そちらを見た、だけ。
あの紅の双眸には、興味などまったくなかった。
路傍の石として、風景として消化された。それなのに。
「
……
とんでもないな」
ロイもまた、ひとり言のようにつぶやいた。
「すれ違っただけなのに」
ロイの口の端に、乾いた笑いがへばりついていた。
(圧倒的な、なにか)
そうだ。気圧されたのだ。
あの、冷ややかなのに熱量を感じさせる眼差しに。
わずかな隙も無駄もない、研ぎ澄まされた立ち居振る舞いと、その気配に。
まだ二十四だという。
けれどフォスには、片手の指ほどしか年が離れていない彼が、とてつもなく遠い存在に思えた。
あれほど近くに存在していたのに、現実味がなかった。
協調性がなく、独断専行も多いため、漆黒内部や三軍上層部でも、彼の頭領としての資質を疑問視する声もある。
若すぎる、個でありすぎる、
――
殺しすぎる。
束ねとしては、いかがなものか。
確かにその意見も、正しいのだろう。
しかし今フォスは、圧倒的ななにかを、見てしまった。
理屈など捻じ伏せる存在感を見せつけられて、畏怖を感じ、同時に高揚もした。
「あれが
……
」
アーリグリフ攻撃軍総指揮、漆黒団長アルベル・ノックス。
*
夜明けを待つ濃紺の空に、しなやかで大きな影がひとつ、舞い上がった。
「誇り高き、アーリグリフの騎士たちよ!」
朗々と深みのある声が、広場に響いた。
兵士たちを見下ろせる高台に、声の主の姿がある。
風を孕み、翻る外套。遠目からではよく見えはしないが、灰色がかった頭髪は丁寧に整えられ、口髭も手入れが行き届いているはずだ。
戦時でも身なりに気を遣い、わずかな隙も覗かせない。
それが、治安維持部隊の総指揮を執り、事実上三軍の頂点に立つ男。
疾風団長、ヴォックス公爵。
決して屈強な男ではない。
しかし、戦を前に高揚している兵士たちの喧騒を、たった一声で鎮めてしまう力を持っていた。
他を制し、飲みこむ力だ。圧倒的な
――
「時は来た! さあ、磨き上げた武器を取るがいい!」
公爵の声はよく響く。駐屯地の隅に立っているフォスの耳にさえも。
「諸君らは厳しい戦いを生き抜き、ここに立っておる! よくぞここまで勝ち続けてくれた。見よ、敵は既に袋の鼠だ!」
外套を翻して掲げた手で、公爵は東の空へ向けた。
その方向には、カルサア丘陵が広がる。
シーハーツの民にはアイレの丘と呼ばれるその土地は、長い歴史の中で幾度も国境線が塗り替えられてきた場所だ。
丘を越えたその先に、敵の前線基地がある。
アリアス。国境にほど近い、決して大きくはない村だ。
あの村を越えた先には、目を焼くほどに眩しい緑が広がっていると聞く。
肥沃な、豊穣を生む大地だ。
――
一度見たら忘れられねぇよ、ありゃあ。
深夜の見張りの途中で、上官のひとりが苦笑いをしながら零した。
――
高々村をひとつ隔てただけで、こんなに違うもんか、ってな。
フォスは、シーハーツに行ったことがない。
だから、上官の見た景色など、知らない。
草木が生い茂り、花が咲き乱れ、せせらぎが流れる景色など。いくら鮮やかな言葉を尽くして説明されても、思い描くことができない。
――
今は知らねぇほうがいい。目がつぶれるぜ。
乾いた笑いを上げたあと、上官は口の端に苦い笑みを残し、「そのぐらい、残像でも眩しいんだ」とつぶやいた。
「諸君らは希望だ!」
武装して居並ぶ兵士の列と、時折上がるエアードラゴンの咆哮、ルムの嘶き。
フォスはその只中に立って、ぼんやりと公爵の声を聞く。
熱弁をふるうヴォックスの姿に、ある光景が重なった。
――
いよいよ、大規模な作戦が行われることになった!
日の暮れかかった、茜色に染まる修練場の屋上。
時ならぬ召集に緊張する兵士たちの前に現れたのは、副団長のシェルビーだった。
逞しい拳を振り上げ、完全武装した副団長が作戦の概要を説明する。
――
今度こそ、敵の前線基地であるアリアスを攻略する!
はじめは、なんの話かわからなかった。しかし、じわじわと沁みこんできた。
"初陣"なのだ。
とうとう、夢にまで見た場所に立つ日が来る。
足元から寒気が這い上がって、体が震えた。不快感でも恐怖でもなく、きっとこれが武者震いとかいうやつなのだ。
力の入る拳を密かに握り締めたフォスの耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
『漆黒は二手に分かれ、一方は前線へ、他方はカルサアの防衛に回る』。
ざわめきが起こった。
前線であるアリアスを攻略するはずなのに、主力である歩兵がすべて投入されないとは。
勿論、通常も本営の守備のためにいくつか部隊が回されることはある。だが、通常の防衛配備の域を超えていた。
しかもカルサアには、漆黒団長が
――
アルベルが残るという。
前線で戦えなければ、歩兵に戦功の機会はない。
のし上がりたい者たちは、前線への配属希望を出し、後方で楽をしようと目論む者たちは、「団長もただ面倒なだけなんじゃねぇか?」と揶揄する。
その中で、ロイはひとり顎の先を撫でて、物思いに耽っていた。
――
だって、おかしいだろ。
戦功を焦っているはずのロイは結局、前線配属を希望しなかった。
不思議に思って問いかけたフォスに、ロイは声も低く囁いた。
――
いくらなんでも、この人数がカルサア防衛に残されるなんておかしい。上層部の覇権争いの余波を食らったっていう人もいるけど、そんなことをしていられるほど、楽観できる状況じゃないんだ。
前線へ向かう兵士たちは既に修練場を発っており、残されているのはのんびりとカルサア防衛をこなすつもりの兵士たちばかりだった。
夜も更けた食堂は、作戦前とは思えぬ賑やかさに包まれている。戦に向かうとはいえ、直接命のやり取りをするわけではないと、高をくくっているのだろう。
――
僕はこの配置には、何か意味があると思っている。気づいてるか? ここに残っているのが楽をしたい奴らだけじゃないってこと。長く漆黒に籍を置く人たちも、敢えてこちらに残っている。団長がカルサアにいるのも、きっと面倒だからじゃない。あの人の考えていることはよくわからないけど、本営の傍でただぬくぬくと椅子を温めているような人じゃないってことぐらいはわかる。となると、答えはひとつだ。
ロイはそこで、更に声を落とし、フォスに囁いた。
――
カルサアも決して、安全じゃないってことなんだ。
「我々は今、岐路に立たされておる! しかし、諸君らは己が手で道を拓くことができよう! 我らが踏みしめているこの大地を見よ、決して肥沃とは呼べぬ、色彩に乏しいこの大地。先人たちは皆、この大地に血と肉と骨とを捧げ、その魂を脈々と我々に渡してきた。血脈も、誇りも、決して絶やしてはならぬ。喪われたものも多かろう、しかしそのすべてが、ここに、諸君らの立つ大地に一滴も漏らさず沁み込み、我らを生かす。なれば、我らがすべきことはひとつ!
――
勝ち、そして生きることだ!」
応じる戦士たちの咆哮が、地面を揺るがした。
「さあ! すべてを勝ち取ろうではないか!」
竜騎士の長は、気高い相棒の鐙に足をかけ、ばさりと空へ舞いあがる。
それが、進軍の合図だった。
カルサアの街に射しこんだ朝陽が、闇にのっぺりと沈んでいた建物や兵士たちの輪郭を、じわじわと照らし出す。薄闇を切り裂いて、各部隊の旗が翻るその光景は、いっそ神聖なほどだった。
フォスは、握り締めた自分の拳が、いつのまにか震えていることに気が付いた。
広場は異様な熱気に包まれ、昂ぶりが伝播し、震えを生む。
疾風団長の通る声が、太鼓の響きの如く、体の内側を揺さぶるのだった。
公爵の言葉は、各々のふるさとを思わせ、喪った戦友や家族の無念を引きずり出す。
守るべきものを。希望のかたちを。すっかりと褪せたカルサアの只中で、ひときわ鮮やかに見せるのだ。
(やばい)
ふつふつと内側から滾る熱を持て余す傍らで、冷静な自分が頭の片隅で警鐘を鳴らす。
(今俺、"怖いものなんてない"って、思ってる)
剣を握ること、戦場に立つこと、"死への恐怖すら"、あまりにあっさりと拭い取られていた。
元々強くなりたくて、誰かを守れる人間になりたくて、漆黒に志願したのだ。
国の礎になるのなら、この戦いに命を賭しても
――
「おい、クソ虫ども! 呆けたように明後日ばかり見てんじゃねぇ!」
熱っぽく潤んだ空気を裂いて、怒号が飛んだ。
フォスははっと、顔を上げた。いつのまにかうつむいて、自分の震える掌を、じっと見つめてしまっていた。
誰の声なのか、フォスにはわからなかった。
聞いたことがない声だった。鋭利な刃を思わせる声音。
ざわりと後方から人波が割れて、すぐ傍を人影が通り過ぎた。
その人影は、大股に残留組の列を割り、前方へと進み出た。
あのときのように白い尾が揺れ、濡れ羽色の鎧の只中で、紫紺と朱が浮いている。
まとめた髪を払う勢いで"彼"が振り返った瞬間、あたりの空気が変わった。
衣服を縁取る赤よりも、一際鮮やかで、獰猛な色彩が、ざっとフォスたちを見渡したのだ。ただそれだけで、呼吸が止まった。
紅の、双眸だった。
「希望だ誇りだと、綺麗事で酔っぱらうのはてめぇらの勝手だがな、夢見心地でただ殺されてやるような、無様な真似だけは見せるんじゃねぇぞ! どれだけ綺麗な言葉で飾ろうと、俺たちがこれからやるのは、ただの殺し合いだ。どうせ死ぬなら、せめてひとりは道連れにしろ。そうでなけりゃ、名誉も誇りもねぇ、
――
無駄死にだ」
アルベル・ノックスの声を、フォスは初めて聞いた。
一息でぶつけられた言葉が途切れて、ようやくそろそろと息を吐き出すことができた。
みるみるうちに、周囲の熱狂がしぼんでゆく。頭から冷水をかぶせられた気がした。
アルベルは口の端に、冷ややかな笑みを浮かべた。
「残念だったな、ここは安全地帯でも何でもねぇ。
――
シーハーツの隠密に動きがある。地下の廃坑に潜り込まれた形跡が見つかった。カルサアを内側から突き崩し、トラオムへ抜けようとするだろう」
ざわりと人波が揺れた。
「うるせぇ、いいか!」
動揺にざわめく兵士たちを、アルベルは一喝で黙らせた。
水を打ったように静まり返る部下たちを、もう一度その紅蓮の双眸で見渡し、
「坑道を張って、ネズミを残らず引っ張り出せ。一匹たりとも逃がすんじゃねぇぞ」
低く響く声で、そう言った。
【つづく】
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