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吾妻
2021-10-31 17:49:07
112283文字
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戦争と平和
はるか昔に運営していたSO3夢サイトの、更にオレ設定を元にした三次創作(未完)。自分で読むためにもってきました。ほぼオリキャラ若手漆黒兵から見た戦争。
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13.神槍/Battle at the Cirlsour Hills
神
――
とは、なんだろう。見たことがない。
(僕は、見たことのないものは、信じられない)
視野狭窄で、頭が硬い。自覚もある。
自分の目指す"役割"を立派に果たすには、もっと、柔軟であるべきだ。視点を高く持つべきだ。戦場を、盤上のように眺めるためには、目の届かぬ場所の状況把握もできねばならない。
人々の動きだけではなく、自然の動きも計算に入れる必要がある。風向き、天候の悪化、その他諸々を。
"まるで神のように"。
(神を信じたことなんて、一度もない)
幼い頃から、可愛げのない子どもだった。
駄々をこねる子どもを脅かし、なだめるための寓話にあらわれる、森に棲む魔物のはなしも、信じたためしがない。震えあがっていたのはいつもフォスのほうだった。
そんな魔物がいるのなら、その傍に集落をつくるのはおかしい。どうしてその魔物は、子どもばかりを
――
しかも、悪い子どもばかりを狙うのだろう? 大人たちに、都合がよすぎる。
息子を早く寝室へ引き立てようとする母にも、屈さずに言い返す。困った顔をしたあとで、母は盛大にため息をついて、「似なくていいところばかりお父さんに似るのね」と言ったものだった。
(僕は、父さんには似ていない)
あのひとのような柔軟さを、持ち合わせていない。すくなくとも、今はまだ。
早く、ひたすらに早く、高みにのぼりつめたかった。
自分よりも上に立つものを追い落として、見下してやりたかった。"詫びさせたかった"。
ささやかな平穏を踏みにじられた、腹いせをしたかった。
そのために必要なのは、知識と、行動力だと思っていた。相手を論破し、煙に巻き、黙らせてしまえばそれで済むと思っていた。
戦場でだってそうだ。誰よりも早く上手く状況を把握して、相手を騙せばいい。策士の仕事は、詐欺師と同じだ。
神の如く地上を見下ろし、悪鬼の如くに人を殺す。
しかし、ひとは、いまわの際に、神の名前を呼ぶ。
神とはなんだ。
――
どこにいる?
見たことのないものは、信じられない。
自分の視野が狭いことを、ロイは知っている。
今の自分に信じられるのは、確かに見える、この光景だけだ。
カルサア丘陵を埋め尽くす、兵士の群れ。
完全武装をして、整然と居並んでいる。大勢の駒の只中に、ロイは立っていた。
これから戦がはじまる。そしておそらく、最後の一戦になるだろう。
この一戦で決着をつけることができなければ、アーリグリフは負ける。
ベクレル鉱山から、施術兵器開発のために必要な銅鉱が奪われたことは、ロイぐらいの"下っ端"でも耳に入るほど広まっていた。
それから、もうすぐ三日になる。攻めるのが遅すぎたぐらいだ。施術兵器を持ち出されたら、苦戦はまぬかれないだろう。
正式な発表があったわけではない。しかし、光の速さで噂は広まった。そして、漆黒の軍団長であるアルベル・ノックスの不在が、噂にずっしりと信憑性を持たせた。
(おそらく、ヴォックス卿が、わざと噂を野放しにさせている)
敵方に銅鉱を奪われたのは、アルベルの過失である。噂はおそらく、事実なのだろう。
しかし、上層部の失態を、こうも広めるのには、なんらかの意図を感じざるを得ない。
ヴォックスは、アルベルを抹殺しようとしている。
社会的にも、物質的にも、だ。
("団長"は、ヘタを打ったな)
ロイはもともと、歪と呼ばれる男に、それほど思い入れがない。むしろ、嫌悪感が先に立つほうだ。あの男は、よくわからない。理解ができない。ちっとも論理的ではないからだ。しかし今回のヴォックスの采配には、内心ですこしばかり、腹を立てていた。
歪のアルベルは貴重な戦力だ。若手の兵士が数十人いるよりも、あの男がひとりいるほうが強い。ロイの個人的な心証には関わりなく、それは厳然たる事実だ。
アーリグリフは追い込まれている。下らぬ権力闘争をしている場合ではない。ヴォックスは、現王の"改革"を生き延びた男だ。そこに、国王の伯父という有利なポジションがあったことは確かだろうが、決して無能ではない。
いくらアルベルとそりが合わず、望む国の形態には邪魔な存在とはいえ、敢えて戦力を削る判断など、するはずがないと思っていたのだが。
(
――
驕り、過信、か?)
兵士を鼓舞する、件の竜騎士の演説を聞きながら、ロイは考える。
あの男は、前線の兵士たちほど、危機感を抱いていない?
"総力戦をせずに勝てると思っているのか"。
わからない。すべて、遠くの出来事であり、推測でしかありえない。
これから殺し合いの駒になろうとしているときに、自分は一体、なにを呑気に答えの出ないことを考えているのだろう?
生きては帰れないかもしれないのに。己の心配をしたほうが賢い。ただでさえ、腕っぷしはそれほど強くないのだ。しかし、驚くほど落ち着いていた。感覚が麻痺しているのかもしれない。それでも、怯えてうずくまっているよりは、ずっとマシだ。
(僕は、案外図太いな)
そして現金だ。生きることを、諦めたりはしていない。
生きて帰ろうと、楽天的な男が言った。
この状況で、よくもぬけぬけと、そんなことが言えるものだ。あいつのポジティブさには呆れるしかない。
けれど、フォスはもう、大海を知らぬ蛙などではなく、己の手も汚し、憧れと現実との差とも対峙し、闇のふちも覗いた。
英雄に焦がれるだけの、子どもでは既にない。
ロイの見たことのない世界を見たその双眸が、一度はうつむき、閉ざされかけたその眼差しが、今はまっすぐに前を向いていることに、安堵をしていた。
(父さんは、自分の部隊を、ひとりも喪うことなく、無事にアーリグリフに返した)
命と引き換えにしてまで。
父が立っていたのは決戦場ではないが、味方を守り抜いたのは揺るぎない事実だ。
生き残る。そんな当たり前のことが、ここから一歩先に進めば難しくなる。
その只中で、自分はなにができるのだろう?
地を埋め尽くす兵士の、たったひとりでしかない自分に。
(僕は、神の名を呼んだりしない)
祈りもしない。信じるのは、己を生かし、奮い立たせる
――
信念だ。
*
光の矢が空を切り裂き、前方を飛んでいたエアードラゴンに命中した。
騎乗している兵士ごと、きりもみしながら、地面に落ちる。ぐちゃりと、ぞっとするような音を立て、幾度も痙攣したあとで、動かなくなった。
「この
……
ォっ!」
すぐ傍から、憎悪を煮詰めた声が上がった。
「バケモノがっ
……
!」
同じ部隊の漆黒兵が、空を仰いで呪詛を吐く。
フォスもつられて、光の矢の放たれた方向を見遣った。
大剣を握る手が、鎧の内側でかすかに震えているのに、フォスは遅れて気がついた。戦場ではいつもそうだ。感情は遅れてついてくる。動物的な本能が、危機を察知して動いたあとで、自覚がやってくる。恐れが、ようやく全身に染みてきた。
(施術兵器
――
)
シーハーツは、やはり施術兵器を投入してきた。アーリグリフ側が決戦を急いだこともあって、兵器として完成しているわけでもなければ、量産されているわけでもない。それでも、エアードラゴンを一撃で沈める攻撃力を誇る。
今までの、施術を用いた戦法ですら脅威だったというのに、これから先、あの兵器の開発が進んだらどうなるのか、フォスにだってわかる。
漠然とした焦燥感に、気持ちが塞ぐ。呪詛でも吐かねば、やっていられない。
フォスたちの部隊は、見晴らしの良いカルサア丘陵の、アリアス側北に配置された。ここは、最前線への補給路になる。
はじめは隊列を組んではいたものの、すぐに乱戦になった。辛うじて同じ部隊の仲間は近くにいるようだが、最早、元いた場所からどれだけ離れたのかも、判然としない。
指揮系統も混乱していた。漆黒団長アルベル・ノックスの不在。そして、彼が行ったという国家反逆の噂。副団長のシェルビーも既に亡く、残された上層部幹部と、疾風とが連絡を取り合い、指示を仰いでいる状況だ。
元々アルベルは進んで指示を出すような男ではなかった。その圧倒的な戦力を別にすれば、いてもいなくても変わらないと言う者もいる。確かに、そうかもしれない。
しかし、当然のようにあったものが、少しずつ削り取られ、形を変えてゆくのは、恐ろしかった。確実に、日に日に、息苦しくなっていく。
(負けるかもしれない)
今までも、漠然と考えたことはあった。しかし、今日この決戦場に立って、予感が確信に傾きかけていることを、認めないわけにはいかなかった。
「フォス!」
鋭くロイに名を呼ばれ、我に返った。
「くたばれェッ!」
前方から、殺意の塊がぶつかってくる。露出の高い、身軽な服装の一団だった。
「隠密の奴ら
……
!」
素早く身構えるフォスに、ひとりの女が躍りかかった。
憎悪に血走った瞳は爛々と光り、腕や腿に傷を作りながらも、口元に薄笑いをへばりつかせ、既に血に濡れた短刀を振りかざす。
正気の沙汰ではない。剥き出しの、ぎらついた殺意に眩暈がする。
軽々と地を蹴って、空中で前転する勢いごと、隠密は短刀を振り下ろしてきた。
「っ
……
!」
大剣を横に構え、一撃を受ける。想像以上に重かった。
短刀は、折れも欠けもしなかった。明らかに、強度はこちらのほうが上のはずなのに。
間近に受けた刀身が、血の色だけでなく、赤々と輝いているのを、確かに見た。
(施術か
……
!?)
ゆらりと、視界が揺れた気がした。刀身から立ち上る熱が、陽炎を生み出す。炎のちからを、確かにそれから感じた。
「くそ
……
!」
下から大剣を押し上げ、隠密を払いのけた。女は素早く後方に飛んで、身を低く構える。もう一度勢いをつけ、こちらの懐まで、ひとっ跳びに間合いを詰めてくる。
「あは、あはは
……
!」
打ち込んでは飛び退き、また素早くぶつかってくる。こちらの鎧の隙間、無防備な生の肌を狙い、攻撃と離脱とを繰り返す。
女は笑っていた。渇いた哄笑が、女の攻撃の軌道と共に、フォスを翻弄する。
得体の知れぬ、施術のちから。圧倒的に相性の悪い、相手の素早さ。けれど、最も厄介なのは、彼女の纏う狂気だった。
彼女だけではない。その忌まわしい、ねとついた気配は、このカルサア丘陵一帯をすっぽりと包み込んでいる。
どちらも追い込まれていた。瀬戸際の戦いだった。張り切った緊張の糸を、保ち続けるのは難しい。蓄積した疲労と憎しみとが、じりじりと理性を蝕む。
あちこちで虐殺を見た。敵味方に関わりなく、物言わぬ骸を執拗にいたぶる光景を、ここに来るまで何度も目の当たりにした。
「死ね
……
、みんな、みんな
……
っ!」
口の端を引きずり上げて笑みを作りながら、それでも女は苦悶に顔を歪めていた。
負の感情は強烈だ。手足を取られ、引きずられそうになる。
こんな混沌とした世界なら、いっそ、狂ってしまったほうが楽なのかもしれない。
(それでも
……
)
「うおおっ!」
大剣を振りかざし、飛びこんでくる隠密の体を、横薙ぎに払った。
無防備な脇腹に、しっかりと入った手応えがあった。女が目を見開き、ひび割れた唇から血を吐く。
そのまま、荒れ果てた地面に投げ出され、転がった。
――
戦場でできることは、殺すことと、殺されないこと。
アルベルの言ったことは正しい。認めたくなくても、一兵士にできることなんて、それしかない。己の身を守り、手の届くところを守ることしか。
ひと振るいした大剣が重くて、舌打ちをした。慣れたわけじゃない。心地よくもない。他者を跳ね除けることは、決して楽しくなんてない。それでも。
(俺は、生きて帰る)
どす黒い狂気にさらされ、足を引きずられそうになるたびに、言い聞かせる。
何度も、何度も。それが今のフォスの足を支えている。
乱れた呼吸を整え、武器を構え直す。乱戦になった丘を素早く見渡した。
まだ襲われている仲間がいる。援護しなくては
――
「うわあっ!」
後方で、悲鳴と共に爆発音が上がった。
アリアス側だった。振り返ると、風雷兵がルムから弾き飛ばされるところだった。
施術兵器
――
ではない、火球が爆発したように見えた。
煙霧が切れて、人影が飛び出してきた。戦場に不似合いな、鮮やかな色彩に、一瞬目が眩む。
青
――
? あの装備品はなんだ? 見たことがない。
「誰か止めろ!」
転がった風雷兵が、握ったままの槍を振り上げ金切り声をあげる。
「どけぇっ!」
青い髪をなびかせた男は、駆ける速度を落とさぬまま、声を張った。体の後方に引きずるように構えた剣は、フォスが見たことのない輝き方をしている。
冷ややかな、アイスブルーの輝き。たとえば、冬に地下水路を凍らせる、氷のような。
矢の如く、一直線に、乱戦の間を抜けようとしている? どこへ?
「フォス! 狙いは本陣だ! 止めろ!」
隠密の攻撃を押し戻しながら、ロイが叫んだ。フォスは、その声に弾かれるように、大剣を振り上げ、飛びこんでくる青年の進路を阻んだ。
「くそ!」
鎧も兜もつけていない、日焼けのあとも見られない顔を悔しげに歪めて、男が剣をぶつけてきた。刀身同士がぶつかった瞬間、ちり、と冷ややかな冷気が散った。
(氷
――
施術か? それとも
……
)
「フォス!」
強い声で名を呼ばれ、次の瞬間、横合いから誰かに突き飛ばされた。不意打ちのことに、フォスは受け身も取れずに地面に転がる。
今さっきまで、フォスの顔があったあたりを、火球が尾を引いて飛び去っていった。
「フェイト! 構わず抜けな!」
鋭い女の声が、青年の背を押す。頷いて、再び駆けだす男の後方に、赤が見えた。
長い指先に炎の残滓をまとわせ、湾曲した刃を持つダガーを両手に構えた女には、見覚えがあった。
「クリムゾンブレイド
……
!」
――
たとえ罠でも、あの子たちを死なせやしない。
グラナ丘陵で出会った、あの女だった。深い緑の瞳に、強い意志を宿して、細い腕を強く後ろに引いた。
「ハァッ!」
次の瞬間、クリムゾンブレイドの手から放たれたダガーが、まるで生きもののように空を切る。続けて、もう一刀。ワラワラと進路を阻もうとする兵士たちを牽制し、青年の脱出路をつくる。
素早く、青髪の男が乱戦を抜けた。振り返らずに、ひたすら一直線に、カルサアを目指す。
しかしこちらとて、黙って通してやるわけにもいかない。慌てて追おうとする漆黒兵の頭上に、ふっと不吉な影が差した。
「悪ィが、まとめてオネンネしててもらうぜ!」
頭上から、闘気の塊が降ってきた。衝撃波を伴った強烈な蹴りの一撃が、屈強な鎧をまとった漆黒兵を吹き飛ばし、なぎ倒す。
一撃で乱戦を制した金の髪の男は、武器を持っていなかった。しかし、長身の体躯に気圧されるほどの覇気を宿し、口元には不敵な笑みさえ浮かべている。
衝撃波をまともに食らった連中は昏倒し、鎧の音も高らかにその場に崩れ落ちる。
「あんまり離れるわけにもいかねぇ。追うぞ」
「わかってる」
短い言葉を交わし、金髪の男とクリムゾンブレイドは、戦場を駆ける青い色を追う。
たった一瞬で、圧倒的な力量差で場の雰囲気を塗り替えた。フォスは少し離れた場所にだらしなく転がったまま、遠ざかる背中をぼんやりと見送った。
(なんだ、あれは)
敢えて言葉に表すとしたら、嵐だった。一瞬で周囲を完膚なきまでに叩きのめして、通り過ぎて行った。
力の差は歴然としていた。手も足も出ないと、肌で感じた。
生死の境にいたと思うと、ぞっとした。はじめに剣をぶつけた青い髪の男にはまだ躊躇いもあったが、あとの二人には迷いがなかった。
(あんな桁違いの力をぶつけられたら
……
)
誰が阻めるのだろう。
今さっきまで必死に繰り返していた戦闘が、児戯に思えるほどの力だった。
あんなものを振りかざされたら。
(負ける
……
?)
ロイは、狙いは本陣だと叫んだ。本陣、それは軍の中枢であり、今はヴォックスがいる場所だ。
「フォス、無事か」
呆然と座り込んでいると、横合いから覗き込まれた。
兜の内側から発せられるくぐもった声で、相手が誰かを知る。先程自分を横合いから突き飛ばしたのは、彼だったのか。
「グランツ
……
。悪い、もう平気だ。あいつら、追わないと」
止めなければ。嫌な予感がする。
しかし、次の瞬間、強烈な施術兵器の一射が、すぐ近くの地面を穿った。今まで空中のエアードラゴンを狙っていたはずのそれが、明らかにここを狙ってきた。土埃が上がり、地面が揺れる。
同時に、先程仕掛けてきた隠密の一団も、クリムゾンブレイドたちを追うように、この場を離脱する。
まさか奴らは、露払いの援護部隊か? 先程の施術兵器の攻撃も、援護射撃、だとしたら。
「隊長! 奴らの狙いは本陣です!」
少し離れた場所で、ロイが声を上げた。
「わかっている!」
部隊長のノインが、怒声を返した。
「しかし、我々の任務は補給路の確保だ。全員を追跡に回すわけにはいかない。
――
ルヴィニ!」
「は、はい!」
鋭く名を呼ばれ、フォスは慌てて立ちあがり、居ずまいを正した。
*
鉄さびの臭いがする。
敵味方の死体が転がり、いまわの際の呻きに支配された荒野を、前線から本陣へ向けて遡る。
目的の姿は、もう見えない。が、途中で阻まれ、倒されたわけではなさそうだった。
なぜなら、はるか前方が騒がしい。
フォスは足を止め、仲間を振り返った。すぐ後ろで、兜を取ったロイが、遠くを眺め、渋い顔をした。
「既に、本陣傍まで攻め込まれてるな
……
」
「ど、どうするんだ?」
ようやく追い付いてきたヴィオ・クラックが戸惑いと苛立ちを混ぜた声を上げた。
「追跡を任されたのに、これじゃ失敗じゃないか」
フォスは、ヴィオの苛立ちにうつむく。
クリムゾンブレイドが率いる遊撃隊との接触後、部隊長であるノインは、兵を割き、敵の追跡を命じた。
本陣へと続く道のりには、他の部隊も多く配置されており、いくら途方もない力があるとはいえ、少数ならば押さえこめるだろうと、高をくくっていた。
しかし、現実は違った。自軍の本拠地に近づいているはずなのに、周囲は恐ろしいほど静かで、生気も活力も感じ取れず、困惑した。
「
……
正直な話、僕たちは逃がされたんだと思っている」
少しばかり逡巡したあとで、ロイが口を開く。はっと、周りの仲間が息を飲んだ。
「どういう、こと」
ヴィオのすぐ傍で、レビ・ルトが弱気な声を絞り出す。
ひょろりと、上背ばかりは兄貴分のヴィオよりも大きいが、どうにも気の小さい男だ。
ロイは、兜の奥から覗く不安げな瞳に、目を合わせた。
「隊長は、新人ばかりに追跡を命じた。あそこは狙われやすい補給路だし、なにより施術兵器の射程範囲内だ。僕らは元々、隠密に比べれば素早さは劣る。追いつける確率はたぶん、五分もなかった」
「それでも、俺たちの任務はあのわけのわからない奴らの追跡だろ」
立ち止まる一同を追い越して、再び歩き出したのはダスクだった。声にはいつもの調子の良さはなく、ざらりと渇いていた。
「ここまで来たからには引き返せない。近くまで行って、どっかの部隊の偉い人に、指示を仰がないと」
ダスクはまっすぐ前を見て、歩みを止めない。その背に、グランツが続く。確かにここで立ち止まっていても、なにも進展しない。慌てて二人の背を追いかけようとして、フォスはなにかに導かれるように、空を見上げた。羽音が聞こえた気がした。
「ドラゴン!?」
レビの声が動揺で裏返る。
はるか前方、本陣のあたりで、突如として宙に舞いあがったなにかがある。
遠くて良くは見えないが、ゆるやかに上下しながら滞空しているその様子には、見覚えがあった。
ドラゴン。アーリグリフにとって、象徴であり、かけがえのない戦力でもある。漆黒兵であるフォスには、あまり間近で見る機会こそないものの、やはり幼い頃から竜へのあこがれは強かった。
自分の愛国心がそれほど強いとは思わない。けれど、アーリグリフに生きるものにとって、ドラゴンは特別なのだ。その猛々しさと優美さとを併せ持つ威容には、畏怖を抱く者が多い。
「あれ、テンペストじゃないか
……
?」
「え」
後ろから追いついてきたロイの言葉に驚いて、フォスは遥か彼方に目を凝らす。
いま、舞い上がっている竜は3頭。そのうちのひとつの影が、他よりも一回りほど大きい。あれほどの大きな飛竜を、フォスは一頭しか知らない。
エアードラゴン、テンペスト。
嵐の名を持つ、気高く賢い飛竜は、事実上この国の軍部の頂点に立つ男の相棒だ。
三軍の間に優劣はないなど、綺麗ごとだ。確かに序列自体に差はないが、実際は、飛空騎士団『疾風』の発言権が一番強い。
それは、疾風が元来、貴族を中心とした組織だからであり、現団長のヴォックス公爵が、国王の伯父であるという事情もある。なにより、戦時に於いて、自己判断で勅命の発布を許されている疾風団長という立場は、軍部の総司令と呼んで差し支えないものだ。
ゆえに、疾風の兵士たちは、プライドが高く、他軍の兵士を軽んじる傾向がある。
特に漆黒は、歩兵という性質上、他の部隊よりも人員が多く、三軍で一番平民の出が多いこともあり、疾風兵とはあまりソリが合わない。更には軍団長同士の仲の悪さも手伝って、反目し合っていると言ってもいい。
フォス自身、疾風兵にはどことなく苦手意識があるし、その長たる、主戦派ヴォックスに対し、多少は思うところもある。
それでも、ドラゴンの威容を見せられれば、黙るしかない。
たとえ後ろ暗い噂がついて回る公爵とはいえ、愛竜を駆れば、アルベルと互角と言われるほどの竜騎士となる。
塞ぎっぱなしだった気持ちに、わずかながら、光明がさすのを感じた。
本陣に攻め入られれば、負けだと思っていた。大体は、それが正しい。喉元まで攻め込まれ、将軍が引きずり出された戦など、負けも同然だ。
しかし、今あそこを守るのは、この国で国王と契約を交わしたオッドアイに次ぐ力を持つ飛竜だった。
たとえ敵がどれほど強かろうが、テンペストを駆るヴォックスに勝てるものか。
フォスたちは居並んで、ぽかんと空を見上げ、成り行きを見守った。
なぜかはわからない。しかし、公爵が負けるわけがないという、奇妙な自信と安堵感が緊張をほどかせたのは確かだった。
「テンペストなら
……
」
ダスクが眩しげに空を仰ぐ。テンペストならば大丈夫だ、と言いたげな声音だった。
そのとき。遥か彼方で、滞空する大きな影が、ぐうと体を膨らませたあとで、苛烈な炎を吐いた。
大気すら焦がすような、高温の炎。これだけ離れていても、その眩しさに目を焼かれそうだ。魅入られて、立ち尽くす。
「すげえ
……
」
知らず、感嘆の声が漏れていた。それ以外、表現する語彙をフォスは知らなかった。
あれだけの火力ならば。
敵がどれほどの力を持っていたとしても、ひとのかたちならば。
捻じ伏せられる。それだけの力が、雄々しいドラゴンには、国の護り手にはある。
これならば、勝て
――
「なにか、聞こえない
……
?」
興奮に打ち震えるフォスを現実に引きずり戻したのは、か細く揺れる声だった。
頼りなげなそれは、レビ・ルトのものだ。振り返ると、彼は兜を脱いで、両耳の横に手を当て、目をつぶっている。
「なにかって、なんだよ」
ヴィオが、苛立たしげに弟分を見返った。せっかくの感動に水を差されたのは、彼も同様だったのだ。
しかしレビは眉間にしわを寄せて更にきつく目をつぶり、より一層聴力に神経を向けた。
「上から
……
空からなにか、圧力
……
みたいなものが
……
」
勘違いや気のせいだとは、すぐに言えなくなった。
ごうと、上空で大気が唸る。見上げれば、雲の色が変わった。天候の変化? 雨?
いや、違う。
雲間から、ぬうと、頭を出したものがあった。
炎よりも赤く輝く、巨大ななにかが、地表に影を投げかける。
「なんだ、あれ
……
」
ぽかんと空を見上げる。なんの感慨も浮かんでこなかった。正体がわからなかったし、あんなに巨大なものを、生まれて初めて見た。上から圧迫されて、耳鳴りがする。
次の瞬間。
空を裂いて、光の槍が降ってきた。
美しく、無慈悲な、滅びの神が。
【つづく】
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