吾妻
2021-10-31 17:49:07
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戦争と平和

はるか昔に運営していたSO3夢サイトの、更にオレ設定を元にした三次創作(未完)。自分で読むためにもってきました。ほぼオリキャラ若手漆黒兵から見た戦争。

戦争はその経験なき人々には甘美である。
       ――ビンダロス


1.愛国者たち/The Patriot


 鋭い爪が光った――ような気がした。
 もちろん獣の爪などぎらぎら光るはずもないのだが、その圧倒的な鋭さが、光となってフォスの目に焼き付いたのだった。
 ああ、食われるのかもしれない。情けなく腰を抜かし、地面にへたり込んだまま、漠然と思った。ひどく冷静に思った。まばたきも忘れていた。
 逞しくしなやかで、毛に覆われていて、鋭い爪を生やした獣の前足が振り上げられ、自分に向けて今まさに襲いかかろうとするのを、ぼんやりと見ていた。
(ぶんなぐられたら、死ぬのかな)
 短い人生だった、とフォスは思う。高々十二のガキのくせに、自分の生きた意味などという高尚めいたことを考えもした。
 両親のことも、口うるさい姉のことも思った。
(ごめん、オレ……ごめん……!)
 言いつけを守らずに、森になど立ち入ったからだ。自分は大丈夫だと高をくくっていた。
 せめて、あんまり痛くないといい。祈りながら、きつく目をつぶった――そのときだった。
「ボウズ! そのまま動くなよ!」
 声が聞こえた。張りのある、男の声だった。
 フォスは言われたとおり、息を止めて身をこわばらせる。
 ブン、と風を切る音が聞こえた。
 続いて、獣の甲高い鳴き声。
……え?」
 はっとして、フォスは目を開いた。
 黒い旋風が、眼前から獣を薙ぎ払う瞬間が、見えた。
 しなやかな獣は弧を描いて弾き飛ばされ、繁みの中に落下する。
 哀れに鼻を鳴らして、一目散に逃げ出していった。
「危なかったな、ボウズ。立てるか?」
 少し離れた場所に立っていた”黒いカタマリ”が、身の丈ほどもある長剣を引き戻して、言った。
 声がくぐもって聞こえるのは、頭をすっぽりと覆う兜のせいだ。
 頭からつま先まで、塗り込めたかのような闇色のいでたち。
「しっ、こく……
 その装束を、フォスも知っていた。
 アーリグリフの誉れある騎士団のひとつ、重装騎士団【漆黒】の鎧だ。
「どうして、漆黒のひとが、こんな森に……
 本来ならば、いるはずがない。
 彼らは兵士の中でも選りすぐりの精鋭で、主に王都を中心に配備されている。
 フォスの村にも兵士が立ち寄ることがあるが、大体が一兵卒だ。彼らはこのあたりが辺境であり、中央の目が届かないことをいいことにふんぞり返り、これ見よがしに国の紋章をひけらかす。
 だからフォスの村では、兵士はあまり好かれていない。
「このあたりの魔物が増えてきたって聞いたんでな。近々掃討作戦があるんだ。俺たち漆黒は露払いってところだな」
 ほら立てよ、と手甲に覆われた腕が差し出される。
 フォスはぎこちなく腕を伸ばし、長剣を扱いなれた逞しい手に、自分のそれを重ねた。

            *



「そしてそのお方は名乗りもせずに、俺を村まで送り届けて、颯爽と去って行ったのだった!」
 フォスはテーブルに力強く拳を叩きつけた。
 食堂の長机全体に振動が伝播し、それぞれに置かれた皿がわずかに浮き上がる。隣に座っていた線の細い青年は、その衝撃にあからさまに眉をひそめた。
……その話、耳にタコができるぐらい聞いたよ。フォス、お前は食事も静かにできないのか?」
「そういうロイこそ、食事中にまで本読むのやめろよな」
 茶色い髪を跳ねさせたフォスは、隣に座る冷静沈着を旨とする幼馴染を横目で睨む。
「延々同じ話を繰り返すよりは、生産性がある」
 幼馴染――ロイは取り合わなかった。
 黒く艶のある髪と揃いの瞳でフォスを一瞥すると、すぐに本に視線を戻した。
「そんな行儀悪いことして、食堂のオバちゃんに見つかったら、ただじゃすまないだろ」
 常に余裕を崩さない幼馴染に、フォスは子どものように唇を尖らせた。
 ここ――漆黒の駐屯地であるカルサア修練場の食堂を取り仕切るのは、肝っ玉の据わった逞しい女性とその娘だ。
 特に母親の方は、周囲から荒くれ者と敬遠される漆黒の若者どもにもまったく動じず、片手間な食事をするものを容赦なく断罪する、ある意味修練場の主とも言われるほどの女傑なのだ。
 騒がしくても、食べ方がうつくしくなくても、別に彼女は気にしない。女傑が憎むのは食事に対する不誠実な態度――今まさにロイが行っているような所業――なのだった。
 見つかれば、どんな雷が落ちるものか。
「今日はおばさんはいない」
 しかしロイは少しも怯える様子も見せず、しれっと答えた。
「だから平気だ」
……なんで言い切れるんだよ」
 ロイの自信たっぷりな態度が気に食わず、フォスは食い下がった。確証もなく、あてずっぽうで話をしているのではないのか?
 頬をふくらますフォスに、ロイは面倒くさそうに本をぱたんと閉じた。
 人差し指で、ほぼ空になったスープの皿を指す。
「味が、違う」
……へ?」
 思わず間の抜けた返事をした。
 味が、違う?
「おばさんが作る日は、もっと根菜の味がする」
「へ、……へぇー」
「まったく気づかずに食べてたんだな、平和なやつ。だから今日はおばさんは修練場にいないんだろ。今朝は早くから、あの子が仕込みをしてたし。……なんて言ったかな」
「ああ! マユちゃんか!」
……お前、勝手にそんな親しげな呼び方」
「勝手にじゃねーよ。トモダチだし」
 きっぱりとフォスが言い切ると、ロイは目を眇め、胡散臭いものを眺める顔をした。
「どうしてお前はそうなんだ」
「”そう”って、なにが」
「お前はそうやってすぐに、誰かれ構わず懐いていって……犬か」
「ロイが愛想なさすぎるだけじゃん」
「遊びに来ているわけじゃないだろ。僕たちは、軍人なんだ。しかも、アーリグリフが誇る三軍の――
「わかってるよ!」
 やけにきりりとした声が返った。
 フォスの表情は引き締まり、拳はきつく握られている。
「俺だって、遊びのつもりじゃないさ。せっかく念願の漆黒に入れたんだ。しかもこんなに早く! あとはもう実戦に赴いて、ばったばったと敵をなぎ倒すだけなんだ!」
 両の拳を握り、フォスは勢いよく立ち上がった。彼が見上げる虚空には、己の華々しい活躍のまぼろしでも見えているのだろうか。
……こんなに早く三軍に昇格できたのは、それだけ人材が足りないってことだろ」
「ん? なにか言ったか?」
 握りしめた拳を振り上げているフォスには、ロイの独白は届かなかった。
「なんでもない」
 夢と野望に燃える幼馴染に、頭から冷水をかぶせてやる気にもなれず、ロイは小さく首を横に振った。
「はぁ……でも、とにかく早く現場に行きたいよなぁ。この間、アリアスのあたりであった衝突の話、聞いたか?」
 すとんと席について、フォスがぐっとロイの顔を覗き込んだ。
「むしろ曲がりなりにも漆黒にいて、その話を知らない方がおかしい」
……ロイはすぐに面倒くさい話し方するよな」
「それで、アリアスでの戦闘がどうしたって?」
「どうした、じゃないよ! 団長だよ!」
 再びフォスの拳がテーブルに叩きつけられ、食器が高い音を立てる。スプーンがぽろりと床に落ちた。
 フォスの口から飛び出した単語に、ロイはあからさまに渋い顔をした。
「”それが”?」
 それがどうした、と棘のある声で促す。
「相変わらず、【歪】の名に恥じない活躍ぶりだったとか、そういう話なのか?」
 ロイは、本気で機嫌を損ねていた。
 常日頃から、あまり快活な態度を取らない男だが、殊この話題になると、ロイの機嫌は傾いてしまう。
 幼い頃からの長い付き合いだ。戯れか本気かなど、すぐにわかる。
「どうしてロイはそんなに団長が嫌いなんだよ」
 フォスはつまらなくなって、唇を尖らせた。
 ロイの機嫌を損ねるのは、決まってフォスたちが所属するアーリグリフ重装騎士団漆黒の軍団長である、アルベル・ノックスの話題になったときだ。
 自分たちと十も離れていない若い男が、ゲート大陸最強と名高い三軍のひとつを預かっている。
 しかも、”飾りもの”ではない。
 自ら得物を取り、先陣を切る。
 カタナと呼ばれる特殊な武器の扱いはアーリグリフ随一とも言われ、戦場での武勲は数えきれない。
 戦のあとは決まって血でずぶぬれになって戻ってくると言うが、それはすべて敵の返り血であるとか、ひとふるいで十人の隠密を屠っただとか――さすがにフォスもそれは誇張だとは思うが――逸話は枚挙にいとまがない。
 もちろんフォスは、間近でアルベルを見たことはない。
 元来部下と馴れ合うような人物ではないし、フォスやロイなどというヒヨッコには、雲の上のような、住む世界の違う人物なのだった。
 同じ軍に所属しているとはいえ、新参者は言葉を交わすことすらできないのだ。
 それでもフォスは、今回の戦の攻撃部隊総指揮を執るアルベル・ノックスに、純粋な憧れを抱いている。
 軍団長ともなれば、布いた陣で高みの見物をしていても許されるだろうに、戦鬼ともあだ名される男は、必ず前線に立つ。
 階級をかさに着てふんぞり返っているものたちよりは、よっぽどいい。
 あとは何より、強い。強さに憧れるのは、男子として当然ではないのだろうか。
 しかしロイは、あまり自軍の団長が好きではないらしい。
「嫌いだなんて、一言も言ってない」
 ふい、とロイは顔を背ける。が、フォスは「嘘つけ」と心の中で毒づいた。
 ロイはアルベルが嫌いなのだ。
 以前、こぼしていたことがある。
――確かに単騎での戦闘には優れているかもしれない。でも、あの人の行動は、本当に国益を顧みているものなのか? 僕にはとてもそうには――
(でも俺は、見たことないからな)
 確かにアルベルに関する流言飛語は多い。
 どれが正しくて、どれが間違いなのか、フォスには判断がつかない。それほど、相手をよく知らないからだ。
 自分の憧憬は、的外れなのかもしれない。
 でも、どのみちどれが正しいかわからないなら、好きなように考えていた方が楽だ。
 目を引く風貌や、伝え聞く言動も気にかからないわけではないが、元来フォスはロイのように、物事を難しく考えるのが苦手なのだった。
 ロイの言うとおり、先のアリアスの戦闘でも、アルベルはまさに【歪】の名に恥じぬ活躍ぶりだったという。
(話す相手を間違えたかな)
 漆黒も決して一枚岩ではなく、破天荒で他と群れず、権力にも財にも媚びないアルベルを忌避するものも、多くいる。
 だが同時に、フォスのように純粋に憧れるものも、同じぐらいいるのだ。
 こういう話は、そういうヤツらとするべきだった。
……早く、戦場に立てないかな」
 これ以上ロイの機嫌を損ねるのは得策ではない。
 アリアス戦での漆黒の動きやら、アルベルの活躍やら、喉元まで出かかった話題を飲みこんで、フォスは嘆息した。
……それに関しては、僕も同意見だ」
「お、なんだ。ロイだって暴れたくってウズウズしてるんじゃん」
「お前と一緒にするなよ」
 冷ややかに睨み返され、フォスはふくれる。
「今、同じだって言ったじゃんか」
「別に僕はお前みたいに、ただ暴れまわりたいだけじゃない。実戦に出ないと――戦功がたてられない」
……ロイ?」
「おーい、フォス・ルヴィニ、ロイ・カライス!」
 食堂の扉が開き、入口から大きな男が顔をのぞかせた。
 フルネームで名を呼ばれ、フォスとロイは顔を上げる。
「あれ、先輩? どうしたんですか?」
 フォスは身軽に席を立ち、入口の方へ駆け寄る。ロイもそれに続いた。
「喜べフォス、いい報せだ」
 すっかり顔なじみになった先輩漆黒兵は、気安くフォスの肩に腕を回してくる。
「いい報せ?」
「待ちに待った初任務だ。小隊長殿から直々のご指名だぞ。行って来い」
「に、任務!? ホントに!?」
「僕とフォスで……ですか?」
「ああ、そうだ。あとひとり、スマラクトも呼ばれてるらしいがな」
「スマラクト――グランツ・スマラクトのことですか?」
 ロイはうつむき、顎の先に指をあてた。考え事をするときの癖だ。
「グランツも一緒なら、さっさと終わりそうだな!」
 破顔するフォスに、ロイは相変わらず難しい顔を崩さない。
「なんだフォス、スマラクトと仲が良いのか?」
「漆黒に配属になる前の訓練から同じ班だったんだ」
……
 にこにこと先輩相手に敬語も使わないフォスの気安さに、傍らでロイはハラハラと気を揉む。フォスはいつもそうだ。遠慮や作法を駆使しない。他人との間に壁をつくらない。
 けれど、無遠慮で無作法ながら、彼はよく周囲の人間に愛される。
 するりと、いつのまにか相手の懐にすべりこんでいる。
 真似しようとしてできるものではない。
 事実、年嵩の漆黒兵は、気分を害した素振りもない。
「へぇ、そうか。随分腕が立つやつらしいな?」
「うん、とにかく強いんだよ」
 フォスも神妙な顔でうなずく。
「まだ模擬戦で一度も勝ったことない」
「へぇ? お前が力負けすんのか」
「おう。タダモノじゃない」
……お前の場合、猪突猛進すぎて、行動パターンが読まれてるんだろ」
「なんだよ?」
……なんでもない」
 熱中すると、平常時に輪をかけて視野が狭くなるフォスは、よく周囲から”イノシシ”と呼ばれている。
 同期のグランツ・スマラクトのみならず、冷静に状況を判断して先の動きを読むような相手とはそもそも相性が悪いのだ。
 ロイは別に幼馴染が憎くて助言をしないわけではない。同じ村に生まれ育って今まで、幾度となく繰り返してきたことを、更に積み重ねるのが面倒なだけだ。
 第一、まったく改善されない。本人が聞く耳を持たないのではなく、熱中するとすべて飛ぶというフォスの持って生まれた性質は、もはや如何ともしがたいのだ。
「とにかく、あんまり小隊長を待たせんなよ。あの人、けっこう時間に厳しいからな」
「うわっ、ぷ! ガキ扱いするなって!」
 先輩漆黒兵にわしわしと頭を撫でられ、フォスは憤り拳を振り上げる。
 その様が何よりも子どもっぽいのだ。
……早くしろよ」
 ロイはその襟首を掴んで、食堂から引きずり出した。
「よーし、初任務! やってやる!」
「恥ずかしいから大声出すな!」
 騒がしい新米兵が去ったあとの食堂に、忍び笑いや小さな舌打ちが零れ落ちた。



            *



「はあああ……
「もう23回目だぞ、ため息つくのやめろよ」
「これが! ため息つかずに! いられるかよ!」
 フォスは、怒りに震える拳を振り上げた。
 修練場を出ると、グラナ丘陵が広がっている。殺風景だが、アーリグリフの中では比較的、肥沃な土地だ。
 少し歩くと、一台の馬車が止まっていた。
 馬車につながれた一頭の黒馬が、地面に重ねられた干し草をゆったりと食んでいる。
「だって、任務っていうから、てっきり……
 馬車を前にしたフォスが、改めて現実を受け止めて肩を落とす。
「偵察とか伝令とか、はたまた魔物退治や賊の討伐とでも思ってたのか? そんな重要な任務を、いくらなんでも僕たちに任せるわけがないだろ」
「それにしたって……カルサアの傍の村まで物資を届けるなんて……
 若者たちに下された任務は、カルサアから東――シーハーツとの国境にほど近い村へ、物資を送り届けるというものだった。
 力仕事だと息巻いていたフォスは、思いっきり肩すかしを食らってしまったのだ。
「本当にお前は、相変わらず馬鹿だな……
 がっくりと肩を落とす幼馴染を、ロイは冷ややかな眼差しで射抜く。
「物資の確保・調達・分配だって立派な任務だろ。人間、どれだけ気合があったって、糧がなければ動けなくなるんだ。食糧や物資が足りなくなれば、いずれ士気にかかわるんだぞ」
……疾風でびゅーんと飛べば一発だろ」
 フォスは唇を尖らせ、ふいと幼馴染の正論から顔を背けた。
 ロイはより一層、頭を抱えたくなった。
……疾風の任務内容、いくら筆記が苦手だったお前でも知ってるだろ」
「『敵陣への偵察と奇襲・強襲』……
「そうだ。それに疾風は元々、少数精鋭の機動部隊だ。なにより、空を飛んだら目立つだろ」
「だったら風雷は? ルムを使えば馬より早いだろ?」
「ルムが気性が荒いのはお前だって知ってるだろ? 軍務用に訓練されても、なかなか扱い切れるものじゃないし、角を狙った乱獲のせいで数も減ってる。野生のルムなんて、もうほとんどいないんだぞ。輸送任務は少なくないんだ、重要なもの以外風雷は動かないだろ」
……漆黒だったらいいのかよ」
「エアードラゴンやルムに比べると、命令もしやすくて動かしやすいだろ、人間のほうが」
「うぐぐ……
 しれっと言うロイに、フォスは歯噛みをし、言葉を探しあぐねて結局黙り込んだ。
「漆黒は、そういうポジションなんだよ。お前だって知ってるだろ。ドラゴンやルムよりも――簡単に替えがきくんだよ」
……
 言い返せなくて、フォスは黙った。
「ふたりとも、遅かったな」
 フォスとロイの姿を見つけ、馬車の傍らから青年が歩み寄ってきた。
 すっと背が高く、更に背筋がぴしりと伸びているので、余計凛々しく見える。
 鳶色の髪の合間から、深い緑色の瞳がふたりを見た。
 フォスやロイと同い年だというが、落ち着きは彼のほうが何倍も上だ。
「グランツ!」
 “友達”を見つけて、フォスはぱあっと表情を明るくした。
「スマラクト、遅れて悪い」
「いや。この時間なら、夕暮れまでには村に着けると思う」
 グランツの受け答えは、いつも一貫している。穏やかで――波立たない。
 フォスのように始終テンションが上下しているのも鬱陶しいが、始終平坦なのも、奇妙だなとロイは思う。
 本音はどこにあるのか、彼が感情を揺らしたりするのか、疑問だった。
「せっかくの初任務なのに……しかも結局、カルサアで先輩と合流するんだろ?」
 ロイではやり返されると学んだフォスが、グランツに愚痴りながら黒馬の首を撫でた。
「そう言うな。任務を頼まれるだけでも進歩だよ。俺たちは入って、そんなに日も経っていない」
……そう、かな」
「他にも同期はいるが、呼ばれたのは俺たちだけだった。上官との合流も、成果を見せる機会だ」
「そう、だな!」
 グランツの穏やかな笑みを受けて、フォスの顔にも明るさが戻ってきた。
「ルムには負けるだろうが、この馬も随分と俊足だと聞いた」
 グランツは緑の瞳を、ゆったりと草を食む馬へ向ける。
「そっか。よろしく頼むな!」
 フォスが首を撫でると、黒馬は鬱陶しげに頭を振る。
「スマラクトは、ルムの扱いのほうが慣れているんじゃないのか?」
……ロイ?」
 馬に振り払われたフォスが、幼馴染を振り返った。
 どことなく、探る気配のある口調だったからだ。
「特別、そんなことはないが」
 グランツの表情は大きく揺れはしないが、困惑しているようだった。
……早く発とう。合流が遅れる」
 わずかに浮かべた戸惑いもすぐに引っ込めて、グランツは馬車に乗り込んだ。
「どうしたんだよ、ロイ」
 いつにも増して難しい顔をしているロイに、フォスは声をかけた。
 基本的にひねくれてはいるが、あまり他人に悪意をぶつけたり詮索する性質ではない。
「あいつ――スマラクトは……
「ロイ?」
……なんでもない」
 戸惑うフォスを置き去りに、ロイも馬車に足をかけた。


【つづく】