望月 鏡翠
2026-01-22 20:21:07
30877文字
Public 庭師は何を口遊む 霊山班
 

やばい店に潜入捜査するパロ その2

自陣の二次創作/庭師通過済み前提/https://privatter.me/page/696cf10600785 の続き


 特殊な立ち位置にある警視庁特殊犯罪捜査零課の人員は、常に足りていない。ギリギリの人員でできることには限りがある。それでも上からの命令には逆らえない。
 解決すべき事件がある。
 状況変化に対応する人員を確保できない。作戦は常に万全ではない。
 もしも。もしも、読みが外れたら、どうなるか。
 指先が冷え切っている。
 敵の最中に投げ込んだ、巩心からの連絡が途絶えた。
『明治。落ち着け』
 インカムの向こうで霊山の声がする。彼は今、店にいるはずだ。比叡も今すぐ無事を確かめに行きたかったが、ギリギリでそれを止めていた。
「班長、巩心さんの姿は視認できますか?」
 否定されることがわかっている問いだった。
 全てが仕込みのドッキリだというのでなければ、あの状況からホールに戻ってくることがあるわけがない。
『店内にはいない』
「僕が店に行って指名するふりをして、見るというのは」
『落ち着け』
 井伏の声が、加わった。
 動転していて、仲間全員に聞こえるのだということを忘れていた。狼狽した声を聞かせてしまったことを撤回しようとして、言葉が出なくなった比叡は、しばし沈黙した。
『このタイミングで急に店に入って、あいつを指名したら不自然じゃろ。俺がフォローに入るけぇ、お前はおとなしくしとけ』
「ま、待ってください。一人で救出は……
 捕まったらしき巩心を気にして危険に晒されるのは、井伏とて同じだ。お互い装備がない。
『救出まで行かなくても捕まっていることが明らかになれば、本庁を動かせる』
 霊山が冷静に指示を出す。
『明治はどうせ、アホな作戦立てて一人で突っ走る気じゃろ。山穂の居場所を確かめりゃええんじゃね』
「危険ですよ」
『お前が行ったところで、変わらんけぇ。店の中の動きが分かっとる俺の方が、まだ使えるじゃろ』
 井伏は店内の無線を聞いている。
 比叡たちと同じように、肝心のやりとりは別チャンネルを使用しているだろう。しかし店内にいる仲間を呼び寄せるなど、表に出ている人員を動かすのであればその連絡は、店内無線を介して行われるはずだ。
 井伏の方が、手に入れられる情報が多い。
 感情を鎮める。
 仲間に犠牲が出ず勝率が高い賭けでなければ、チームは動かせない。己にできること、
「お願い、します」
 比叡が準備をしている一週間の間に、店内に潜入している組は建物に隠された場所がないか、探りを入れていた。怪しいのは地下にあるという高額商品専用のセラーだ。防犯のために特別な鍵がないと立ち入ることができない。温度調整のための設備が整えられ、コンクリートの壁は分厚く、中で何が起こっていても物音は聞こえない。
 本当にそこに酒があるのか、酒以外の何かがあるのか、どのくらいの広さがあるのかは中に入った人間しかわからない。
 そこに巩心がいることがわかったとして、たった三人でどうやって助けることができる。
 絶望的な気持ちが、胸に満ちてくる。
 悪い方にばかり考えるなと言い聞かせるが、待っているだけだと最悪の可能性がぐるぐると頭を巡る。
 内部システムにアクセスできないから、外からサポートすることもままならない。
 せめて、インカムにカメラを仕込んでおけば現場の状況が少しでもわかったのではないか。発信機をつけて置くことはできなかったのか。
『セキュリティルームには、誰もおらんかった。交戦した形跡はあるが、血痕はない。誰もおらんいうんが、不気味じゃが。山穂を運び込んだんなら、セラーが空いとるかもしれん。今から確認に行く』
『深追いはするな』
 霊山が言葉を添える。緊張状態だろう相手の集中力を削ぐような、余計な言葉は必要なかった。
 頭が痛くなるほどの沈黙の後、緊迫した声がインカムの向こうから聞こえた。
『相手は、思うたより大きい相手かもしれん』
 交戦の音。
 井伏からの連絡が途絶えた。
 インカムの向こうには、もう霊山しかいない。
『明治、対処できるな』
……僕が、道を拓きます。彼らを、必ず助けてください」
『お望み通り〝やれ〟と言ってやる』
 喉の奥で笑う声が、通話の向こうで聞こえた。
        ◇◆◇
 仲間からの連絡が途絶えてから二十時間。
 眠れるわけがなかったが、今後のことを考えて無理やり意識を落とした。
 店が開くまで、無事であると願うしかない。
 邪魔な前髪を固める。眼鏡を変えて、喫煙具も夜の店にふさわしいものに入れ替える。
 全ての仕込みが十分であることを確認する。
 比叡は、いつもの通り客として店に向かった。
 いつもの通り、店に入り席に着く。
 薄暗い店。露出の多いキャストと、味よりもブランドイメージが先走って値段が吊り上がっていく酒。影のように蠢く黒服たち。
 顧客の欲望を何よりも重視する店のはずなのに、上客に与えられるべきもてなしが欠けている。テーブルにいつも指名のキャストがいない。
「巩心くんを、呼んでいただけますか?」
 やがて、店内の音楽が止んだ。
 気がついていないわけではなかった。店内の人の少なさ。他の客はおらず、キャストもいつもと顔ぶれが違う。ソファの両脇を黒服が固める。
 比叡が逃げ出さないように、だ。
「ご同行いただきます」
 その手に携えているのは拳銃で、安全装置が外れた状態で比叡の方に向けられていた。
 銃火器の携帯。この国ではそれを許可されるのは、一部の職業の人間だけだ。当然彼らは、それに該当しない。
 ああ、間に合った。
 比叡は、深くため息をつき後頭部に押しつけられた銃口の冷たさを感じていた。