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望月 鏡翠
2026-01-22 20:21:07
30877文字
Public
庭師は何を口遊む 霊山班
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やばい店に潜入捜査するパロ その2
自陣の二次創作/庭師通過済み前提/
https://privatter.me/page/696cf10600785
の続き
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毒と混ざったのかそれとも胃液で変色したのか、どす黒い血が床に広がっていく。
「馬鹿な男だ」
霊山が靴先で顎を動かし上を向かせたが、唇からは血が溢れ時折咳き込むようにして体を震わせるだけだった。
「で、そっちの男はどうする。山穂だったか? 飼い主がいなくなったのなら、買ってやるが」
巩心は、椅子に拘束され床に倒れたまま動かない。呼吸をしているのが、背の動きでわかるだけだった。
「彼には儀式の生贄としての役割があります」
黒服が手が汚れないように、比叡の襟を掴んだ。力の入らない四肢はだらりと投げ出されたままだが、時折まだ命が残っていることを主張するように、体が震える。
「これは
……
もう使えないだろうな。この体格では血液量も少ないだろうし。ほとんど溢れてしまう」
これで問題は片付いた。
情報は手に入れられなかったが、霊山が言った通りそんな些事にかかずらわっているよりも、拠点を移す準備を整えた方が早い。霊山は敵組織の人間ではない。
この場で勝利を収めたはずなのに、首筋の後ろをざわつかせる悪寒が消えない。
振り払うように部下に指示を出そうとして、その音に気がついた。
獣がいる。
獲物に飛び掛かる直前の肉食獣が、牙の隙間から吐き出す息。あるいは、毒牙を突き立てる直前の蛇の囁き。それは足元から聞こえている。
巩心が深く、深く息を吸い、吐き出している。
背中が大きく膨らむ。腕の筋肉に力がこもる。筋肉の怒張した体は、彼が何倍にも大きくなったように見えた。
ボキと音がした。
戒められていたはずの両手が、床を捉える。
左手の親指が奇妙な方向に捻じ曲がっている。捉えるべき手首を失った片側の枷が、右手首からぶら下がり地面を叩いた。
それを認識し理解するよりも早く、巩心の両手が体を勢いよく宙に投げた。体重を乗せて叩きつけられ、対荷重を越えた衝撃に椅子が砕け散る。
折れた椅子の足を手に取ると、手近にいた男の足に刺す。
苦悶の声をあげて体勢を崩した男の腕を掴んで、背負い投げの要領で振り回し、男と体の位置を変える。
直後、発砲音。
銃弾は、盾にされた男の体に身に食い込んだ。力を失った敵の体を銃を持つ相手に向かって投げる。
WIPルームはホールを見下ろすことができる中二階に位置にしている。マジックミラーを突き破り、銃を構えた男は自分が撃った男ごと、人のいない客席に落下していった。
だが銃を持った男は、まだ室内に残っている。
構えた銃口に向かって、拳を振るう。
それは届かないはずだった。
しかし、手首に繋がったままの枷の片割れが、間合いを伸ばす。枷の輪を銃床にひっかけると、男の手から弾き飛ばす。
衝撃で引かれた引き金が、弾丸を弾き出し髪の毛の一部を削る。
しかし、巩心は瞬き一つせず、踏み込んだ。
腕を伸ばし、ガラステーブルの足を掴む。
成人男性と変わらぬ重量があるはずのそれが、宙を舞い部屋のものを薙ぎ倒した。
霊山は涼しい顔で、空気を押し除ける重たい音をして振り回された鈍器とその破片を、ソファの上で体を横に寝かせるだけの動作でかわした。
辛うじてそれから逃れた黒服は、比叡から手を離し後ずさっていた。
「く、化け物かこいつは。ここは、一旦退く。増援を呼べ。外に出すな!」
部屋の出口に向かって走り、手招かれた霊山がその後に続く。
退路を守ろうとした部下が、飛来したソファにぶつかって動かなくなる。
前髪の隙間から睨みつけるその顔は、純然たる殺意で満ちて感情と温度がない。
霊山は部屋を出る前に振り返り、その名を呼んだ。
「山穂」
もはや立っているものは、ほとんど残っていない。
ナイフを抜こうとした敵の手が、壁に叩きつけられて踏み潰される。激痛に喘ぎ、泣き叫ぶ顔を見ても表情は動かない。
「山穂」
床を指差していた。血まみれの比叡が、そこに倒れている。
巩心が、肩を大きく上下させる。呼吸をするたびに、その顔に感情が戻った。
「あとは、頼んだぞ。山穂」
大きく、息を吸う。
吐き出した息は、泣きそうに揺れた。
「明治サン!」
意識のない比叡の体を抱え上げると、肩に担ぐ。
何度呼びかけても返事はない。答えの代わりに喉が不気味な水音を立てて、巩心の肩を血で濡らした。
ぞっとするほど体が冷たくなっていた。
どう処置をすればいいのか、どうすれば助かるのか。巩心には判断ができなかった。医学の心得がある井伏はいない。インカムは奪われてしまって連絡をする手段がない。
増援がきっとこの部屋に向かっている。
咄嗟に、ホールに目をやった。
人払いをされたホールには、誰もいない。
VIPルームには会員専用の出入り口を通らねば、入れない。そこを通らねば、裏口にもバックヤードにも玄関にもいけない。
だが今は窓ガラスは割れ、風通しが良くなっている。迷ったのは一瞬だった。
「すみません明治サン、かなり揺れると思います」
巩心は躊躇いなく階下に飛び降りた。ホールを通って正面玄関から外に出る。閉店中の店の鍵は閉められているが、中からであれば開けられる。
外に出る事はできた。だが、きっとすぐに追っ手がやってくる。誰に助けを求めればいい。敵は銃を持っている。不用意な相手に助けを求めれば巻き添えにしてしまう。
右か、左か。
向かうべき先に迷う巩心の耳に、クラクションの音が響く。
「巩心、こっちだ」
ドアを開けているワゴン車がある。スモークガラスになって、車内は見えないが、中から手を振っている男の顔には見覚えがあった。
「神童さん?!」
この状況ならなぜこんなところに、と比叡であれば口に出したのだろう。だが巩心は、差し出された助けの手に、まっすぐに飛び込んでいった。
巩心が乗り込んだ瞬間に、神童はドアを閉める。運転手に指示をするとすぐに車は出発した。
車内は座席が取り払われていた。狭い空間だが、ストレッチャーと医療機器、そして術衣を来たスタッフが待ち構えている。
何が何やらわからないまま、巩心は求められるまま比叡を彼らに手渡した。
「神童さんは、どうしてここに」
ようやく、その質問が出た。
額の傷を撫でる。苦々しい顔は自分の答えに対する巩心の怒りが予期できているようだった。
「こいつは、初めから自分が毒を飲むつもりでいた。だから俺たちはもしものときのためにと、ここで待機していた」
「なん、すか」
気道に差し込まれた管が、ようやく水音しか立てなかった喉から呼吸を取り戻す。細く息の漏れる音が聞こえた。
「なんなんですか、それ」
神童はいたたまれない表情で、顔を背けた。
「意識が戻らないのはまずい、名前を呼んでやってくれ」
「説明してください。なあ」
掴み掛かろうとする勢いの巩心を、処置中のスタッフは退かす。輸血を初めても、紙のように白くなった顔色は戻らず、焼石に水のように思えた。
「明治サン、戻ってこいよ!」
答えの代わりに、ビープ音が返事をした。
この場面で聞こえるその電子音は不吉だったが、それを鳴らしているのは神童の前に置いてあるラップトップだった。
医療スタッフが早く止めろと言いたげに睨みつけるが、神童も止め方がわからないようでお手上げのジェスチャーをする。
ストレッチャーの上で、比叡の体が跳ねた。
激しく咳き込み、背を曲げてうずくまる。血を吐き出して、車内の床が赤くなる。だが、体を起こそうとする動きは、確かにその身に意識が戻ったことを告げていた。
「明治サン」
「動かないで!」
スタッフと巩心の声が重なる。
ストレッチャーの押さえつけられたまま、比叡は音を鳴らし続けるラップトップを指差していた。手元に持っていくと、血まみれの手がキーボードを操作する。
神童が妙な反応をしたあと、巩心にインカムを手渡した。いつもの警察無線だ。
どうして今と怪訝な顔をしながら耳に当てる。
――
敵の電子機器とセキュリティはこちらで掌握しました。サポートします。仲間の救出、任せましたよ。キョウウラさん。
突然平坦な機械の合成音声が耳に流れ込んできて、違和感に驚いてイヤホンを引き剥がしそうになる。
「な、なに?」
『明治、生きてたか』
霊山の低く笑う声が、その通話に紛れ込んでくる。
何がどうなっているかわからないが、霊山がそう呼んだのであれば、耳元に流れ来る言葉は比叡なのだろう。
――
僕が死ねば、神童さんが後を。問題はない。
「専門外だ。やると決めたのならお前が最後までなんとかしろ、比叡」
神童が隣で顔を顰める。
――
OK
普段の語彙にない言葉は、片手でタイピングするときの手間を惜しんでいるせいなのだろう。
顔色は相変わらず悪い。いつ意識を失ってもおかしくないように思える。いつまで意識が保てるのかわからない。今は一分一秒ですら惜しい。
――
班長がイブセさんを救出に向かっているはずです。機動隊が一時間後に突入する。合流して合わせてください。
「後で全部、説明してくださいよ」
――
生きていれば。
その言葉に反論する時間が、今は惜しい。
巩心は頷いた。
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