mishiadd
2025-12-30 10:49:07
45542文字
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BROTHERHOOD:ひとでなしの恋

【現パロ】兄弟同然に育った伊織さんに恋慕してしまったヤマトタケルさんと「いつか満足して諦めるだろう」と思ってかたちだけ付き合ってるフリしてくれる伊織さん【剣伊】


九、

東の空が明らんできて、西の空にはまだ夜の名残の星が残っている黎明の頃だった。
約束した始発列車に乗るためにいつもの吹きさらしの無人駅に伊織が来てみれば、タケルが既にプラットホームで待っていた。
一泊用にしては少しだけ大きな俵型のスポーツバッグを肩に掛け、それとは別に小さなポーチを肩から下げている。――財布も持たず、護身用の最低限の守り刀以外はいつも手ぶらの印象があったタケルだけに、それだけで随分普段と違う装いに見えた。そう伊織が指摘すると、

貴重品、が入っているのだ」

「フフン!」と胸を張ってタケルが言った。

「まずはペアチケットと宿泊券。これは鞄の中に入っているのを何度も確認した。それから、旅費。それからええと、『紳士用のハンカチ』、『ティッシュ』、『いざというときの酔い止めの薬』と」

こまごまとした小物の名称が並ぶ。どうやら、クラスの女子にエチケットとして持っていくよう言いつけられたようだった。
指折り数えているタケルに伊織が肩を竦めて笑った後、ふとタケルのポーチにぶら下がっているマスコットに気付く。――前回の『デート』で手に入れた、あの梅むすびのぬいぐるみだった。
「なんだ、言ってくれればよかったのに」と思う。あらかじめ言っておいてくれたら、あの具なしの塩むすびのぬいぐるみを自分もつけてきたのに。

――それから、こちらの大きい方の鞄にもいろいろ詰めてきたのだ。……オセロもあるぞ?」

まるでとっておきの秘密を告げるように、こっそりとタケルが伊織に耳打ちする。呆気に取られて切れ長の瞳をまるくした伊織の顔を見て、えへへ、とタケルが照れたように笑った。

絶対にきみに退屈などさせるものか。あれからまた少しワカダンナのところで働いてな、小遣いを稼いできたのだ。――だから、私はきみになにか買ってやることもできるのだ」
……すごいな?」
「うむ、すごいのだ」

エッヘン、と今度こそタケルが腰に両手を当てて胸を張る。ちょうどそこに日が昇ってきたので、背中から後光を受けて神々しいような立ち姿になる。――ハハハ、と伊織が半ば呆れたように笑った。眩しさに目を細めながら、柔らかく微笑んだ。

「すごいな、もう自分で金まで稼ぐようになったのか。――もうすっかり大人になったな、セイバー」

ン、とタケルの夕陽色をした大きな瞳がより大きく見開かれる。一瞬、うるりと水面を反射するガラス玉のように潤んで輝いたかと思うと、ぱちりと大きく瞬きをして伊織を見た。――「本当か?」、とどこか掠れたような小さな声で尋ねた。

「私は、大人か。イオリ」
「ああ。――大きくなったな。いつまでもあの小さかった幼い弟のつもりでいては、おまえに悪いか」
――……

感極まったように、くしゃりとタケルの瞳が一瞬ひしゃげる。ぐす、と鼻を鳴らすと同時に、タケルがそっぽを見た。見る間に明るく青くなっていく空を見上げ、それからタケルが伊織を振り返った。「――イオリ、」と呼んだ。

「私と、デートをしよう。――きみを、絶対にうまくエスコートしてみせる。……私は、きみに楽しんでもらいたいのだ」
――俺は」

思えば伊織は、自分自身の欲求や楽しみといったものにひどく鈍感なまま生きてきてしまっていた。
真剣に――自分の奥底にあるそれと向き合えば、あるいはその正体を知ることも可能であったかもしれないが――伊織は、敢えてそうすることを避けていた。その正体を知ることが怖かったし、知ってしまったところでどうすることもできないことを伊織は本能で知っていた。……端から満たされない願いなら、最初から知らない方がいい。

――だから、伊織は心からの本心で、同時にいつもの逃げ口上であるそれを口にした。

「俺は、おまえやカヤが楽しんでくれるのが一番嬉しいよ。俺は、それが楽しい
きみに、楽しんでほしいのだ。――私は、きみを喜ばせたい。きみを楽しませたい。……私が、きみを想っているのだということを、きみに知ってほしい」

ひどく真剣な、真摯な夕陽色の瞳とぶつかる。伊織は、一瞬だけ怯み――随分と大人びた瞳をするようになったものだと、頭のどこかで思う。







さまざまな筆跡の手書きできっちりと作り込まれた日程表を確かめた後、「一日目である今日は、絶叫マシンのある遊園地側に行く」とタケルは伊織に告げた。

「このワカダンナのくれた宿泊券のホテルは、なんとテーマパーク側の敷地内にあるので――

ぺらり、とポーチから取り出した宿泊券を見せつつ、タケルがタブレットでマップを繰る。

「まずはこのホテルで荷物を預かってもらい、それから遊園地に移動する」
「うん。――うん? では、一度テーマパークに入るのか。そのままテーマパークへ行ってしまった方が動線が自然では」

伊織が合理的な意見を口にすると、「違うのだ」とタケルがもったいぶって首を左右に振った。

「何事にも順序というものがある。――よいか、一日目はまずきみにめいっぱい楽しんでもらい――

続きを言いかけて、はた、とタケルが我に返って口を噤む。……口許を引き結び俯いて、かああ、と首筋から顔までを赤くした。

同級生たちからの入れ知恵だった。―― 一日目はまず、絶叫マシンやおばけ屋敷などスリリングで非日常的な体験で相手を楽しませ、心の壁を取り払う。そして、満を持して二日目のテーマパークで綺麗なイルミネーションや花火のショーをふたりで見て、ロマンティックな雰囲気に持ち込むのだ。

これは、戦略である。――必勝の、デート攻略法

はたしてこんな小細工が伊織相手に効くのかどうかもわからないが――それでもタケルは、万全を期したい。

ちらり、と伊織を見る。タケルが急に黙ってしまったこともあまり意に介さず、タケルに貰ったパンフレットを開いてはホテルの場所などを確かめている。――絶対に、失敗したくない。――今度こそ



――今度こそ、伊織と、恋人同士のデートがしたい。






伊織の恋人に、なりたい。






――精一杯、背伸びをしている。

でもきっと、必死に背伸びでもしなければタケルの欲しいものは手に入らなくて、きっと背伸びでもしなければ、小さな子供であるタケルの姿は伊織の視界に入らない。

精一杯、背伸びをしている。必死につま先立ちをして、必死に手を伸ばしてようやく、明後日の方を向いてばかりの伊織の顎を掴んで、こちらを振り向かせることができるのだ。

「イオリ、きみの荷物は私が持とうか」

フフ、とかっこつけてタケルが言うと、「え?」と伊織が怪訝そうな顔をした。

「いや、特に要らんが。……おまえの方が荷物が多いくらいだろう、俺などはせいぜい明日の着替えくらいだし――その重そうなスポーツバッグは俺が持とうか、セイバー」
「要らぬ要らぬ! なぜそうなるのだ、ええいさっさと行くぞ!」

出鼻を挫かれつつ、ずんずんとタケルがテーマパークの入口へと向かう。それを慌てて後から追いながら、伊織が「うん?」と小首を傾げた。







タケルの手持ちの遊園地のマップには、めぼしいアトラクションに赤いペンで丸が付けられている。――あらかじめ同級生たちに「ここへ行け」とアドバイスを受けていた場所だった。

ローラーコースターがふたつと、フリーフォールがひとつ。ウォークスルー型のおばけ屋敷と、景品が貰える対戦型のゲームエリア。

カフェテラスのテーブルでタケルが「むむむ」とマップと睨めっこしているのを、伊織がアイスコーヒーを口にしながらなんとなく眺めている。きゃはは、と笑い声がした方に目を遣る。巨大な船型の乗り物が左右に揺れたり宙返りしたりする、いわゆる『ヴァイキング』――を、なんとはなしに眺める。それから、タケルに目線を戻す。……まだ、彼の中では煮え切らないようだった。

――絶対に失敗したくない、という強い思いが、タケルを慎重にさせている。

いつもはどちらかといえば即決型で猪突猛進で、それゆえ軽はずみで迂闊、と言えなくもないのがタケルの性格だった。――それが、好きな子が相手になると途端に奥手になってまごつき、及び腰になってしまう。

おばけ屋敷――に青いペンで丸を付けかけて、大きくバツをつける。……おばけ屋敷だけは違う、と断言できる。伊織もタケルも、怪異の類を目にすると叫ぶよりも先に鯉口に手が伸びてしまう性質だ。

――であれば、絶叫マシンか対戦型ゲームか。……「ううむ」と両腕を組んで考え込んでしまう。そこに、クスリ、と含み笑いが漏れ聞こえたので、タケルがテーブルに広げたマップから目線を上げる。正面に座った伊織が、テーブルに頬杖をついて微笑んでいた。頭を傾けた拍子に、さらり、と長い癖毛の前髪が揺れて、白い頬にかかる。

「随分悩んでいるな?」
「う――うむ。……すまぬ、退屈であったか」
「いいや。たくさん、同級生達から話を聞いてきたんだな。この遊園地の中で、一体どこへ行くべきか」

フフ、と微笑ましげに伊織が目を細める。――自分に向けられる伊織のその優しい表情が、かつてのタケルは大好きで、今のタケルは大嫌いだった。

「随分仲が良いんだな。一緒に来たのが本当に俺でよかったのか? 俺なんかより、やっぱり話の合う同級生達と来た方がよかったんじゃないか」

――その言葉が、嫉妬からきたものであったならどれほどよかったことか

……絶叫マシンにする」
「うん?」
「この、『15階建てのビルの高さからほぼ直滑降』するローラーコースターにする」
「あ、ああ。――急に決まったな?」

ひどく苛立っていた。――この期に及んでなんの悪気も含みもなく、ただ善意のままによかれと思ったことを口にする彼の、その無神経極まりない、残酷な言葉。

常に他人の心中ばかりを慮って己を押し殺すように優しく気遣う伊織がこれ程までに残虐で悪辣になれるのだということを、タケルは大人になってから初めて知った。――それもまた、子供だった自分には決して見えていなかった、伊織という人の側面だった。

ちりちりと灼けつくような苦々しい思いを抱えながら、フ、とタケルが笑う。――これもまたきっと大人の味なのだ、と、思う。

「きみがきっと好きだろうと思ってな。――きみはきっと、自分で自覚しているよりもずっと、死を身近に感じて命の獲り合いをするのが好きだ」
――? 随分と難しいことを言う」
「つまりきみはきっと絶叫系が好きだということだ」

「それからきみは負けず嫌いだからこれも好きだろう」と言って、タケルが対戦型のゲームエリアにも丸を付ける。―― 一度わかってしまえば簡単なことだった。あれこれ考えず、伊織の好きそうなものを選べばいい。きっとタケルは、当の伊織本人よりも、彼が好むものを理解っている。

「さあ、行くぞイオリ。今から並べば一時間程度で乗れるだろう」
「そんなに並ぶものなのか」

やや驚いたような顔をした伊織が、飲みかけのアイスコーヒーを手に立ち上がる。――「きみとふたりで並ぶなら三日並んだって構わない」という歯の浮くような本心の台詞を、タケルが呑み込んだ。







タケルの見込み通りきっちり一時間並んだ後、細長いジェットコースターの車両の最前列に通される。
半信半疑のままに厳重な安全バーを装着し、訝しげに伊織が隣のタケルを見たのも束の間、すぐに車両が動き始めた。ゴトゴトと重力に逆らって山なりになった細長いレールを登っていく。やがて頂上まで辿り着くと、眼下には遊園地のすべてと、その隣にあるテーマパークの敷地までが見通せた。遠くに、先程荷物を置いてきたホテルが見える。

ふうん、と感心したように伊織が景色を眺める中、車両が旋回する。――かくん、と急に何かに引っ張られるように車両の先端が傾く。

ゴオオオオオオオオオという轟音と共に、ほぼ垂直に正面から車両が地面へと落ちていく。

――!」と声にならないまま伊織が呆気に取られている。背後では他の乗客たちがキャアキャアと楽しげに悲鳴を上げるのが暴風に紛れて聞こえる。
ふわふわの癖毛が風を受けて激しくはためき、そうしている間にも車両は爆速で上がったり下がったりを繰り返し、やがて勢いのまま宙返りをする。――ちょいちょい、と伊織の肩に触れるものがある。

重力に振り回されながら伊織が隣を見ると、長い髪をめちゃめちゃにされながらタケルが笑っている。風の轟音で隣の声も碌に聞こえない中、両手を離してみよ、とジェスチャーしている。
言われるままに伊織が安全バーから両手を離す。タケルの真似をして頭上に高く上げた。――ぐるり、とまた車両が一回転をする。

あはははは、とタケルが笑い声を上げたのが聞こえる。――ハハ、と伊織も笑った。







「フーーウ、なかなかであったな!」とタケルが朗らかに言った。

アトラクションから降り、次の目的地である対戦型のゲームエリアへと向かう途中だった。喉が渇いたので自動販売機でペットボトルを買い――いつものように伊織が二本買い、タケルの方もいつものくせでついつい違和感もなくそれを受け取ってしまってから、「しまった」と少しだけ蒼褪めた――歩きながら冷たい茶を口にしている。

「最初の一番大きな急降下もなかなかであったが、その後の三連続の宙返りもなかなかであった。円柱の周りをぐるぐると旋回しながら落ちていくのも――

興奮気味に言いながら、はた、とタケルが伊織を見る。――「イオリ、どうであった?」と小さな声で訊いた。

「ん――

しばし考え込むように伊織が言い、ペットボトルで口を湿す。それからたっぷりと時間を置いて、伊織がタケルを見た。

ドキドキした――ような気がする」
……『ドキドキ』、か」

タケルが鸚鵡返しにする。はた、と伊織が足を止めたので、タケルも止める。――しばし見つめ合った後、伊織が長い睫毛のけぶる瞼をぱさりと瞬いた。こくり、と小さく首を傾げて言った。

――楽しかった、ような気がする」
……うむ」

タケルが頷く。――口許に、ひどく大人びた笑みを浮かべて、「うむ」と頷いた。

「よい。……よかった」
「もう一種類、あったろう? ……そちらも、乗れるだろうか」
「無論だとも。なにせ敷地内のホテルに泊まるのだ、閉園までいくつでも、何度でも乗ってもよいのだぞ? ――まあでも、先にこちらの対戦型のゲームもしてみよう。きっときみが気に入るから」

言って、トコトコとタケルが歩き出す。その後を伊織が追った。

ドーム型の屋内に、一般的なゲームセンターにあるような筐体の他に、VR体験などの大掛かりな機械がいくつか設置されている。
そのうちのひとつが奇妙な形状をしていた。まるで一人用の『ヴァイキング』のような、機械仕掛けの立ち乗りブランコが四つ並んでいる。奥の二台が赤の装飾、手前の二台が青の装飾を施されていて、どうやら二対二でなんらかの対戦をするようだった。

一旦、遠巻きに見学をしてみる。――見たところ、円盤の上でバランスを取りながらチームメイト同士で互い違いになるようブランコを揺らし、ちょうど交差したタイミングでシンクロするようにブーストを掛けるとスピードが上がるので、それによってブランコの速さと到達点の高さをチーム間で競うというゲームであるようだった。
個人技と、加えてペア同士の息が合うことが高得点への鍵だ。

ちら、とタケルが伊織を見る。伊織も、タケルをちらりと横目で見ていた。――フフ、と互いに小さくほくそ笑む。

『素晴らしい、本日最高得点が叩き出されました!』

女性スタッフが実況してくれているのを聞きながら、列に並んで順番を待つ。友達同士であったり、カップルであったり、はたまたその場でタッグを組んだシングルの猛者同士であったりと様々な組み合わせが、様々な演技を見せてくれている。四十分程待ってようやく自分達の番が巡ってくると、対戦相手側の最前列でこちらに手を振っている二人組がいる。どうやらマッチアップする相手と見込んでわざわざ挨拶をしてくれているようだった。快闊な笑顔の青年と柔和な笑みを浮かべた少年の長髪の二人組で、タケルと伊織も手を振り返すと中華風に拱手をしてくれた。どうやら大陸からの旅行者か留学生であるようだった。

『では続いての対戦です。準備は良いですか? それでは――レディ、セット、ゴー!』

伊織とタケルの滑り出しはぎこちなく、こんなものかと足元を見下ろしながら伊織が対戦相手を見遣ると、そつなくスムーズに加速度を上げていっているのが見えた。すれ違うたびに的確にブーストを入れ、着実にスピードと高さを上げていくのが見える。――このままでは大きく差が開き、追いつくのは至難の業になる。

「セイバー、すまんがスピードを少し下げてくれ。すれ違いざまにうまくブーストを入れるタイミングを図りたい」
「きみが私に追いつけ――と言いたいところだが、わかった。きみと息が合わなければ無意味だとも」

セイバーがわずかにスピードを下げ、伊織がスピードを上げる。すれ違いざまにブーストを掛けると、ブランコの支柱がゲーミングカラーの虹色に輝いた。どうやらシンクロ率によってブーストのかかり具合に差が出るようだった。
タケルと伊織が虹色を出したことに対戦相手側も気付いたようで、「オッ」と面白そうに眉毛を上げてこちらを見たかと思えば、示し合わせてすぐさま虹色を出して返してくる。――負けず嫌いな部分を刺激された伊織が静かにふつふつと闘志に燃え、タケルが「見せつけおって!」とブランコの上で地団太を踏む。

次々に虹色の応酬をしながら個人技の部分も相まって四人全員のスピードと高さがみるみるうちに上がっていく。

『こ、これは、この勝負は大変なことになっています、ここ一週間、一ヶ月、いえ、このアトラクション始まって以来の名勝負――』と興奮気味に女性スタッフが実況を続ける中――ガコン、と怪しげな機械音がした



ビーーーーーッ、と警告音が鳴った。



シュルシュルと四人を乗せたままのブランコが定位置へと戻っていく。ビーッ、ビーッと警告音が鳴る中、技術班のスタッフがざわざわと機械の点検に入り、アトラクションの入り口には『安全点検中』の看板が立てられた。
――どうやら、想定を超えた高さとスピードが出てしまったために、機械が停止してしまったようだった。

結局勝負は引き分けとなったまま、伊織とタケルが乗り物から降りる。そこへちょうど同様に降りてきた対戦相手の二人組が、握手を求めてやってくる。名乗りもせず、連絡先も特に交換することなく――ただ、熱い握手のみを交わして互いの健闘を称え、別れた。

「一期一会、か」

握手をした手のひらをまじまじと見下ろしながら伊織が言い、それからタケルに言った。

「楽しかったな、セイバー」

引き分けに終わり、消化不良で頬を膨らませていたタケルが、「ン、」と目を丸くする。伊織を見上げた。――ぽろり、と言った。

「そう……か」
「うん。――楽しかった。これは、いい選択だったな。……連れてきてくれてありがとう、セイバー。かたじけない」
「う、む。――うむ……

俯いたまま、うん、うん、とタケルが何度か頷く。――やがて、タケルが伊織の手を取った。なんの抵抗もなく握り返してきた大きな手に、胸の締め付けられるような思いがする。

――イオリ。もうひとつ、ジェットコースターに乗りたいと言ったな? 乗りに行こう。それから、フリーフォール、というものもあって」
「面白そうだ」
「うむ。……きっと、きみは好きだよ……

きゅ、と伊織の手を、タケルが強く握り込む。――哀しみなどひとつもないのに、じんわりと泣きたくなるような、不思議な気持ちになった。