mishiadd
2025-12-30 10:49:07
45542文字
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BROTHERHOOD:ひとでなしの恋

【現パロ】兄弟同然に育った伊織さんに恋慕してしまったヤマトタケルさんと「いつか満足して諦めるだろう」と思ってかたちだけ付き合ってるフリしてくれる伊織さん【剣伊】


三、

伊織と『付き合い』始めてからというもの、タケルはひどく人目を気にしているようだった。

田舎に本家のある『名家』と言える家柄で、多くの親族を抱えていた。伊織とタケルは本家からはやや離れたところに住んでいたがそれでも本家の影響は強く、その他大勢の親族と同じように、伊織とタケルが共にその家の出身であることは地元民に広く知られていた。
ふたりとも共に、身なりがよく見目麗しい名門一族の子息としてそれなりに目立っていたし、タケルが伊織に昔からよく懐いていたことも知られていた。「あそこの坊ちゃんふたりはいつも一緒にいて仲良しでいいわねえ」などと、買い物帰りの主婦などには微笑ましく見守られていたものだった。

良くも悪くも人目を惹く――という事実にはいい加減慣れていたし、生活の一部として受け入れざるを得ない人生を歩んできた。……それが、ここにきて急にタケルがそれを疎んじ始めていた。

「どこにいても声を掛けられる」

タケルがぷりぷりと白い頬を膨らませて不貞腐れたように言うのは、あるいはそういう年頃であるのかもしれなかった。

「どこにいてもだ。我らのことを知らぬ者など、この街にはひとりもいない。もううんざりだ」
「急に一体どうしたというのだ」
「ここは窮屈なのだ。――誰も私達のことを知らぬ場所へ行きたい」

「セイバー」と伊織が呼ぶ。タケルが伊織を『兄ちゃん』ではなく『イオリ』と呼び始めた頃、タケルが「そう呼んでほしい」とねだった呼び名だった。

「一体どうしたんだ? それ程までに苛立って。……なにひとつ、今に始まったことではないだろう? 今までとなにも変わらないよ」
もう変わったのだ。変わったから、これでは困るのだ。――イオリ、きみとふたりでどこか遠くへ行きたい。誰も我らを知らないところへ」

切実さを滲ませてタケルが囁いたところに、「ご注文のいつものホットココアです」と言ってウェイトレスがカップのふちぎりぎりまでなみなみと注がれたココアをテーブルに置いた。
商店街にある個人経営の喫茶店だった。初老の店主とは彼の髪がまだ黒かった頃からの顔見知りで、ウェイトレスには見覚えがなかったが、あちらはタケルのことも伊織のことも知っているようだった。おまけで多めに注がれたココアは好ましい常連客へのサービスの一環であったが、同時にそれはふたりが店にとっては見知らぬ客ではないことを示していた。

これがたとえ数軒先のチェーンのファミレスだったとしても結果は一緒だった。伊織とタケルには見覚えがなくとも、店主も店員も皆、ふたりの顔も名も知っている。――物心ついた頃から、それはそういうものだった。……それが、今のタケルにとっては我慢がならないらしい。

ウェイトレスが下がったのを確認してから、タケルがカップに口をつける。「あちち」と小さく呟いてから、ふうふうと冷ましている。それを微笑ましげに柔らかく目を細めて見ていた伊織に、タケルがぼそぼそと言った。

「見られたくないのだ」
……うん?」
「私達の関係が変わったのを、誰にも見られたくない。悟られたくない。……揶揄からかわれたり、微笑ましがられたり、眉を顰められたり――他の誰かに、評価されたくないのだ」

いつものホットコーヒーです」と言って、こちらもなみなみと注がれたコーヒーカップが伊織の前に置かれる。「かたじけない」とウェイトレスに礼を言い、伊織が再びタケルに視線を戻すと、カップ越しに見えた可憐な顔が真っ赤に染まっていた。白いカップで顔を隠したまま、タケルが言った。

「ただの――恋人同士でいたい。誰も知らないところで」

――それでようやく、伊織は思い至る。タケルが一体何にこだわっているのかを。「ああ、」と小さく肩を竦めて笑った。まだあの遊びが続いていたのか

「いいよ」と伊織は言った。タケルの我儘を聞いてやるときの、いつもの口調だった。

「では、今度の週末に遠出をしてみよう。電車を乗り継いで――少し、都会にでも出てみよう。誰も知らないところへ」

え、とタケルがカップから顔を上げる。大きな瞳を零れんばかりに見開いていたかと思うと、みるみるうちにその瞳を輝かせた。夕焼けに打ちあがる花火のようだった。

「ほ――本当か、イオリ! その、あの、その――つまり、これは、その」
「うん?」
初デート、と――いう、やつ……だな?」

そうだろうか、と伊織は思う。ふたりで出掛けたことならば、今までにも何度かあった気がする。先日帰省したときの田舎の祭りもそうだし――そういえば、タケルが小学校の高学年に上がったときに「ランドセルではない通学鞄が欲しい」と言って、親に財布だけ持たされて途方に暮れていたタケルを駅前のデパートに連れて行ったのも伊織ではなかったか。
高校生になっていた伊織の通学鞄と同じものが欲しいのだと言って、面倒見のいい店員にも頼んで似たものをなんとか探し出してもらって買ったのだった。

そういえば、昔からタケルはなにかと伊織の真似をしたがった。タケルと伊織は『名家』の嗜みとしてそれぞれ流派の異なる剣術を修めているが、自分の流派の修練を放棄して――その歳で師範からは「稀代の才能である」と評されている腕前であったが――なぜか伊織の流派の真似事をしたがったので、タケルを説得するよう伊織が詰められたこともある。

伊織の持ち物と同じものを持ちたがり、伊織の何気ない言葉をよく記憶しては口調ごと真似をし、どこへ行くにも伊織の後をついて回りたがった。――まだあの頃は、「イオリ」ではなく「兄ちゃん」と呼ばれていた気がする。……あの頃も、こんなふうに大きな瞳を輝かせて、兄ちゃん兄ちゃんとタケルは呼んでいたのだ。

物思いに耽りそうになりながら、伊織が切れ長の瞳をタケルに向ける。――タケルが『初デート』ということにしたいのならば、この兄に否定する道理はない。

「ああ。――そうだな」
「! ――!」

タケルが感極まったようにふるふると引き結んだ唇を震わせる。ぐい、とカップの残りのホットココアを飲み干して、「行こう、イオリ」とだけ言ってひとりで喫茶店を飛び出した。まるでそうやって駆けていけば今すぐにでも週末がやってくるとでも思っているようだった。

カランカラン、と扉に仕掛けられた古風なベルが鳴っている。ホットコーヒーを飲み干した後、伊織も席を立つ。レジで二人分の飲み物代を支払い、商店街を端から端まで駆けていったらしいタケルの後を追った。