mishiadd
2025-12-30 10:49:07
45542文字
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BROTHERHOOD:ひとでなしの恋

【現パロ】兄弟同然に育った伊織さんに恋慕してしまったヤマトタケルさんと「いつか満足して諦めるだろう」と思ってかたちだけ付き合ってるフリしてくれる伊織さん【剣伊】


四、

朝靄の中に朝焼けの陽の光が幾筋も光芒を描いている。淡いマンダリン色に染まった無人駅のプラットホームに、伊織とタケルは立っていた。
橙色から青色へと移り変わりつつある空には雲一つなく、ひんやりと肌に心地のいい風が、吹きさらしの中を駆けていく。

風に揺れたタケルの白い帽子を、伊織が大きな手のひらで押さえてやる。線路沿いに生えた草花をばさばさと風が揺らしていくのを見届けた後、伊織がタケルに目線を戻す。――伊織に頭を押さえつけられたまま、微動だにせず足元をじっと見下ろして固まっているタケルに気付く。

「ん、すまん。痛かったか」
……いや……

蚊の鳴くような小さな声で言い、もぞ、とぎこちない仕草でタケルが肩を小さく揺らした。うん、と小さく首を傾げてから、伊織がタケルの頭頂部から手を離す。それでも、小さく縮こまったままのタケルが動く気配はなかった。

カタンカタンと三両しかない電車がやってきて停まる。中には誰もおらず、伊織とタケル以外に乗り込む乗客もいない。

ふたりで中に乗り込み、ボックス席の片側に横並びに座る。カタンカタンと電車が動き出してから、伊織が鞄の中からチョコレート菓子を取り出した。空洞のプレッツェルの中にチョコが詰まっているそれを一本口に咥えた後、銀色の小袋ごとタケルに差し出した。窓側に座っているにもかかわらず、景色も見ずにじっと膝の上に置いた両の拳を見下ろしていたタケルは、それに気付くのがやや遅れた。

「ん、ほら。――セイバー? どうした? 好きだったろう? 『トッポ』」
「あ、うむ。……ありがとう……

言って、一本だけ取る。いつもなら三本は取っているし、なんなら袋ごと受け取る筈のタケルの様子に、「もしかして気分でも悪いのか」と伊織が気遣わしげに尋ねた。

「おまえは、乗り物酔いをする性質だったろうか。次の駅で降りようか」
「違う、そうではない。……気にせずとも、よい……

ぽり、と菓子をちょっとだけ齧って、もごもごと顎を動かした。そのまま、隣に座る伊織から目を背けるように、窓の外へと視線を向ける。それっきり、タケルが伊織を振り返ることはなかった。

――ふむ、と白い帽子を被ったタケルの丸い後頭部を見ながら、ぱき、と伊織も菓子を齧る。――「『デート』をする」、と言い出した時はあんなに嬉しそうにはしゃいでいたのに、いざ実際に来てみればこのざまだ。今更親戚の兄貴分などと貴重な週末の一日を過ごすなど、時間の無駄とまでは言わないが、もっと他に一緒に過ごすべき相手がいることにでも気付いたのかもしれない。

……とはいえ、電車には既に乗ってしまったのだ。タケルが今日の一日の使い方を既に後悔しているにせよ、伊織にできることはせいぜいせめて退屈くらいはさせないようにすることだ。

「セイバー。あと一時間は乗ったままだから、ペットボトルではあるが茶も持ってきているから飲むといい。朝餉は家で食ってきたんだろうが、一応梅むすびも……
「む……食べる………

ぽそりと言って、タケルがそろそろと伊織に向き直る。――頬がひどく赤いように見えたのは、窓から差し込んでいる朝陽のせいかもしれなかった。

伊織からペットボトルとアルミホイルに包まれた握り飯を受け取って、そのままもそもそとタケルが食べ始める。どこか落ち着きのないような、居たたまれないような表情で食事をするタケルの横顔を見ながら、「うん?」と伊織が小首を傾げた。







目的の駅に着く頃には、車両にもそれなりに乗客が乗るようになっていた。
プラットホームに停車した途端、乗客の大半が降りていく。伊織とタケルも後に続いてプラットホームへと降りる。人のひしめく中を掻いくぐり、行列のできているエスカレーターを待たずに長い階段を下りる。改札を抜けてようやく人心地ついた。

「すごい人混みだな。セイバー、逸れないように着いてくるんだぞ」

言って、伊織がぱしんとタケルの手を掴む。掴んだ拍子に伊織の手の中でタケルの手が大きく震えて強張る。「ひぁ」と小さく声が洩れるのが聞こえた。――ん、伊織が傍らのタケルを見下ろす。俯いたまま、目線の合わないタケルの白い帽子の頭頂部に言った。

「セイバー。……やはり具合でも悪いのか。ずっと元気がないから気が変わったのかとでも思っていたが、もし体調が悪いのなら――
「ち、違――違う。……違う」

ふるふると頭を振ったタケルが、ますます縮こまるように肩を寄せる。――ぎゅ、と伊織の手を強く握り返してきたので、「ん」と伊織が片眉を跳ね上げた。やや腰をかがめて太腿に片手を当て、軽くしゃがみ込むようにしてタケルの俯いた顔と目を合わせるように覗き込む。

「セイバー。……痩せ我慢はするな。おまえももう、子供ではないのだから」
――うむ」

急にタケルの声にハリが出たかと思うと、顔を上げて目の前の伊織の顔を真っすぐに見た。小さな鼻の頭まで赤くした可憐な顔の口許をきゅっと引き締めて、タケルが言った。

「その通りだ。……私はもう子供ではない――子供では、ないから――

タケルが伊織の手を引く。つられてよろけそうになった伊織が「おっとと」と体勢を整えながら、人でごった返しているコンコースをずんずんと進んでいくタケルに引っ張られるようにして小走りになる。軒を連ねる弁当屋や土産物屋を通り過ぎ、ようやく駅の外へと出る。――快晴の、抜けるような透き通った青空が、建ち並ぶ高層ビルの合間に見えた。

休日は通行止めになっている広い車道の両側に真っすぐに伸びた歩道沿いに、思い思いの店構えをしたカフェやショップがひしめき合っている。黒を基調としたシックなコーヒーショップがあったかと思えば、そのすぐ隣にはシャボン玉や綿菓子のオブジェで飾られた古着屋があったりする。大理石を模したビルの一階にハイブランドの宝石店が入っていたかと思えば、江戸時代から続くという老舗の和菓子屋が文字通り軒を連ねている。

人々が行きかい、ウィンドウショッピングを楽しんでいる。クレープ屋のキッチンカーに制服姿の高校生のグループが何組か並んでいて、近隣住人なのか仔犬を連れた老婦人がその前を通り過ぎる。――誰もが、今この瞬間の自分の人生を楽しんでいる。――誰ひとりとして、伊織のこともタケルのことも見ていない。――誰も彼らを知らない

タケルが立ち止まり、呆然とした様子で人々の群れを見る。その隣で伊織が、「クレープだな」とぽつりと言った。

「食うか?」
「え? ……あ、うむ……

女子高生のグループの後ろにふたりで並ぶ。チーズケーキやらプリンやらが溢れんばかりに山盛りにされたもはやパフェのようなクレープを先頭のカップルが受け取っているのを見る。甘ったるい香りが漂ってきて、思わずタケルの腹が鳴った。くすり、と伊織が笑う。

「よかった。食欲はまだあるようだな」
「う…………

なんと答えるべきかわからないのか、タケルが言葉を濁していると、きゃあきゃあと甲高い笑い声に混じって、興奮したようなヒソヒソ声が前の集団から漏れ聞こえてきた。

「すごい美男美女カップル。お兄さんめっちゃかっこいいしカノジョさんマジで可愛い」
「兄妹じゃないの」
「違うでしょ。女の子のほっぺた見てみなよ、照れてて本当に可愛い」

ぱっとタケルの顔が真っ赤に染まり、首筋まで赤くなる。それで聞こえていたことに気付いたらしい女子高生達が慌てて申し訳なさそうに顔を寄せ合って声を潜めたが、結局きゃははと大きな声で笑うのは抑えきれないようだった。

聞こえていなかったのか、はたまた自分達のことだと思いもしなかったのか、何事もなかったかのように伊織が言った。

「あのドバイ風ピスタチオチョコレートというやつは殊更にすごいな、ブラウニーにピスタチオアイスになにやらパリパリした乾燥春雨のようなものが……ん、どうしたセイバー? また顔が赤いぞ」
「な、んでも、ない」

そう途切れ途切れに言った後、意を決したようにタケルが言った。

「私が、媛だと思われたらしい」
「うん? ああ――そうだな。地元の街では制服を着ているからそう思われることもめっきりなくなったが、そういえば幼い頃はよく間違われていたか」
「うむ。地元では、皆――私を知っているから、誤解されることはない」

自分から言い出した話題のくせにどこか上の空な口調で言いながら、タケルがこくりと喉を鳴らした。カラカラに乾いた口の中を湿して、言った。

――我らが恋仲だと、思われている」
「ん?」

キッチンカーの側面に貼り出されていたメニュー表の価格を見ている伊織が上の空で返事をする。財布の中身と相談をしているようだった。

……恋仲、だと……

きり、とタケルが軽く口許を引き結ぶ。ふるふると唇を震わせてくしゃりと瞳をひしゃげさせた顔は、笑っているようにも、泣きそうなようにも見えた。――やがて、ぐっと力強く拳を握りしめたタケルが、伊織を見上げて言った。

「イオリ。私はその『抹茶ミルクあずきチョコウルトラデラックスいちごクレープ』がいいぞ」
「『抹茶ミルクあずきチョコ――なんだと?」

伊織がメニュー表と睨み合っている間に、注文の順番が来てしまう。「すみません、」と伊織が声を掛ける前に、店主の前に飛び出したタケルが言った。

「『抹茶ミルクあずきチョコウルトラデラックスいちごクレープ』と、『ツナマヨレタスクレープ』を頼む」
「ん? セイバー、ふたつも食うのか」
「『ツナマヨレタスクレープ』はきみのだ。放っておくときみは自分の分の注文を忘れるからな。……ふたりで食べながら歩きたいのだ、『デート』なのだから」

キッチンカーの隅で自分たちのクレープが出来上がるのを待っていた女子高生達が「きゃああ」と悲鳴を上げた。「うん……?」と小首を傾げた伊織はしかし、それ以上は特に追及することもせず、ふたつ分の代金を支払った。

クレープを受け取り、歩行者天国となっている車道を歩く。顔の大きさ程もあるクレープに噛り付きながら、満足げにタケルが言った。

「私のを少し齧るか? イオリのも味見したいぞ」

フフ、と伊織が肩を竦めて笑う。――結局自分が食べたかっただけなのでは、と苦笑する。

「ほら」と言ってタケルの口の前に自分の齧りかけのクレープを差し出した。ん、と一瞬虚を突かれた顔をしたタケルはしかし、みるみるうちに顔を赤くする。「――あ、」と小さく声を洩らして、ほんの少し顔を背けた。うん、と伊織が小首を傾げる。

「食いたかったんだろう? おまえが自分で言ったのだ」
「あ――の、いや――う、うむ、そうなのだが、その」

「きみの歯形が」と小さく呟いた後、更に顔を赤らめたタケルの声は伊織にはよく聞こえなかった。「? 要らんのか」と自分のクレープを引っ込め、それならと伊織が身を屈める。

タケルの持っているクレープの端っこの、生クリームとほんの少しの抹茶の粉がかかっているあたりにそっと顔を近づける。クレープ越しにタケルの視界に伊織の端正な顔が迫り、色素の薄いやや乾いたような唇がクレープに触れると同時に、伊織が夢見るように重い二重瞼をそっと伏せた。午前中の眩い日光を受けて、長い睫毛が白い頬に影を落としているのを見る。柔らかな唇の狭間から白い真珠のような前歯がちらりと覗き、控えめにクレープを嚙みちぎる。もご、と白い頬が膨らむのが見える。そのまま、伊織の顔が離れていく。――小さなかたちのよい歯形だけが、タケルのクレープに残る。

身を起こした伊織が、もごもごと口を動かして味わっている。「――まあ、生クリームと抹茶の味だな」となんでもないように言った。

「確かに、それよりはこちらの――『ツナマヨレタス』、の方が俺の好みかもしれん。……ん、セイバー? どうした?」

クレープを握りしめたまま、タケルが微動だにせず固まっている。「セイバー?」ともう一度伊織が声を掛けると、「――ぁ」と小さく声を洩らした。

「な――んでも、な」
「セイバー? ……セイバー!? どうしたおまえ、強く握り過ぎている。そのままでは中身が」

「え?」と茹で上がったように顔を真っ赤にして呆然とした顔をしたタケルが顔を上げる。それと同時に、根元の部分を強く握り過ぎて絞り出されてしまったクレープの中身が、にゅるり、と生クリームや具材ごとクレープの生地の外に出てきてしまった。
「うわああああ!」と大声を上げながら、ぽろりと道路の地面に落ちそうになった中身をタケルと伊織それぞれが受け止めようとし、額をぶつけ合う。すんでのところで翳した伊織の大きな手が、生クリーム塗れになりながらもなんとかクレープの中身を受け止める。

じんじんと痛む額に顔をしかめながら、伊織とタケルが目を見合わせる。――状況の馬鹿馬鹿しさに、笑い合う。







生クリームだらけになってしまった伊織の手を洗うついでに観光名所となっているショッピングモールに立ち寄ってみる。

ほとんどが女性向けのショップではあったが、合間に点在する書店やスポーツウェアなどのショップを覗いてみる。その間も、いつもに比べて随分とタケルは大人しく、はしゃいでどこかへ勝手に走っていってみたりだの、気になるものを見つけてはのべつ幕なしに質問や感想を喋り続けてみたりだの、いつもであれば必ずしていそうなことを一切しなかった。――ただ、大人しく伊織の後をついて回っている。どこか上の空ですらあるようだった。

都会の雰囲気に気圧されているのかな、とも伊織は思う。場の雰囲気に気後れするような性質ではないと思っていたが、どうやら違ったようだ。

「セイバー。疲れたのならばどこかで休むか? 喫茶店くらいあるだろう」
「ん――違う、そういうわけでは――

どこか悔しげな響きをもってタケルが答える。ぎり、と服の裾を握り込んだので、無理をせずにもうそろそろ帰ろうか、とも伊織は思う。それから、何気なく周囲を見渡して「あ」と小さく呟いた。――たくさんのカプセルトイの集まっているコーナーを見つける。

「セイバー。せっかくだから、どれかひとつ回してみよう。いい記念にでもなるだろう」
「記念……

タケルが目線を上げる。「記念」ともう一度口の中で小さく呟いた後、「ん」とこくりと幼いような仕草で頷いた。

「どれにしようか。おまえの好きなものでいいよ」

カプセルトイ、というのは今の伊織にとってとても都合がよかった。――なにか適当に手土産になりそうなものを買って帰ろう、と思い立ってはみたものの、とはいえ具体的には特に何か思い浮かぶわけでもなく、ましてや――三棟が建ち並び、それぞれ地上七階に加えて地下三階はあるだろうこの広大なショッピングモールの―― 一体どの店に入ればいいのか、まったく見当がつかなかった。
その点、カプセルトイであればどれを選んだところで大きなハズレもない値段相応の粗品で、更に最後の一手は運任せというのもよかった。あまり考え込まずにすむ。

つまり、気軽なおまけ程度の『記念品』にちょうどいい。

伊織に促され、タケルがぐるりと見渡す。やがて、ひとつを見つけて駆け寄った。

タケルの後を追った伊織が、そのカプセルトイをタケルの頭上から覗き込む。――おむすびをモチーフにしたチェーン付きの小さなぬいぐるみのカプセルトイだった。

「これか?」
「うむ。……これの、梅むすびが欲しい。――今朝、食べたから……

そういえばそうだったか、と今朝電車の中で握り飯を手渡してやったのを伊織が思い出す。百円を四枚機械に入れてやり、タケルにレバーを回すよう促す。――恐る恐る、タケルが手を伸ばしてレバーを回す。コトン、と落ちてきたカプセルを手に取り、かぽ、と中身を開けた。――具なしのおむすびだった。

「ううん」とタケルが少しだけ悲しそうな顔をする。伊織としては、よかれと思ってゲーム性のあるカプセルトイを提案したのだが――タケルとしても、あまり気分の乗らなかったつまらない外出の思い出の品をと言われても選ぶのに困るだろうと思った――実際に狙っているものがあるとなるとやや話が変わってくる。
伊織が財布の中を覗き込み、あと四枚百円玉が入っているのを見つける。それを機械に入れ、今度は自分で回してみた。ころん、と出てきたカプセルを取り出して、中身を割る。――梅むすびが出てきた。

「ああ、よかった。――ほら。これが欲しかったんだろう?」
「あ、ああ、――え、でも。……いいの、か?」
「構わんさ。俺はどれでもいい。そもそも回すつもりもなかった。ほら、おまえのそれと交換だ」
「う、む………

ふわふわの、手のひらサイズのぬいぐるみを交換する。――伊織から受け取った梅むすびの小さなぬいぐるみを両手で大切そうに包み込んで、タケルがじっと食い入るように見入っている。――そんなに気に入ったのか、と伊織が意外に思う。

「よし。――では、今日はもう帰ろう。今から家に戻れば、夕餉時には間に合うだろう」
「う、うむ。――うむ、うむ! イオリ、帰ろう! フフ、これはよい、うむ! ……今日は本当に楽しかったな、イオリ!」

ん、と伊織が口許に曖昧な笑みを浮かべたまま、タケルを見下ろす。――とてもそうは見えなかったのだが、それならそれでいい。

帰りの電車は、乗ったばかりはやや乗客がいたが、地元の街へと近づく頃には自分達以外には誰もいなくなっていた。ボックス席の通路側に座って文庫本を読んでいた伊織の肩に、とん、と重みが乗る。窓側に座っていたタケルが、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。――肩に乗った頭部の重みをぽんぽんと軽く撫でてやり、伊織が再び文庫本に目線を落とす。

電車の窓の外では西の空が夕焼けに燃え、東の空に星が出始めていた。