mishiadd
2025-12-30 10:49:07
45542文字
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BROTHERHOOD:ひとでなしの恋

【現パロ】兄弟同然に育った伊織さんに恋慕してしまったヤマトタケルさんと「いつか満足して諦めるだろう」と思ってかたちだけ付き合ってるフリしてくれる伊織さん【剣伊】


六、

タケルが五年生になった年の初夏のことだった。

五月初旬のゴールデンウィークには本家に挨拶に行くのが一族の習わしだった。親族だけではなく近隣住民の出入りも激しいため基本的に長居はせず、顔を出したら三時間もせずに帰宅する。タケルの家族が本家に顔を出したのは、五月五日のことだった。

両親が本家の人間と挨拶を交わしている間、いつものようにタケルは放っておかれていた。屋敷の板張りの廊下をとたとたと走って回り――小学校低学年くらいの親族と思わしき子供たちともすれ違ったが、名前も思い出せなかった――やがて、縁側に向けて障子が開けっ放しになっている座敷を見つけた。
外には澄んだ青空が広がっていて、からりと乾いて気持ちのよい、新緑の香りのする初夏の風が吹き込んできていた。ここで昼寝でもしたらさぞや気持ちがよいのだろうと思い――タケルは、先客を見つけた。

畳の上で、座布団を枕にしてすうすうと寝入っている。――伊織だった。

「兄ちゃ――

声を掛けようとして、あ、と思い留まる。せっかくの昼寝を邪魔するのはよくない。

幼い頃から慕っていた兄貴分だった。血は繋がっていなかったが、実の兄よりも余程慕っていた。――昔、「大きくなったら結婚してほしい」と求婚したことすらある。小学校に上がってから、「結婚したい『好きな人』と、ずっと一緒に遊びたい『好きな人』は違う」のだと同級生に揶揄い交じりに教えられて以来、言わなくなった。

大好きな『兄ちゃん』だった。彼の義妹がおんぶをしてもらっているのが羨ましくて、順番に抱き上げてもらったこともあった。こうして本家の屋敷で見かければすぐに駆け寄って遊んでもらい、タケルが大きくなりひとりで出歩けるようになってから一番最初に訪ねていったのは伊織の家だった。

幼い頃のタケルは、伊織に会うといつも嬉しくて全力ではしゃいでしまい、途中で突然電池の切れたように眠りこけてしまうのが常だった。伊織に遊んでもらっている夢を見て、目が覚めると屋敷の天井を背景にしてタケルの顔を覗き込んでいる伊織の顔が視界に入った。「あ、起きたな」と柔らかく微笑む伊織の顔にまた嬉しくなって、すぐさま布団から飛び起きては遊びの続きをしてもらった。

だから、伊織の寝顔を見るのはタケルにとっては初めてだったかもしれなかった。いつも、年齢に不相応な程に大人っぽいような、包容力のある日向のように温かな笑みを浮かべている兄が、安らかに眠っている。
そろそろと、物音を立てないように、起こさないようににじり寄る。――畳の上に横臥して、静かな寝息を立てている伊織の横顔を、上から覗き込む。

「兄ちゃん……フフ……

小さな声で呼び、返事がないことにクスクスと笑う。――それから、じっと改めてその横顔を見下ろしてみる。

少年と青年との狭間のような、幼さを残した端正な横顔の、すっと通った高い鼻梁を目線でなぞる。小さく開いた唇は色素が薄く、特に手入れをしていないためやや乾いていたが、柔らかそうな唇の狭間に真珠のような小さな前歯が覗いていた。すう、すう、と小さく呼吸のなるたびに胸元が上下して、閉じた広い瞼の縁に生え揃った長くて濃い睫毛が揺れた。――普段はきゅっと引き締まっている眉尻が下がって、どこかあどけないような表情をしている。長い癖毛の前髪が巻き毛のように遊び、白い頬に触れている。

あどけないような――ひどく無防備な、その寝顔。

とくとくと、タケルの耳元でうるさいような音がしていた。それが自分の鼓膜に響いている鼓動の音だと、当時のタケルは知らなかった。その音が、どんどんと速まっていく。だんだんと音が大きくなって、激しくなって、けたたましいような――

どくん、どくん、と自分の心臓がひどく大きな音を立てているのがわかる。――頬が、ひどく熱いのがわかる。

どくん、どくん、と指の先の毛細血管までもが張り裂けそうな程に激しい鼓動を抱えながら、ひどく熱をもってしまった手のひらを、そっと伊織に近づける。伊織の額にかかっている、栗色をした長い癖毛の前髪を、そっと指先で掻き揚げる。――白い額が覗く。端正な美しい顔がタケルの前に晒されて、タケルがその手で触れて、ただ眺めるままを彼に許していて――まるで無防備な、幼い子供のようにあどけなくて、純粋で、まるで壊れ物のように脆く、弱々しいような――タケルがこの手で守ってあげなければいけないような。

心のどこかで、『兄ちゃん』に助けを求めようかとすら思った。だができなかった。そうするのがひどく後ろめたいことのように思えた。

耳元で、鼓動がけたたましい音を立てて鳴り続けている。くらくらと沸騰して気を失ってしまいそうな意識の中で、タケルはただ茫然と伊織の寝顔を見下ろしていた。――「兄ちゃん」と呟く。だがもう、何かが違っていた――「イオリ、」と口の中で小さく呟いてみる。胸の中で何かがはち切れそうになった。それを愛しさと言うのだと、当時のタケルは知らなかった。

他にするべきことを知らず、ただ伊織の髪を手で何度も梳いている。「イオリ」、「イオリ」と何度もその名を口の中で転がした。――どうすればいいのかわからなかった。ただ、胸を締め付ける泣きたいような衝動だけがその胸にあった。



――結婚したい『好きな人』と、ずっと一緒に遊びたい『好きな人』は違うのだと。



ああきっとそうなのだろう、とタケルは思った。……もしこれがそうだと言うのなら、それは確かに、今までとは何もかもが違っていた







伊織が目覚めると、縁側から橙色の西日が長く尾を引いて座敷の奥まで射し込んできていた。

ん、と目をこすりながら身を起こす。周囲を見回せば誰もおらず、誰の声も聞こえてこなかった。今日、本家を訪ねにきていた親族たちは既に皆帰ってしまったらしい。
伊織自身、そろそろお暇しなければ、と思う。連日試験勉強をしていたために寝不足が祟ってしまった。少しだけ横になるつもりが三時間は経っているだろう。

今日はタケルの一家も本家に来る筈だと聞いていたので、挨拶ぐらいはできるかと思っていたが――どうやらすっかり寝過ごしてしまったようだった。