mishiadd
2025-12-30 10:49:07
45542文字
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BROTHERHOOD:ひとでなしの恋

【現パロ】兄弟同然に育った伊織さんに恋慕してしまったヤマトタケルさんと「いつか満足して諦めるだろう」と思ってかたちだけ付き合ってるフリしてくれる伊織さん【剣伊】


十三、

スマホに通知が来ているのはわかっていた。ただ、通話であってもテキストであっても誰とも話したくなかったし、今のタケルに何かが話せるとも思えなかった。
まるでクッキー型にでもなったような気分だった。中身がすべて抜け落ちて空っぽになって、かろうじてタケルという人型を象っている形骸しか残っていない。――もはやなんの感情も湧かなかった。

ベッドの上に横臥して、ただ何もない壁を見つめていた。電気もつけていない真っ暗な部屋の中で、ベッドの上に放り出したスマホの画面だけが無機質に光っている。もぞ、とわずかにタケルが身を捩る。惰性のみで、通知を見る。――『イオリ』とあった。

がばりと身を起こす。ベッドの上に正座をして、同じくベッドの上に置いたスマホと向き合う。ロック画面を開こうとして、躊躇う。――再び開こうとして、やっぱりやめてしまう。
そんなことを三十分も繰り返した後、ゆっくりと深呼吸をしてようやく、ロック画面を解除した。



『うちに来ないか』



ただその一文だけが書かれていた。どういうつもりなのかも、何の話をするつもりなのかも、なにも一切書かれていない。

――ほんの一瞬だけ、タケルは都合のいい期待をする。

タケルが独り暮らしの伊織のマンションを訪ねると、憔悴しきった様子の伊織が玄関の扉を開けてくれる。中へと通され互いに向かい合ってソファに座ると、「すまなかった」と頭を下げて、心から申し訳なさそうに謝られる。
「すべて俺が間違っていた、おまえを子供扱いして、おまえの真剣な気持ちを見誤っていた」と真摯に言い募る伊織の唇に、タケルが「しぃ」と人差し指を立てて黙らせる。ぽかんとしている伊織に、「もう過ぎたことはよい。私は大人な対応のできる大人の男で、きみのことが大人の男として好きなので、きみの過ちなどすべて水に流してやるとも。――今から私と真剣で真面目なお付き合いをしてくれれば、それでよいのだぞ、イオリ」と言って、あらかじめ持参した赤い薔薇の花束をぱっと差し出す。「なんと成熟した受け答えだ、おまえはなんて大人なんだ」と感動した伊織が切れ長の眦を赤くして目を潤ませるので、「そうとも、私は大人なのだ。大人の私が、恋を見て恋とわからぬお子ちゃまのきみに、大人の恋愛のなんたるかを教えてやらねばなるまいな」などと言って、タケルの『大人の男』たる余裕にうっとりした伊織の顎に手を掛け、くい、と軽く持ち上げて――



――まあ、そんなわけがないので。



まるでおとぎ話のような、夢のように幸せな空想だった。――と同時に、絶対に起こり得ないことだけは、タケルもわかっている。

はあ、と肩を落とす。――それでも、好きな子に誘われて、出向かない男などいないのだ。







ピンポーン、と玄関の呼び鈴が鳴ったので、伊織が玄関の扉を開けた。タケルが、不貞腐れたように唇を尖らせたまま、自分の足元を見下ろして立っていた。

――いらっしゃい。よく来たな」

言いながら、タケルの分のスリッパを置いてすたすたと奥へと下がる。タケルが後をついていくと、丸テーブルの傍に置かれた三人掛けのソファに伊織が座っていた。
テーブルの上には茶器とお茶請けが置かれている。タケルがただその場に突っ立っていると、「こっちへおいで」と伊織が手招きをした。――仕方なく、ソファの端にタケルが腰掛ける。

横並びに座ったまま、正面に置かれたテレビを眺めている。BGMとも言い切れない、外国の報道番組が流れていた。
ドイツ語を話しているアナウンサーの声に重なるように、「セイバー」と凛とした声で伊織が名を呼んだ。

「もう一度、おまえと話をしなければと思ったんだよ。……おまえの、その気持ちは」
「聞きたくない」

ぴしゃりとタケルが突き放すように言う。悲鳴のようだった。

「もう、聞きたくない。……きみが私と『付き合えない』というのなら、それも受け入れる。きみが、私のことを好きになれなくて、だからきみが私を『振る』のだというなら」

自らの言葉に傷ついたのか、こくり、とタケルが一瞬息を呑み込む。それから、喉に閊えるように言った。

――それでも、いい。……だが、私がきみのことを好きだという事実は、変わらない。変えられない。きみにだって否定する権利はない。そんな力は、きみにもない」
「俺は、おまえに後悔してほしくないだけなんだよ」

ニュースがタイ語に切り替わっている。――伊織が、タケルに身体を向けるようにしてソファに座り直す。それから、おもむろにテーブルの上のリモコンに手を伸ばした。ピッ、と電子音を立ててテレビの電源を切る。――静寂が、降りる。

たった一度しかない人生の中で――おまえに、後悔してほしくない。……おまえが好きになる人は、俺であるべきではないと思うよ」
「きみしか好きじゃない」
「セイバー」
「きみしか好きじゃない。たった一度しかないならきみがいい。たとえ何度あったって、私は何度でも、絶対にきみを好きになる」
タケル

びくり、とタケルが大きく身体を震わせた。長い睫毛を伏せた伊織が、諭すような口調で言った。

……おまえのそれは、一時の気の迷いだ」
「一時の気の迷いだろうと、この恋は本物なんだ」

「本物なんだ」と消え入るような声でタケルが繰り返し、俯く。ぽつり、ぽつりと言った。

「後悔なんかしない。――きみを好きだと想ったことを、一度だって後悔したりするものか。たとえ、この恋が実らなくとも――私がきみに恋をして、きみを好きだと想った気持ちは、時間は、私だけのものだ。私だけの誇りだ。私だけの大切な宝物で、私の人生だ。誰にも奪わせない。きみにだって、奪えない」

「イオリ、」とタケルが顔を上げ、伊織を見た。――伊織に、手を伸ばす。白い頬に触れようとして、躊躇う。――その指先が、小さく震えている。



――震えている。



フフ、と涙に濡れた自嘲のような笑い声を上げ、タケルが言った。

「見ろ。――きみに触れようとして、私の手が震えている。緊張が止まらないんだ。好きな人に触れるのが怖くて、手の震えが止まらない」
「セイバー」
「結局、大人のふりなんてできなかったな。きっと大人の男なら、こんなときに手が震えたりしない。……きっと、きみに相応しい大人の男なら、きみの頬をすっぽり包み込めるくらいの大きな手で優しくきみの頬に触れて、余裕のある表情できみの瞳をじっと見つめて、夜景の似合うロマンティックな言葉できみを口説くことができる」

タケルが伊織に触れぬまま、震える手を下ろす。目を伏せ、ソファのクッションを見下ろしたまま、眦に涙を溜めて言った。

「私は、怖くてきみに触れられない。きみの顔が直視できない。そのくせ、きみがそっぽを向いているときに、こっそりきみの横顔を盗み見ることしかできない。きみに私の恋を信じてもらえるような甘い言葉など、思いつくことすらできない。……こうして、子供みたいに『きみが好きなのだ』と泣き喚くことしかできない」
「セイバー」
「私は子供だ。……子供だ………

タケルが、ソファの上で立てた両膝をぎゅっと抱え込む。小さく、小さく縮こまる。――そこに、伊織の声がした。



――なら、待とうか?」



はた、とタケルが目を見開く。顔を上げると、伊織が静かな表情で、タケルを見ていた。

「なら、俺は待ってみようか。おまえが大人になるまで
「イ――オリ?」

呆然として、タケルが伊織を見つめている。大きく見開かれた瞳から目の縁に溜っていた涙がぽろりと零れ落ちたが、それは今のタケルの気持ちとは無関係だった。
伊織が、小さく首を傾げてタケルを見つめている。さらり、と重い癖毛の前髪が白い額に揺れた。

「俺とおまえは六つ歳が離れているから――おまえが十八になったら、俺は二十四だ。あるいはおまえが二十歳はたちになるまで待てば、俺は二十六。……あと、四年。あるいは六年。
それだけ待って、おまえのそれが一時の気の迷いではないのだと、おまえが俺に証明できるのなら――

伊織がタケルの手を取る。自分の大きな手のひらと、タケルの成長期のすらりとしたまだ小さな手のひらを合わせる。――きゅ、と指を絡めて、握り込む。

「おまえの手が俺の頬を包み込めるくらいに大きくなって、それでもまだ、おまえが俺を口説きたいと思うのなら」

「いいよ」と伊織が囁いた。――それは、これまでにタケルが聞いたことのないような、甘く掠れた、大人に向けた声だった。






「俺は、おまえが大きくなるまで、ずっと待っている」






タケルが言葉を失う。唖然として、目の前の伊織をただ見つめている。――菩薩のように静謐で、あるいは女神のように残酷な、子供には決して見ることの能わない――それは、タケルの知らない伊織の顔だった。

ドクドクと、タケルの心臓が早鐘を打っている。動悸がしている。……心臓が、張り裂けそうだった。

――さて」と、伊織がぱっとタケルと手を離す。ソファから立ち上がり、「ああ、そうだ」とまるで何事もなかったかのようにタケルを振り返って言った。

「おまえが失くしたと言っていた、あの梅むすびのぬいぐるみ。……実はあのあと、俺の鞄の中から出てきてな?」

は、とタケルが呆気に取られる。ややあって、「はあああっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。

「な、な、な、な、なぜ!? ――なんでだ!」
「よく――覚えていないんだが、どうやら夜中に寝ぼけてベッドから立ったとき、おまえのポーチからマスコットが取れそうになっているのを見たようでな。……おまえが落とすとまずいからと思い、一旦外して俺の鞄に入れたようなのだ。持って帰って繕ってやろうと思ったらしく」
「『ようだ』とか『らしい』とか、自分のことであろう!?」
……すまん。よく覚えていない」

言いながら、伊織がキッチンカウンターの上に置かれていた小さなぬいぐるみを拾い上げ、タケルに手渡す。――取れかけていたらしいストラップの付け根が、手縫いで繕われていた。
「ほあああ」とタケルが安堵のような喜びのような感嘆を洩らす。きゅ、とタケルが両手で大切そうに抱え込んだのを、伊織が肩を竦めて見る。

「ん、よかったな」
「うむ、よかった――というか、しかしこれは元はと言えばきみのせいではないか? きみが寝ぼけていなければ、そもそもこんな大騒ぎを」
「それはそれとして。おまえ、俺に『何か買ってやる』と豪語したくせに、結局何も買ってくれなかったな」

急に話の矛先を変えられてタケルが鼻白む。――それから、「ンン!?」と声を裏返らせて問い返した。

「おまえ、拗ねて勝手に帰ったろう」
「え、ええ……? いや、まあ……それは、そうだが……
「おかげで手ぶらだ。せっかく隣県くんだりまで出掛けて行ったのに、土産の品のひとつもないとは」
「い、いや……うむ……わ、悪かった……………?」

ぽすん、と再びソファに腰を降ろした伊織が、わざとらしく拗ねたように白い頬を膨らませる。――それから、口許ににやりと意地の悪い笑みを浮かべ、悪戯っぽい目つきでタケルを見た。どきり、とタケルの胸が跳ねる。
つん、とわざとらしく伊織が胸を反らして言った。

「では、次どこぞへ行ったときこそ何か買ってもらおうか」
「む……む、無論、その程度どうということもない、が……なんだかきみ、急に言動が大人げなくないか?」
「子供扱いされたくないのだろう? 俺は同年代の人間相手にはこんなものだぞ」

フフン、と鼻を鳴らした伊織に、タケルがぴくりと反応する。――かああ、と首筋を赤くしたタケルに、伊織が囁くように言った。

「俺は同年代の人間にはこんなものだし――おまえの言う『恋』とやらにも落ちたことがない。……どうだ? 幻滅したか?」
――なにを」
「俺はおまえに敬意を表しておまえを子供扱いすることをやめるし、おまえが自信を持って俺を口説けるようになるまで待ってやる。――が、俺は手強いぞ。ただ大人になったからといって俺を落とせるとは思わんことだな」
……――~~ッッ!!」

タケルがソファから飛び上がってその場で地団太を踏む。ハハハ、と伊織も立ち上がって茶器のセットをキッチンへと運んでいく。その背中に、「我らの恋人関係は!」とタケルが呼ばわった。

「当然、解消だろう? もう『可愛い甥っ子』で『可愛い弟分』の下駄は履かせんぞ。俺の恋人になりたいのだったら、きちんと実力で口説き落としてみせるんだな。――おまえが俺に『恋』のなんたるかを語るのなら、聞くだけは聞いてやるとも。……おまえが、俺に語るのなら」
……イオ、リ」
「さあ、もう帰れ。――恋慕している相手の部屋に、長居などするな」

フ、と伊織が目を細めて笑う。――そこに一瞬だけ、以前のような優しさと慈しみの色を見たとタケルは思い――それもすぐに霧散してしまう。
手土産に手つかずだったお茶請けを持たされ、タケルがぐいぐいと玄関の方へと押し遣られてしまう。「イ、イ~オ~リィ~!」と抗議の声を上げたのもむなしく、ぽい、と玄関の外へと放り出されてしまった。

扉に手を掛けた伊織が、タケルを見る。――に、と挑発的な、どことなく妖艶な笑みを浮かべて言った。

俺は恋をしたことがない――だから、四年も六年も変わらない。ずっと、おまえを待っている。……大人になったら、またおいで。俺に、教えてくれ。おまえの恋を」

――ぱたん、とタケルの目の前で、扉が閉じる。






それは、伊織からの宣戦布告であり――



ようやくスタートラインに立てたタケルの、長い長い、六年掛かりの、難攻極まる攻城戦の始まりだった。








ひとでなしの恋・了