mishiadd
2025-12-30 10:49:07
45542文字
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BROTHERHOOD:ひとでなしの恋

【現パロ】兄弟同然に育った伊織さんに恋慕してしまったヤマトタケルさんと「いつか満足して諦めるだろう」と思ってかたちだけ付き合ってるフリしてくれる伊織さん【剣伊】


十、

ヨーロッパの街並みを再現したテーマパークの最奥に建てられたホテルは、外観にも細かな装飾が施された格調高い建物だった。
中央に噴水の設置されたロビーでチェックインを終え、吹き抜けの天井を見上げる。十三階はあるだろう階層がロビーをぐるりと取り囲んで重なっているその果てに巨大なシャンデリアが下がっているのが見える。きっと十二階や十三階の回廊であれば、あのシャンデリアを真横から見ることができる筈だ。

その迫力にやや委縮しつつ、伊織がタケルに「――まさか最上階のスイートルーム、などということはあるまい? とてもじゃないが落ち着いて就寝できる気がしないな」と警戒したように言った。

フロントから受け取った鍵と案内を眺めながら、「いいや」とタケルが肩を竦めて言った。

「『雑種どもがたった二匹泊まるのに部屋が三つも四つも必要なわけなかろう! そういうのは我が一緒にいるときにせよ、たわけ』――と、ワカダンナが」
「次は一緒に来る気か」

そして次はスイートルームなのか――となかばうんざりする。
朝のうちに預けておいた荷物は既に部屋に届けられているというので、ほぼ手ぶらのままでロビーに面したガラス張りのエレベーターに乗る。七階で降り、回廊のつきあたりの部屋を開けた。――「おお」と異口同音に伊織とタケルが感嘆する。

大きく取られた部屋に、ベッドがふたつ置かれている。その横にはゆったりと寛げる広さのソファとラウンドテーブルが置かれており――更に、小さなアルコーヴが壁に設えてあり、そこにもソファが埋め込まれていた。
入り口の扉から向かって正面に、大きな窓が取られている。――そこから、テーマパークの景色が一望できた。閉園間近の今の時間帯は、ゆったりと帰路についている人々の群れと、建物を縁取るように取り付けられたイルミネーションがぼんやりと幻想的に光っているのが見える。

……うん。これは、美しい景色だ」

素直に感想を口にした伊織が、ソファに腰掛けて窓の外を眺めている。パチン、と部屋の中の照明が落とされて、ベッドサイドの間接照明だけが淡く光っている。ん、と伊織が部屋の奥を見遣ると、タケルが部屋のメインの照明を落としたようだった。
ああ、とソファの肘掛に肘をついた伊織が、タケルを見て柔らかく笑った。

「気が利くな、セイバー。おかげで外がよく見える」
……本当は、その景色は明日の夜に取っておく予定だったのだがな」

言って、タケルがベッドの縁に腰掛けた。薄暗い部屋の中、それぞれの位置に座った伊織とタケルが、ただ黙って外の景色を眺めている。アハハ、と誰かの笑う声が遠くに聞こえた。――やがて、伊織がタケルを振り返って言った。

「セイバー、こっちに来い。こちらの方がよく見える」
……………

ぎこちなく返事をし、タケルが小さく身体を竦ませる。やがて、そろりと立ち上がった。ゆっくりと、躊躇いがちに歩を進め――とすん、と三人掛けのソファの隅に腰掛けた。
その様子を眺めていた伊織が、呆れたようにくすりと笑う。タケルの腕を掴んで軽く引いた。

「一体なにを遠慮しているんだ? そんなところにいたのでは外が見えないだろう。――ほら」

伊織の膝の上にうつ伏せに転びこんだ体勢になったタケルの肩を抱き、「見てごらん」と耳元で囁く。――恐らくは、なんの他意も意図もなかった。
ほんのりと熱まで感じられるような伊織の吐息に、ぴくり、とタケルの身体が硬くなる。縮こまるようにして小さくなりかけたタケルに気付いているのかいないのか、タケルの頬に顔を寄せたまま、「もう少し上の階ならば、遊園地側のローラーコースターも見えただろうか」と伊織が呟くように言った。

「あのゲームエリアのあったドームも、フリーフォールの塔も――うん? セイバー? どうした?」

腕の中でぷるぷると小刻みに震えているタケルにようやく気付いた伊織が、おや、と覗き込む。それと頭突きをしてしまいそうな勢いでがばりと身体を起こしたタケルが、喚き散らすように言った。

「ふ、風呂に入ってくる!」
「あ、ああ」

ドスドスと大股歩きでシャワールームへと向かうタケルの後姿を眺めた後、伊織が再び窓の外へと目を遣る。――やがて、滝行のように激しい水の音が聞こえてくる。
「たくさん遊んで疲れたのだろう」などと思いながら、伊織が再び窓の外に目を遣る。「たまにはこういう夜もいいものなのだな」などと、思う。







随分時間をかけてシャワーを浴び、すっかりぐったりした様子で出てきたタケルと入れ違いに伊織もシャワーを浴びて、あとは寝るだけ、ということになった。

「明日は『朝食ビュッフェ』なるものがついている。――好きなものを好きなだけ食べられる、ということだ。うむ、よいシステムだな」

ほんの少しだけいつもの調子を取り戻したタケルが言い、既に自分のベッドに横になっていた伊織が「ふうん、」と夢うつつに答えた。

「朝餉か」
「チェックアウトは十一時で『朝食ビュッフェ』は十時半までやっているから、多少寝坊をしても構わぬぞ? きみは結構疲れているようだからな」
「ん……

不平不満を口にすることの極端に少ない伊織ではあったが、実は疲労していたり体力の限界である時には素直に「帰って休みたい」という希望を口にする。
年若いことも手伝ってか体力おばけのタケルに比して、伊織は疲れが出やすい性質ではあった。

うとうとし始めている伊織が、重い二重瞼をしぱしぱと瞬いている。やがて目を開けていられなくなったのか、長い睫毛を伏せて目を閉じたまま、どこか甘ったるいような舌足らずの口調で言った。

「起きる――ときに、起きる――が、おまえに合わせるよ、セイバー」
「うむ。……なら、きみの起きたいときに私は合わせるよ、イオリ」

すう、と既に伊織が軽い寝息を立てている。タケルの言葉が聞こえたかどうかはわからなかった。
その穏やかな寝顔に、フフ、とタケルが笑う。――かつてのあの初夏の日、座敷で静かに眠っていた伊織。あの頃とまったく何も変わっていない、無垢で無防備な、タケルが守ってあげなければいけないのだと決意した、あの寝顔。

手を伸ばしかけて、引っ込める。そのまま、ベッドサイドの間接照明の電源を落とした。タケルもまた、自分のベッドに潜り込む。







もぞもぞと自分のベッドが揺れるのを感知して、タケルがうっすらと目を覚ました。――視界に飛び込んできたものに、ヒュッ、と思わず喉が鳴った。

ふわふわの癖毛の前髪が、タケルの鼻先に触れている。カーテンの隙間から入り込んできている僅かな明かりでぼんやりと照らされた、白い頬の輪郭。穏やかに伏せられた、真っすぐに生え揃った長くて濃い睫毛。

――伊織が、なぜかタケルのベッドに潜り込んできている。

ヒ、と悲鳴を押し殺しながら、指先でちょん、と伊織の肩あたりを突ついてみる。ぐにゃりと弛緩した背丈の割に細い身体が、コンニャクのように軽く揺れて元の位置に戻るだけだった。
内心パニックになりながらタケルが耳を澄ませる。ユニットバスの方でわずかに水音の残滓がある。

恐らくはトイレか何かに立った伊織が、寝ぼけてベッドを間違えている

わざわざタケルが若旦那に頼んで変更したツインルームであった。設置されたシングルベッドは小さくはないものの元来一人用のベッドは二人には狭く、タケルにほぼ逃げ場はない。
至近距離で伊織がすうすうと穏やかな寝息を立てている。ん、ともぞりと伊織がわずかに身を捩らせる。――月明かりが、薄闇の中で伊織の柔らかな唇に照り返す。

――こんなことならばダブルルームのままにしておけばまだマシだったのかもしれなかった。少なくとも、ベッドの端と端であればそれなりに距離を保てただろう。

強く意識を保たなければ、視線が勝手に伊織の唇を追った。みるみるうちに熱くなる首筋や頬を嫌というほどに自覚しながら、ぐぎぎ、とめいっぱいに顔を背けて伊織から己の目を引き離す。――ばくばくと心臓が早鐘を打っている。鼓膜に響く鼓動がうるさく、こんなことではきっと伊織に聞こえてしまうと思った。

タケルがそろそろとシングルベッドから降りる。――そっと、横たわる伊織に毛布を掛けてやる。







翌朝伊織が目覚めると、なぜかタケルがアルコーヴの狭いソファの上で眠っていた。

時計を見れば八時半だったので、時間にはまだまだ余裕があった。「あと三十分は寝かせておいてやろう」と伊織は思い、なぜか自分のベッドではなく寝心地の悪いアルコーヴなどに潜り込んでいるタケルに毛布を掛けてやり――やはり子供は『秘密基地』には抗えないのだな、などと微笑ましく思った――ソファに腰掛け、午前中の爽やかな日の光に満ちたテーマパークの景色を眺めた。