mishiadd
2025-12-30 10:49:07
45542文字
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BROTHERHOOD:ひとでなしの恋

【現パロ】兄弟同然に育った伊織さんに恋慕してしまったヤマトタケルさんと「いつか満足して諦めるだろう」と思ってかたちだけ付き合ってるフリしてくれる伊織さん【剣伊】


二、

伊織とタケルの関係は、厳密にいえば叔父と甥だった。

伊織自身が養子であることもあり、タケルも複雑な家庭環境で育ったため、一概には説明しきれないが――家系図だけを見た場合、伊織はタケルの叔父である。
とはいえ、歳は六歳程しか離れていない。だから、幼少期の頃からタケルは伊織のことを「兄ちゃん」と呼んでいた。伊織の義妹の真似だった。――それが、いつの頃からか「イオリ」と名前を呼び捨てされるようになっていた。伊織は、特に注意をするでもなかった。実際、伊織はタケルの『兄ちゃん』ではなかったし、この歳で『叔父さん』と呼ばれるよりはいくらかマシだった。

「大きくなったら兄ちゃんと結婚する」とタケルが真剣な顔をして玄関の一輪挿しから取ってきた花を差し出してきたのは、まだタケルが三歳くらいの頃だったと記憶している。『結婚』という言葉を知ったばかりで、どうやら漠然と『大好きな人とずっと一緒に遊べるようになること』と認識していたらしかった。
当時の伊織はタケルとあまり歳の変わらない義妹をよくあやしていたので、ついでにタケルのことも相手をしてやっていた。裕福ながらも複雑な家庭に育ったタケルにとって、伊織は初めて出逢った『頼れる保護者』であり『優しい兄』だった。

「そうか」と伊織が頷くと、「ずるい、あたしも」と言って義妹が泣いた。仲間外れにされたと思ったようだった。だから、「では三人で結婚しよう」と伊織は提案し、それでその場は丸く収まったのだ。

それ以来、「大きくなったら兄ちゃんと結婚する」はタケルの口癖のようになった。やがてタケルが小学校に上がると、認識していたのとは違う『結婚』の定義を知ったのか、あまり言わなくなった。――そうこうしているうちに、「兄ちゃん」が「イオリ」になった。



――「付き合ってほしい」とタケルが伊織に言い出したのは、タケルが十四歳になった初夏のことだった。

「どこへ?」と伊織が尋ねたのは、はぐらかそうとしたわけではなかった。あまりにもその発想自体が伊織の中になくて、まさか「恋人として付き合ってほしい」と言われているなどと、露程にも思いもしなかったのだ。

初夏の夜、共に帰省していた田舎の祭りに顔を出した帰り、田んぼのあぜ道をふたりで通っていたときのことだった。周囲に街灯はなかったが、夜空には巨大な明るい満月がひとつ、眩しい程に輝いている。おかげで足元は明るく、苗と共に水を張った田んぼの水面にまるい月が反射していた。暗がりをつくっている真っ黒な雑木林が、さわさわと夜風に揺れていた。

「『恋人』?」とぽかんとして伊織が復唱すると、月明かりの中でタケルの白い頬が赤く染まるのが見えた。「……う、む」とやっとのことで頷くのが見えた。

――何故、俺なのだ」

そう、否定するでも肯定するでもなく、ただ事実確認のためだけに平坦な口調で伊織は尋ねたが、それでもタケルはどこか責められたように感じたようだった。ぷい、とそっぽを向いて、不貞腐れたように頬を膨らませて言った。

……月が、眩しいのだ」
「うん?」
「月が、眩しくて――夜空に、他の星など何も見えない。月が、あまりにも眩しくて――

タケルが、伊織を見る。――ひどく真剣な、まるで燃える火球のような、苛烈な夕焼け色の眼差しだった。

眩い月にこの目を灼かれてしまって、月の影がこの網膜に焼き付いてしまった。目を開いていても閉じていても、眩い月が見えるばかりで――他のものなど、何も見えない」

なんのことだろう、と伊織は思う。――ただ、その真剣な表情には見覚えがあった。かつて「大きくなったら兄ちゃんと結婚する」と主張していた、あの幼子。あの真剣な眼差し。――ああ、と伊織は思った。
どんなに身体が大きくなっても変わらないんだな、と、思う。

「いいよ」と伊織は言った。――試しに、付き合ってみればいい。それできっと、この純粋な幼子のような甥っ子は、自分の抱いている感情がなんなのかようやく理解できる筈だ。少なくともそれは、伊織と『恋人になりたい』などという欲求などではないのだと。

――イ、オリ」

ひどく感じ入った様子で、タケルが呟く。ぱっと顔に片手を当てて、そのままそっぽを向いた。小さく肩を震わせる。ちらり、と眦のあたりで月明かりが反射した気がしたが、伊織にはよく見えなかった。
ひとしきりそっぽを向いていたタケルが、やがて月夜を見上げた。それから、伊織を見た。月明かりの下でもわかる程に頬を赤らめたまま、か細いような震える声で言った。

「きみと――手を、繋ぎたい。屋敷に戻るまで」
「うん。……このあぜ道が終わるまで」

月明かりの下で、ふたりで手を繋いで歩いた。雑木林の影のかかる黒いアスファルトの道を歩きながら、ぽつりぽつりと見えてきた橙色の街灯の光を遠目に眺めていた。繋いだ手の、伊織に比べると一回り小さな手が熱い。わずかに震えているような気がする。――タケルがまだ小さかった頃を思い出す。田んぼの向こうの川で遊んだ帰り、夕焼けの中をふたりで手を繋いで帰ったのを思い出す。

角を曲がると御本家の屋敷だった。錆びた道路反射鏡カーブミラーの下で一旦立ち止まり、タケルが伊織の手を離した。――手の中に、タケルの子供のような体温がまだ残っているような気がした。

目を逸らしながら、タケルが唇を尖らせてぼそぼそと言った。

「ばれるとまずいから」

気にしなくてもいいのに、と伊織は思った。可愛らしい子供のおままごとに目くじらを立てる親戚などいない

それでも、ぎくしゃくと大股開きで先を歩くタケルから、ほんの少しだけ距離を取って伊織はゆっくりと後を追ってやった。気持ちだけ間を空けて、わざと時差を作ってそれぞれ屋敷の中へと戻る。