Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
柚鈴
2025-11-01 12:04:40
59567文字
Public
Clear cache
でぃあぷろSeason3 第0話①/第1話「レフュージア」
pushing up daisies:「死んで埋葬されている」
レフュージア:氷河期など、広範囲にわたって生物種が絶滅する環境下で、局所的に種が生き残った場所。待避地。
🫧の状態についてはライムライト回(下記リンクp4)で描写しています
https://privatter.me/page/65deb01c17c1e?p=4
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
第1話「レフュージア」⑥
◇ユウハ・ディアス
「彼女を殺したとき、あなたはどんな様子でしたか。その光景を、覚えていますか」
精霊に告げられた言葉が、鼓膜に浸潤して離れない。耳を塞いでも頭を振っても、断罪の声が鳴り止まない。
殺した。殺した。殺した。その四音が脳裏に反響するたび、身体が端から腐って朽ちていくような心地がした。信じられない。信じたくない。否認の声はいつでも鮮明に、瞼裏の景色に無力化されていく。
ユウハ・ディアスは、シノ・オーリムを殺した。
雨の降りそうな夜の路地裏。垂れ込める澱んだ曇天、肺を刺す湿ったアスファルトの匂い。薄暗い夜道でも褪せない、アイドルのための真っ白な衣装。
見慣れた光景の中、ユウハはふと足を止めた。また明日ね、と別れたシノの後ろ姿が、徐々に遠ざかっていく。
ユウハは地面を蹴った。靴先が舗装された道路を砕くほど、目一杯の力を込めて地面を蹴った。ほんの数十メートルの距離が、瞬きの速度で縮まる。シノの背中に追いつく直前、武器を顕現させる。冷たい大鎌の感触。
驚いたようにシノが振り向くよりも先に──ユウハの手にした凶刃が、彼女の腹部を切り裂いた。迸る鮮血が闇夜に舞う。衣装の白い布地が赤々と濡れていく。どさりと身体の崩れ落ちる音、声にならない悲鳴。
ユウハ・ディアスは、シノ・オーリムを殺した。
だって──ユウハにとって、シノは世界のすべてだったから。
ユウハの両親は、政府機関に勤める多忙な官僚だった。
夜遅くに帰ってきては、朝早くに職場へと向かう。ユウハが物心ついた頃にはすでに、二人の生活は仕事を中心に回っていた。
親子らしい会話を交わす機会なんてほとんどなく、ユウハは彼らの仕事にとって邪魔な存在だった。三者面談の連絡も、提出が必要な書類も、何度もしつこく頼んだ末にようやく目を通してくれた。
寂しいと主張したって無駄だと薄々気付いていたから、自分の気持ちを伝えることさえ諦めるようになった。
それでも、ユウハの隣にはシノがいてくれた。
他人と関わるのが苦手なユウハにとって、シノだけが心を許せる唯一の相手だった。
御伽話の王子様が、お姫様に捧げる真実の愛。絵本でしか知らないはずのそれが、シノと二人で過ごすうちに、ユウハの心に芽吹いていくような気がしていた。
引っ込み思案で控えめで、教室では困ったように笑うことが多いシノ。幼い弟がいることもあって、心優しいしっかり者だと思われているシノ。
そんな彼女は、ユウハの前でだけ、とびきりの甘えたがりだった。鈴のように澄んだ声音で、秘密基地に招き入れるみたいに、いろんな話をしてくれた。
手を繋ぐのが特別に好きで、だけど自分からはなかなか言い出せずに、上目遣いでユウハを見ていた。察したユウハが指を絡めると、嬉しそうに頬を染めて微笑んでいた。
ユウハはずっと、そんなシノの存在に心を預けていた。ユウハが孤独でないのは、シノがいてくれるからだった。シノのことが好きだった。大好きだった。シノが一緒にいてくれなければ、生きていけないと思っていた。
だけどきっと、シノにとっては違ったのだろう。
中学二年のクラス替えで、ユウハは初めてシノと離れることになった。
ユウハがいなくて不安だな、大丈夫かな。そんな風に眉を下げていたシノは、人見知りだったはずのシノは、数ヶ月も経てばすっかり自分のクラスに馴染んでいた。移動教室でも学校行事でも、彼女は常に友人に囲まれていた。周囲に上手く溶け込めないユウハは、クラスで浮いてしまっていたのに。
性格が悪い。空気が読めない。クラスメイトが流したそんな噂話は、気付けば学年中に広がっていた。親から放任されて育ったユウハは、おそらく常識に欠けているところがあって、他人から嫌われることに慣れていた。中学に上がる前から、陰口を叩かれることだって日常茶飯事だった。
これまではずっと、シノが隣にいてくれた。お人好しで鈍感な彼女はきっと、ユウハに向けられた悪意にも気付かずにいたのだろう。それとなく訊ねてみたこともあったけれど、本気で不思議そうな顔をしていたから。
だけど──クラスが離れて、他の友人ができて。もしかしたらシノも、直接ユウハへの悪口を耳にする機会があるかもしれない。
そうしたらシノは、何を思うだろう。ユウハを軽蔑するだろうか。嫌いになるだろうか。過去の違和感と陰口の内容が符合して、ユウハと絶交したくなるかもしれない。ユウハに甘えていたことを、大事な宝物だった時間を、恥ずかしいと嫌悪するようになるかもしれない。
だってユウハは、邪魔な存在なのだ。
両親にすら気にかけてもらえなかった。変なことをしているつもりはないのに、誰からも嫌われていた。人と上手く接する方法が分からなくて、それでも声を上げなければ自分が消えてしまいそうな気がして、手探りでぶつかっては失敗ばかりしていた。
だからきっと、シノもユウハから離れていくはず。
いつかきっと、ユウハのことを嫌いになるはず。
そうしたら今度こそ、ユウハは独りになってしまう。大好きなシノに突き放されたら、生きていけなくなってしまう。
──だから、そうなる前に殺した。
シノに嫌われたくない。シノを誰にも取られたくない。そんな怯えに支配されて、魔が差してしまった。ユウハ以外の誰かに、彼女が心を委ねるくらいなら、いっそ。心臓に絡みついた醜い独占欲が、自分の意思では制御できなくなっていた。
「シノを、独り占めしたい
……
。私だけ、私だけを、見ていてほしい
……
!」
夕顔の咲いた夜の淵、最低な願いが口を衝いた。差し伸べられた甘言に縋ってしまった。願うべきではなかったのに。そういう浅ましく身勝手な性根のせいで、誰からも疎まれてきたというのに。
ユウハの願いは叶えられた。最期の瞬間、シノの瞳にはユウハだけが映っていた。
柔らかな光を宿した薄緑色が、ユウハだけを視界に捉えたまま、みるみるうちに濁っていく。横薙ぎに引き裂かれた腹部からは、夥しい血液が流れ落ちていく。
手のひらに残る、骨を砕いた感触。肉を貫いた感触。呆然と目を見開いたまま、シノが動かなくなる。冷たいアスファルトの上で、愛しい温度が失われていく。
ユウハ・ディアスは、シノ・オーリムを殺した。
愛していたから殺した。奪われる前に殺した。自分のものにしたくて殺した。
何度も精霊に捧げた懺悔が、血液の流れと共に全身を満たしている。ユウハの願いを聞き届けた精霊は、一部始終を目撃していた精霊は、ユウハに罪を悔いることを求めた。訊ねられたとおりに、ユウハは答えた。そうすることでしか、許されないと思ったから。
精霊の向ける断罪に晒されていなければ、自分の生死さえも曖昧だった。薄暗く閉ざされた視界の中、シノを殺した白昼夢だけに囚われていた。
だけど、目の前にシノが現れた。殺したはずのシノが。
ユウハ以外の誰かと、親しげに言葉を交わしていた。ユウハ以外の誰かに守られていた。
赤髪の少女が、シノを庇うように倒れ込む。その手が、指先が、シノの手のひらを掴んでいた。
ユウハだけが知っていたのに。ユウハだけが許されていたのに。シノに触れられるのは、ユウハだけの特権だったのに!
瞳の奥が燃えるような熱を帯びて、強烈な殺意が鼓動を鳴らす。壊れた人形のようだった身体が、久々にユウハの意志に応えた。否、確固たる意志を抱くことすら数年ぶりだった。
シノ。愛するシノ。私だけのシノ。殺したと思い込んでいたのは、悪い夢だったのかな。ずっと後悔していたけれど、その必要はなかったのかな。
今度こそ間違えない、と大鎌を握る手に力を込める。だって、気付いたから。シノを殺したって意味がない。ユウハからシノを奪おうとするのは、いつだって最悪な世界の方だ。それなら、どちらを壊すべきかなんて明白だった。
──シノを独占したい、ずっとユウハだけを見ていてほしい。
抱いた願いを確かめるように、瞼を閉じて祈りを繰り返す。もう誰にも邪魔させない。ようやく正解が分かった。
この世界が二人だけなら、ユウハとシノは永遠に一緒にいられる!
天啓に導かれるように、ユウハは緩やかに瞼を開けた。精霊によく似た、誰かの声が鳴っていた。
「わたし、は
……
。ユウハを、ユウハを、守り、たい
……
!」
悲鳴のような祈りが鼓膜を貫く。
潤んだ瞳を浮かべたシノが、こちらを見上げている。ユウハに向かって、一途に手を伸ばしている。
それを認識した途端、火花のような歓喜が散った。欠けた器が満たされるような高揚感。痛いほどの幸福が全身を巡って、今にも泣き出しそうになる。
シノは、ユウハを選んでくれた。すべてを捨てても一緒にいたいと望んでくれた。ユウハだけを見つめてくれた。
様々な苦難を乗り越えて、愛する二人が結ばれる。御伽話のハッピーエンドみたいな、都合のいい奇跡みたいだと思った。シノが、ユウハを求めてくれる。手を伸ばしてくれる。たったそれだけがユウハの望むすべてだった。叶えたい願いのすべてだった。だってユウハは誰よりも、シノのことが好きだったから。
これからずっと、二人きりでいようね。私たちだけの世界にしようね。
甘やかな誓いを心に浮かべて、ユウハはそっと指を絡めた。
◇◇◇
「
夜明け空の約束
クレペリー・メモリア
」
淡々と紡がれる詠唱が、呪いの解けた鼓膜を揺らす。
シノが声を発するたびに、彼女のそばに宝石が現れ、その指先に砕かれていく。煤けた空気に天の川を架けるように、煌めく薄緑の破片が宙を舞う。
「シノ
……
?」
彼女の固有魔法は、どんな怪我でも瞬時に回復させる治癒魔法だ。だけど今、彼女が治すべき傷はどこにも存在しない。レイピア使いに貫かれたユウハの腕は、すでにシノの魔法で完治している。
それでもシノは呪文を唱えた。どこか切羽詰まった声音で、何度も繰り返し唱え続けた。まるで、それだけを使命としている人形のように。
「
夜明け空の約束
クレペリー・メモリア
」
シノが言葉を発するたびに、宝石のような瞳がどろりと濁る。焦点の合わない双眸が、死の気配に染まっていく。
彼女の声音は無感情だった。眼差しにも表情にも、一切の温度が欠けていた。虚ろな瞳孔がぐるりと宙を彷徨う。見えない誰かを探すみたいに。
シノの目にはもう、ユウハの姿は映っていない。光を通さない磨りガラスのように、ただ茫漠と暗闇を湛えているだけだ。明らかに様子がおかしい。
「
夜明け空の約束
クレペリー・メモリア
」
伽藍堂の心を埋めるように、シノは詠唱を繰り返した。
呪文を唱えることだけが、宝石を壊すことだけが、彼女の目的と化していた。欠片の数が増えるほど、シノから感情が抜け落ちていく。正気が失われていく。
──魔法のせいだ。魔法を使いすぎたせいだ。
冷静でない頭で記憶を手繰って、ようやく思い至った。
シノの治癒魔法は、非常に効果が強い。相手が生きている限り、致命傷さえも無かったことにできるほどだ。世界を守るアイドルとして、戦場では無敵の能力と言えるだろう。
だが、強い魔法は効力相応の弱点を持つ。人智を超えた力においても、リスクとリターンは釣り合っていなければならない。強力な魔法は大抵、発動条件が厳しいか──あるいは、発動のたびに代償を払わされるか。シノの場合は後者だった。
彼女は魔法を発動するたび、現実を正しく認識する能力を失う。
治癒に使われる薄緑色の宝石は、シノの心が実体化したものだ。それを彼女は、指で砕く。誰かの傷を癒すために、自らの心を粉々に磨り潰す。それによって正気を失い、現実から引き剥がされては、狂った世界に囚われる。
だからシノは、魔法を使うことを怖がっていたはずだった。自分が自分でなくなる気がする。ひとりぼっちになる気がする。やむをえず魔法を使った日はいつも、弱々しくユウハを抱きしめながら震えていた。
ユウハは、知っていたはずだった。なのに、止められなかった。どうして。独り善がりで身勝手で、自分のことばかり考えていたから?
「シノ、シノ
……
! やめて! もうやめて
……
!」
どれだけ喉を枯らして叫んでも、ユウハの声がシノに届いた様子はない。力一杯抱きしめても、シノの詠唱は止まらない。
自分が何をしているかすら、今のシノには理解できていないのだろう。宝石が現れ、砕けていく。煌めく破片が頬に触れる。腕の中のシノが、踠くように手を伸ばす。
「ユウハ」
眼窩に空洞を湛えたシノが、虚空に向かって微笑んだ。そこにはいない、透明なユウハに語りかけるように。
声が届かない。触れても気付かない。ひとりきりで狂気に呑まれて、シノが壊れていく。それでもユウハを探し続けて、幻影に囚われている。
全部、ユウハのせいだった。
シノを独り占めしたい。私だけを見ていてほしい。
そんな身勝手な願いを抱いてしまったから、シノを傷付けてしまった。取り返しがつかないほどに、シノの心を壊してしまった。最低だ。ユウハのせいだ。許されることじゃない。償いようがない。ユウハのせいだ、ユウハのせいだ、ユウハのせいだ!
──そんなこと、願うべきではなかった。そうですね?
聞こえるはずのない断罪が、鼓膜の裏に響いた。頬を撫でるように伝う、精霊の指先。全身が小刻みに震えて、まともに息が吸えなくなる。シノの身体を切り裂いた感触が、手のひらに蘇ってくる。希死と同等にまで濃度を増した後悔の念が、目の前の景色を濁らせていく。
ごめんなさい。ごめんなさい、シノ。ごめんなさい。
体内に渦巻く罪の意識が、すべてを押し流していく。思考も意思も感情も、闇夜に溶けるように消えていく。抱きしめたシノのことすら分からなくなっていく。
「──話を、聞いてください!」
視界が端から暗く染まって、意識を手放しかけた瞬間。
止まない断罪を掻き消すように、ユウハを現実へと引き戻すように。
流れ星に似たまっすぐな声が、真正面から鼓膜を震わせた。
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内