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柚鈴
2025-11-01 12:04:40
59567文字
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でぃあぷろSeason3 第0話①/第1話「レフュージア」
pushing up daisies:「死んで埋葬されている」
レフュージア:氷河期など、広範囲にわたって生物種が絶滅する環境下で、局所的に種が生き残った場所。待避地。
🫧の状態についてはライムライト回(下記リンクp4)で描写しています
https://privatter.me/page/65deb01c17c1e?p=4
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第1話「レフュージア」⑤
木々のざわめきと淡い月光だけが、夜の静寂に染みを落としていた。
眼下に広がる鬱蒼とした森林が、ひとつの生き物のように蠢くのが見える。
怪物の傷跡みたいだ、とレイラは思った。風に煽られて唸る森の片隅に、隕石が落ちた跡のように、ぽっかりと穴が空いている。その中心に建っているのが、ミアたちのいる廃教会だ。抉れた傷を避けるみたいに、見下ろした樹木はどれも、教会を避けるように枝を伸ばしている。地上で目にしたときよりも、その光景はいっそう歪なものとして映った。
「それで、話って?」
レイラの腕を掴んで上空に引き留めながら、無邪気な笑みの精霊が問いかける。彼女と顔を合わせるのは、随分と久々のことだった。
精霊と最後に顔を合わせた日から、マヤが命を落とした日から、レイラはずっと考えていた。神の使徒である精霊とは、どのような存在なのか。レイラたちは彼女と、どう接するべきなのか。
精霊と契約を交わしたせいで、マヤは死んだ。サクリファイスの全滅と引き換えに、自分自身の命を捧げた。誘導したのは精霊だった。誰かが捨て身で攻撃を仕掛けることが、あの場面での最適解だったから。アイドル個人の命や幸福は、彼女にとって顧慮すべき事柄ではない。世界の安寧に比べれば、取るに足らない些事でしかない。精霊の立場からすれば、アイドルとは使い捨ての道具で、平和のための消耗品だった。
これまでのレイラならきっと、事の顛末を理解するや否や、精霊を敵だと断じていたことだろう。自分の命を粗末に扱う相手のことを、信頼できるはずがない。そうやって心を閉ざして、対話を拒んでいたに違いない。何を言ってもどうせ無駄だと、選択肢を狭めていたに違いない。
──だけど。
「教えてください。シノさんは、精霊と契約して──『満開』状態にあるんですか」
話がしたい。友達になりたい。どれだけすげなく断っても、怯まずにこちらを見つめた眼差しを思い出す。どれだけ拒絶されても、残酷な現実に傷付けられても、ミアは信じることを止めようとしなかった。きっと分かり合えるはずだと、この世界は綺麗なのだと、まっすぐに祈り続けていた。
そんな彼女の隣にいたから、レイラもほんの少しだけ、感化されてしまったのだ。
どんな相手でも話せば分かり合えるなんて、今でも綺麗ごとだと思う。幼い頃から染みついた、拒絶の癖は抜けない。完全に彼女のようにはなれない。
それでも、端から可能性を閉ざすことだけは止めようと思った。勝手な憶測と思い込みで、相手のすべてを否定するのは止めようと思った。
あらゆる悲劇が、悪意によって引き起こされるわけではない。
精霊はただ、精霊の価値観に則って行動しているだけだ。人間が蝙蝠の感覚知覚を決して想像できないように、精霊も人間の感情や意志を想像できない。ただ共感できないというだけで、彼女もアイドルの破滅を望んでいるわけではないのだ。
精霊の役割は、アイドルをサポートすること。何度も告げられたその言葉に、おそらく嘘はない。現に先程も、薬がなくても変身できることを教えてくれた。マヤのときもそうだった。満開システムについて訊ねたレイラに、晴れやかな笑顔で情報を開示してくれた。
悪意はない。隠しごとをしようという意図もない。もしもその推測が正しければ、質問をすれば答えが返ってくる可能性はある。祈るように精霊を見つめて、レイラは彼女の答えを待った。
「うん、そうだね!」
決死の覚悟で問いかけた、永遠のような数秒間。呆気ないほどに、答えは簡潔だった。どうしてそんな当然のことを訊ねるのか、とでも言いたげな声音。
「それなら──どうすれば、シノさんを元に戻せる? 安全な方法はある!?」
一刻も早く情報が欲しくて、ほとんど間髪を容れずに言葉が溢れた。精霊は機嫌を損ねた様子もなく、歌うように説明を継ぐ。
「満開システムは、願いを叶えるためのシステム! だから、願いが叶えば元通り! 舞踏会が終わったら、仮面がいらなくなるのとおんなじ!」
くるくると空中でステップを踏みながら、下手くそなエスコートのように、精霊がレイラを振り回す。為されるがままに視界を乱しながら、レイラはひたすらに思案した。
マヤが命を落とした直後、精霊は言っていた。願いを叶えるために邪魔なもの──感情や意識や思考の枠といった、構造的な限界を、満開システムは消してしまう。だがそれは、永久的に失われるわけではない。スイッチをオフにするように、一時的に取り払われるだけだ、と。
──願いが叶えば、元通り。
精霊の提示した文言に、嫌な予感が背筋を伝った。条件文というものは、その性質上、必ず分岐を含んでいる。裏返しの示唆を含んでいる。すなわち──条件を満たせた場合と、満たせなかった場合だ。
「もし、叶わなかったら
……
?」
発した声は頼りなく震えて、すぐに夜闇に溶けていった。一際強い風が吹きつけ、絡まり合った枝が音を立てる。精霊は笑っていた。
「願いが叶わなかったり、願ったことを後悔しちゃったら、ずーっとそのまま! 満開したアイドルには、願いだけがすべて! だって、その願いを叶えるために全部を捧げちゃったんだもん! 叶わないなら、後悔するくらいなら、生きる意味なんてないよね? そうしたら、絶望して、自分のことが分からなくなって──この世界から消えたくなっちゃうかも!」
まるで大発明を自慢するみたいに、嬉々として精霊が説明を紡ぐ。満開したアイドルには、願いだけがすべて。叶わないなら、後悔するくらいなら、生きる意味なんてない。弾むような声音が、鼓膜に突き刺さって抜けなくなる。
満開状態を解くためには、願いを叶えなければならない。シノの願いは、「ユウハを守る」ことだった。もしも、それが叶わなくなれば──万が一にも、交戦中のハレリがユウハを殺してしまえば。シノは絶望して、命を絶ってしまうかもしれない。ユウハを守ることだけが、今の彼女のすべてを形成する存在意義だから。
シノを元に戻すためには、彼女の願いを叶えるしかない。どうすれば彼女は、「ユウハを守れた」と認識してくれる? ユウハとの交戦状態が解ければ、目的は達成されたことになる? 無数の可能性を頭に浮かべて、ひとつずつ推測を巡らせる。自然と呼吸が浅くなって、焦燥を湛えた指先が震えた。
こちらが攻撃を止めたとしても、ユウハに交戦の意志があるのでは意味がない。説得できるか? 満開状態に陥ったシノは、自我も意識も手放しているように見えた。対話に応じられる状態ではない。それなら、ユウハの方はどうだ? シノの満開と入れ替わるように、彼女には感情が戻っているように見えた──シノが自分の側についたことに、歓喜しているように見えた。どうすればこちらの主張を聞き入れてもらえる? そもそも、ユウハはどういう存在なのか? 満開していたのか、それとも。精霊に訊ねれば、答えてもらえるか。どういう問いを投げかけるのが最善だろうか。
「ねえ、もういい? 精霊さん、そろそろ観戦に戻りたいんだけど〜」
「待って!」
勉強に飽きた子供のように、精霊が片方を膨らませる。
会話を打ち切られそうな気配を察して、レイラは咄嗟に彼女の腕に縋りついた。明らかに人間のものではない、人形のような無機質な細腕。不愉快げに眉を顰めた精霊が、なに、と苛立つように鼻を鳴らす。
「彼女を──ユウハをここに閉じ込めたのは、どうして? いったい何が目的?」
時間がない。この機を逃せば、精霊は再び行方をくらますかもしれない。そんな焦燥に駆られて、レイラが言葉を発した途端──ふっと蝋燭の炎が掻き消えるように、精霊の纏う幼気さが霧散した。
暗闇で満ちた双眸が、笑みの形に細められる。掴まれた腕が痺れて痛い。喉奥から、ひ、と怯えた声が漏れる。レイラの意思とは無関係に、本能的な恐怖が引き摺り出されていく感覚。暴れる鼓動に呼応して、歯の根が噛み合わなくなる。
「知りたいの、レイラ・カーティス」
浮かべた笑みを崩さないまま、精霊がそう問いかける。全身の震えが、否定すべきだと訴えていた。それでも意地が勝った。理性が勝った。アイドルは世界を守るのが務めで、精霊はその手助けをするために存在している。だから、無意味にアイドルを害するはずがない。そんな推論にしがみついて、レイラは首を縦に振った。壊れた人形のような仕草だった。
虚を衝かれたように、精霊が瞳を丸くする。まさか肯定されるとは思っていなかったのだろう。彼女の表情が一瞬、驚きに固まり──それからすぐに、優秀な生徒を称えるように綻んでいく。まるでご褒美を与えるみたいに、とびきりの秘密を共有するみたいに、精霊はレイラの耳元で囁いた。
「カミサマの依代を、用意するためだよ」
告げられた言葉が途切れると同時に、軽やかに指を鳴らす音が舞う。それを合図に、レイラの視界は黒く塗り潰された。
◇◇◇
「レイラさん!」
鼓膜を揺らしたミアの声に、暗闇から意識が引き戻される。重く沈んだ瞼を開けると、荒れ果てた教会が映った。
足を踏み入れたときにも増して、窓と床板は無惨に砕け、壁には大きな亀裂が入っている。振り回した大鎌に切り裂かれたのか、前方の祭壇は真っ二つに割れていた。
その真横で斧を構えたハレリが、滞空するユウハを睨み据える。横薙ぎに崩れた祭壇を足場に、彼女は飛んだ。
「
決意を焼き付けて
フラマー・テゴー
!」
呪文を唱えると同時に、ダリアの花を咲かせた斧が炎に包まれる。応戦するように、ユウハは唇を開いた。
「
泡沫に咲く夕雨
エストー・ペルペトゥオ
」
涼やかな声で紡がれた詠唱と共に、彼女の姿が夜に溶ける。認識阻害か、あるいは透明化の魔法か。後者であれば、汎用性が高い分、効力が弱くなっているはずだ。そんな推論が脳裏で弾けると同時に、レイラは地面を蹴っていた。
「
一人きりの夜
アウローラム・スペーロー
!」
アイドルに与えられる固有魔法には相性がある。例えば、適用範囲の狭い認識阻害魔法なら、自分の身を隠すことしかできない分、レイラの空間把握魔法にも捕捉されない。逆に、あらゆる物体に施せる透明化の魔法なら、様々な応用が利く代わりに、レイラの魔法の前では無効化される。
ユウハの魔法がどちらかは賭けだったが──ハレリに迫る大鎌の輪郭に、こちらの勝利を確信する。隙をついて不意打ちを仕掛ける瞬間、もっとも人は油断するものだ。
「ハレリ! 後ろ!」
ユウハが魔法を使ったのは、この瞬間が初めてだったのだろう。唖然として周囲を見回していたハレリが、レイラの声に振り向く。金属同士が派手にぶつかる音。ハレリの斧が散らせた炎が、不自然な円弧を描いて歪み、大鎌の位置を露わにする。レイラの魔法が捉えた人影が、動揺するように重心を揺らす。
──今だ。
殺すわけにはいかない。致命傷は与えない。それでも、確実に無力化する。
あちこちに亡骸の転がる最悪の足場の中、瓦礫を踏みつけて影との距離を詰める。狙うのは一点、武器を手にした右腕だ。
空振った大鎌を構え直した人影が、逃げるように宙へと浮きかけて──その爪先が地面を離れるより先に、レイピアが彼女の皮膚を貫いた。
甲高い悲鳴と同時に、勢いよく血飛沫が噴き出る。痛みで魔法が解けたのだろう、表情をひどく歪めたユウハが、大鎌を取り落とすのが見えた。武器を奪った! 目論見どおりの展開に、自然と鼓動が速くなる。上手くいくかもしれない。戦闘不能に陥れば、交渉に応じてくれるかもしれない。シノのおかげで、彼女を殺さずに済んだ──そんな体裁を繕えば、彼女の願いが叶ったことになるかもしれない。
胸に湧き上がった淡い希望は、淡々と響いた声に断ち切られた。
「
夜明け空の約束
クレペリー・メモリア
」
無感情な詠唱と共に、煌めく宝石が宙に出現した。四つ葉のクローバーを模した、エメラルドによく似た宝石。慈しむような手つきで、シノがその輪郭を撫でる。指先に触れられた瞬間、澄んだ音を立てて宝石が砕ける。割れた宝石の破片が舞い散り、定められた軌跡をなぞるような動きで、ユウハの腕に纏わりついた。
失念していた、シノの固有魔法だ──そう気付くと同時に、星屑のような淡い光が瞬いた。時間を巻き戻したかのように、ユウハの怪我が消失する。シノの魔法、
夜明け空の約束
クレペリー・メモリア
は、強力な治癒魔法だ。これを封じない限り、どれだけ攻撃を加えたところで、二人を傷付けることはできない。どちらかを無力化して、話し合いに持ち込むことはできない。
世界で一番の幸福に浸るように、ユウハが柔らかな微笑を浮かべる。先程の動揺といい、彼女には明らかに自我が戻っている。どうしてこちらを攻撃するのか。訊ねても答えてはくれないだろうか。彼女を交渉の場に引き込むような、起死回生の一手があれば──そう思案を巡らせたところで、温度のない声が耳朶を打った。
「
夜明け空の約束
クレペリー・メモリア
」
薄氷を踏むような音と同時に、薄緑の宝石が砕ける。破片は惑うように宙を彷徨い、ぐるりとシノの周りを取り囲んだ。宝石の欠片が向かう先で、治癒魔法が発動する──つまり、治癒の発動先である怪我が存在しないなら、宝石はどこにも向かえない。ユウハの怪我は完璧に治りきっているし、敵対するハレリたちを治療する理由もない。
「
夜明け空の約束
クレペリー・メモリア
」
それでもシノは、再び呪文を唱えた。暗闇に浮かぶ宝石に触れて、次々と砂塵のような粒に変えていく。
茫洋としたその瞳は、ユウハさえも映していなかった。薄紅色の唇が、囁くように小さく動く。微笑むように弧を描く。透明な誰かと、話をするように。
「シノ
……
?」
困惑を浮かべたユウハが、シノの肩を掴んだ。それでも彼女は振り向かない。焦点の合わない双眸で、虚空の一点を見つめ続けている。満開直後に比べても、明らかに様子がおかしかった。
「
夜明け空の約束
クレペリー・メモリア
」
「
夜明け空の約束
クレペリー・メモリア
」
「
夜明け空の約束
クレペリー・メモリア
」
壊れた機械人形のように、シノは無機質に詠唱を繰り返す。無数の宝石が彼女の指先に触れ、煌めく欠片が砕けて散っていく。
「シノ、シノ
……
! やめて! もうやめて
……
!」
悲痛な絶叫が空気を裂いて、ユウハがシノを抱き寄せた。シノの唇は動き続ける。呪いのような詠唱は止まない。細長い指が宝石をなぞる。無数の衛星のように、砕けた破片が宙を回る。きらきら、きらきら。薄汚れた廃教会に不似合いな、眩い宝石が舞っている。分裂のように数を増していく。
ユウハ。
不意に、掠れた声が零れた。虚空を掴むみたいに、シノが透明な空気に手を伸ばす。
誰かに縋るような、誰かを抱きしめるような、そんな仕草。
誰の目にも不可解なその行動に、刹那の沈黙が流れて──直後、重力に押し潰されたように、シノの身体がだらりと垂れ下がった。
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