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柚鈴
2024-02-28 13:01:32
14346文字
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でぃあぷろSeason2 精霊
解説
①プラトンのイデア論と洞窟の比喩、バークリーの「存在するとは知覚されることである」という考えを借りてきてます!idealの語源がイデアなの知ってにこにこしちゃった☺️
②前史Season2のラストをイメージしながら書いてます!
③知っちゃった共和国アイドル視点です!ノリが軽くて無責任な女子高生、をイメージして書きました。可哀想。
④Cogito, ergo sum.:デカルトの「我思う、故に我あり」です。序盤理屈っぽい話ばっかりでごめん…;;同一性の話とか過誤記憶の話とかは下調べしてから書いたつもりだけど、間違ってるところがあれば申し訳ないです!精霊パワーということで…
⑤ミザリーちゃん初出&精霊の分裂匂わせ回です。帝国精霊さん、湿度高くて可愛い。やってることは全然可愛くないですが。
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Cogito, ergo sum.
私は考える、ゆえに私はある。
遥か昔の哲学者は、そんな風にして自己を発見した。この世のあらゆるものに懐疑の目を向けても、唯一疑うことの出来ないものがある。曖昧で不確かな世界の中で、しがみついていられる依代がある。「あらゆるものを疑っている私自身」だ。すべてが疑わしいとしても、疑っている主体としての「私」は確かにあり続ける。何かを考えている限り、「考えている私」の存在は確かに保証されうるのだ。だとすると、考えるのを止めてしまえばどうだろう。その瞬間に、「私」は粉々に霧散してしまうのだろうか。夜になって眠りについて、思考の鎖が途切れたら。朝に目覚めた「私」は、昨日とは違う存在になってしまうのだろうか。そこに同一性が存することを、何が保証してくれるのだろうか。人間の身体は不変ではない。船のパーツが入れ替わるように、細胞も日夜死んでは生まれてを繰り返している。およそ七年経てば、元の身体の細胞はほとんど残っていないらしい。それでも今の「私」はきっと、十年前の「私」と同じ存在だと主張するだろう。何故か。ほとんどの人は、きっとこう答える。連続する同じ「私」として、記憶が引き継がれているからだ、と。「私」が「私」であることの根拠は、記憶の同一性に求められるらしい。果たして自分は何者なのか。その基盤は記憶にあるのだと、多くの人々は信じている。だが人間の記憶というものは、寄る辺にするにはあまりに脆弱だ。泥濘に浮かんだ薄氷か、澱んだ川上の花筏のようなものだ。見下ろせばどれだけ確かに見えても、数滴の雨垂れで瓦解する。例えば、こんな風に。
「もう一度、お尋ねしましょうか。彼女を殺したとき、あなたはどんな様子でしたか。その光景を、覚えていますか」
追い詰めるように言葉を継げば、明らかな動揺を滲ませて少女の双眸が見開かれた。憂うような青白い月明かりが、哀れな彼女の頬を引き攣らせる。ゆらり。告げられた言葉の否定形を探すみたいに、眼の奥で瞳孔が不安定に揺らぐ。違うと言って、誰か。潤んだ眼差しを向けたところで、救世主が姿を現すことはない。虚ろな淡い光だけが、責めるように瞼を押し下げるだけだ。
「わ、わたし
……
殺して、ない。殺してない、よね
……
?」
ほとんど吐息のような声が、夜の空気に震えた。浅い呼吸に湿った色を垂らした、縋るみたいな疑問符。それを粉々に破砕するように、苛む言葉を続けた。
「言いましたよね。貴方はずっと、お友達を独り占めしていたかった。どこにも行かないで。私以外と親しくならないで。そんな醜い願いを抱き続けて──それが昂じて、彼女を殺してしまったのだと。だからこんなにも、罪悪感に押し潰されそうなのだと。貴方が、初めに言ったことですよ」
ちがう。消え入りそうな声が零れて、すぐに静寂に飲まれた。微かに動いた唇が、同じ軌跡を繰り返す。違う。視線が宙を彷徨った。細い記憶の糸を、懸命に手繰り寄せるように。覚えていないはずがないのだ。友人を殺したなら。それを告白したなら。なのに、茫漠とした記憶の海に浚われて、一片も思い出すことが出来ない。何かの間違いだ。そう言って否定したくなる。だというのに、目の前の相手がそれを許してくれない。目を背けてはいけないと、断罪の言葉を口にする。
「大切な人を失ったショックで、一時的に忘れてしまっているのかもしれませんね。大丈夫。一緒に、思い出していきましょう。ゆっくり目を閉じて、場面を思い浮かべてみてください。そのとき、陽は落ちていましたか」
精霊の言葉に従って、少女が固く瞳を閉じる。纏わりついて剥がれない罪悪の塊に、心臓ごと押し潰されてしまったかのように。仄かな月光を浴びて、深雪色の長髪が夜に靡いた。罪を湛えた夕顔の花は、明日の陽が昇れば萎んでしまう。嫉妬に憑かれた姫君が、早朝に息を引き取ったように。
「よる
……
そう、夜、だった。周りが見えないくらい、暗くて。風も強くて、雨が降りそうだった。変身してたと思う、二人とも。私が、少し後ろを歩いてた。いつもみたいに。それで
……
それで、わたし、」
今にも切れそうな糸の先を辿るようだった声音は、徐々に微熱を帯び始めた。閉じられた瞼の裏で、夜の景色が織り上げられていく。掌で掬い上げられそうなほど、鮮明に。それは、罪人の告解にも似た景色だった。許しを乞うように、祈りを捧げるように、少女が懺悔する。柔らかな霧雨に打たれたように、睫毛の端が濡れた。呼吸が途切れる。短く息を吸い込む音。ひゅ、とか細く喉が震えた。
「わた、わたしが、殺した、殺しました、ごめんなさい、ごめんなさい
……
ごめんなさい、シノ」
沸騰した水面に湧き立つ気泡のように、譫言のような言葉が次々と溢れ出る。抑圧されていた記憶が、精霊の言葉によって蘇った。何も知らなければ、そんな光景に見えたに違いない。実際、彼女は思い出しているのだ。大切な友人を殺した日の記憶を。瞬く星々の溶け出した夜の色。雨の気配に濡れた空気の匂い。少し先を行く友人の歩幅。踏みしめたアスファルトの固い感触。記憶を閉じ込めた映写機を回したかのように、鮮明な光景を引き摺り出しているのだ。精霊が何かを尋ねたとしたら、問われるがままに答えることが出来るだろう。月明かりの加減。纏った衣服の色。交わした言葉。凍らせていた情景を溶かすように、すべてを思い出すことが出来るはずだ。その様子を思い浮かべて、精霊は僅かに口端を上げた。少女の脳裏に蘇った、「抑圧されていた記憶」。そんなものは、端からこの世界のどこにも存在しない。過去にも、未来にも。一秒たりとも、彼女が思い出した光景は存在していない。少女は友人を殺していないし、精霊にそう告白したという事実もない。それにもかかわらず、彼女は鮮烈に思い出せるのだ。自分が友人を手にかけた、忌まわしい夜の記憶を。大粒の涙を溢しながら、犯した罪を懺悔するほどに。
人間は元来、優れた作話能力を持っている。不確かな断片を結びつけ、辻褄の合った話を無意識下で作り上げることが出来る。そうして生み出された物語は精巧で、本人でさえも事実との見分けがつけられなくなるのだ。自分が後から作り上げた空想なのか、それとも朧げになった記憶なのか。区別をつけられなくなって、嘘塗れの物語を真実だと思い込む。思い描いた架空の光景が細やかで鮮やかであることが、記憶が確かである裏付けのようにさえ思えるのだ。そうして作り上げられた偽の記憶を、過誤記憶、と呼ぶらしい。精霊はその仕組みを利用して、少女にありもしない記憶を植え付けたのだ。少女の身体を、神様の依代候補とするために。
ごめんなさい。ごめんなさい。壊れたレコードのように悔悟を繰り返し続ける少女は、とうとう立っていられなくなったのか。全身から力が抜けたように、膝から地面に崩れ落ちた。虚空を撫でるように瞳を彷徨わせる少女──ユウハ・ディアスの身体を抱き寄せ、精霊は静かに微笑んだ。許しを与える司祭のように頬を撫で、迷える少女を救うための言葉を紡ぐ。
「私が、あなたを救ってあげましょう。何でもひとつ、願いを叶えて差し上げます」
言葉のひとつひとつを告げるたびに、甘い幸福感に酔うようだった。哀れな罪人となった彼女を導くのは、神の使徒である精霊の役目だ。脆い記憶も、不確かな自己も、大切な「私」を預けるにはあまりに頼りない。拠り所が必要なら、精霊が与えよう。考えることを止めても、記憶を失っても、「私」の同一性を保証しよう。砂時計はほとんど落ちきった。滅びを待つだけの世界では、感情も執着も虚しいだけだから。
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