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柚鈴
2025-11-01 12:04:40
59567文字
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でぃあぷろSeason3 第0話①/第1話「レフュージア」
pushing up daisies:「死んで埋葬されている」
レフュージア:氷河期など、広範囲にわたって生物種が絶滅する環境下で、局所的に種が生き残った場所。待避地。
🫧の状態についてはライムライト回(下記リンクp4)で描写しています
https://privatter.me/page/65deb01c17c1e?p=4
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第1話「レフュージア」⑩
◇フウカ・フィデス
凍えるような風が吹き抜け、ぞわりと悪寒が背筋を伝う。冷たさのせいではない。
硬直して動かなくなる指先。痛いほどに胸裏を叩く心臓。肺がきゅっと縮こまって、眩暈がする。立っていられない。
雪崩れ込むような一連の知覚は、嫌になるほど身に覚えのあるものだった。
恐怖だ。全身を隈なく支配する、圧倒的な恐怖。こちらを嬲り殺そうとする悪趣味な捕食者と相対したときのような、ただひたすらに己の無力さを突きつけられるような、惨めなほどに鮮烈な恐怖。
フウカを庇うように、ハレリが一歩前に出る。燃えるようなポニーテールが勇敢に靡いて、その向こうに二人の人影が見えた。
「貴方が管理を怠ったせいで、優秀な依代がひとつ失われました」
「でも、それだけ面白いものが見れたよ! 人間の価値が!」
触れた者に凍傷を負わせるような怒りを込めて、精霊の鏡映しみたいな女性が、精霊を睨みつける。側から見ているだけでも失神しそうな激情を直に浴びながら、精霊は平然とした顔で笑っていた。女性の言葉を露ほども気に留めず、あっけらかんと受け流している。
「精霊の存在は、神様そのもの。だから、精霊に個としての自由意志はない。つまり、精霊が考えたり感じたりすることは、どれもみーんなカミサマの意に適ってる!」
「ふざけないで」
乾いた荒野を貫く稲妻のような、鼓膜が竦むような怒声が響いた。否、実際の声は淡々としていて、怒鳴り声と呼べるほどの感情は漏れていなかったのだけれど──萎縮しきったフウカの耳には、彼女のどんな声すらも、痛覚を刺激するものとして聞こえた。
「これ以上の邪魔をするなら、片割れであっても容赦はしません」
宙に浮いた二人以外は、誰も何も言わなかった。呼吸の音さえひそやかで、まるで眠っているみたい。自分の浅い呼吸だけが、場違いに大きく鳴っているように聞こえて、居た堪れなくて消えたくなった。
不快げに右目を眇めた知らない女性が、まるで獲物を見下ろすみたいに地面を睥睨する。闇そのものが蠢いているような、一切の光彩が欠けた双眸。精霊とまるきり同じ、フウカのような下賤な人間には手を伸ばすことさえ許されない深淵。
存在だけで恐ろしくて、俯いてしまいたくて、だけど目を背けることができなくて。
窒息しそうな心地で見上げた女性の眼窩が、ほんの一瞬、こちらを捉えた。底のない夜と、視線が交わる。逃げ出したいのに、どこにも逃げ場がない。瞼を閉じることも、瞳を逸らすことも叶わない。
カチカチと耳障りな音が、随伴するように鼓膜を叩いた。数秒遅れて、噛み合わなくなった歯の根が鳴っていることに気付いた。
本能的で生物的で根源的な恐怖が、身体の奥底から引き摺り出されていくような感覚。恐怖の原液を首筋から注入されているような感覚。
全身が竦んで足が震えて、まともに立っていることも困難になって──そんなフウカを支えるように、頭蓋の裏で声が響いた。
『助けてあげましょうか。貴方の孤独を、私は知っている』
喉の奥に詰まった悲鳴が、募る困惑で僅かに溶けた気がした。無意識のうちに唾液を飲み込んで、こちらを見つめる女性を見上げる。彼女は微かに口角を吊り上げ、それで声の主だと悟った。脳に直接染み入るような言葉は続く。
『どうしようもなく追い詰められたなら、私に向けて願いなさい。きっと、貴方を救ってあげます』
それだけを告げ終えると、女性の姿は煙のように溶けて見えなくなった。隣に立っていた精霊も、興が醒めたような溜息を残していなくなる。
二人の影が消失して、ようやく金縛りが解けたみたいに、フウカの身体は自由になった。慌てて周囲の様子を見回し、ハレリたちの反応を窺う。
──きっと、貴方を救ってあげます。
脳裏に響いた言葉が離れなくて、その事実が恐ろしかった。知らないうちに毒を飲まされたような、それが甘くて手放せなくなったような、得体の知れない焦燥と切迫感が胸を満たしていく。
「姉さん、大丈夫?」
こちらを振り返ったハレリが、普段よりも硬い声で心配そうに告げる。きっとフウカの顔色はひどい有様なのだろう。戦慄く唇は自分でも制御ができないし、気を抜けば今すぐ地面にへたり込んでしまいそうだ。
それでも立っていられるのは、あの声が聞こえたからだった。地獄に垂れた救いの糸を掴むように、フウカは告げられた言葉をぎゅっと握りしめていた。
ハレリもレイラもミアもシノもユウハも、聞こえた声には言及していないように見える。つまり、あの声はフウカだけに聞こえていた。
原理は簡単だ。フウカの固有魔法である、
風に舞う御伽噺
サウキウス・コーディス
を利用したのだろう。
アイドルとしてフウカに与えられた魔法は、端的に言えばテレパシーだ。声を介さずとも、思念の伝達を可能にする魔法だ。フウカが伝えたいと強く念じれば相手はその言葉を受け取り、相手がフウカに届けたいと強く念じれば、そのメッセージはフウカへと伝わる。
彼女は何らかの手段でフウカの魔法を知り、それを使ってフウカだけに声を届けた。考えたってどうせ理由は分からないけれど、それだけが確かな事実だった。
「顔色が悪いよ。座って休んだ方が
……
」
「だ、大丈夫。大丈夫、だから
……
」
不安げに眉を下げたハレリの言葉を遮り、誤魔化すように首を振る。
言えない、と思った。言ってはいけない、と思った。半ば直観のような確信が、フウカの口を閉ざした。
貴方の孤独を知っている、と彼女は告げた。見透かされているみたいだと思った。
誰にも打ち明けられずにいる、ハレリに対する後ろめたさを。
誰にも心を開けないままでいる、ひとりぼっちのフウカのことを。
──きっと、貴方を救ってあげます。
理性の歯車を狂わせるように、染みついた声が頭蓋に反響する。
信頼の置けない存在である精霊と、対等に話していた女性の声。どう考えても縋るべきではないと、頭では重々分かっている。正体も目的も分からない、ただ不気味なだけの相手だ。
助けて、と願ってしまえば最後、騙されて言い包められて、マヤのように殺されるかもしれない。フウカだけに声が届けられたとはいえ、味方であるとは限らないのだ。巧みな甘言を用いて、フウカを唆そうとしているだけかもしれない。信じられる根拠などひとつもない。
自分に言い聞かせるように、いくつもの否定形を並べて、波立つ心を鎮めようとする。
信じるべきじゃない。今すぐにでも忘れたほうがいい。フウカはきっと神様にすら嫌われていて、都合よく誰かが救ってくれるなんてありえない。
フウカを見捨てずにいてくれるのは、この世界でハレリだけなのだから。
木々の隙間から覗いた朝焼けの眩しさに、耐えきれなくて目を伏せる。
言うべきだ、言わなければいけない。隠しごとをするべきじゃない。
そう理解していながらも、フウカの唇は動かなかった。言いたくない、と願ってしまった。
フウカだけのお守りを握りしめるみたいに、ぎゅっと手のひらに力を込める。
いつもと同じ平気なふりを張りつけて、フウカは俯いていた顔を上げた。
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