柚鈴
2025-11-01 12:04:40
59567文字
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でぃあぷろSeason3 第0話①/第1話「レフュージア」

pushing up daisies:「死んで埋葬されている」
レフュージア:氷河期など、広範囲にわたって生物種が絶滅する環境下で、局所的に種が生き残った場所。待避地。

🫧の状態についてはライムライト回(下記リンクp4)で描写しています
https://privatter.me/page/65deb01c17c1e?p=4


第0話「pushing up daisies」①


◇精霊

 ぐったりと宙に四肢を投げ出した少女が、揺らめく業火に飲み込まれる。
 祝福のような閃光と、呪いのような陰翳だけを残して、その身体が灰燼に帰す。原初の怪物に葬られたかのように、彼女の手にした魔法と同じ方法で、亡骸が焼かれていく。

 無数のアイドルを殺戮した、炎を操る少女──ミザリーは、精霊の実験体だった。
 アイドルの固有魔法は、本人の素質と抱いた願いに、精霊が応える形で授けられる。古来より、カミサマと人間の関係は、祈りと契約によって成り立ってきたものだ。それは、カミサマの力を分有する精霊についても例外ではない。アイドルが捧げた祈りを、慈悲深い精霊が叶える。そういう契約の下に、アイドルの機構は成り立っている。
 そして当然のことながら、大それた願いにはそれなりの対価が必要だ。どうしても叶えたい願いを手にしたアイドルが、代償として己の自我を捧げる仕組み──それが、片割れが「満開システム」と呼んでいるものの正体だ。
 祖国に対する復讐を望んだミザリーが、彼女の素質には分不相応なほど強力な魔法を手に入れたのも、見返りとして自我の大半を支払ったからだ。自分が生きているか死んでいるかさえ曖昧な意識の中で、彼女は闇雲に魔法を撃ち続け、何人もの少女を惨殺した。感情も意志も知覚も失い、兵器のように敵を殺すだけの人形と化した。

 くだらない旧習を理由に母親と姉を殺され、孤独に逃げ延びた彼女の願いに応えたのは、単なる慈悲というだけでなく──世界への復讐、という彼女の動機に目をつけたからだった。 
 精霊の敬愛してやまないカミサマは、愚かな人間たちの破滅を望んでいる。カミサマを裏切ったこの世界への、不可逆的な復讐を望んでいる。幼いミザリーの深層心理は、カミサマの意志と通底していた。ゆえに、彼女の自我を消し去れば、完璧な依代になるのではという仮説を立てた。
 だが残念なことに、その予測はまったくの的外れだったらしい。少女をカミサマの依代にするためには、本人の自我を完膚なきまでに磨り潰さなければならない。元の身体の持ち主が抱いた精神の残滓を、跡形もなく消し去らなければならない。
 復讐という少女の私欲は、その目的と真っ向から対立するものだった。復讐とは、仇を討つことだ。恨みを晴らすための手段だ。恨みというのは感情で、感情とは自我の存在を前提して初めて成立するものだ。感情を抱く主体が消失してしまえば、それは復讐ではなくただの破壊行為になるだろう。
 つまり「復讐」という願いを抱いて契約した時点で、少女の自我の破片は必ずどこかに残り続けることになる。カミサマを宿す依代にはなりえない。その事実さえ判明すれば、もはや彼女に用はなかった。

「もー、なんで殺しちゃうの? 遊びに使えそうだったのに!」
 舞い散る灰を浴びながら、片割れが幼子のように頬を膨らませる。その爪先が退屈そうに宙を蹴り、夜空に近付いた彼女はこちらを見下ろした。
「こんなに強い個体なら、聖域を壊すのにも便利でしょ? そんなことも分かんないのかなー?」
 常日頃から説教を受けている意趣返しのように、遺灰の踊る空気を俯瞰しながら、彼女は声を弾ませた。この上なく鬱陶しい口振りだが、片割れの指摘は正当なものだ。強い怒りの感情を原動力にする個体は、自我が残りやすい反面、攻撃性と破壊力が非常に高い。サクリファイスを閉じ込めた塔──聖域の破壊にあたって、その力は重宝されるべきもののはずだった。
 それでも、ミザリーを生かしておくわけにはいかないと思った。残酷な世界の犠牲になった、悲惨で哀れな幼い少女。彼女の姿を見ていると、ただの形骸にすぎない心臓が、醜く蠢くような気がした。手を差し伸べたくなるような切迫感に駆られて、そのことが空恐ろしかった。神の使徒たる精霊が、脆い人間の少女に対して恐怖を抱くなんて、屈辱以外の何物でもないけれど──それでも、だからこそ、彼女を殺さなければならないと思った。
「無事に成果が出れば、実験動物は捨てられる。それだけのことですよ」
 努めて冷たい声音で言葉を紡ぎ、亡骸の残滓から目を背ける。ミザリーは、単なる実験体だった。カミサマの依代を探すため、多大な成果を残して死んだ。それだけだ。

「ふーん。よくわかんないけど」
 興味を失ったように告げた片割れが、星々の下でパチンと指を鳴らす。空中を漂っていた灰燼が、その瞬間に消え失せた。
 彼女の細い指先が、きらりと硬いなにかを摘まむ。ダイヤモンドの粒。亡骸の元素を再構成して、煌めく宝石に変えたらしい。
 静寂に灯った銀色の光が、弔うように夜空へと放られる。彼方へと落ちていくその軌跡を、精霊は何も言えずにただ眺めていた。