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柚鈴
2025-11-01 12:04:40
59567文字
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でぃあぷろSeason3 第0話①/第1話「レフュージア」
pushing up daisies:「死んで埋葬されている」
レフュージア:氷河期など、広範囲にわたって生物種が絶滅する環境下で、局所的に種が生き残った場所。待避地。
🫧の状態についてはライムライト回(下記リンクp4)で描写しています
https://privatter.me/page/65deb01c17c1e?p=4
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第1話「レフュージア」⑦
◇レイラ・カーティス
糸を切られた操り人形のように、シノの身体が崩れ落ちた。
抱き留めるように腕を伸ばしたユウハが、錯乱したように視線を彷徨わせる。色素の薄い唇が動いた。呪文を唱えているわけではない。譫言のように、ひたすらに同じ言葉を繰り返している。
夢と現実を移ろうようだった彼女の眼差しが、ある一点を見つめて硬直した。見開かれた瞳孔が、原始的な恐怖に染まっていく。遠目からも分かるほどに、彼女の喉は細かく震えていた。
シノに何が起きたのか。ユウハの目には、何が映っているのか。外的証拠から推察するには、あまりにも情報が足りない。質問攻めにされるのを厭ってか、精霊の姿は見当たらない。これ以上の情報は引き出せそうにない。
考えろ。考えるしかない。それがレイラの務めだ。果たすべき役割だ。
思考を落ち着けるように深々と息を吐き出すも、心臓は相変わらず耳障りな早鐘を打ち続けている。感情に飲まれないように、思考を止めないように、レイラは両手を固く握りしめた。精霊と交わした言葉を、これまで目にした事象のすべてを、篩にかけるように反芻する。
たったひとつの願いに自我を託して、シノは満開した。ユウハを守りたい──そんな願いを叶えるための、意志を持たない道具となった。
だけどそれは、彼女が倒れる理由にはならない。同じく満開状態に陥ったマヤは、普段以上の機敏さでサクリファイスと戦っていた。精霊との契約によって脳のリミッターが外れるのなら、身体能力はむしろ向上して然るべきだ。
だとすれば、シノが意識を失った理由は、彼女の行動にある。治療すべき傷が存在しないにもかかわらず、彼女は繰り返し呪文を唱え続けていた。治癒に使うはずの宝石を、宛てもなく砕き続けていた。
今のシノは満開システムの制御下にあるのだから、あの行為も願いの実現に資するものであるはずだ。治癒魔法を発動する目的なんて、治療行為以外にはありえない。つまり、シノを操るシステムは、「ユウハを守る」という願いのために、ユウハの怪我を治そうとした。
問題なのはその先──治療対象であるユウハが、一切の傷を負っていなかったことだ。
無傷の相手に治療を施す意味はない。意味もなく魔法を発動するのは、満開システムの望む最善策ではない。だけどシノは、対象不明の魔法を発動し続けた。明らかな矛盾。必ずどこかに歪みがある、綻びがある、それを見つけ出さなくてはならない。
倒れる直前、シノは虚空に手を伸ばしていた。透明な誰かを抱きしめるような仕草だった。自我を手放した彼女が縋る宛があるとすれば、それは今の彼女の本質──願いの対象であるユウハ以外にありえない。
つまり、あの場所にはユウハがいたのだ。少なくとも、シノの瞳にはそう映っていた。何故か。認識が歪んでいたからだ。満開システムのせいではない。原因があるとすれば──繰り返し呪文を唱え続けた、その行為自体に他ならない。
魔法を使用することで、シノの前に幻覚が現れた。おそらくそれは、傷付いたユウハの姿をしていたのだろう。だから、ユウハを守るために、彼女は何度も魔法を使った。そのたびに幻は濃くなって、さらに詠唱を繰り返して──その結果として、シノは意識を失い倒れた。確証のない仮説だが、それ以外では説明がつかなかった。
もともと、治癒魔法というのは強力な魔法だ。強力な魔法の使用は、デメリットを伴う。例えば、巨大な鳥を召喚するエレナの魔法は、時間経過と共に彼女の体力を消耗していた。
これまでの訓練や戦闘で、シノは平然と魔法を使っていたけれど──どんな傷でも帳消しにする魔法が、代償を要さないわけがない。レイラたちに申告していなかっただけで、何かしらの犠牲を払っていてもおかしくない。
まだ、間に合うだろうか。満開状態が解ければ、シノを救えるだろうか。
不器用なレイラの背中を押してくれた、優しいシノが好きだった。彼女を失いたくなかった。
喉の奥が泣き出しそうに歪んで、込み上げる嗚咽を押し殺す。違う、違う、違う! 感情に飲まれるな、レイラは考えなければならない。推測に推測を重ねた不確かな仮説でも、何らかの答えを導かなくてはならない。情報が増える見込みはない。レイラが考えなければ、手がかりはいつまでもゼロのままだ。
臆病な心を叱咤するように前を向き、シノを抱えたユウハを見上げる。
切れかけた電灯のようだ、と思った。かろうじて意識を保ちながらも、その瞳孔は開きかけて、ほとんど焦点が合っていない。底の抜けた容器から水が零れ落ちるように、眼差しから感情が抜けていく。最初に攻撃されたときと同じ、能面のような表情に戻っていく。
満開した直後のシノも、床に転がる少女の亡骸も、よく似た虚ろな瞳をしていた。現実を認識していない、自我の欠けた顔貌。
精霊は言っていた。ユウハをこの場所に閉じ込めたのは、神様の依代を用意するためだと。おそらくその言葉は、ユウハだけを指しているのではない。教会に打ち捨てられた少女たちは全員、依代となるために集められていた。「神様の依代」という言葉が、何を指しているかは分からない。ただの人間にすぎないレイラに、理解の及ぶ話ではないのかもしれない。
それでも、推測できることはある。依代とは、すなわち器だ。何かを注ぎたければ、中身を空にしなければならない。満開状態のアイドルも、遺棄された無数の死体も、自我が欠けているように見えた──人間としての中身が、空洞だった。
「願いが叶わなかったり、願ったことを後悔しちゃったら、ずーっとそのまま!」
無邪気に告げた精霊の言葉が、まるで脅迫のように、鼓膜に刻まれて離れない。
満開したアイドルにとっては、叶えたい願いだけがすべてだ。その願いが実現しなければ、自らの存在意義が失われてしまう。そうすれば、この世界に絶望して、消えたくなるかもしれない。精霊はそう言っていた。
「消えたくなる」とは、いったい何を指すのだろうか。最初は命を絶つことだと思った。この世界から消えるためには、死ぬしかない。そんな固定観念があったから。
だけど──自殺よりもずっと簡単に、この世界から消える方法がある。
生きるとはつまり、一人称的に世界を認識することだ。意思や感情や思考といった自我を持つ「私」の目線から、この世界を経験することだ。
裏を返せば、生きることを止めるためには、その自我を手放してしまえばいい。満開するときと同じように、精霊にすべてを委ねてしまえばいい。
そうして身体だけの器となった少女たちが、この教会に閉じ込められていて──「神様の依代」という目的にそぐわなかったために、命を落としたのではないか。それと同じことが、ユウハにも言えるのではないか。
何らかの願いを抱いて満開したユウハは、願いが叶わないことに絶望して、精霊に自我を明け渡した。そのあと教会に遺棄されたが、依代としての適性を備えていたために、命を奪われることはなかった。
ユウハが感情を取り戻したのは、満開したシノが彼女に手を伸ばしたからだ。それによって、彼女の絶望は解けたのではないか。精霊に委ねていた自我を取り戻したのではないか。
だが、自我修復の引き金となったシノは、彼女を守るために魔法の過剰使用によって倒れた。ゆえにユウハは、己の願いが叶わないことを悟った。あるいは、願ったこと自体に対する後悔を浮かべた。
だから今──彼女は再び、自我を手放そうとしている。
満開したアイドルは、願いが叶えば元に戻る。
シノを救うためには、「ユウハを守る」 という彼女の願いを叶えなければならない──すなわち、ユウハとの交戦状態を解消しなければならない。
それが可能なのは、ユウハと対話ができるこの瞬間だけだ。彼女の自我が精霊の手に渡った瞬間、事態は完全に詰む。シノの願いを叶える手段は永遠に失われ、自我を失ったユウハは精霊の傀儡となる。
そんな最悪の結末を避けるためには──彼女を呑み込む絶望を、希死を、後悔を、レイラが食い止めなければならない。消えたいなんて願わなくてもいいように、現実へと引き留めなければならない。
──シノさんを助けるために、話をしましょう。
朦朧とした様子のユウハを見上げて、強く手のひらを握りしめて。祭壇の上に浮かんだ彼女に届くように、レイラはまっすぐ声を発した、はずだった。
開きかけた唇が硬直して、力なく震えている。喉奥が塞がったように、空気を吐くことを拒んでいる。からからの口内に沈んだ舌は、重く固まって動かない。発話のための器官すべてが、レイラの意志を拒んでいるような感覚。
どうして、と零れた瞬きの隙間に、灰になって散ったマヤの姿が過った。雨に溶けて見えなくなった、亡骸とすら呼べない遺灰。
あの日、レイラは誓ったはずだった。誰のことも死なせない。この手で守ってみせる。己の矜持をかけて、そう決意したはずだった。
なのに、マヤを喪ってしまった。見通しが甘かった。精霊にとって、優先すべきは世界の安寧だ。そのために、個々のアイドルが切り捨てられる可能性も視野に入れるべきだった。マヤが願いを捧げてしまう前に、精霊を問いただすべきだった。
レイラの考えが至らなかったせいで、マヤは命を落とした。数ヶ月前の傷跡が抉られて、握りしめた手が震える。これまで必死に抑圧していた恐怖が、耐えかねたように噴きあがる。
もし、また失敗したら。レイラの推測が間違っていたら。足りない部分があったら。
レイラのせいで、シノを死なせてしまうかもしれない。また仲間を喪うことになるかもしれない。
考えれば考えるほど、喉が痙攣して声が出なくなる。今すぐ言わなければいけないのに。この機を逃せば、ユウハとの対話が叶わなくなれば、シノが命を落とすかもしれないのに。
懸命なレイラの意志に反して、肺が激しく収縮を繰り返す。溺れかけているかのように、不規則な呼吸を制御できなくなる。酸素の枯渇を訴えるように、全身が小刻みに震えだす。声が出ない。息が苦しい。言わなきゃ、言わなきゃいけないのに。
視界の端が明滅して、あらゆる音が遠のきかけて──停滞した空気を打ち破るように、凛とした声が響き渡った。
「話を聞いてください! 私たちも、シノさんを助けたいんです!」
迷うことなくユウハを見上げて、ミアがまっすぐ声を発した。
私は、アイドルになります。臆さずにレイラを見つめて宣言した、いつかの夜更けのように。
ミアの声が届いたのだろう、虚無に染まりかけていたユウハの眼差しが動く。
それと同時に、手のひらに温もりが触れた。大丈夫だと伝えるように、ミアがレイラの手を握る。レイラさんは、一人じゃない。私と一緒に立ち向かおう。言葉はなくとも、ミアのひたむきな心が流れ込んでくるみたいだった。
「だから、協力してください! 私たちが、絶対に助けますから!」
ユウハを現実に繋ぎ止めるように、ミアが希望の光を投げかける。
彼女の声には、不思議な魅力があった。深く冷たい海を照らす灯台のように、頑なな心も曖昧な意識も、自然と引き寄せられてしまうのだ。それはきっと、ミアがいつでも自分の想いに正直だからだろう。
彼女は嘘を吐かない。包み込むような優しさと一緒に、心をそのまま手渡してくれる。だから、信じてみたくなる。彼女の力になりたくなる。
「
……
どうすれば、いい」
弱々しく頷いたユウハが、掠れた声を零した。絶望を湛えて彷徨う視線が、ミアを見下ろして固定される。
問いかけられたミアは、説明を求めるように、レイラに視線を投げかけた。ミア本人が答えを持っている、というわけではないらしい。
シノを助けたいために、無計画に言葉を紡いだ──否、レイラを信頼していたのだ。私が絶対に、状況を打開する。そう宣言したからには、きっと答えを導き出してくれるはずだと。
それならレイラは、ミアの信頼に応えなければ。
繋いだ温度を確かめるように、強くミアの手を握る。まだ呼吸は浅いままで、心臓は泣き叫ぶように早鐘を打ち続けている。
だけど、ミアが隣にいる。レイラを支えていてくれる。今にも崩れ落ちそうだった身体から、恐怖の色が薄らいでいく。
今度こそ、絶対に死なせない。シノを──大事な仲間を、この手で救ってみせる。
二人分の決意を込めて、レイラは震える声を振り絞った。
「──私から、説明させてください」
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