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柚鈴
2025-11-01 12:04:40
59567文字
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でぃあぷろSeason3 第0話①/第1話「レフュージア」
pushing up daisies:「死んで埋葬されている」
レフュージア:氷河期など、広範囲にわたって生物種が絶滅する環境下で、局所的に種が生き残った場所。待避地。
🫧の状態についてはライムライト回(下記リンクp4)で描写しています
https://privatter.me/page/65deb01c17c1e?p=4
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第1話「レフュージア」序章
◇シノ・オーリム
薄緑の空が好きだった。
太陽が沈み始めた直後、青空と夕暮れの狭間に顔を覗かせる、透き通った薄緑。
夕焼けがとびきり綺麗に見える日の、ほんの僅かな時間だけ見える、特別な景色。
どんな図鑑にも載っていないし、どんな絵本にも描かれていない。
もしかしたら、この世界でシノだけが知っている秘密なのかもしれない。
だから──図工の時間に「空を描きましょう」と言われたとき、心臓の音が速くなったような気がした。
もし、シノがこの画用紙に、大好きな薄緑の空を描いたら。初めてその景色を知ったみんなは、あまりの綺麗さにびっくりするかもしれない。夕焼けが見えるたびに、一緒に薄緑の空を探してくれるかもしれない。
そんな期待を胸に抱いて、シノは黄緑のクレヨンを手に取った。端から順番に塗っていこうと、画用紙を斜めに傾けて──塗り始めるよりも先に、隣のせいで大きな声がした。
「えー! なんでシノちゃん、青じゃないのー!?」
周りの子はみんな青色のクレヨンを持っていたから、驚いたのだろう。教室中に響いたその声に、クラス全員の視線がシノに集まった。
「お空は黄緑じゃないんだよ!」
「青に塗らないなんて変なのー!」
あちこちからそんな否定の声が飛んできて、クレヨンを握った手が止まった。
本当は、説明したかった。シノの好きな薄緑の空が、とっても綺麗な色をしていること。シノの一番好きな空は、青色じゃないこと。
だけど、降り注いだ笑い声に、シノは固まってしまって。これが綺麗だと思う、なんて言ったら、もっと笑われてしまいそうで。
「ま、間違えちゃった」
誤魔化すみたいに黄緑色を置いて、青のクレヨンに持ちかえた。みんなと同じ色。いつでも見える、普通のつまらない空の色。
シノの好きな景色を「変」だと言われたのが悲しくて、言い返せない臆病な自分も悔しくて。
泣き出しそうな気持ちを隠して、シノは真っ青な空を描きあげた。
それからしばらくして、授業で描いた絵が廊下に張りだされた。
みんなが塗った青い空の中に、シノの青い画用紙もあった。真昼の空に雲を浮かべた、みんなと同じ青い空。こんなものが描きたかったわけじゃないのに。
壁一面に並んだ青色の絵を眺めて、壁の端まで差しかかったとき──左上に飾られた画用紙に、否応なく目が釘付けになった。
そこに描かれていたのは、ピンクの空だった。
周囲の青からひとつだけ浮いている、鮮やかなピンク色。
どうして、青色じゃないんだろう。
真っ先に浮かんだのはそんな疑問で、胸がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。
シノの描こうとした空みたいに、この絵も笑われるんじゃないかな。シノが変な色で塗ろうとしたことを、みんなが思い出したらどうしよう。シノだって我慢したんだから、この子も青に塗ってくれたらよかったのに。
いろんな気持ちが心の中でぐちゃぐちゃに混ざって、訳がわからなくなって。
綺麗なピンクから目が離せないまま、シノはその場にじっと立ち尽くした。
「わたしの絵! かわいいでしょ!」
ふふん、と自慢げな声がして、思わず横を向く。いつも一人で過ごしている、これまで話したことのない子が、屈託のない笑みを浮かべてシノを見つめていた。
「あの、ピンクの空
……
。あなたが、描いたの?」
「そう! だってわたし、ピンクのお空が好きだから!」
得意そうに胸を張って、彼女はそう宣言した。引っ込み思案で弱虫なシノには、できなかったことだった。
それと同時に芽生えたのは、ほんの小さな期待。
もしかしたら、この子なら。シノが本当に描きたかった絵も、笑わずにいてくれるかもしれない。大好きな薄緑の空を見て、綺麗だねって言ってくれるかもしれない。
そんな予感に背中を押されて、シノは震える唇を開いた。自分から話を切り出すなんて、随分久しぶりな気がした。
「あ、あの、あのねっ
……
! わたしも、ほんとうは、青じゃない空が好きなの
…………
!」
◇◇◇
「今日も、ユウハに守られてばっかりだった
……
」
担当区域のサクリファイスを倒した帰り道。夜更けの路地を歩きながら、シノはしょんぼりと肩を落とした。
項垂れるシノの心とは対照的に、夏の夜空に浮かんだ星はきらきらと光を放っている。見上げた天幕に染みを零す、絵筆で描いたみたいな銀河。居住区域の外れは街灯が少ない分、市街地に比べてずっと多くの星々が呼吸をしている。
ちょうど一年前──ユウハとシノが初めてアイドルに変身した日も、夜空は煌めく無数の光を湛えていた。最初の頃は毎回新鮮に感動していたけれど、すっかり日常の景色になった今では、立ち止まって見上げることもほとんどない。
「もー、またそんなこと言って。シノだって、ちゃんと戦ってたでしょ?」
「そういうことじゃなくて
……
。私だって、ユウハを守りたいのに」
慰めるようにユウハが告げて、シノは口を尖らせた。一年もの間、アイドルとして数々のサクリファイスと相対してきたけれど──前衛として戦うのはいつもユウハの役目で、シノは彼女に庇われてばかりいた。
それはもちろん、二人の授かった固有魔法を踏まえてのことでもある。ユウハの魔法は物体の透明化で、シノの魔法は傷の治療だ。奇襲にも逃走にも適した魔法を持つユウハが攻撃を担い、回復役のシノが後方支援に回るのは理に適っている。
だけどシノはこれまで、一度も戦場で魔法を使ってこなかった。というのも、シノの魔法には重大な副作用があるからだ。精霊曰く、効果が強力な魔法には、相応のデメリットが付いて回るらしい。
初めて魔法を使った日、怯えきったシノがユウハの前で泣いてしまったから、彼女はシノに治療をさせまいと立ち回っている。傷を負わないことを第一に戦っている。
シノだって傷付いたユウハを見たくないから、その戦い方には賛成だったけれど──それでもやっぱり、考えてしまう。シノがユウハを守れるくらいに強いアイドルだったなら、もっと首尾よくサクリファイスを倒せているはずなのに。
「シノと一緒にいるだけで、私は幸せだからいいの!」
おどけるように笑ったユウハが、自然な仕草で指を絡めた。シノの心に沈んだ不安を、優しく掬い取るみたいに。夏の温い空気に浸りながら、三十六度の体温が触れる。
飾られた空の絵を見て、初めて言葉を交わした日。あの瞬間から、シノとユウハの間には、二人きりの世界が生まれたみたいだった。臆病で人見知りなシノが、心を許して甘えられるのはユウハだけだった。家に着くまでの帰り道、こうして手を繋いで歩く時間が、シノにとっては世界で一番の幸せだった。
「そっか
……
。それじゃあ、ずっと一緒にいよう?」
甘えるみたいに小さく首を傾げれば、ユウハは驚いたように目を瞬かせた。それから空いている方の小指を差し出し、指切りみたいに結んでみせる。
「うん。約束だよ、シノ」
そう告げてはにかんだユウハの表情を、今でもはっきりと思い出せる。
約束はきっと守られるって、ずっと一緒にいられるって、あの頃のシノは無邪気に信じていた。
だけど──ある夜を境に、ユウハは忽然と消えてしまった。
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