柚鈴
2025-11-01 12:04:40
59567文字
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でぃあぷろSeason3 第0話①/第1話「レフュージア」

pushing up daisies:「死んで埋葬されている」
レフュージア:氷河期など、広範囲にわたって生物種が絶滅する環境下で、局所的に種が生き残った場所。待避地。

🫧の状態についてはライムライト回(下記リンクp4)で描写しています
https://privatter.me/page/65deb01c17c1e?p=4


第1話「レフュージア」①


◇ミア・フィオリーレ

 精霊と契約を結んだマヤが命を落として、数ヶ月が経過した。
 あの日から、エレナの姿も見ていない。マヤを亡くしたことに絶望して、アイドルを辞めてしまったのか、それとも──。不穏な可能性がいくつも頭に浮かぶけれど、それを確かめる術はなかった。
 ミアたちが知っているのは、あくまでアイドルとしての彼女だけだ。これまで何度も合同訓練をする仲ではあったけれど、変身していない状態で顔を合わせたことはない。以前から二人と顔見知りだったというレイラも、彼女たちが仲の良い幼馴染だということ以外は、何も知らないとのことだった。

 思えばミアたちは、お互いのことをほとんど知らない。
 アイドルグループとして五人で活動する中で、廃都市を一緒に探索したり、夏には海に遊びに行ったりもしたものの──アイドルに変身していない間の、現実的な生活のことは、これまであまり話題に上がらなかった。
 特に、シノに関しては。
 彼女はいつも穏やかな微笑みを浮かべて、ミアたちを優しく見守ってくれているけれど──思い返してみれば、シノが自分からプライベートの話を打ち明けたことは、ただの一度もなかった。
 嫌われているとか、壁を作られているとか、そういう風に感じたことはない。治癒の魔法を持っている彼女はいつだって、その魔法に相応しい柔らかな眼差しで、ミアの気持ちを受け止めてくれる。アイドルとして戦うときも、常に周囲に気を配って、後方からミアたちを支えてくれる。
 そんな優しい彼女のことが、ミアは大好きだったし──シノも、ミアたちと活動する時間を好きでいてくれると信じていた。だからこそ、もっとシノのことを知りたいと思っていた。
 これまでのミアなら、もっと五人がお互いのことを知れるように、いろんな話をしようと言い出したかもしれない。孤児院で過ごしていた頃、みんなと心を通わせたくて、夜通し内緒話をしたみたいに。

 だけど、マヤが死んだ。
 もっと仲良くなりたいと思っていた友達が、あまりに呆気なく殺された。味方だと信じていた精霊は、ミアたちを平気で残酷な目に遭わせて、それでも屈託なく笑っていた。
 これまで無条件に信じていたものは、当たり前だと思っていたものは、何の前触れもなく崩壊してしまう。どれだけ心を寄せたとしても、ミアの大切なものたちは、いとも簡単に消えてしまう。水面に浮かぶ泡沫のように、ぱちんと弾けていなくなってしまう。美しい世界は無慈悲に反転し、どう足掻いても無力なミアには抗えない。
 マヤの死と精霊の裏切りが突きつけたそんな事実は、幼いミアのトラウマを引き摺りだすには十分だった。レイラに出会って、アイドルとして戦えるようになって、少しずつ塞がり始めた傷口が、再び開いて膿み始める。数ヶ月もの時間が経っても、ミアはまだ上手く笑えないままで──心に巣食う重たい影が、行動を起こす気力をミアから奪っていた。

……ミア。大丈夫?」
 気遣うようなレイラの声に、ふっと顔を上げる。レイラ、フウカ、ハレリ、シノ。こちらを心配そうに見つめる四人の眼差しに、自分が無意識のうちに俯いていたことを悟った。
「大丈夫です! ごめんなさい、せっかくみんなが集まってるのに、ぼーっとしちゃって……
 意識的に口角を上げて笑おうとしたけれど、空回りのような声音が零れて、また泣きたくなってしまった。精霊のせいでマヤが死んだこと、エレナとも連絡が取れないこと。辛いのも不安なのも、みんな同じなのに。ミアがしっかりしていないせいで、レイラたちに心配をかけてしまった。
「訓練、再開しましょう! 世界を守るために、もっと頑張らないと──」
 気持ちを切り替えるように、懸命にそんな言葉を紡ぎかけて。最後まで言い終えるよりも先に、軽やかなメロディが空気を揺らした。いつもの通知音とは違う、耳慣れない五重奏。レイラが弾かれたように端末を取り出し、通知を確認する。精霊からの連絡か、それともサクリファイスが出現したのか。慌ててミアも彼女に倣って、端末の画面に目を落とした。
「アイドル管理本部……?」
 馴染みの薄い文字列に、思わずぱちりと瞬きが落ちる。アイドルに向けた連絡は、いつも精霊から発信されていた。アイドルとは、サクリファイスを討伐するために、精霊の力を授かって変身する存在だ。だからそのトップには精霊がいて、直々に指示を受けていたのだけれど──今回の連絡は、そうではなかった。
 アイドル管理本部。ミアの通っていたアイドル養成所の運営などを行う、政府の管轄下にある組織だ。居住区域の中心部に役所が置かれていて、気紛れな精霊の代わりに事務仕事を請け負っている。その一角には、アイドル制度の歴史に関する展示が並んだ資料館が併設されており、昔のミアも社会見学の一環で訪れたことがあった。
 もちろん、養成所に通っていた頃も、アイドルになった今でも、大変お世話になっているのだけれど──書類による通達ではなく、精霊にもらった端末を通じて連絡を受けるのは初めてのことだった。役所のコンピューターって、アイドル専用の端末にも繋がるんだ。そんなくだらないことを頭の片隅に浮かべながら、綴られた文面を読み進める。長々とした挨拶から始まっていたものの、要点はいたって簡潔だった。
 ──アイドルの皆さんに重要な連絡があるから、最寄りの管理支部に向かってほしい。

「管理支部……。ここからだと、北東支部が近いかしら」
「そうですね。十八時までに集合、とのことなので……。今から向かった方がよさそうです」
 微かに眉を顰めたレイラが告げて、マップを示しながらシノが頷く。戸惑いがちに二人の様子を眺めながら、そういえば、とミアは考えた。マヤが殺された日から、精霊の姿も見ていない。これまでは何もなくても、しょっちゅう訓練に顔を出していたのに。ミアたちの不信感を察して、きまりの悪さを感じているの──それとも、なにか他に理由があるのか。考えたところで分かるはずもなくて、ただただ不安だけが募っていく。見えない場所で舞台の幕が上がったみたいな焦燥感が、ひしひしと全身を苛んでいる。
「行きましょう、皆さん」
 曇天にそっと光を灯すように、穏やかな声でシノが促す。ぐるぐると纏わりつく思考の鎖を断ち切るように、ミアは小さく頷いてから、煤に汚れた地面を蹴った。

◇◇◇

 管理支部の建物を出た頃には、すっかり太陽は沈みきっていた。澄んだ冬空の端に、傾いたオリオン座が覗く。
 不透明な暗闇を裂くように、びゅう、と冷たい夜風が吹きつけ、ミアは小さく身を震わせた。凍てついた空気が肌に染みていく。
「システム整備、って……。どういうことなんでしょうか」
 怪訝そうな眼差しを浮かべたハレリが、強張った声で告げる。分からない、とレイラが首を横に振って、憂鬱そうに息を吐いた。深い困惑と疑念の色が、冷えた夜に溶けていく。

 管理本部から言い渡された内容は、きわめて不可解なものだった。
 案内された部屋のスクリーンに映る中継越しに、政府高官を名乗った人物は告げた。
 ──システムの整備を行うため、変身薬の支給が止まる。それに伴って、しばらくはアイドルとしての任務を休止する。くれぐれも変身することなく、身体を休めて有事に備えるように。
 集められたアイドルたちのざわめきが広がる中、質疑応答の時間すら与えられず、一方的に通達は終わった。
 納得できるはずがなかった。アイドルに与えられた任務は、世界を守るためにサクリファイスを倒すことだ。それを休止する、ということは──サクリファイスが出現したとしても、人々は一切の対抗手段を持たないことになる。ミアたちが以前遭遇したような、軍隊みたいな群れに襲われれば、人々の暮らす居住区域は呆気なく灰と化すだろう。そんな事態が生じたとしても、戦わずに見捨てろと言うつもりなのか。サクリファイスの恐ろしさを、アイドルの務めの重要性を、彼らは本当に分かっているのか。
 怒りにも似た感情が次々と湧き上がり、声を荒げて問い質したくなったけれど、それを訴える宛はどこにもなかった。ただの一アイドルにすぎないミアに、政府の決定を覆す権利などあるはずがない。反抗の意を示そうにも、ミアたちアイドルは彼らに管理されている立場だ。変身薬の支給が止まれば、そもそもアイドルとしての能力を維持することもできない。
 ゆえに、どれだけ理不尽な通告であったとしても、ミアには従う以外の選択肢がなかった。

「気がかりなのは、精霊の姿がなかったことね。アイドルシステムはすべて、精霊の管理下にあるはず……。それなのに、どうして管理本部が出てくるの?」
 ひりついた声音を零したレイラが、苛立ちを堪えるように唇を噛む。険しく歪んだその横顔に、胸がずきりと痛んだ。
 レイラは、ミアよりずっと頭の回転が速い。努力を欠かさない勉強家だから、アイドルについても多くのことを知っている。だから、得た情報が同じであっても、彼女はミアの何倍も複雑な思考を巡らせているはずだ。ミアには絶対に考えつかないような、あらゆる可能性を検討して、心を磨り減らしているはずだ。レイラがどれだけ聡明でも、確実な答えを導き出すには、あまりにも情報が足りないから。
 呼吸を落ち着かせるように、緩やかに吐き出されたレイラの息が震える。先行きの見えない不安と恐怖、政府に対する憤り。彼女の奥底に押し込められた感情が、悲鳴を上げているようで──軋む鼓動に背中を押されるように、反射的に言葉が口を衝いていた。
「あの! 明日からも、五人で集まりませんか! 変身しちゃダメでも、できることがあると思うんです!」
 こんな風にミアから何かを提案するのは、随分と久しぶりだった。必要以上に声が大きくなったのを自覚して、ほんの少しだけ恥ずかしくなる。
 だけどそれ以上に、レイラの心に手を伸ばしたかった。塞いだ思考の渦に溺れそうな彼女を、一人にしたくなかった。
 アイドルの並外れた身体能力がなくとも、電車を使えば五人で集まることはできる。少し歩くことにはなるけれど、いつもの廃都市にだって辿り着けるだろう。たとえ変身できない状態でも、基礎体力を強化したり、戦闘中の連携を確認したり、アイドルとしてできることはあるはずだ。
「あたしも賛成。上手く言えないけど……。何か、悪いことが起きてる気がする。あたしは、その正体が知りたい」
 真っ先に同意したのはハレリだった。彼女の後ろで足を止めたフウカにちらりと視線を向けて、再びミアに向き直る。フウカのことを守るためにも、ハレリはこの不条理な現状を解き明かしたいのだろう。
「わ、わた、私も……
 声を上げたハレリに同調して、慌てたようにフウカが頷く。僅かに逡巡するような素振りを見せた後、レイラも意を決したように口を開いた。
「そうね。私たちはもっと、アイドルについて知る必要があると思うの。だから、そのために──精霊の居場所を探しましょう」
 精霊。ミアたちをアイドルにした、気紛れな神の使徒。サクリファイスに対抗しうる、唯一の力を授けてくれる存在。
 アイドルのサポートを担っているはずの彼女を、もうしばらく見ていない。マヤの一件があったから、ミアたちを避けているのだと思っていたけれど──アイドルへの連絡役を放棄したことを考えると、もしかしたら行方知れずになっているのではないか。彼女が忽然と姿を消してしまったせいで、政府は対応を迫られたのではないか。
 レイラの告げたそんな仮説に、ざわりと心が波立った。ハレリの言うように、ミアたちの預かり知らぬところで、大きな異変が起きているような気がする。見えない場所で地盤が崩れていくように、大きな災厄に巻き込まれかけている気がする。背筋の冷えていく感覚がして、打ち消すように姿勢を正した。
 ミアたちは、知らなければならない。世界のために戦うアイドルを、取り巻くものの正体を。

「シノさんも、いいですか?」
 ハレリの問いかけに反応して、シノが視線を上向ける。芽吹きの色を湛えた双眸が、夜空に揺れる。
 ほんの一瞬、その眼差しが宙に浮いた気がした。どこにも焦点を結ばないまま、茫洋と彷徨ったような気がした。教室の水槽に浅く溜まった、澱んだ液体を思い出す。世界の片隅に放置された濁りが、彼女の穏やかな瞳に映る──そんな錯覚。
「もちろんです。私にも、協力させてください」
 春を思わせる優しい双眸が、ふわりとミアたち四人を見つめて揺れる。いつもどおりの柔らかな微笑みに、ミアは思わず自分の目を擦った。気のせいだったのだろうか。気のせいに違いない、だけど。胸の内側に溜まった不安が垂れて溢れて、視界までも翳らせている。
 仄かな違和を拭い去るように、ミアは瞼を開いて告げた。
「みんなと一緒なら、すっごく心強いです! この世界を守るために──アイドルとして、これからも頑張りましょうっ!」