伊紀の話

終さよキャラ化の話

バイトの話side伊紀


 見慣れない男がいた。
 大学生ぐらいだろうか、迷子というわけではなさそうだ。
 たぶん、清掃バイトだろう。
 たまーにやってくるのだ、そういう人が。
 ご苦労さまです。
 そっと様子を見ようと、かつては窓があった穴から家の中を覗き込む。
 バッチリ目が合った。
「こんにちは」
 一瞬思考が止まる。
「こんにちは」
 ニコリと笑って挨拶を返したものの、正直かなり焦ってる。
 コイツ、見えてんじゃねーか!
「お兄さん、こんなところで何してるの?」
 内心の動揺を押さえつけて、身を乗り出して話を振る。
「何って、掃除だよ。バイトで、ゴミ拾いとか……
 やっぱバイトか。
「そっちこそ、こんなところで何してんの?今日のバイトは一人だって聞いてたけど」
「あー……俺は論文書くために、この町のこと調べてて。民俗学ってやつ」
「へー、わざわざこんなところにまで調べに来てるの?ここ来るの大変じゃん」
「うん、うん。めちゃくちゃ交通の便悪いよね、ここ。それ以外は好きなんだけど」 
 話しながら、窓だったとこを乗り越えて部屋に入り込む。
「お兄さんこそ大変でしょ、こんなとこの掃除なんて。道歩くのだけでも一苦労でしょ?」
「そうなんだよ……町の清掃って聞いてたんだけど、まさか廃墟掃除とは思わなかった……
 ため息がひとつ。
 そりゃそうだ、人の住む町と廃墟とじゃ掃除の規模が違う。
「こんなとこ、もう自然に朽ちるままほっとくか、重機入れて更地にすりゃいいのに。なんでわざわざ掃除しなきゃいけないんだか……
……そう思うよね」
 思わず呟いてしまう。
「なんか言った?」
「いやいや。お兄さん、この町の昔話知ってる?」
「え?昔話?」
 誤魔化すように話を変えれば、記憶をたぐるように考え込む。
「なんか昔、災害だがなんだかで人がたくさん死んで、町もなくなっちゃったんだっけ?」
「まあそんな感じ、そんな感じ」
「それがどうした?」
 俺は内緒話をするように声をひそめる。
「ここさ、人が居なくなったその後、再開発のために重機も入って更地にしようとしたんだけど、重機の故障とか相次いでさ。『この町で亡くなった人たちが立ち退き拒否してる』ってことで再開発できなくなっちゃったんだって」
「なにその漫画みたいな話」
 素早い感想に、思わず笑ってしまう。
「えーそこはよくある怪談って言ってよー」
「怪談だったら今ここで掃除してる俺が祟りとかに遭うオチになるじゃん、やだよ、マジで割に合わねー」
「ははははは、大丈夫大丈夫、祟りに遭うならバイト募集なんかせずに放置してるって。むしろお兄さんは感謝される方でしょ、掃除してくれてるんだから」
 祟れるほど強い力を持ってる存在はここにはいない。
 俺たちにできるのはせいぜい虚仮威しの怪奇現象ぐらいだ。
「そもそも祟りに遭うなら、アンタだって論文どころじゃないもんな」
「そうだねー。そういやお兄さん、喫煙者?」
「? いや、違うけど」
「そっかー、煙草持ってるなら一本もらおうと思ったんだけど
「図々しいな
 わかってるけど、人からもらうしか入手手段がないのだから仕方ない。
 いや、入手できたことないけどさ。
「ところでお仕事しなくていいの?」
「え?やべっ、話し込んじゃった」
「それじゃあ、お仕事頑張ってねー」
 腕時計を見て慌てる姿を横目に、部屋から出ていこうとする。
「あ、ちょっと……手伝ってくれたりとは……
「俺、雇われてないから」
 手伝ってあげようにも、手伝えないんだよ、なんてことは言えない。
 あんまり長く一緒にいるとボロが出そうだし、できる限り人払いもしておかなきゃいけない。
 他の人に見えてることがバレたら、大変なことになるもんな、向こうが。

「お疲れ様」
 声をかけると、夕日で赤い顔がこちらを向く。
「何時まで働くの?」
「もう終わりだよ」
 腕時計をちらりと見て、後片付けをする姿を見守る。
 ひび割れたアスファルトの隙間から、たくましく草花が伸びる道を、慎重に歩いていくのを少し後からついていく。
 街灯なんかない道は、黒々とした家の影に遮られて、足元がよく見えない。
 こんな時、幽霊でよかったなとしみじみ思う。コケないから。
「お兄さん、明日も来るの?」
「もう来ないよ」
「そっか、残念」
 残念と言いつつ、正直ホッとした。
 監視というと聞こえは悪いけど、他の人と遭遇しないように手を回すのは、今日だけでも結構疲れた。
「そっちは明日も来るの?」
「あー、まあ、来るっていうかなんていうか……
 この町から出られないんだとは言えない。
 振り返った顔は表情がよく見えないけど、たぶん訝しげにこちらを見てるのだろう。
 誰そ彼刻とはよく言ったもんだ。
「うわっ」
「あぶな……!」
 こっちなんか見てたせいだろう。
 派手に目の前で転ぶ姿に、思わず手を伸ばす。
 やってしまった。
 気付いたときには、その手は俺の手をすり抜けていた。
「あ……
 咄嗟に物陰に隠れる。
 やってしまった。
 上手くごまかせていたのに。
 こっそり様子をうかがえば、ダッシュで走り去る姿が見えた。
 だよなー、そうなるよなー。
 深々とため息をひとつ。
 釘を刺しとかなきゃいけない。

 こっそり役場に入ると、ちょうど手当をしてもらってる様子だった。
「ごめんなさい、暗くなるから迎えに行かなきゃいけなかったのに……
「大丈夫ですよ、職員さんが悪いわけじゃなくて、俺がドジなだけなんで……
 顔を上げた彼と目が合う。
 完全に固まっている。
 わかるよ、逃げ切れたと思ったのに、追いつかれたとか恐怖しかないよな。
 でもせっかく他には気付かれてないのだ、これ以上迷惑をかけないためにも、黙っているようジェスチャーをする。
 いい具合に死角になってたらしく、救急箱を片付けに行く姿はこちらを見ることはなかった。
 ナイスチャンス。
「俺のこと、内緒にしといてね」
 そっと近づいて、他の誰にも聞こえないように囁く。 
「もし誰かに話したら、『逃げられなく』なるからね」
 釘がしっかり刺さったな。
 気付かれないうちに、そっとその場を離れた。

 うっかり怖い思いをさせてしまった彼への、せめてもの餞だ。
 もし、俺たちのことが見えているとバレたら、ようこそ古彩町役場へとなってしまう。
 それはちょっと可哀想じゃないか、まだ大学生っぽいのに。
 逃げられなくなるのは、呪いとか怪奇現象じゃない。
 職員として町に縛り付けられる、ただそれだけのことだ。
 たぶんあの子はもうここへは来ないだろう。
 噂も流したりはしないだろう。
 人手確保のチャンスは逃してしまったけど、許してほしい。


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 2019/10/24