ゑ/圓堂
2025-03-26 23:47:58
23375文字
Public 管理NO3250本丸
 

【刀剣乱舞】その愛を何と呼ぶ・後編<web再録>【創作男審神者×一文字則宗】

2021年8月インテックス大阪開催の閃華の刻で頒布し現在は完売となったさにごぜ本のweb再録となります。こちらは後編となります。
再録にあたり(色々ととんでもなかったので)そこそこ加筆修正を行っています。
刀剣乱舞というジャンルにきて初めて出した、最初のさにごぜ長編です。前編のあと3250本丸が時間遡行軍の襲撃に遭い、それをきっかけにふたりが結ばれる話です。
本をお迎え下さった皆様本当にありがとうございました。



***


ここは現実世界とはまた別に存在する世界。
その世界に点在する『本丸』のうちの一つ。

『本丸』に住まう審神者とそれに従う刀剣男士達は、日々現実世界の紡いできた歴史を脅かさんとする時間遡行軍なる者らの目論見を防ぐ為、いつかそれらを駆逐する為、今日も任務と自己研鑽に励んでいる。






まだまだ厳しい寒さが続く二月の半ばである。
先の特命調査での緊張とざわめきの余韻がやっと消え失せ、以前の本丸と同じ日常がすっかりと戻ってきた。しかし、以前よりも少しばかり柔らかな空気が本丸中には漂っている。

「気を付けて行ってくるんだよ」
「心配すんなって兄ちゃん、じゃあ行ってくるなー!」
「だいじょーぶ、俺がちゃんと見張っててあげるからさ」
「ああ、頼むよ」

遠征に向かう弟の浦島虎徹と、共に同じ部隊の一員でありつい先日極の姿になったばかりの加州清光の背中を見送って、この本丸の近侍である蜂須賀虎徹は一振りきりになった大広間で安堵の溜息を零した。
 
その日の任務の振り分け表を再確認しながら、蜂須賀虎徹は数週間前からの本丸の様子をそれとなく思い返す。





長期間の調査から本丸へと帰ってくると、既に本丸は以前のような蟠りで濁った空間などではなく、華やかな笑い声と弾んだ空気で溢れ返っていた。

先に本丸へと到着していた監査官――一文字則宗の仲間入りと、それによって囚われ続けていた過去から解放された主の真摯な姿、そしてそれを覗き見ていた他の刀達の主へのイメージの転換。
自身の代わりに束の間の近侍を務めていた大般若長光から聞いたところによると、概ねそのような事があったようだ。


『いや、傑作だったよ。短刀達が改めてちゃんと挨拶してくれって群がってなぁ。あの一期一振まで止めずに参加したもんだから、面白がって皆が便乗して。あぁ、勿論俺も乗っからせてもらったよ。主、変なところで真面目だから余計に可笑しくってなぁ』


饒舌に語る大般若長光の言葉を思い出して、蜂須賀虎徹は少しだけ思い出し笑いをする。

挨拶の話を聞いてからも、自分については初期刀であるし必要無いだろうと蜂須賀虎徹は考えていたが、主の方から改めて挨拶させて欲しいと申し出てきた。
お前だけちゃんとしなかったら後で浦島が怖い、などと冗談なのか本気なのか分からない台詞を交えつつ、改めて普段の働きに対する礼と、いつか戦いが終わる日まで近侍を任せたい旨を伝えてくれた主に、蜂須賀虎徹の忠義はより強固なものとなった。

そして、その忠義は今、主の幸福を祈ってやまない。





蜂須賀虎徹は今朝も任務の通達の為に顔を合わせた刀剣男士の事を思い出す。

大輪の菊の花を思わせる無重力の金糸の髪。
薄玻璃のような瞳。
異人のような風貌とはかけ離れた飄然とした物腰と、底深く眠る強かさ。
 
一文字則宗なる刀剣男士。
特命調査で監査官と名乗っていた彼と行動を共にしていた時から、薄々とした予感は秘めていた。そしてそれは的中した。
主が物心着いた頃から憧れ、追い求めた刀の逸話を纏い本丸へとやってきた彼を見て、蜂須賀虎徹は酷く腑に落ちたし、また安心もした。

いつもどこか罪悪感に憑りつかれているかのような翳りを背負う主の姿ももう見る事は無いし、この本丸で生きる意味を見出した主と刀剣男士達の絆の深まりを予感出来たからだ。そしてそれは今、現実のものとなっている。

後は、主と一文字則宗の、それぞれについてである。
蜂須賀虎徹はこの数週間だけで、ある確信を得ていた。伊達に長い間、主の最も近い距離に在り続けた訳ではない。
他の刀剣男士達に言わせれば、『何を考えているかさっぱり判らない』主の細やかな感情の動きを、蜂須賀虎徹は理解している。

そして、それは主だけでは無い事も。



『おはよう、今日の僕は何をすればいいかな』
『おはよう、則宗殿。今日は午前中は手合わせ、午後は演習でお願いするよ』

『なんだ、また手合わせか?暫く続いてやしないか』
『則宗殿と手合わせをしたい刀達が後を絶たなくてね。悪いんだけれどよろしく頼むよ』

『本当かぁ?主の嫌がらせじゃないだろうな』
『何でまた?主と何かあったのかい?』
『そろそろ日頃の揶揄いの仕返しが来るんじゃないかと思ってな』

『ふふ、』
『?何だ』
『いや、貴方くらいだよ。この本丸で主を揶揄おうなんて刀剣男士は』



つい先ほど一文字則宗と交わした会話を反芻し、蜂須賀虎徹は不思議な感情を覚える。それは弟の浦島虎徹を想う時とどことなく似ており、それよりも少し焦れるような心持である。


(何も主だけが一方的に想っている訳ではない、彼も、事あるごとに口を開けば主の名が出る)


心中で呟きながら、蜂須賀虎徹は立ち上がり大広間から廊下へと通じる障子戸を開く。
きん、と冷えた冬の空気が頬に触れて心地好い。人の身を得てから覚えた感覚だが、蜂須賀虎徹にとってこの厳しい寒さもまた慈しむべきものの一つであった。

蜂須賀虎徹を始め刀剣男士という存在は、当然ではあるが元は無機物である。そのために人間が当たり前に日々知覚している五感、そして刀で在った時には漠然としか認識していなかった感情、そういったものを顕現してやっとはっきりと理解する事が出来るようになった経緯がある。

初期刀である蜂須賀虎徹は即戦力である必要がある為、この本丸にやって来る前からある程度の指導は受けており、蜂須賀家の伝来品として長く人の傍にあった刀でもあった為、比較的他の刀よりも人の身に馴染むのは早い方であった。それでも、ふとした瞬間に刀の身である時には知らなかったものに気付かされる事は今になっても少なくはない。

蜂須賀虎徹は、主と一文字則宗の間に存在する姿かたちの見えぬ何かを、つい最近知った。知ってからは、自身が今までに経てきた歴史の記憶の中に、その答えを探していた。



ぎ、と軽く軋む板張りの廊下を踏みながら、蜂須賀虎徹の瞳は天空に一面に湛えられた青空を映す。
高く澄んだ青だ。




きっと、彼らは。
だからこそ、自分は。




蜂須賀虎徹は冬の快晴に、想いを改める。
この本丸が失われる、いつかその日まで守り続けたいと。







……?」


蜂須賀虎徹の廊下を進む足が止まる。
そして、眉間に皺を寄せて目を凝らす。



水面のような青空に、歪な黒ずみが見える。
先程までは確かに無かった筈の、真っ新な布に零れた墨汁の染みのようなそれに、蜂須賀虎徹の心は一転して不吉な予感に騒めく。


「ん?何だあれ」
「あ、やっぱり何かあるよな!雨雲……じゃねぇよなぁ?」


内番姿の獅子王と太鼓鐘貞宗が、同じ空の染みを見ながら話しているのが聞こえる。
どうやら自分にだけ見えている訳ではないようだ。
胸にこみ上げる不安から二振りに意見を乞おうと、蜂須賀虎徹が声をかけようとしたその時。




形容しがたい軋んだ音を立てて、空が裂けた。

そうとしか言いようがなかった。
刀剣男士のような存在からして既に非現実的ではあるが、目の前はその非現実すらも超越するような光景であった。
しかし、厭な形状でぽっかりと開いたその裂け目からぼろぼろと零れ落ちる物体を視認して、蜂須賀虎徹はやっと胸の内の不安から解放され、代わりに燃え上がる闘志に包まれた。


「時間遡行軍……!」


刀剣男士が打ち滅ぼすべきとされている敵の姿に、蜂須賀虎徹の足は無意識に廊下を駆け出していた。





長い年月をかけてやっと絆が生まれ始めた本丸の、修羅場の一日が今、幕を開けた。