ゑ/圓堂
2025-03-26 23:47:58
23375文字
Public 管理NO3250本丸
 

【刀剣乱舞】その愛を何と呼ぶ・後編<web再録>【創作男審神者×一文字則宗】

2021年8月インテックス大阪開催の閃華の刻で頒布し現在は完売となったさにごぜ本のweb再録となります。こちらは後編となります。
再録にあたり(色々ととんでもなかったので)そこそこ加筆修正を行っています。
刀剣乱舞というジャンルにきて初めて出した、最初のさにごぜ長編です。前編のあと3250本丸が時間遡行軍の襲撃に遭い、それをきっかけにふたりが結ばれる話です。
本をお迎え下さった皆様本当にありがとうございました。



***


再び、静けさのうちに主の意識は呼び覚まされた。
同じようにぼやけた天井板を見上げ、自分がここでこうしている理由を脳裏に浮かべ、ゆっくりと思い返す。


今度は比較的すんなりと思い出した。そして、じくじくと痛んでいた脇腹も今は薬が効いているのか大人しい。
ただ、暫く熱を出していたらしく、着せられていた夜着の浴衣が全身にべったりと貼り付いているのが恐ろしく不快であった。
これは流石に風呂に入るなり着替えるなりしなくては、次は風邪を引いてしまう。何より最悪の感触だ。

試しに起きてみようと上体へと力を籠める。みしみしと音を立てそうなほどに軋み上がった身体と、発熱後特有の頭重感が酷い。どうにか上体を起こした後も、主は掛布団に突っ伏したまま動けずにいた。
しかし、全身を包み込む不快感と、すっかり燃料の尽きた石油ストーブによって冷え切った部屋の余りの寒さに、主の身体は否応なしに立ち上がる事を余儀なくされた。


ふらふらと覚束ない足取りで布団から抜け出して立ち上がると、意識を失う前までは隣に並べられていた筈の布団が無くなっているのに気付いた。
どうやら一文字則宗は先に回復したようだ。安堵の気持ちと、目覚める前に彼にしでかした行為を思い出した事による気まずい気持ちが綯い交ぜになる。

しかし、取り敢えずまずはこの状態をどうにかしなくてはならぬ。
気を取り直した主は、まるで油の注されていないロボットにでもなったかのような足を引き摺りながら、風呂場へと向かっていった。







風呂場の脱衣所に掛けられた時計を見ると、すっかり真夜中の時間帯であった。
元々刀剣男士達は早寝早起きな為、このような真夜中はほぼ全員が夢の中といって差し支えはない。その方が取り敢えず今は都合がいい——そう思いながら、主は自分一人の為に誂えられた小ぶりながらも露天風呂の体裁をしている浴場へと足を踏み入れた。

流石にまだ塞がっていなさそうな傷口への処置の様子を見た限り、湯舟には浸かれないが濡らしたタオルで身体を拭く事は出来た。気分的にはゆったりと湯船に浸かって凝り固まった身体を解したいところであったが、色々と後が恐ろしいので止めておいた。
洗面台で慣れぬ手付きで髪を洗い、拭き清めた身体の上に乾いた浴衣を纏うだけで、随分と生き返る心地であった。この様子であれば、明日からはきちんと食事と最低限の運動さえすれば近いうちに仕事に戻れそうな回復具合である。
果たしてそう上手く仕事に復帰させてもらえるのかどうかは甚だ疑問ではあったが、だからといっていつまでも休んでいる訳にもいかぬ。

全ての仕事を近侍の蜂須賀虎徹に任せられる訳ではない。自分でなければ務まらない仕事も山のようにある。休めば休むほどそれが溜まっていく方が、主にとっては具合が悪くなりそうに思えた。
風呂場から一旦執務室へと向かい、案の定机に積まれていた書類の束に辟易しつつ、久方振りの煙草を燻らせながらそれらを軽くチェックする。

放置された通信機器の電子画面の日付を見ると、既にあの襲撃の日から三日が経過していた。随分と長い間意識を失っていたらしい事に、改めて主はささやかな驚きを覚えた。
蜂須賀虎徹が纏めていた報告書によると、この本丸はひとまず当面は通常業務が休止扱いになっているらしい。
休止している間は刀剣男士全員と応援の他本丸の刀剣男士達で本丸の修繕にあたってくれていたようだ。

普段は演練か政府の招集でしか他本丸と交流する機会などないが、こういった時に即座に応援に来てくれるのはありがたかった。この本丸でも要請されれば毎回人員を寄越してはいるが、いざ自分が助太刀される側に回るとよりありがたみを感じる。
今までそういった事をうわべだけのおざなりな対応で済ませてきた自分を省みる必要がありそうだ。もう少し色々きちんとしなくては、と主は胸の内で決意を新たにする。



不思議な気分であった。
この腹の傷を受けてから、まるで生まれ変わったような心地だ。

主は、腹の傷を受けた時のあの瞬間を再び思い出す。
あの晩すぐには思い出せなかったが、今はありありと脳裏に映し出す事が出来る。

障子戸を開けた瞬間に目に飛び込んできた一文字則宗の状況に、あの時の自分は一瞬とても厭な想像をした。
槍に貫かれる無残な彼を、人の形をした彼が砕け散ってしまう姿を、何故だか想像した。



そして、堪らなく恐ろしくなったのだ。



今はそれなりに痛みもするが、刺された時などは全く痛みも何も感じていなかった。
脳内物質が出ていたおかげだろうが、何よりも一文字則宗を守る事が出来たという事実に安堵していた。
悍ましい空想の未来を捻じ曲げる事が出来たと、ただ安堵していた。

あの晩、悲痛な面持ちで自分を見つめる一文字則宗を、何よりも手放したくないと思った。
きっとそれは、初めて芽生えた独占欲だった。

まだ掌に思い出される彼の感触。
白磁のようだと思っていた頬は、人間のそれと何一つ変わらない。
少し低いが人の温度も確かに感じた。
自分が思っていたよりも、彼はずっと人の形をしていた。

こんな事は許されてはならない事なのかも知れない。
必ずいつかは訪れる別れが見えていて、それでもその終焉までの束の間の幸福を求めるのは、結局真の幸福では無いのかも知れない。



それでも。

それでも自分は。

たとえいつかは手を離す事になると解っていても、愛したい。
自分の憧れを愛の証だと言ってくれた彼を、彼自身を愛したい。
そう思った。



一度それを自認すると、今まで自分の中で蟠っていた色々が一気に氷解した気がした。



彼は刀の付喪神だから。
上司と部下だから。
男同士だから。
 
時間遡行軍が滅ぶか、自分が審神者でいられなくなれば、彼はもう自分のものではなくなってしまうから。



そんなごちゃごちゃとした目先の事実や理屈が、全て些末な事のように思えた。

ただ、今、この時に自分が在って、彼が在ればいい。
愛するのに、理由などそれしか必要無いのだ。