mishiadd
2024-11-17 18:56:00
50668文字
Public
 

Gothic.

生き血を啜りながら永遠の時を生きるセイバーといつか彼に仲間にしてもらうために後をついていく伊織くん(少年期~青年期)の時系列ぐちゃぐちゃ連作ゴシックホラーパロ。いつもの感じのろくでもない剣伊。【型月世界の『吸血鬼』概念ではなくもっと一般的な(村が死によって包囲されてたりギムナジウムに小鳥を迎えに行ったりニューオーリンズでフランス貴族に自分は与えられなかった選択肢を与えられたりする)所謂やつです】成仏できなかったハロウィンの亡霊とは私のことダヨォ!


七、

『白鳥』と、彼と、私の――奇妙な共同生活は、思いのほか穏やかに過ぎていった。

やってきた初日に宣言した通り、『白鳥』は食事だけは決して私たちと共にすることはなかった。しかし、お茶の時間――昼下がりにパティオに団欒して、湖畔や森を眺める――の頃になると必ず顔を出し、テーブルを挟んで彼の隣に座っては、私の淹れた珈琲のみを口にする。

彼は、『白鳥』がやってきて以来、以前ほど熱心に湖を見つめるようなことはなくなった。何かを探すように、追い求めるように、必死に追い縋るように――どこか悲壮感すら滲ませたあの眼差しは鳴りを潜め、今はもはやこの生活で染みついた単なる惰性のように――ただの景観として、湖を眺めている。
その横顔に、『白鳥』は何を言うでもない。ただ彼の目線の先を追うように、湖を眺めたり――目線を戻して、ただ彼の透き通るような眼差しを眺めている。

『白鳥』と彼は特に会話を交わしているようでもなかった。彼は元々寡黙な性質のようで――あるいは、記憶がないことが影響しているのか――話しかけられない限りは自ら言葉を発することもない。
黙して珈琲を啜る『白鳥』の前で、私は彼の身の回りの世話をするために最低限の声掛けをする。彼の心の安寧を邪魔したくないという気持ちから、私自身は極力それ以上の言葉を発さない。――だが、彼は違ったようだった。

「貴殿。……やはり、俺にもなにか手伝わせては貰えないだろうか」
「私の満月よ。なぜそのようなことを?」
「こうして共に暮らしているのに、貴殿にばかり負担をかけているというのはやはり道理に悖る気がするのだ。……それに、俺はいつまでもこうしてここに座っているべきではない、という気もする」

かたん、と軽い音を立てて彼が屋外用の椅子から立ち上がる。着物に袴姿の――記憶がないなりにもっとも着慣れているのだろう出で立ちで、私に向き直って言った。

「俺も――貴殿のように、きちんと生きなければならないような気がしている。いつまでもこのように、生きているのか死んでいるのかわからない、そう、貴殿の言葉を借りるなら――『精霊』のような曖昧な在り方をしていてはいけないのではないかと思う」
「世間から見れば、私も充分ふらふらした生き方をしているのでしょうけれど」

肩を竦め、それから言った。

「『精霊』が『人』に堕ちたいと言うのなら、私にはそれを手助けする以外の選択肢はありません。――私は、あなたという『現象』に美しさを見い出しているのです。であるならば、あなたのいかなる選択も、その末路も、そのすべてが鮮烈で美しい」
「相変わらず、貴殿の言の葉は俺には難しい。――やがて、これも理解るようになるだろうか」
「さあ、それはどうでしょう。
――私の美しい月よ。あなたが望むならば、それでは手始めにまずは共に炊事場に立ってみましょう。……さあ、こちらへ。とっておきの、『珈琲の淹れ方』をお教えしましょう」

彼と共に連れ立って、縁側へとあがり炊事場へ向かう。――『白鳥』ひとりを、パティオに残して。



奥へと下がる私たちの後姿を、珈琲カップを手に『白鳥』がただ静かに眺めているのが、視界の隅に見えた。






八、

彼はとても飲み込みが早かった。あるいは元々素地があったのか、一を教えれば十を学ぶといった調子であっという間に家事を覚え、暇さえあれば好き好んで何かしら雑用をしている。
あるいは生真面目で勤勉な性質なのか――もしかしたら、記憶を失う前に没頭していた何かの代わりに、忙しなく働いて時間を埋めようとしているのかもしれなかった。

「我が麗しの三日月。近頃ではすっかり、あなたが私の仕事を奪っておいでです」
「貴殿には執筆の仕事があるのだろう? 家事は俺に任せて書斎に篭もってもいい。あとで珈琲を持っていこう」
「それはなんとも嬉しいお申し出ですが。――あなたは私にそんなことをする必要はないのですよ。これではまるで立場が逆ではないですか。客人はあなただというのに」
「これほど長く滞在したのでは、もはや俺は客人ではなくただの居候だ。俺の食費もかさんでいるだろうし――そうだ、俺は銭を稼ぎに仕事に出るとしよう。あるいは、なにかよい働き口はないだろうか」
「私の満月よ、あなたが? 仕事に出られるのですか。お忘れですか、あなたには記憶がないのですよ」
「記憶がなくとも働くことくらいできるだろう」

言い出したら聞かぬ様子で仁王立ちになった彼は、随分地に足のついた『人』の顔をしていた。だからといってその美貌が損なわれることなどなかったが――かつてまとっていたこの世ならざるもののような雰囲気は、いくらか減退している。――あるいは、彼自身が『人』に徹することで、あの空気感を抑制しているのか。

「しかし、ここから外に出ていかれることには私は反対です。――『白鳥』、あなたもなにか仰ってください」

私たちの会話に積極的に入ってきた試しなどなかった『白鳥』に、助けを求める。すると、彼はあっさりと言った。

「よいのではないか。働きに出たいというのなら。勝手にやらせればよい」
「『白鳥』」

期待したこととは真逆のことを言われ、つい叱責するような声が出る。彼を置いて『白鳥』を連れてパティオに出て、座敷の埃をはたき始めてしまった彼を尻目に、こそこそと言った。

「本気ですか。……あのような状態の彼を外に出すなど。何が起こるかわかりません」
「私にとってはあれがここにいる時点で既に充分好き勝手にやらせているのだ。今更あれがさらにどこへ行こうが、なにを騒ぐようなことか」
……自棄になっておいでですか? あるいは、意固地になっている」
「いいや。――感心しているだけだ」

ぽつり、と言う。不思議と、その幼い顔立ちに不似合いな、ひどく成熟した――老成して疲弊した、大人の顔に見えた。

「私は――もしあれが望むのなら、このままここに置いていってもいいかと思い始めている」
……なんですって?」
「いくら言っても聞かなかったあれが、生き始めている。『生活』をして、家事をこなし――『仕事』に出たいと言っている。まるで『人』のようではないか」

皮肉でもなんでもない。慈しむような、愛おしげな、ひどく大人びた目をして、『白鳥』が働く彼の姿を眺める。―― 一縷の切なさを滲ませて、目を細める。

「私のことをすべて忘れて――それでようやくあれが『人』になれるなら、それでもいいかと。きみに預けていってもいいかと、私は思い始めているのだ」
……そんな」
「約束してほしい。あれを大切にしてくれ。……これでも、今まで大切に育ててきたつもりなのだ。あれは、確かに私のものだった。でも、もしあれが――私と別れて幸せに生きていける機会があるのなら、私はそれを逃したくない。私は、あれを手放そうと思う」

そう言い募った『白鳥』に、わずかな怒りを感じて口を挟む。きっとそれは、それを言ってやれる人間がこの場に私しかいなかったからだった。

「それは、あなたが一人で勝手に決めるべきことなのですか? あなたが勝手に決めて、勝手に彼を手放すというのですか」

しかし、その言葉は『白鳥』には響かなかったようだった。
曖昧に笑って肩を竦め、それからはっきりとした――まるで遺言のような穏やかな声で、言った。

「あれの名は、『伊織』という。――『宮本伊織』。その名と共に、あれをきみに託そう。大切にして、慈しんであげてほしい。愛して、育んで――『人』にしてあげてほしい。
大切にして、慈しんで、愛してきたつもりでいたけれど――ついに私にはしてやることができなかったことを、『人』であるきみがしてやってほしい」

言葉を失う。私には、その言葉を否定することも反駁することもできなかった。

私の沈黙をどう受け取ったのか、「頼んだぞ」とだけ穏やかに告げ、『白鳥』が屋敷の中へと戻っていく。



――私はただ、パティオにひとり、立ち竦んでいた。