mishiadd
2024-11-17 18:56:00
50668文字
Public
 

Gothic.

生き血を啜りながら永遠の時を生きるセイバーといつか彼に仲間にしてもらうために後をついていく伊織くん(少年期~青年期)の時系列ぐちゃぐちゃ連作ゴシックホラーパロ。いつもの感じのろくでもない剣伊。【型月世界の『吸血鬼』概念ではなくもっと一般的な(村が死によって包囲されてたりギムナジウムに小鳥を迎えに行ったりニューオーリンズでフランス貴族に自分は与えられなかった選択肢を与えられたりする)所謂やつです】成仏できなかったハロウィンの亡霊とは私のことダヨォ!


五、

日中は常に彼の傍に傅いて、まるで執事のように――なにくれとなく身の回りの世話をすることを至上の喜びとしている私も、就寝前の夜間の二時間だけは、しばし暇を貰って書斎にこもる。
随分と私に気を許してくれた様子の彼が、一度「夜な夜な、あそこでは一体何を?」といたずらっぽく私に尋ねてくれたことがあった。それを信頼の証と捉えた私はまず微笑み、それから言った。

「小説を書いています。――ほとんど私小説のようなものです。ひと夏の間別荘に滞在した『私』が、謎めいた美貌の青年に出逢うのです」

ほう、と少しだけ小首を傾げた彼は、私の告げた意味がわかっているのかいないのか、果たしてそれが自分のことだ――理解しているのかいないのか、「それは――きっと、さぞや面白い小説なのだろう」と世辞のように言った。

「その青年は何者なのだ?」
「わかりません。――ただ、『私』にとって、青年が何者であるかはあまり問題ではないのです。ただ、その美しい存在に出逢い、魅了され――たったひと夏の間、その幻想のような息吹の止まり木となることに至上の喜びを知る――。彼の存在が一瞬でも『私』の人生に交差して、かかわり、そして去っていく。たとえその後の人生でもう二度と、『私』が彼とまみえることなどなくとも――その日々があった、というだけで、『私』の人生は満ち足りる。そういう幸福の物語なのです」
「『私』は、随分と欲がないのだな

――随分と、はっきりした物言いだった。

記憶を失っているからか、どこか常に夢の中にいるような曖昧な物言いをすることが多い彼にしては――やけにはっきりとした、いっそ刃物のように鋭利な、断固たる意志のある口調だった。

「『私』は、その時を永遠にしようとは思わないのか? それほどまでに幸せならば。――否、幸せである必要すらないのだ。『生きている』という実感――その『一瞬』を永遠のものにしようとは、望まないのか?」
――私の美しい月よ、夜空を照らす純白の望月よ」

持っていた珈琲をテーブルに置いて立ち上がる。その反対側に座っていた彼の足元に跪いて自分の両手を組んで握り、祈るような姿勢ポーズで彼を見上げる。ほんの少しだけ――ひどく珍しく興奮した様子で、わずかに白い頬を上気させた彼が、煌々と輝く瞳で私を見下ろした。

「急にどうしたというのです。私の話が、あなたのなにかを刺激しましたか」
――いや。貴殿の――せいではない。我ながら妙なことを口走ったと思う。忘れてほしい」
「いいえ、いいえ。――あなたは本当に不思議な人です。『生』とはまるで縁遠い、彼岸や常世に棲まう精霊のような雰囲気をまとっていたかと思えば、このような―― 一瞬のうちに激しく燃え上がっては儚く散っていく、まるで花火のように鮮烈な『生』そのものの化身のように振る舞うのですね」
「それは、貴殿こそ。なにゆえ、そのように昂るのだ」

昂揚を指摘され、思わずはっとなって一歩下がる。頭を垂れながら彼の赦しを乞うた。

「どうか、ご容赦を。――あなたの言う通り、これが小説家というものの――表現者というものの業なのです。あなたが悩み、苦しんでいることを知っています。しかし、それでも――『悩み苦しむあなた』という現象をこそ、私は愛してしまうのです」
「よく、わからないが――

まるでいつもの――夢見るようにおっとりとした、柔らかい口調に戻り、彼は言った。

「きっと、それが貴殿という人間の理なのだろう。であるならば、貴殿が何を言わんとしているかは理解できぬとも、貴殿が佳しとするものは理解するよう努めよう。それが、貴殿を理解するということにも繋がるだろうから」
「私を、理解したいのですか?」
「うん? ――うん。……なぜだろう。そうする必要がある、気がする」

ぽつりと言い、それから穏やかな顔で私を見た。

「邪魔をして悪かった。――そろそろ、小説を書く刻限なのだろう。行ってくれ」
「ええ、ええ、私の煌々たる半月よ。おかげさまで今日は、捗りそうです

私の言葉に彼が曖昧に笑い、陶磁の珈琲カップを口許に運ぶ。







そんな『彼』と『私』の私小説に――もうひとり、登場人物が増えたのだ。

――このひと夏の淡い幻想のような日々に漆黒の波紋をもたらす、摩訶不思議な少年――






六、

少年は名乗らなかった。
ただ、無遠慮に廊下をくだって座敷へと至り――そして、襖を開いた。

……きみ、ずっとここにいたのか」

座布団の上に背筋を伸ばして座していた彼に、つっけんどんな口調で声を掛ける。
ずかずかと畳の上を歩き、彼の正面に仁王立ちになって言った。

誘われるままに迷い込んだと思ったら一向に出てこない。拗ねるにしては随分長すぎやしないか? ――きみの我儘でいつまでもひとところに留まっているわけにはいかないのだ、さっさと行くぞ」
「貴殿は――?」

きょとんとした顔で彼が少年を見上げる。その言葉に――傲岸なばかりだった少年が、虚をつかれて言葉を失う。
ようやく追いついた私が、肩で息をしながらふたりの間に割り込んだ。腕をかざして彼を庇いながら、少年に問うた。

「あなたは彼のお知り合いなのですか? ――ここにいらっしゃったときから、彼には記憶が一切ないのです。ご自分の名前すら思い出せない。
彼とあなたのご関係は私には与り知らぬことですが、彼にそのように強引な態度をとるのはやめていただけませんか」
「記憶が……ない……?」

唖然とした様子で繰り返し、目の前の彼を見る。困惑した様子で少年を見返す彼の月夜の瞳が、不安げに揺れた。――その目を見て、少年が明らかに狼狽する。

「きみ――本当に私がわからないのか。名前――名前もわからない? ……なあ、きみ」

急に私を見て、少年が問うた。

「では、きみは彼のことをなんと呼んでいるのだ」
「決まった呼び名はありません。ただ、『月』と。――私の満月、と」
「『月』。――月! 満月! 言うに事欠いて、よりにもよってそれか! ――きみの、満月だと?」

氷河のように冷たい声で、言った。

きみの、満月だと? ――莫迦を言うな、これがきみのであるものか! これは、私の――

口走り、それから我にかえった様子で口を噤む。それから、激昂したことを取り繕うように、元の傲岸不遜な口調に戻って言った。

「よい。――忘れよ。きみが彼を『月』と呼ぶのなら、私も彼をそう呼ぼう」
「お待ちを。……あなたは彼の本当の名をご存じなのでしょう? その名で呼べばよいのでは」
自分で忘れてしまうような名なのだろう? であるならば、敢えて名付け直してやる必要もない。月――私の月――

口の中で転がすように呟き、私が制止する間もなく少年が彼の顎に指先をかける。ぼんやりとただ少年を見つめている彼の端正な顔を軽く持ち上げて、言った。

私の月……ハハ、よいではないか。まるで睦言のようだ」
――あなたの名は、なんと」
「好きに呼ぶがいい。蝙蝠とでも、悪鬼とでも、なんとでも」

蝙蝠――がなぜ最初に出てきたのかはわからなかったが、どのみち目の前の少年の呼称としてはあまりにも似つかわしくなかった。
溌溂とした――大きな愛らしい夕陽色の瞳の、目鼻立ちの可愛らしく整った、一見少女のようにも見える少年。身にまとう白妙の衣が、まるで大空を征く鳳のようだった。

――そういえば、と彼が日頃から眺めていたあの湖の水面を思い出す。あそこには、よく白鳥の群れがたむろしているではないか。

「では、あなたのことは『白鳥しらとり』と。月と――白鳥。よい組み合わせかと」
……ふうん」

可憐な顔に似合わない、皮肉げにも見えるような表情で、目を眇めて『白鳥』が私を見る。

「きみは――私が思っていたよりも話がわかるようだ。イオ――『月』のことも、きみが彼を惑わせたのではなく、彼が勝手に記憶を失って路頭に迷っていたところをきみが保護してくれていたようだし。
私は、きみに対する態度を少し改めなければならないかもしれないな」

言って、私に向かって軽く会釈をする。それから、彼に向き直った。

「きみを連れていくにせよ、そんな状態のきみの面倒を見るのは私は御免だからな。このまましばらく、ここで世話になるしかなかろう。私ともども、な」
――『白鳥』。あなたも、ここに滞在されるのですか?」
「不服か? きみ、この『月』のことは長らくここに置いておいたのだろう」
「それはそうですが――ああ、まあ、でも」

――実際、私は興味を惹かれたのだ。

彼とは違う――また別種の『苦しみ』を背負い、それをひた隠しにしながらも精一杯に強がって生きている、この存在に。

私の業は、どこまでも欲深い。

「ひとりもふたりも同じこと。――いいですよ。お好きなだけ、ここにいらしてください。彼を知るあなたがここにいることで、彼が何かを思い出すかもしれませんし」
「どうだかな。この様子では。……きみ」

黙ったまま――先程からずっと、しきりに『白鳥』の姿を熱心に見つめ続けている彼に目線を合わせて、『白鳥』が拗ねたようにぶつぶつと言った。

「随分、薄情ではないか? あれほどついてくるなと言っても追い縋ってきたのはきみの方なのに、きみはそれほどまでに簡単に私を忘れてしまえるのだな。
……これでは、まるでいつもと反対もいいところではないか……
「『白鳥』。――なにか口にされますか」
「珈琲でも。……ああそうだ、私の食事は要らない。私は食に拘りがあってな。こればかりは、自分で調達するほかないのだ」

『白鳥』の言葉に頷いて、私は炊事場へと向かう。



座敷の襖を後ろ手に閉めるとき、彼の頬を撫でる『白鳥』が「イオリ」と呟くのが聞こえた気がしたが、その音が意味するところを私は理解し得なかった。