mishiadd
2024-11-17 18:56:00
50668文字
Public
 

Gothic.

生き血を啜りながら永遠の時を生きるセイバーといつか彼に仲間にしてもらうために後をついていく伊織くん(少年期~青年期)の時系列ぐちゃぐちゃ連作ゴシックホラーパロ。いつもの感じのろくでもない剣伊。【型月世界の『吸血鬼』概念ではなくもっと一般的な(村が死によって包囲されてたりギムナジウムに小鳥を迎えに行ったりニューオーリンズでフランス貴族に自分は与えられなかった選択肢を与えられたりする)所謂やつです】成仏できなかったハロウィンの亡霊とは私のことダヨォ!


《最終話》




一、


ちいさな手を握っていた。

十四かそこらの齢で成長を止めてしまった自分が、「ちいさな手」などと形容するのはなんだか烏滸がましいような気もしたけれど。

実際、その手はちいさくて、柔らかくて、そして――



遥か遠い日々に、人としての生と共に置き去りにしてきてしまった、「温かさ」を。



胸を締め付けるような愛しさとして、再びセイバーに与えてくれたのだ。







胸のあたりにようやくつむじが来るような大きさの伊織を膝の上に乗せて、ロッキングチェアに揺られるのがセイバーは好きだった。
とうの昔に体温を失ったセイバーの体を、子供の体温をした伊織が厭うことはなかった。むしろ、夏の間などはセイバーにくっついているとひんやりと涼しいことに気付いたようで、庭の木陰にハンモックを掛けて、その上にふたりで沈み込んで昼寝をするのが好きだった。
今頃のような秋から冬に移り変わろうという頃には、こうして暖炉の傍のソファやロッキングチェアに座り、ちりちりと燃える火で暖をとりながら、伊織の柔らかい体を両腕に抱き留める。

ぽちゃぽちゃと柔らかい幼子の腕がやがてしなやかに伸び、柔らかさよりも若木のような硬さと細さを感じる頃になっても、セイバーは伊織を膝に乗せていた。

元来察しがよく聡い子供であった伊織は、その頃になると自分の保護者であるセイバーが一体どういった生き物であるのか大方理解していたようだった。

自分と違って朧げな幼い記憶の頃からわずかも変化のないが、もはや背丈もせいぜい頭一つ分くらいしか違わない自分を幼子のように膝に乗せようとするのに居心地の悪さを感じながらも、大人しくされるがままになっている。
アンティークのロッキングチェアの上で、少年が少年の膝の上に座り、その肩にしなだれかかりながら、ぱちぱちと弾ける音を立てる暖炉の火に当たっていた。

ぼんやりと暖炉の燃える様子を眺めているセイバーの可憐な横顔に、伊織はぽつりと尋ねた。

「セイバー。……おまえに血を吸われた人は、痛い思いをするのか?」

ん、とセイバーが伊織を見る。
無邪気な問いに伊織の頭をまぜるように撫で、それから「痛くないよ」と答えた。

「最初は――ちくりとするけれど。すぐに、酒に酔ったようにくらくらして、痛みごとわけがわからなくなる。――だから、痛くはない。苦しくもない」
「おまえに血を吸われたら、みんなおまえと同じになる?」
「ならない。私が血を吸って、その傷口から私の血を与えない限りは、ただそのまま死ぬだけだ」
「おまえが血を与えたら、痛い?」
「痛くない。そのまま、眠るように気が遠くなって――次に起きたら、もうそうなっている
「じゃあ、何がそんなにつらい?」

暖炉の熱に少しだけ眠気を覚えた伊織が、セイバーの肩に顎を埋めながら、舌足らずに尋ねる。

「おまえは、俺がつらくなるからおまえの仲間にしてくれないのだといつも言う。でも、痛くないのなら、なにもつらいことなどないだろう。なにがそんなにつらいのだ?」
――イオリ」

伊織の栗毛の前髪を指先でよけて、白い額に軽く唇を落とす。それから、静かな声で言った。

「『見送り続けること』だよ。――失い続けること。喪失し続けること。きみが永く生きれば生きるほど、皆がきみを置いていくようになるのだ」
「見送る……?」
「そうだ。――かつて唯一愛した彼女のことも、私は見送った。その彼女ひとがかつて教えてくれたものも、この舌はもはや味わえない」

伊織の、まどろむような月夜の瞳を覗き込んで、セイバーは慈しむように目を細める。思い遣りと優しさと、切なさの滲む声で、言った。

「そんな思いを、きみにはしてほしくないんだ、イオリ。そんなのは、私一人で充分。……さあ、もう寝ておいで。それとも、きみが寝付くまで傍にいようか」
「いい。ひとりで眠れる――

言いながら、伊織がセイバーの膝の上から体を起こす。あくびをし、目許を擦りながら寝室へと向かう伊織の後姿を、セイバーがただ眺めている。



――その後姿を、見送っている。






二、

剣の道に進みたいのだ、と伊織がセイバーに告げると、セイバーは「だろうな」とあっさり頷いた。

「きみを弟子に取ってもいいと言ってくれている人がいる。もっと言うと、きみを養子にしてくれるらしい」
「養子?」
「うむ。――私では、きみが人の世を生きていく上で充分な立場を与えてやることはできないからな。きみに相応しい身元と、苗字を――与えてくれるなら、それもよいと思うのだ。きみはどう思う?」
――それは――

ぎゅ、と服の裾を握りしめて、伊織がセイバーの目を見ずにぽつりと言った。

「おまえはもう、俺とは一緒にいないようになるのか?」
……そうではないよ、イオリ。きみのことは、いつでも見守っているし――

身を屈めて、伊織と目線を合わせる。

「夜になったら、逢いに行こう。――寂しいときは、眠る前にきみの部屋の窓を少しだけ開けて待っておいで。それが合図になるから。そうしたら、私はきっときみに逢いに行く。きみの部屋の窓辺で、きみと一晩中話をするよ。きみが何を学び、何を見て、何を想ったのか――

――きっと、窓の隙間から、きみの寝顔を見にいくから、と。
口には出さずに、セイバーは微笑む。

「本当だな? 絶対に来てくれるな?」
「ああ、約束だ。……イオリ。しっかり、人の世界で生きていくのだぞ。私はいつだって君を見守っている」

伊織が深く頷く。
その神妙で生真面目な面持ちのまま、伊織は宮本家へと貰われていき――そして、わずか数年も経たぬうちに、伊織は再びセイバーのもとへと戻ってきた。



不仲でも、不祥事でもなんでもない。――伊織の養父であり師匠であった男が亡くなったのだ。胸の病であった。



その出来事は、幼い伊織の人生観に二度目の濃い影を落とした。死とは免れ得ぬ断絶である克服すべき障害である
伊織が、己の保護者であったセイバーに対して執拗に庇護以外の――庇護とは真逆の要求を繰り返すようになったのは、それ以来のことであった。

弟子入りした先で奥義を習得することのできなかった伊織は、己が保護者の操る蛇行剣の技を目で盗みながら自己流の研鑽を続けた。剣の道を極めること、その努力を怠った日はなかった。
そしてその努力の延長線上に、伊織のセイバーへの懇願はあった。剣の道を極めるためには、死を乗り越える必要があった。彼には永遠の時が必要だった

初めは、木彫りのおもちゃをねだるように。やがて、毅然としてはっきりと、自我の芽生えた思春期の少年が自己主張をするように。――そしてついには、成熟した艶めかしい妖婦が、憐れな男を誑し込んで言うことを聞かせようとするように。

ありとあらゆる手を使って、伊織はセイバーにねだり、懇願し、誘惑し、なんとかして己の要求を通そうとした。――しかし、それが叶うことは、この日に至るまでついぞなかった。






――伊織が己の真の願いを見い出した、この日まで。










セイバーが目を覚ましたとき、隣に寝ていた筈の伊織の姿は既になく、敷布団はすっかり冷たくなっていた。
体を起こし、周囲を見渡す。――開け放たれた玄関から日の光が射し込み、ひどく爽やかで不釣り合いな――気持ちのいい乾いた風が、部屋の中に吹き込んできていた。

……イオリ?」

呟くように名前を呼ぶ。返事はない。

「イオリ? ――イオリ!?」

チュンチュンと、小鳥の愛らしい鳴き声が、窓の外から聞こえた。






――宮本伊織が、セイバーの前から姿を消した。






あの湖畔から戻って、間もなくのことだった。