mishiadd
2024-11-17 18:56:00
50668文字
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Gothic.

生き血を啜りながら永遠の時を生きるセイバーといつか彼に仲間にしてもらうために後をついていく伊織くん(少年期~青年期)の時系列ぐちゃぐちゃ連作ゴシックホラーパロ。いつもの感じのろくでもない剣伊。【型月世界の『吸血鬼』概念ではなくもっと一般的な(村が死によって包囲されてたりギムナジウムに小鳥を迎えに行ったりニューオーリンズでフランス貴族に自分は与えられなかった選択肢を与えられたりする)所謂やつです】成仏できなかったハロウィンの亡霊とは私のことダヨォ!


三、

表通りのど真ん中に、ざわざわと人だかりができている。

ただあてもなく、着の身着のままで部屋を飛び出してきたセイバーがその野次馬の群れを見つけて、小走りだった歩をゆるめる。ざわざわと思い思いの憶測を口にし合っている人混みを掻きわけていき、やがてぴたりとセイバー自身も足をとめた。――とうの昔に失った筈の血の気が退くような気がした。



均された黄白色の未舗装の道の上に大輪の牡丹のように広がる、鮮やかな真紅。――どう見ても、その場でぶちまけられた大量の鮮血の痕だった。



「鶏か何かの血なんじゃあねえのかい、悪趣味ないたずらだ」

両腕を組んだ男が気分を害されたように言い、その場を立ち去る。それと入れ替わるようにして二列目にいた野次馬の女が前に押し出されてきて、「うへえ」とその現場を食い入るように見た。

「しかしこりゃ、なにかの犯罪予告だったりしたら困るよ」
予告どころか、これ自体が仏さんの血だったらどうする。……ここで殺られちまった誰かの血だったりしたらどうするよ」
「にしちゃ、死体がないじゃないか」
「そりゃあ、犯人がどこかに持っていったんだろう」

無責任な憶測が飛び交う中、セイバーが夕陽の色をした瞳を見開いている。「なぜ」と口の中で小さく呟く。



その血の持ち主が一体誰なのかわかっていた。そんなものは、この匂いですぐにわかる。――これは、伊織の血だ。



誰かにやられたのではない。伊織が自分でやったのだ。桶を置いて、その上に左腕を掲げて、その白い肌にすっと長い斬り傷をつけて――

ぽたり、ぽたりと、赤い真珠のように連なった血液の珠が。

斬り傷を伝い、白い腕の内側を伝い、肘を滑り落ちて――ぽたり。



ぽたぽたと、桶の中に、伊織の赤い血液が溜まっていく。――とくとくと――



そうして溜めた血をここにぶちまけた。――なんのために?



馥郁とその場に立ち昇り充満する伊織の血の芳醇な匂いに、くらくらと眩暈がするのを覚えながら、セイバーは鼻と口許を覆う。生理的な、あるいはそれ以上の衝動で喉が鳴りそうになるのを必死に押さえ込みながら、無理やりに理性を奮い立たせて周囲を見渡す。――やがて、牡丹の左上に書かれていた血文字を見つける。



「2130」。――21時30分。



その筆跡が一体誰のものであるか、把握するのにもはやセイバーにはその血の香りすら不要だった。――伊織に読み書きを教えたのは、他ならぬ彼自身だった。

黒い人だかりの向こう、表通りに面したそこに目を遣る。






21時30分――浅草寺にて






ただそれだけを胸に、セイバーは踵を返す。――がやがやとざわめく人々の群れに背を向けて、歩き出す。









四、

人気ひとけのない境内に足を踏み入れる。自分のような存在は弾かれるかとも思ったが、あるいはこの寺は彼のような生き物にも寛大なのかもしれなかったし――あるいは、彼と暮らしていく上でこういった彼の不便ちょっとした工夫で解消するすべを学んでいた伊織が、あらかじめ門に何か仕掛けておいてくれたのかもしれなかった。

石畳を踏みしめて、境内の中央へと歩き出す。ふと足をとめて、目を細めて本堂を見た。ちらり、と何か光ったように見えた。やがてぬらりと細い影が中から姿を顕す。――底光りのするような眼光を湛えた伊織が、ゆっくりと階段を降りてくる。

――来てくれたんだな。セイバー」

ゆったりとした声で言い、セイバーの対面に立つ。――腰には、二本の刀がしっかりと携えられていた。
子供を叱りつけるような口調で、セイバーは言った。

「あんなに血を抜いて。体の具合は大丈夫なのか」
「平気だよ。――なんなら、今までで一番気分がいい。ああ、今夜は月が本当に綺麗だし――

伊織が、白い喉を反らして夜空を見上げる。純白の満月の放つ蒼白いような月光が、伊織の透き通るような白い肌を薄闇の中にぼんやりと光るように浮かび上がらせていた。
その硝子玉のような双眸が、再び真っ直ぐに前を見る。セイバーを視界に捉える。

――今宵は、最高の気分だよ、セイバー。俺が今まで生きてきた中で、一番」
……そうか」

セイバーのいらえに、ちくりとした痛みと切なさが滲む。
それを感じ取らなかったふりをして、伊織がふっと口許に淡い笑みを浮かべた。言った。

――あの夜、俺は月のような剣を見たんだ、セイバー。あらゆるものを悉く薙ぎ払い、浄化し、すべての無情と残酷を無に帰す、闇夜を斬り裂くような三日月の如き剣を。
俺は、どうしてもあの剣を学びたいと思い――――

月夜の瞳が底光りする。爛々と輝く望月が、セイバーを見る。

超えたいと願った。俺は、ずっとずっと、あの剣を超えてみたかったんだよ。それだけを夢見て、俺は師匠に学び、おまえに学び、森に学び川に学び野に学び、人々に学び、あまねくすべてのものに学んできた。――いつかあの、この世のものとも思えなかった美しい剣を超えるため。いつか、あれを超えた先の景色を見てみたかったのだ。
あの三日月を斬り裂いた先に、一体何が見えるのだろうと――

「きっと俺は――」。伊織の、透き通るように優しげな、凛とした声が夜空に響く。

「あの夜の剣にまたまみえるためだけに、今日という日まで生きてきたのだ。あの剣にまた巡り合うためにこそ、俺には永遠が必要だった。あの剣に再び出逢うまでは、俺は決して死ぬわけにはいかなかったのだ。
――けれど、セイバー。今日という日、今宵という夜、この永遠に明けないでほしいとも思える夜――

伊織が二刀に手を伸ばす。静かに抜刀し――構えた。

「おまえはここに来てくれた。――だからもう、俺は永遠なんていらない――今宵、この夜、この瞬間だけがすべて! ずっとずっと――これが、これこそが、俺が欲しかったもののすべて!」

「剣を抜け、セイバー!」と伊織が昂揚して叫ぶ。かつての幼子のような無邪気で純粋で真剣な声に、セイバーがぐっと右手を握りしめる。

「なにもかもが、ずっとずっとおまえだった。あの夜の剣も、俺の手を取ってくれた手も、暖炉の傍で抱いていてくれた腕も、俺を叱りつけて助けてくれた剣すらも。――だから、俺に永遠はいらない。ずっとずっと、おまえのおかげで幸せだった。最初から最期まで、この生は幸せだった。
俺のこの『生』の目的すらも、おまえであったことが俺は嬉しい。――今まで、ありがとう。セイバー」

そう告げると共に、伊織が唸り声をあげて爪先を蹴る。右手に翡翠色の剣を顕したセイバーが、真っ直ぐに構えて伊織の切っ先を受ける。連続で斬り結び、鍔迫り合いになり、間合いを取りながらも何度か刃を交わし――



やがて、伊織の胸を、翡翠色の剣が真っ直ぐに貫いた。



かふ、と伊織の吐いた鮮血がセイバーの顔にかかる。伊織の胸から剣を抜くことなく、前に倒れ込もうとする伊織の体をセイバーが抱き留める。じわじわと伊織の着物に血が滲み、やがてセイバーの白妙が赤く染まっていく。それには一切構うことなく、セイバーが――まるで兄が幼い弟を抱えあげるように、ぎゅっと強く体を抱き留めて支えていた。

伊織の白い頬から血の気が退いていく。うっすらと柔らかい笑みの浮かんだ唇の端に、セイバーが軽く口づけを落とす。セイバーの唇がわずかに血で汚れる。俯いて、伊織の肩に鼻先を埋めながら、そっと夕陽色の瞳を閉じる。その眦から、つうと一筋の涙が流れ落ちた。ひと筋がふた筋となり、やがてはとめどなく溢れ出る。

やがてセイバーが目を開いた。目頭からも流れ落ちる涙もそのままに、濡れた声で静かに言った。

――なあ、イオリ」

返事はない。夜空に浮かぶ純白の望月を見上げながら、セイバーは続けた。

「きみの手を取った日のことを覚えているよ。きみが私の真似をして初めて剣を振った日のことを覚えているよ。きみが寝る前に窓を開けて私を待っていてくれた夜のことを覚えているよ。きみが私のために珈琲を淹れるサイフォンを買ってきてくれた日のことを覚えているよ。きみが――

とくん、とくん、と弱まっていく伊織の鼓動に、またひとつ、セイバーの瞳から涙が零れ落ちる。ひとつぱちりと瞬きをして、言った。

「私に、『ずっと手を離さないで』と言った日のことを覚えているよ。――イオリ。イオリ」

伊織の、すっかり冷たくなった手を握る。そして、言った。

「私は、言えなかった。言ってはいけなかった。きみは永遠を欲しがっていたから。私がきみに言ってしまったら、きみを止めるものはなにもなくなってしまうから。
――きみを愛していたよ、ずっとずっと。きみを疎んじたことなど一瞬たりともなかったよ。私の色褪せた地獄のような永遠の中で、きみだけが私の幸せのかたちだった。
……イオリ。どうしよう、イオリ。きみのいない明日を、きみのいない世界を、もう私は――

ぴくり、と手の中にわずかな動きを感じて、セイバーが握り込んだ伊織の手を見る。それから、すぐ傍にある伊織の顔を見る。
蒼褪めた白い顔の、夢見るようなうっとりとした双眸が、うっすらと開かれていた。

「イオ――
「永遠が、欲しいのか?」

掠れた声で、伊織が問うた。セイバーが息を呑む。あえかな声で、伊織が繰り返した。

俺の永遠が欲しいのか、セイバー?」
……イオリ」

冷え切った伊織の頬に自分の頬を寄せて、セイバーが言った。涙に濡れた睦言のように囁いた。

――欲しい。きみの永遠が欲しい。きみがいらない永遠でも、私がいるんだ。お願いだイオリ、私の最初で最後の我儘を聞いてくれ。……きみの永遠を、私にくれ」

返事の代わりに、伊織がセイバーに口づける。口の中に残った自らの鮮血を、舌先でそっとセイバーの唇に押し付けた。
唇を離し、セイバーがその血を舌先で舐めとる。ぽろり、とまた一筋の涙が零れ落ちる。――その涙の色は、先程からずっと、鮮血と同じ色をしていた

そういう生き物である証の血の涙を、とめどなく双眸から流し続けながら――セイバーが伊織の唇に口づけを返し、そして、









その白い首筋に、深々と白い牙を突き立てた。