mishiadd
2024-11-17 18:56:00
50668文字
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Gothic.

生き血を啜りながら永遠の時を生きるセイバーといつか彼に仲間にしてもらうために後をついていく伊織くん(少年期~青年期)の時系列ぐちゃぐちゃ連作ゴシックホラーパロ。いつもの感じのろくでもない剣伊。【型月世界の『吸血鬼』概念ではなくもっと一般的な(村が死によって包囲されてたりギムナジウムに小鳥を迎えに行ったりニューオーリンズでフランス貴族に自分は与えられなかった選択肢を与えられたりする)所謂やつです】成仏できなかったハロウィンの亡霊とは私のことダヨォ!


六、

言いつけられた通り、伊織は毎晩の入浴で、殊更熱心に体を清めた。
もともと綺麗好きな性質で、好き好んで湯浴みを怠ったことはなかったが――それが条件だと課されたからには、ますます手を抜くわけにはいかない。

大浴場で、歳の近い大勢の同性と共に入浴することにもあまり慣れてはいなかったが、かといって特に気に留めることもなかった。――そういえば、今よりももう少し幼い頃には、セイバーに風呂に入れてもらっていた気がする。
檜の風呂桶の底に座らされて、頭をわしゃわしゃと洗われて、背中をこすられて――頭から大量のお湯を浴びせられて、ふるふると仔犬のように頭を振って水気を飛ばした。
普段は三つ編みにまとめている長い髪を解いたセイバーが、伊織の水飛沫がかかるたびに笑い声をあげていた気がする。

洗い場で体を洗っていると、たまたま隣になった――代数学の授業で知り合った、同室ではない――面長の少年が、伊織に声をかけてきた。

「宮本は色が白いね」

「ん」と伊織が目を向けると、「ごめん、変な意味じゃないんだ」と少年が慌てて言った。

「とても、肌が綺麗だと思って」
「そうか? 皆同じようなものだろう」
「ううん。――勿論、宮本自身が生まれつき綺麗なんだろうけど。……それとは別に、なんだかとてもきちんとしてもらってる感じがする。きっと、きちんと食べて、きちんと眠って、きちんと綺麗にしてもらって――なんというか、すごく――

きょとんとした目で、伊織が少年を見る。少し照れたように頬を赤らめて、少年が言った。

「すごく、大切にされて育ったんだろうな――って、思っちゃった」

伊織の反応がない。差し出がましいことを言っただろうか、と不安になった少年がちらりと伊織を見遣ると、彼はなにかをひどく考え込んでいるような顔をしていた。
やがて、ぽつりと言った。

――食べないのに、鶏を大切に育てる理由とは一体なんなのだろうな?」
「え?」
「それほどまでに熱心に世話をするならば、きちんと食べればいいのに。そうは思わないか?」
「えっと……宮本?」
「やっぱりあいつは変だと思う」

ごし、と白い腕を布でこすりながら、伊織が呟いた。不可思議に思いながらも、少年が自分の体を湯で流す。「湯船に浸かりに行こう」と伊織を誘った。






七、

――宿舎の廊下にかかった壁時計の針が、あと15分程で深夜0時を指そうとしていた。

就寝時刻もとうに過ぎていたが、伊織の同室の子供たちは皆起きていた。伊織の身支度を手伝ってくれ、忘れ物がないか――とはいっても、あの招待状と、しきたりに従って赤い薔薇を一本、のたったふたつだったが――伊織の代わりに何度も確認してくれた。

「では、行ってくる」

そう告げた伊織に、本人よりも余程浮ついた様子で「しっかり頑張ってね」「きっと願いを叶えてもらってね」と口々に心からの応援の言葉を贈る。
まるで出航する豪華客船を見送るように手を振る彼らを残して、伊織が部屋を出た。

招待状に書かれた場所は、宿舎の裏の森の中にひっそりと建っている礼拝堂チャペルの中だった。

かつかつと革靴の底を鳴らしながら、少し急ごうと足を速める。

生い茂る森の中、草が踏み均されているだけの細い小道を角灯ランタンのあかりで照らしながら辿ると、やがてそれらしき建物の影が見えた。
薄暗い月明かりの中にそびえたつ黒い影を見上げ、かすかに小さなステンドグラスの小窓があることを確認して、伊織が中に入る。

ギィィ、と扉の軋む音と共に後ろ手に扉を閉めると、やけに重々しく閂のかかる音がした。

向かって正面の大きなステンドグラスを通して、月明かりが射し込んでいる。そこに、十人程度の人影が並んで立っているのが見える。
一歩一歩、伊織が彼らへと歩みよる。「あの」と声をかけた矢先のことだった。――背後から、何者かに体を羽交い絞めにされる。

持っていた角灯を取り落し、がしゃんと大きな音を立てて硬質な床の上で割れる。燃え上がった一瞬の炎の灯りで、目の前の少年たちが手にしているものが見えた。――この学校の食堂での洋風の食事に使うような、ナイフとフォークだった。
すぐに火が落ちて礼拝堂内が暗闇に包まれる。伊織が身を捩って抵抗する衣擦れの音と、かちゃかちゃと鳴るカトラリーの音がこだまする。どさりという音が響いたあと、ライターの火のつく音がした。――ぼんやりと、ゆらゆらと揺れる頼りない炎に照らされて、うつ伏せに押さえつけられた伊織の顔が暗闇にぼんやりと浮かび上がる。

伊織の目からは相手の顔は見えない。ただ、上級生らしい制服の、伊織の顔のまわりでライターの炎をちらつかせている腕が視界に映るだけだった。

――ッ! これは――

背後から膝で肺のあたりを押さえつけられた伊織が、半ば喘ぐように苦しげに声を発する。「しぃぃ、」と伊織の鼻先にライターの火を近づけながら、上級生の――声変わりを終えたばかりの、掠れたような低い声が囁くように言った。

「『おまじないの会』へようこそ、宮本。――今夜の我々の大切なサクリファイスいけにえ

ライターの炎を頬のあたりに寄せられたまま、顎を掴まれる。無理な姿勢に呼吸が止まりそうになるが、小さく喘ぐようにしてなんとか繋いだ。無遠慮に顎を持ち上げられ、まるで美術品かなにかを検分するかのように、あちこちに炎をかざされて覗き込まれる。やがて、「一級品だ」とそれこそ宝石を鑑定するように言われた。

ライターを持った手が立ち上がり、ステンドグラスの方へと歩いていく。ずらりと居並ぶ黒い影のひとりにライターを渡すと、そこからぽつぽつと波が広がるように蝋燭の炎がいくつも灯っていく。人影のひとりひとりが持つ蝋燭に順番に火を灯していっているようだった。やがて、あたりが蝋燭の灯りに満ちる。

――彼らの取り囲んでいる中心に、飾りのついた台がある。――祭壇であると、わかる。

伊織を『鑑定』した男の声が響く。

「今日の生贄は格別だ、諸君! 美しく愛らしい子羊が兄への叶わぬ恋に胸を焦がしている! ――我々の手で、彼の恋を永遠にしてあげようではないか」

返事の代わりに、カンカンカンカンカンカン――とカトラリーの鳴る音が響き渡る。カンカンカンカン――の音に混じって、やがて、カチャン、カチャン、カチャン、カチャン、と重い音が鳴り始める。



――ステーキにくきりナイフの、音。



「言いつけ通り、子羊はよくその身を清め、我々に供されるための準備を怠らずに来てくれた。――このままその柔らかな肉にナイフを入れるのもいいが、まずは存分に味わおうではないか

掛け声と共に冷たい床に押さえつけられた伊織の体に何本も腕が伸びてくる。碌に抵抗する間もなく細い体を持ち上げられ、引き摺られるようにして祭壇の前へと連れてこられる。そのまま体をひっくり返されて、祭壇の台の上に仰向けの体勢で磔にされる。

暗がりの中、揺らめく蝋燭の炎の灯りの中で、無数の腕が伊織に伸びてくる。その視界に重なって、伊織のかつて見た光景――伊織の目前に、蘇る。



伊織を、伊織の家族を、伊織の友達を、伊織の村を、蹂躙した無数のけだものどもが、どす黒い血を流す山となってうずたかく重なり合い積み上がっている。
その黒い丘の上に昇る、鋭い切っ先のような三日月と。――その三日月を背に黒き丘の上に立ち尽くし、翡翠色の剣を手にして夜空を仰いでいる――






あれは一体誰だったか






「セイバー?」と呆けた声で名を呼んだ伊織はきっと、そういう意図ではなかったのだが

――祭壇の上の伊織の体に無数に群がっていた腕がひと薙ぎで一掃されたと同時に、「なんだ、イオリ」と冷たい声がした。

どよめく黒い影のうちのひとりが取り落した蝋燭をセイバーが拾い上げて放る。祭壇にかかっていた布に火が燃え移り、礼拝堂の中に囂々と炎が燃え上がる。悲鳴の上がる中、セイバーが伊織の手を引いて祭壇の上から降ろす。「――セイバー」と声を掛けた伊織を無視して、セイバーが底冷えのするような声で言い放った。

「私は私の許可なく私の獲物に触れられることに寛大ではない。――他の子羊を当たるべきだったな」

燃え盛る炎の中、セイバーが白い蛇行剣を振う。逃げまどう人影を次々に撫で斬りにし、炎の薪にくべていく。やがて揺らぐ炎の他に動くものがすっかりなくなると、伊織の腕をとって割れたステンドグラスの窓から礼拝堂の外へと飛び出した。振り向けば、ガラス窓というガラス窓がすべて割れ、そこから炎と煙が囂々と噴き出ていた。

礼拝堂を背に、宿舎からも背を向けて、セイバーが伊織の腕を引きながらずんずん森の奥へ奥へと進んでいく。「セイバー、セイバー」と何度も声を掛けるが一度も返答はない。
やがて森の最奥、寄宿学校の敷地の外へと程近いところまできてようやく、セイバーが歩みを止めた。その間ずっと引っ張られていた腕に痛みを感じて伊織が手を振りほどく。セイバーに握られていた手首を見ると、やや赤くなっていた。そこをさすりながら、「……セイバー」ともう一度声を掛けた。

――きみは」

伊織の耳にようやく聞こえたセイバーの声は、怒りに震えていた。

「自分が――どういう目に遭いそうだったのか、わかっているのか? ……これは、これが! 私への当てつけなのか!? イオリ!」
……セイバー」
私がきみの言う通りにしないからって、それですることがこれなのか!? イオリ! 私が、私が一体どれほどきみのことを――
――だって」

だって、の後に続けるべき言葉が見つからず、伊織が俯く。



セイバーに頼らずに、願いを叶えられると思った。
セイバーにこれ以上面倒をかけることなく、生きていけるようになると思った。

だって――セイバーが。



「おまえが、何を考えているかわからない」

ぽつり、と伊織は言った。

「おまえにとって、俺は迷惑なのだと思った。――おまえは、俺にどこかに行ってしまえといつも言うから。……でも、おまえは俺を置いていかない。いつも――

伊織がセイバーを見た。――出逢った頃とまったく変わらぬ、今はもはや同じ年頃の、

「おまえは、俺を突き放して遠くにやろうとするくせに、こうしていつも助けにくる。俺のことを熱心に世話するくせに、食べない――なのに、俺のことをおまえの獲物だと言う」
「あ……
「俺には目的がある。俺はいつの日か、あの夜、あの湊で見たあの月のような剣に至らなければならない。そのためには、人の身では足りない。師匠は――人の身であったばかりに、俺に奥義を授けてくれる前にこの世を去った。死は免れ得ぬ断絶だ。だから俺は、月へと至る道筋の障害である死を克服するためにおまえに仲間にしてもらわなければならない
――でも」

きゅ、と伊織の大人びた目が細められる。――不安げな、路頭に迷った子供のような表情だった。

「それとは別に、きっと俺は――おまえに疎まれているとわかっていながらおまえの傍に居続けることが、怖かったんだと思う」
「イ、オリ」
「おまえは優しいから。――きっと、あの日の子供を放っておけない。だから、どんなに俺のことが面倒でも、疎んじていても、嫌いでも、きっと助けてしまう。それがすごく――情けなくて、哀しかったんだと思う。
だから、おまえに頼らずに俺は俺の願いを叶えて、別々に――生きられるなら、それはとてもいいことだと思ったのだが。――でも」

「でも」と伊織は繰り返した。

「さっき、おまえが来てくれて――ほっとしてしまった。面倒だと思いながら俺を助けにきてくれたおまえの顔を見て、俺は心底安堵してしまったのだ。
――だから、勝負はおまえの負けだよ、セイバー。結局俺は――こんなにもおまえから離れてみようと頑張ったのに、おまえのことを忘れることができなかった」

伊織が、セイバーの手を取る。

「セイバー。俺のために教えてほしい。――おまえは、俺のことをどう思っている?」

伊織の、月夜を閉じ込めた硝子玉のような瞳が、セイバーを見つめている。
セイバーが口を開く。かすかに下唇が震えて、それから口を噤んだ。真っ直ぐに、横一文字に引き結ぶ。



――言えない。

決して、言えなかった。――伊織のために。



――きみの言う通り、勝負は私の負けだ、イオリ。私は、きみに話しかけてしまったからな」
「ん……
「だから、もうきみに『遠くへ行け』とは言わない。……それは、約束だ」



――だから、せめて。



伊織の手をしっかりと握り返して、ふたりで森の中を歩き出す。「帰ろう」、と、ふたりでゆっくりと歩き出し――やがて、森の中へと消えていった。







数日後、新聞の見出しは上流社会で評判となっていた寄宿学校のスキャンダルに占拠される事態となった。

――敷地内の礼拝堂チャペルが全焼。中からは十数人の焼け焦げた斬殺死体と――崩れた床下から食べられた形跡のある数人の少年の古い遺体が発見された、とのこと。







《ある寄宿学校にて》・了