mishiadd
2024-11-17 18:56:00
50668文字
Public
 

Gothic.

生き血を啜りながら永遠の時を生きるセイバーといつか彼に仲間にしてもらうために後をついていく伊織くん(少年期~青年期)の時系列ぐちゃぐちゃ連作ゴシックホラーパロ。いつもの感じのろくでもない剣伊。【型月世界の『吸血鬼』概念ではなくもっと一般的な(村が死によって包囲されてたりギムナジウムに小鳥を迎えに行ったりニューオーリンズでフランス貴族に自分は与えられなかった選択肢を与えられたりする)所謂やつです】成仏できなかったハロウィンの亡霊とは私のことダヨォ!


二、

ほとんど発作的――と言ってもよかった。「であるならば、せめてなにか手掛かりでも思い出すまで、うちに滞在しませんか」――と、思わず声を掛けていた。
青年は不思議そうな顔をして、ほんの少しだけ小首を傾げ――私の目にはひどくコケティッシュに映ったが、恐らく本人には一切その気がないのだろう――「なぜそのように親切にするのですか」と思ったままの疑問を口にした。
理由などなかった。ただ単に、この青年とのつながりがここで潰えてしまうのは惜しい――と、私が利己的にそう思っただけだった。

「この家は夏の間の別荘で、この湖畔にも私には知り合いがいないのです。ご覧の通り、ひとりで気ままに過ごしているだけで――そうですね、強いて言うならば、ほんのひと夏の間、もしあなたがこの私の寂しさを紛らわせてくれるのなら。
そう――ひと夏の間だけ、庭に迷い込んできた野良猫に居場所を提供するようなものです」
「野良猫――

青年がその深遠な月夜の瞳をくるりと巡らせ、それから納得したように頷いて微笑んだ。

「では、俺の名は貴殿がつけるように。――ひと夏の間だけ、貴殿が招き入れた野良猫なれば。俺のことは、貴殿の好きなように呼ぶといい」

思わぬ申し出に面食らい、それからまじまじと青年を見る。
これが実際に猫であれば、その柄や色などに因んで名づけをするのだろうが――であるならばいっそこの着物の色に因んでとも思ったが、そういうわけにもいかない。まさかこのまま着た切り雀にさせるわけにもいかないのだ。――そこまで考えて、青年ひとりを相手に本気で愛玩動物ペットかなにかのように考えていた自分自身に驚く。いくら当人にそう言われたとはいえ――しかし、この私にそう思わせてしまうこの青年の雰囲気も不思議なものだった。実際、あまり人間であるという感じがしない。犬や猫か、狐狸妖怪の類か――もしくは、湖の精霊、といったところか。どこか、『生』の生々しさからはほど遠いところにいるような印象を受ける。

ふむ、――としばし考えて、再び青年の顔を見た。その、ひどく端正な――霧雨の中にもぼんやりと白く光るような肌の、どこか冷たいような美貌。その双眸。――透き通って深遠な、夜空にぽっかりと浮かぶを写し込んだような――

……では、『月』と。ムーンmoonルナLunaユエyue、なんでもいいのですが――あなたのことは、月に因んでお呼びしましょう」
「果たしてそれは『名』だろうか? 呼びかけるたびに呼称が変わるのでは」
「どのみちここにはあなたと私しかいないのです。私が呼びかけるのならば必ずあなたのことなのですから、あなたの名をひとつに決める必要はないでしょう。……野良猫だって、たくさんの名を持つというでしょう?」

虚をつかれたような顔をして目を丸くした彼が、やがて可笑しそうに目を細めて笑った。そうすると、大人びて彫刻のように冷たい印象だった顔が、途端に幼く和らいで見えた。



――こうして、私と彼との奇妙な共同生活が始まった。






三、

私よりもやや上背があり、そして私よりも細身である彼に、私の洋服はやや不格好だった。上着は丈が足らず細い腰が裾から露出するようで、ズボンに至っては細い足首が丸見えで、まるで成長期の少年が買い替えの間に合わない服を無理やり着せられているようだった。
そこで、とりあえずはありあわせの古い着物を着せ――それでもまだ足首が出てしまっていたが――馬車に乗って最寄りの町まで彼と共に彼の服を買いに出掛けた。小さなブティックで和服も洋服も何着か彼に似合うものを見繕い、私が金を払って再び馬車に乗ると、彼が恐縮したように「あとで払わせてほしい」と申し出てきた。

「とはいっても。――お言葉ですが、あなたには金銭の当てがないでしょう。払うと言われましても」

そう微笑んでみせると、彼が馬車に揺られながらしばし考えるそぶりをみせる。やがて言った。

「では、俺があの家の家事をしよう。掃除や洗濯、炊事――いまだに自分が何者なのかはさっぱりわからぬが、なぜかそういったことはうまくできるような気がするのだ。……それを、返礼とするのはどうだろう」
「お気持ちは嬉しいですが、客人に雑用をさせるわけにはまいりません。自分で好き好んで家に招き入れた野良猫を愛でこそすれ、ネズミ捕りを頼むのは私の主義ではないのです」
……そうか……

申し出を断られ、やや落ち着かない様子で小さく肩を竦める。どうしたものかと思案する様子で馬車の小窓から外を眺める端正な横顔に、私は言った。

「まだ言っていませんでしたが、私は小説家なのです。――ここには夏季休暇を兼ねて来ていますが、夜には執筆活動をしています。
……白状すると、あなたを招き入れたのは、謎めいたあなたが私の創作意欲を刺激してくれるのではないかと期待したからなのです。ですから、あなたはただここにいるだけで既に、私に充分対価を払っているのですよ」

ん、と彼が私を見る。そっと伏せられた長く重いような睫毛の下から、月夜を閉じ込めたような透き通った瞳が覗いている。
その眼差しにぎくりと背筋の冷たくなる思いと、それでいて魅入られたように目の離せなくなる引力を感じながら、私は極力なんでもないような声で言った。

「あなたはただ、あなたのあるがままに――ただ、私の家の座敷で、あるいはパティオで、迷い込んできた野良猫のようにくつろいでいてくださればそれでいいのです。私は、好き好んであなたの世話をするのですから」
「それは――落ち着かないような、ひどく申し訳ないような気もするが――
「私があなたにそう望むのです」
「貴殿が、俺にそう望むのなら」

神妙に頷いて、それから彼は買ったばかりの衣服一式の入った紙袋を拾い上げ、自分の膝の上に置いた。大切そうに抱え、「礼を言う。かたじけない」と小首を傾げて私を見た。



――ああ、これは。



思わず喉が鳴るのを自覚する。

随分品のいい趣味を始めてしまったかもしれないと――背筋に冷たいものが伝うのを感じながらも、口許を引き攣らせて嗤った。