mishiadd
2024-11-17 18:56:00
50668文字
Public
 

Gothic.

生き血を啜りながら永遠の時を生きるセイバーといつか彼に仲間にしてもらうために後をついていく伊織くん(少年期~青年期)の時系列ぐちゃぐちゃ連作ゴシックホラーパロ。いつもの感じのろくでもない剣伊。【型月世界の『吸血鬼』概念ではなくもっと一般的な(村が死によって包囲されてたりギムナジウムに小鳥を迎えに行ったりニューオーリンズでフランス貴族に自分は与えられなかった選択肢を与えられたりする)所謂やつです】成仏できなかったハロウィンの亡霊とは私のことダヨォ!


四、

思い返してみれば、追い縋っていたのは自分の方ばかりだったのではないかと、伊織は思う。

出逢った頃はいざ知らず――伊織が自分の願いを口に出すようになると、セイバーは彼から目を逸らすようになった。伊織に乞われるたびにするりと身を引いて――それでも、伊織の視界からぎりぎりセイバーの姿が消えてしまわない程度の距離を保って、なぜか伊織が彼に追いつくのをじっと待っている。つかず離れず――ずるずると、結局ここまで来てしまった。

結局、セイバーは伊織を見捨てられないのだということを、伊織は心のどこかでわかっていた。結局セイバーにとっては、あのときの子供が、自分に追い縋ろうとして小石に躓いて転んでいたら、これ幸いとその場から立ち去ることなどできない。手を取って、立ち上がらせて、膝の汚れを払ってやって――そしてまた、距離をとろうとする。その繰り返し。

それが憐れみなのか何なのか、伊織にはずっとわからなかったけれども。――でももし、もう伊織にはセイバーに付きまとう理由がないのだとしたら



それはお互いにとって、もっとも好都合で幸せなことなのではないかと、伊織は思う。







英国風のブレザージャケットに袖を通し、臙脂色のリボンタイを結ぶ。そのまま部屋を出ていこうとした伊織を呼び止めて、小太りの少年が手招きした。

「宮本、襟が曲がっているよ。あと、靴紐の結び方も少しおかしい」

伊織の襟を直し、そのまま跪いて伊織の靴ひもを結び直してくれる。ぽん、と足の甲を軽く叩かれて、「これでよし。もう行って大丈夫」と快く言われた。

――ん。……すまん。かたじけない」
「そんなにかしこまらなくても。……でも、そうだね。お兄さんには、あんまりこういうことは習わなかった?」
「そうだな。――衣食住で精一杯だったかもな。……特に、食事が――

セイバーと伊織とでは、口にするべきものが違うので。伊織が自分で工面したり、セイバーが――恐らくはあまり伊織には言いたくない方法で入手してきた――食料を伊織に与えたあと、自分の分はまた別途狩りに出る。伊織はといえば、そうして食卓に上った一人分の食事を摂りながら、口許を赤く汚したセイバーが帰ってくるのをひとりで待つのだ。

――その面倒に、そういえばセイバーに文句を言われたことは一度たりともなかったな、と思う。

ふむ、と感慨に耽り、それから思い至った。――その面倒も、もはやこれまで。食事どころか、今後一切の面倒をセイバーにかけることがなくなるのだ。
『永遠の命』さえ手に入れてしまえば、これ以上セイバーと一緒にいる必要もなくなる。彼だって、いくら遠くへ行くよう言いつけてもしつこく付きまとってくるうるさい子供と縁を切れるし――自分は、今度こそあの月へと至る道を歩める――かつて、師匠の『死』という免れ得ぬものによって阻まれたその道。それさえ克服してしまえば――

「宮本?」

声をかけられてはっと我にかえる。見れば、小太りの少年とそばかすの少年が心配そうに自分を覗き込んでいた。

「大丈夫? そろそろ行かないと」
「すまん。……行こう。大食堂で朝食だったか?」
「そうだよ。食べ終わったら一限目の授業。教科書、忘れないでね。――それが終わったら、上級生のところに行こう。あの会についての話をしに」

大食堂につくと、既にたくさんの生徒でごった返していた。目敏く四人分の席を見つけた赤毛の少年が「席とっておくから先に並んでて!」と気前よく言ってくれたので、長蛇の列の最後尾につく。小太りの少年とそばかすの少年がおしゃべりを始めたのを横目に伊織が食堂内を見渡すと、奥の席にぽつんとひとり、座っているのを見つけた。――セイバーだった。
同室のふたりに断って列を抜け、彼のところへと向かう。

伊織同様、同室の者に連れてこられたらしいセイバーは、とはいえ何を口にするわけにもいかず、珈琲一杯だけを手許においていた。伊織が彼に気付いたとき、セイバーも伊織に気付いたらしい。伊織が真っ直ぐ自分の方へと向かってくる間、じっと目を離すことなく彼を見つめていた。

「お互い、うまくやっているようだな?」

伊織が話しかける。ちらりと伊織を見たあと、セイバーが目を逸らす。子供が拗ねているようなその仕草に伊織が苦笑し、肩を竦めた。

「そんなに警戒するな。……この勝負、戦わずしておまえの勝ちかもしれないぞ」

訝しげにセイバーが視線を伊織に戻す。フフ、と意味深長に伊織がほくそ笑んだ。

「おまえの言う通り、俺はこの場所で『新しいもの』に出逢えたのかもしれない。――新しい可能性の話だ。ようやく、おまえも俺という厄介者から解放されるときが来たのだ。よかったな?
おまえには、長らく世話になったが――

感慨深げに言い、ふと思い立ったように、伊織が背筋を伸ばして立った。
ブレザージャケットの服装には似合わない、腰から真っ直ぐに上半身を倒した、まるで武士のように洗練された礼をとった。

「うん。今まで世話になった。かたじけない。
――もう、俺がおまえの生活を邪魔することは金輪際ないだろう、セイバー。お互いに、別々の道を歩めるのだ。だから、安心してくれていい」

言うだけ言って、満足したように伊織が踵を返す。そのまま、同室のふたりが待つ列の中程へと戻っていった。
「イオ――」と言いさしたセイバーの声は、伊織には聞こえていなかった。片手で口許を押さえながら、セイバーが、伊織に言われたことを反芻する。――その意味を、必死に解釈しようと試みる。






五、

一限目が終わったあと、小太りの少年と赤毛の少年に連れられて伊織が向かったのは、同じ宿舎の上の階だった。
廊下の突きあたりが小さなサンルームになっており、簡易的なテーブルセットが置かれている。そこに腰かけて紅茶を飲んでいた上級生に、小太りの少年が「ごきげんよう」と一礼して声を掛ける。
かちゃりとカップを置き、細い眼鏡をかけた上級生が丁寧に体ごと向き直ってにこやかに言った。

「おや、下の階からわざわざのお運びとは珍しい。先輩になんの用だい」
「『おまじないの会』に参加させてあげてほしい子がいるのです」

その言葉に、眼鏡の奥の目つきがわずかに鋭くなったように見えた。「ほう」と興味深げに頷き、ぐるりと視線を巡らせる。やがて、少年ふたりのうしろに立っている伊織に気付いて「……その子かな」と言った。

「宮本はこの学校に入ってきたばかりなのですが、彼には深刻な『恋の悩み』があるのです。――『おまじないの会』ではそういう子を助けてくださるというでしょう?
是非、彼を助けてあげてほしいのです」
「なるほど、なるほど。――宮本、こちらへおいで」

呼ばれて、伊織が前に出る。背筋を伸ばして立っている伊織を頭の先からつま先まで眺め、おもむろに上級生が立ち上がる。伊織のまわりをぐるりと一周巡って彼の背中までもをよくよく観察したあと、再び伊織の正面に立った。伊織の顎を軽く掴んで持ち上げる。伊織の端正な顔の右側、左側と順に眺めて、最後に親指の先で伊織の下唇を軽くこすった。手を離す。
「うん」と上級生が頷いた。

「いいだろう。――主催者には僕から話しておく。……宮本。これから毎晩、きちんと入浴して――体を清めておくように。『会』に参加する条件だからね」
「はい。……先輩」

「なんだい」と答えた先輩に、まったく臆することのないはっきりした口調で伊織が尋ねた。

「『永遠の恋』が叶えば、『永遠の命』も叶いますか」
……なるほど。そう考えたことはなかったが――

眼鏡の縁を軽く持ち上げて、上級生が言った。

「そうだね。……叶うとも。『永遠の恋』とはすなわち、『永遠の命』のことだ。未来永劫、永遠に――君の大切な人と恋をし続けることができる」
「そうですか。それが聞けてよかったです」

軽く会釈をして伊織が下がる。その姿を満足げに眺めて、上級生が言った。

「『会』の日時は追って連絡するよ。それまで待っておいで。……宮本以外のふたりは、残念ながら会には出席できない。それでも構わないかな?」
「構いません、わかっていたことなので。――僕らはただ、有名な『おまじないの会』に僕らのルームメイトが参加することが嬉しいのです。それに――

伊織を挟んで、彼の両腕をそれぞれとってきゅっと腕を組む。きゃあ、と変声期前の甲高い声がはしゃいだ声をあげた。

「宮本の恋が叶ったら、僕らはそれだけで充分ですから! ――お兄さんとの恋、叶うといいね。宮本」
「うん? ――あ、ああ……?」

伊織が言葉の意味を把握しきれないまま曖昧に頷く。きゃああ、と再び同室の少年ふたりが甲高い声をあげた。






――その晩、伊織のもとに招待状が一通、届いた。
赤い封筒に漆黒の蝋で封をされた、『おまじないの会』への招待状だった。

今からちょうど一週間後の、深夜0時。「やったね、宮本!」とまるで我が事のように喜ぶ同室の少年たちを尻目に、伊織はふと、セイバーのことを思った。
ゆるゆると頭を左右に振る。――特に、このことを彼に言う必要はない。

すべてが終わったあと――セイバーではない、他の誰かが叶えてくれた伊織の願いを、彼には見せつけてやればいい。

伊織がずっと欲しかったものはこれだったのだと――なぜこんな簡単なことを、セイバーはずっとお預けにしていたのかと。



そうして――「ごきげんよう」を言えばいい。