mishiadd
2024-11-17 18:56:00
50668文字
Public
 

Gothic.

生き血を啜りながら永遠の時を生きるセイバーといつか彼に仲間にしてもらうために後をついていく伊織くん(少年期~青年期)の時系列ぐちゃぐちゃ連作ゴシックホラーパロ。いつもの感じのろくでもない剣伊。【型月世界の『吸血鬼』概念ではなくもっと一般的な(村が死によって包囲されてたりギムナジウムに小鳥を迎えに行ったりニューオーリンズでフランス貴族に自分は与えられなかった選択肢を与えられたりする)所謂やつです】成仏できなかったハロウィンの亡霊とは私のことダヨォ!


四、

昼下がりの、夏の爽やかな日射しが日よけパーゴラに遮られて緑がかった陰をパティオに落としている。
若葉の香りのする風が木々の枝を揺らして柔らかく吹いてくる中、彼は屋外用の椅子に腰かけて湖を眺めていることが多かった。

その凛とした後姿に、私は自分が小説家ではなく画家であったならば、などと詮無いことを思う。

日よけのために買った、つばの広い、白い帽子を被っている。出逢った日には髷のように頭の高い位置でまとめていた長い栗色の癖毛を、帽子を被るのに邪魔になったのか、今はうなじに近い低い位置でひとつにまとめて背中に流している。――その髪が、時折そよ風に攫われてふわふわと宙に踊る。

紅茶を入れ、陶磁のカップに注いで彼に出すと、「あ」と小さく声を漏らした。それから、「かたじけない」と小さく会釈をする。
テーブルを挟んで彼の隣に腰を下ろし、彼の目線の先を追う。――あの、湖。

……あそこには、一体何があったのでしょう」
「わからない。――ただ、なにか――

思い出そうとして何かが引っ掛かるのか、彼の眉間にしわが寄る。しばし難しい顔をした後で、諦めたような表情で顔をあげた。痛みでも感じたのか、眉間をしきりに親指で揉んでいる。
テーブルに置かれた紅茶のカップを改めて彼に示しながら、「無理をする必要はありません」と穏やかに告げた。

「思い出しても、思い出さなくてもいいのです。ただ、あなたがここにいたい限りは、ここにいてください」
――なんと、礼を言えばいいのか――

感じ入ったように言葉に詰まり、彼が私を見た。――その整った冷たい彫刻のような美貌に人間らしい恥じらいや戸惑い、気後れの表情が浮かぶたびに、私は彼という存在に大いに惹き寄せられるのだ。――人のようで人ではない、けれど確かに人の心を持った、しかし恐らくは人ではないその器。あるいは、純粋過ぎたが故に――人になり損ねた、不完全なその生命。それが確かに人を模し、人に似た感情を抱いている。――その歪さに、私は途方もない『美』を見い出す。

あるいは、湖の精霊か。――あるいは。

「月よ。――私の、美しい満月

彼が私を見る。訝しげに――不思議そうな顔で、重い睫毛を瞬いて、呆けた様子で、ただ私を見た。小さく半開きになった唇が、まるで無垢で無防備な表情を湛え――まるで、疑うことを知らぬ生まれたばかりの仔鹿のようだった。

「あなたはただ、かように美しくあってくれればそれでよいのです。――あなたは、あの湖の水面に映る月。私がいくら手を伸ばそうとも、決して触れることはできない。ですが、それがよいのです。私には決して触れ得ぬあなたが、私の家の中で、夢幻のように揺らぎを湛えながら、私ではないどこか遠くを見ている――。私はただ、そんなあなたのお世話をする。――このような幸せは他にありません。
きっと、かつて神の棲まう神殿に仕えた神官や巫女というものは、このような心持ちだったのでしょう」
……貴殿は、不思議なことを言う。小説家とはそういうものだろうか」
「かもしれません。あるいは、私でなくとも、あなたをこうして迎えた者ならば誰でも」

ふむ、と彼がおもむろに立ち上がる。屋敷の奥へ戻ろうとして、途中で足を止めて私を振り返った。戸惑いながらも――それが今の己の役割であるのだと理解しながら、躊躇いがちに言った。

「着替えを――したいと思う。貴殿が――買ってくれた、俺の――和装の――衣に」
「ええ。……私の美しい月よ」
「着付けを――手伝って、もらえるだろうか」
我が三日月。なんなりと」

縁側へと上がる彼の手を取り、誘導エスコートする。座敷の奥に屏風を立て――その奥で、しゅるりと厳かな衣擦れの音を立てながら、彼が着替えをする。やがて、出逢った日に彼が着ていた着物とよく似た色の着物を羽織った姿で、小さな声で私を呼んだ。
着物の中の襦袢を整えてやり、腰紐を結んで帯を巻いてやりながら――自分で問題なくそれらをすべてこなすことができるにもかかわらず、敢えて私に世話をさせてくれている彼に、崇拝にも似た喜びのようなものを覚えながら――最後に、羽織りを背中から着せかけて、着付けを終える。

束ねた栗毛の長い髪を手櫛で整え前に流してやりながら――私は言った。

「夕飯には、何を用意しましょうか」
「さあ。――ああ」

「とにかく何か希望を言わなければ」とでも思ったらしい彼が、ふと言った。

シチュウ、というものが、気になる」
「どこかで見掛けたのですか」
「先日の、馬車の中から――看板を――

無理やりにでも絞り出してくれた答えに、私は苦笑する。――所詮、これはごっこ遊びに過ぎないのだ。
私の家に迷い込んできた野良猫ペットを、私が世話するごっこ遊び。あるいは、人ではない高貴な自然の精霊に、私が神官としてかしずくごっこ遊び。

――その倒錯的な関係に、馥郁ふくいくと匂いたつ、戸惑いながらも私に付き合ってくれる彼の清廉な色香。

その場に跪いて礼をとる。困惑しながらも己の役割を理解して私を見下ろしている彼に、にっこりと微笑んで私は言った。

「ええ、なんなりと。私の満月よ」

ふ、と彼の引き結んだ口許がわずかに弛むのを見る。――少しずつ、彼もこの遊びを理解しようと努めている。きっと元来、柔軟で適応力が高いのだろう。
私が望んだ通りの、美しい優雅な笑みを浮かべて、彼が言った。

「楽しみにしている」

ええ、といらえを返して、私は炊事場に向かう。――彼は再びパティオに戻り、あの椅子に座って湖を眺めている。



――その、幻想のように美しい、夕闇に浮かぶ純白の望月のような人。







彼と私のふたりきりで、そのような生活を続けてどのくらいが経ったのか。

――あるとき、私たちの屋敷を訪ねる人があった。

彼に座敷で待つように言って、私ひとりで玄関へと赴く。――引き戸の向こうに揺らめく、少年のような影。
「どなたですか」と声を掛けると、愛らしい変声期前のような少年の声が聞こえた。

「もし。――このあたりで道に迷ってしまったのだ。迷惑でなければ――家の中に入れてはもらえないだろうか
「おやおや、それはそれは。大変だったでしょう。今開けましょう」

からからと戸を開けると、立っていたのは声に相応しい可憐な顔をした少年だった。
歳の頃は十四かそこらか――長い、鴉の羽根のように青みがかった黒髪を、三つ編みにまとめて肩に流している。

開いた玄関に手をかざし、何かを確かめるようにしたあと、夕陽の色をした大きな瞳で私を見て、にっと嗤った。――その顔に、なにか翳りのようなうすら寒いものを感じる。

ありがとう――きみは、私を中に入れてくれるのだな。助かった」
……ええ。お困りとのことでしたから」

立ち尽くす私の横をすり抜けて玄関の中に入り、履物を脱いでかまちへとあがる。そして、振り返って言った。

「ところで。――きみは、迷い込んできたものをなんでも囲い込む趣味があるのか?」
……はい?」
「もう一匹、いるだろう? 迷い猫が」

うっそりと――微笑んだ少年の美しい顔に、今度こそ、ぞくりと背筋が粟立つのを自覚した。