mishiadd
2024-11-17 18:56:00
50668文字
Public
 

Gothic.

生き血を啜りながら永遠の時を生きるセイバーといつか彼に仲間にしてもらうために後をついていく伊織くん(少年期~青年期)の時系列ぐちゃぐちゃ連作ゴシックホラーパロ。いつもの感じのろくでもない剣伊。【型月世界の『吸血鬼』概念ではなくもっと一般的な(村が死によって包囲されてたりギムナジウムに小鳥を迎えに行ったりニューオーリンズでフランス貴族に自分は与えられなかった選択肢を与えられたりする)所謂やつです】成仏できなかったハロウィンの亡霊とは私のことダヨォ!


《あるカフェにて》




赤レンガ造りのミルクホールが前身となった純喫茶であった。
雷雨の響く中、表通りに向かって大きくとられたガラス窓から射し込む光は青灰色がかっており、店の中は薄暗かった。
挽き立ての珈琲豆の香りが漂う中、周囲に配慮をして上品にひそめられた小声の会話のみがかすかに聞こえる。――店の一番奥の、表通りに面した席に座っていたうちのひとりである青年が、席を立つ。

レジで二人分の会計を済ませた後、端正な顔に穏やかな笑みを浮かべて、青年が店員に告げた。

「すまないが、連れをもう少しここにいさせてやってほしい。俺は用事を済ませるために先に出る。一時間もすればまた戻ってくるので、それまで。――その間に連れが注文したものについては、そのときにまた改めて払わせてもらう」
「勿論ですとも、問題ございません。どうぞ、お足許にお気をつけて」
「かたじけない、恩に着る。――それでは」

茶色のベストに黒のスラックスを着込んだ洋装に、更に黒のコートを羽織って青年が店のドアを開ける。一瞬大きく雷鳴が響き、ドアが閉まると共に再び店内が穏やかな会話で満たされる。
店員が、元々青年が座っていたテーブルに目を遣る。若い――幼い、ともいえる――青年の弟とも思しき年頃の少年が、珈琲カップを手にひとりで窓の外の灰色の景色を眺めている。



――その席に――



ひとりの男が、青年が立ち去って空いた椅子に座るのが見えた。少年と向かい合うかたちになる。「おや」と訝しんで、店員が注視する。
少年と男が何事か会話している。やがて、男が革の鞄の中から小さなメモ帳と万年筆を取り出したのを見た。店員がメニュー表を手に取り、テーブルへと向かう。

「もし、お客様。……お兄様からご事情は伺っております。ご用事がおありなので、しばし席を外されると。よろしければ、お待ちになられる間何か別のものもお飲みになられては? この一杯は店からのサーヴィスとさせていただきますので。
――おや、お客様。こちらの小さなお客様とはお知り合いでいらっしゃいますか? お兄様からはご来客があるとの旨は一切お伺いしておらず」
「気遣いをありがとう。……大丈夫だ、問題ない。彼はこのままここに座らせてやってくれ。――そうだな、珈琲はもう一杯貰おう。代金はイオリが戻ったときに払わせるとよい」

予想していたよりも幾分大人びた口調でそう言われ、店員は一礼して引き下がる。万年筆を手にした男を一瞬ねめつけたあと、「――ご注文は?」と慇懃無礼に尋ねた。

「珈琲でいい。……心配せんでも、ただのケチなブン屋だ。このお嬢さんに何か悪さをしようと考えてるわけじゃあない。このお嬢さんの話の中身に興味があんのさ

うん、と言葉の端々に引っ掛かりを覚えつつ、店員が立ち去る。彼が厨房に引っ込むのを大袈裟な仕草で確認した後、「そんじゃ」と男が改めてメモ帳を開いた。

「アンタみたいな若い娘が、こんな大昔の事件の一体何を知ってんのかは知らねえけどよ。――聞かせて貰おうじゃねえか。地図から消えたあの湊の小さな町で一体何があったのか――







店員が二人分の珈琲カップを盆に載せて、再びふたりのテーブルまで戻ってくる。
かちゃり、かちゃり、と陶磁のソーサーの上に花柄の入ったカップを置き、サイフォンで淹れたコーヒーの入ったフラスコを傾ける。「どうぞ」と店員が言うのを待たずに、男が珈琲を啜った。「うまい」と満足げに零す。

店員が警戒した視線を寄越しながらも、再びテーブルを離れる。それを待って、男が改めて切り出した。

「さて。――そんじゃ、頼むよ。アンタの知ってることを話してくれ。つまらん娯楽カストリ雑誌だが、唯一の飯のタネなんでね。……あの村のことをネタにすると、なんでか部数がよく出るらしくてね。
まあ、わかるよ。村人全員惨殺村を襲撃したらしい盗賊どもも全員惨殺、そんな中で消息を絶った『唯一生き残った子供――

男が無精髭を撫でつけて言った。

面白いわなあ。そんなのは、わくわくする。一体何があったんだってなあ。……子供は一体何者で、一体どこに消えたんだ? 何年経とうが、皆気にしてる。知りたい、暴きたい。その子供の正体を知りたい――俺は、そういう皆の好奇心を代弁することで、おまんまにありついてるわけだ。
――さ、俺の話はどうでもいい。話してくれい」
「いいだろう」

少年がゆったりと脚を組み、語り始める。

「これは、ある哀しみの話だ」







少年は、ある湊の町に生まれた。
町というよりは村に近く、湾沿いの浜辺に家々を建てて人々は住んでいた。

少年には血を分けた兄弟も多くいたが、大人たちが漁に出たり近隣の村まで売買に出掛ける中、子供たちは自分たちで寄り集まってお互いを育て合っているような状態だったため、血筋にはあまり意味がなかった。年長の子供が年下の子供たちの面倒をみる――その中にあって、少年はちょうど真ん中くらいの年頃で、強い自我らしいものもなく――ぼんやりと、ただニコニコと、乞われれば乞われたままに自分の持ち物をそのまま差し出すような――子供たちの間でも、大人たちの間でも、優しく気立てのいい『お人好し』として知られていた。
そのように危機感がうすく、ともすれば損をしがちな――いいように利用され、こき使われでもしそうな――性格であっても、少年がそのような目に遭わなかったのは、もしかしたら少年の善良さがあまりにも突き抜けており、裏表がなく、誰もが毒気を抜かれてしまうからかもしれなかったし――もしかしたら、少年の顔立ちがあまりにも整っており、誰しもがその見目麗しさに一目を置いているからかもしれなかった。

決して裕福ではない湊町において、少年の神々しいまでの美貌は信仰心すら煽った。もし湊町に大きな神社があったなら、稚児として召し抱えられていただろう。――が、村には神社がなかったため、そうはならなかった。
少年は、ただそのおっとりした損得勘定をしない――できない――性格のまま――ゆったりと、ただ平穏な日々を過ごしていた。



村が盗賊に襲われたのは、そんな日々の折だった。



その日は突然やってきた。七十人、八十人――腕の立つ大男に率いられた大勢の盗賊たちが大波のように押し寄せ、そしてすべてを押し流して焼き尽くした
親だったもの、親族だったもの、隣人だったもの、兄弟だったもの、友達だったもの――少年の世界を構成していたすべてがことごとく斬り捨てられ、焼き殺された。そして、彼にとっての世界のすべてを壊され、奪われ、剥ぎ取られた少年は――その美貌に目を付けられ、すべてを奪われまっさらになった無防備な体を貪られ、酒壷を持たされて、自分のすべてを――その尊厳も含めて――奪った大男にはべることを強要された。

一度光を失った少年の瞳に再び光が灯ったのは、否、光が映り込んだのは、彼がその月のような剣を目にしたときだった。






月は翡翠色をしていた






少年は、翡翠色の剣が悉くを薙ぎ払うのを見た。彼にとってはもはやどうにもならない――この世の絶望が、悪性が、この世界の残酷そのものが――目の前で無に帰すのを見た。浄化されるのを見た。黒が白に塗り替えられるのを見た。ただ、その様子に魅了された。少年は、それを『美』と捉えた。「美しい」と――意味も知らぬままに、彼自身が幾度となく聞かされてきたその形容詞の、本当の意味を知ったのだ

このように美しいものが、この世にはあるのか、と。

美への憧れは、きっと人間にとってもっとも根本的で、説明のつかない衝動のひとつであった。その美しさに惹かれ――憧れ、真似をする。きっと、さまざまな憧れを紐解いてみれば、この単純明快な方程式に帰結するのだ。美しいから/かっこいいから/綺麗だから、憧れる。――自分もああなりたい。あれを、超えてみたい



子供のように他愛のない、無邪気な欲求の話だ。



少年は、目撃した翡翠色の剣の代わりに木の枝を拾って剣の主の後を追った。教えてほしかった。湊町の生まれの少年は、弟子入りであるとか、剣の流派であるとか、そういった概念は一切知らなかったが――それでも、この人に追い縋って教えを乞わねばならないということを、本能で知っていた。
初めての『刀』である木の枝を握りしめながら懸命に追い続け――やがて、見失う。



あとには、ただただ眩しいだけの無慈悲な三日月が、夜空に浮かんでいるだけ。



はあはあと肩で息をする少年が、必死に周囲を見回す。いまだ剣の主を見失った事実を受け入れることができずにいると、やがてかさりと背後で音がした。希望を胸に振り向く。――すると、見覚えのない白妙の見目麗しい少年が、そこに立っていた。少年は反射的に白妙の右手を見る。――翡翠色の剣どころか、なにも握ってはいなかった。

彼よりもいくらかは年嵩の、白妙の少年――その人が、木の枝を手に立ち竦む少年の、反対側の手をとる。何も言わずに握りしめる。



――そのまま、ふたりでゆっくりと、森の中へと歩き出し――やがて、消えていった。







そこまでをメモ帳に書き留めた男が、「はあ」と気の抜けた声を出した。

「結局この――通りすがりの『翡翠色の剣』の持ち主が、盗賊どもを一掃したと。……そんで、急に出てきたこっちの白装束の少年は何者なんだ? 今までどこに隠れてた?」

少年がふっと鼻で笑う。が、男の質問には答えない。
飲みかけの珈琲を口にして、カップの中を見る。冷めてしまっていたが味はよく、しかしそろそろ空になりそうだった。

「三杯目はさすがに多いな。それに、そろそろ一時間が経つ。イオリが戻ってきてしまうか」

ひとりごちるように呟き、それから男に声を掛けた。

「ところできみ、『ヴァンパイア』というものを知っているか」
「はあ……バンパイヤ。聞いたことくらいはあるわな。不老不死で、人の生き血を啜るんだろ。――急に一体何を言い出すかと思えば」
人の生き血しか口にできないのだ。他のものはまずくて口にできない。味覚がそのように変化している。珈琲のように元々が苦くて人間が飲んでも美味いのだかまずいのだかわからないような液体ならかろうじて口にできるが――
「サイフォン式の珈琲を淹れる喫茶店で言うことか? そりゃあ」
「米がまずい。肉がまずい。魚がまずい。――飯がまずい。そんなものに成り下がってまで為すべきことなど、この世にひとつたりとてあるまいよ。そうは思わないか?」
「ん、んん――?」

男が首を傾げる。それを意に介さずに、「ああ」と少年が呟くように言った。

「ちょうどよいところで雨も上がったな。――きみ、最後にもうひとつ伝えたいことがある。共に店の外に出てくれないか?」
「ん? ここじゃだめなのか?」
「ああ。この店の路地裏がいいんだ」

店員に「すぐ戻る」と伝えた少年に導かれ、男が彼を追って店の外に出る。
ぐるりと赤レンガ造りの壁を回り、店の横の路地裏に入り込む。――そこに置かれた、廃棄予定の割れた大鏡を指し示される。

よれよれのズボンのポケットに両手を突っ込んだ男が、「……これが?」と首を傾げる。少年が言った。

「『ヴァンパイア』はな。――鏡に映らぬのだ」

大鏡に反射している姿が自分ひとりであることに気付いた男が、驚いて振り向こうとする。その視界に映ったのは、先程までの可憐な顔の面影などどこにもない、牙を剥き出しにした恐ろしい形相だった。

首筋にじんわりと広がる麻薬のような酩酊感と、白くかすみゆく視界の中で、男は水の膜の張ったような鼓膜でぼんやりと聞いた。

こんなものしか美味いと思えないなんて――これほどまでに醜く、虚しく、価値のない『生』もあるまい? あの子は一体なにを考えているやら、なあ……?」







用事――日用品の買い物を済ませて戻ってきた伊織に二杯分の珈琲代を払わせ、セイバーと伊織のふたりは喫茶店を出た。

店員は伊織には特に何も伝えず――口を開こうとしたところを、セイバーに「しぃ」といたずらっぽく人差し指を立てられたため、要らぬ気を利かせて黙っていた――伊織も勝手にセイバーが二杯飲んだものと解釈していたため、会計は滞りなく終わった。

雨上がりの表通りを連れ立って歩きながら、ふと伊織がセイバーの右手を見下ろす。見慣れないメモ帳を手にしていることに気付いて、「それはなんだ?」と指摘した。

「ああ、これか? ――ただの紙屑だ」

言って、宙へと放る。蛇行剣を顕してそれを切り裂くと、散り散りになった紙片が燃え上がってあっという間に灰になる。
「ほう」と伊織が感慨深げにそれを見入ったが、ややあって「今のは道中ではまずかったのではないか?」とセイバーに言った。

「なに、ただの手品だ。――さあ、行こう」

ふたりが歩き去る背後で、燃えかすとなった黒い灰が風に舞い、路地裏に入り込み――大鏡の前に倒れ込んでいる死体の、背中の上にひらりと舞い降りた。






《あるカフェにて》・了