mishiadd
2024-11-17 18:56:00
50668文字
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Gothic.

生き血を啜りながら永遠の時を生きるセイバーといつか彼に仲間にしてもらうために後をついていく伊織くん(少年期~青年期)の時系列ぐちゃぐちゃ連作ゴシックホラーパロ。いつもの感じのろくでもない剣伊。【型月世界の『吸血鬼』概念ではなくもっと一般的な(村が死によって包囲されてたりギムナジウムに小鳥を迎えに行ったりニューオーリンズでフランス貴族に自分は与えられなかった選択肢を与えられたりする)所謂やつです】成仏できなかったハロウィンの亡霊とは私のことダヨォ!


九、

その、晩。――『白鳥』は初めて食事の場に姿を現わした。

私と彼が鶏肉のステーキを口にする横で、彼は一切の固形物を口にしなかった。ただ、いつもと同じように――彼の淹れた珈琲を、静かに飲んでいた。

きっと、それが『最後の晩餐』――それこそが、『白鳥』の別れの挨拶なのだと私だけが気付いていた。きっと『白鳥』は、その珈琲を飲み終えればここを発つ。彼には何も告げず――ふらりと玄関から出ていって、それっきり。
彼は、結局『白鳥』のことは何ひとつ思い出すことはなかった。きっと、ろくに会話もしなかった。もしかしたら、大して興味も抱いていなかったのかもしれない。自分の他にこの家に、ふらりともう一匹野良猫が迷い込んできて――やってきたときと同じように、気まぐれに去っていく。単なる居候同士。単なる隣人。ある朝寝床がもぬけの殻だったとて、彼にとっては日常に起こったほんの些細な変化のひとつに過ぎなかった。

『白鳥』が珈琲を啜る横で、かちゃかちゃと彼がナイフとフォークを器用に使って鶏肉を切り分けている。ほどよい大きさに切った肉を口に運んで、よく噛む。

――長らく沈黙していた『白鳥』が、ぽつりと言った。

「美味いか?」

最初、それが誰に向けられた言葉なのかわからなかった。二口目を口に運ぼうとした彼が、ふとフォークを止めて、『白鳥』を見た。

「うん? ――貴殿、もしや俺に訊いたのか?」
「ああ。美味いか?」
「あ、ああ。……美味い。黒胡椒ブラックペッパー――程よく効いていて」
「そうか。……それはよかった」

「それは、よかった」と『白鳥』が小さく繰り返す。

不思議そうな目で『白鳥』を見たあと、彼が再び目の前のステーキ皿に視線を落とす。かちゃかちゃと、カトラリーの鳴る音だけが響く。

かちゃ、と『白鳥』が空になった珈琲カップをソーサーに置いた。おもむろに席を立つ。彼ではなく、私を見て言った。

「ではな。――頼んだぞ。……よく、食わせてやってくれ。この子は、放っておくとすぐ食べるのをさぼるから」
――ええ。ええ、『白鳥』。お任せを。決して、あなたを失望させはしません」

『白鳥』が口許で小さく微笑んだ。己の痛みをすべて呑み込んでなお微笑む、ひどく大人びた慈愛の顔だった。

……貴殿?」

食堂ダイニングを出ていこうとする『白鳥』の後姿に、彼が声を掛ける。ぴた、と『白鳥』が一瞬だけ立ち止まる。

「どこかに、出掛けるのか?」
「ああ。少し、遠くへ。――にとっては、ほんの少しの間に過ぎないけれど」

振り向いて、それでも彼の顔を見ずに、『白鳥』が言った。

「どうか、健やかに。きみの幸せを、ずっとずっと、祈っている」



「幸せに」――



その、ひどくシンプルで、優しい言葉だけを残し。――『白鳥』は、私たちの視界から消えた。







かちゃり、かちゃりと、カトラリーの音だけが響いている。やがて、彼がナイフとフォークを置いてしまった。鶏肉は、半分ほど残っていた。

……もう、満腹ですか?」
「今の。――彼。……あの子。あの少年。――あの人……どこへ行ったのだろうか?」
「さあ。どこか遠くへ旅立たれると仰っていましたよ。――パティオに出てみましょうか? 今なら、後姿くらいはまだ見えるかもしれません」

彼が頷いて席を立つ。彼にしてはひどく落ち着かない様子で、そわそわと――なにかに急かされるように、私を待たずに食堂を出た。






十、

眩いような三日月が、夜空を切り裂くように輝いていた。



月光を受けてきらきらと、湖面が輝いている。その畔に、『白鳥』が立っていた。
ああ、まだそんなところにいたのかと声を掛けようとして――私は口を噤んだ。立ち竦む。先にパティオに出ていた彼の隣に並んで、その様子を食い入るように見つめる。

なにもないところから、『白鳥』の右手に白い剣が顕れたのはまかり間違ってなにかの見間違いだったとしても。――その白い剣が、翡翠色に輝くなにかに姿を変えたのは、決して見間違いなどではなかった。

『白鳥』が、その翡翠色に輝く剣を、両手に構える。すっと伸びた背筋の美しい姿勢で、上段に振りかぶり――そして、何かの叫び声と共に、振り下ろす。

月光の下、凄まじい何かの圧と共に湖面の水が捲き上げられ、水飛沫が光の粒となって輝く。それが一直線に湖面の上を滑っていき――連続する衝撃から一拍ずつ遅れて嵐のような風圧が断続的にパティオに届き、暴風雨に襲われたように木々が激しく揺れ、テーブルセットが吹き飛び、あまりの風圧で目を開けていられなくなりそうになるところを瞼を細めてなんとか視界を確保する。
鼓膜がおかしくなりそうになる轟音の中、「私の月よ!」と呼びかけた私の声がかすむ。片目をなんとかこじ開けて見遣ると、風圧の中、その瞳をただ見開いている美しい横顔にぶつかる。――激しく前髪が巻き上げられ、うねり、飛んできた水滴が彼の白い頬を叩くのなど、何も感じられていないようだった。――ただ、釘付けになっている。見入っている

ギャアアアアアアア、と暴風の中で獣じみた叫び声が聞こえた。振り向くと、まるで竜巻のような水柱が湖面に巻き起こっているさなか、その中心に何かが見える――なにか、大きな――

尋常ならざる、巨大な――大蛇の化け物

轟音の中で、彼が何かを叫んでいるのだけが見える。やがて、水柱と共に大蛇が斃れ、――湖面を、打つ。






セイバー!」






――彼の、悲痛な叫び声が、私の鼓膜を打った。

我を忘れたように栗毛の髪を振り乱し、ただひたすらに、必死に、まるでそれしか言葉を知らぬように、彼が叫び続けている。――その名を、呼び続けている。




「セイバー! セイバー! ずっと、ずっとおまえだったのか! ――あの湊の夜の月のような剣は――!」



彼の栗毛のまとめ髪がほどける。強風になびくそのままに、彼が駆け出す。慌ててその後を追う。
翡翠色の輝きを失った剣が、私たちの目の前で『白鳥』の手のうちから消失する。自分に駆け寄ってきた彼を、『白鳥』が見た。――「あ、」と短く、驚いたような声を零した。それから、ひどく狼狽したように言った。

「きみ――まさか、思い出してしまったのか。――すべて?」
「セイバー! ……なぜ俺を置いていこうとした!?」

その言葉に、『白鳥』――セイバー』が、いよいよ目を瞠る。呼吸を乱した彼が、掠れて裏返る声で言い募る。

「なぜ俺を置いていこうとしたんだ、セイバー!」
「なぜって――きみは、きっとここで暮らした方が幸せだと思って――

彼の剣幕に気圧けおされたように、ぽつり、ぽつり、とどもりながら、要領を得ない口調でセイバーが言う。

「きみが――あの大蛇の怪異に、襲われて――頭を打って――雨が降ってきて、私が動けないでいるうちに、きみはどこかに行ってしまって。――ようやく見つけてみたら、きみはすっかり私のことを忘れていて。
でも、きみはその方が幸せそうに見えたから。――だから、せめて――きみがここに住むなら、あの大蛇だけは祓っていこうと思って――
「わからない。――わからない! おまえの言うことはなにひとつわからないよ、セイバー!」
――きみ、が――私のことをすべて忘れたきみは――すごく、幸せそうに見えて――
そんなわけないだろう!?」

はた、とセイバーが彼を見る。彼が――喉を嗄らすほどに声を張り上げていた彼が、小さく、小さく、まるで理不尽を懸命に訴える幼子のように震える声で呟いた。

「そんなわけ、ないだろう」

豊かな栗毛の長い髪が、彼の肩にかかっている。セイバーが、それを優しく手で払って背中側に流してやる。されるがままになりながら、彼が言った。

――俺には、目的がある。俺は、目的があっておまえと共にいる。――そして俺は今、あの夜の月のような剣であったのかすら知ったけれど。
でも。――それでも。それとは一切関係なく――ただ当たり前に忘れたくない記憶だってあるんだ

「セイバー、」と彼が呼ぶ。「うん」とセイバーが答えた。――彼が、小さな子供のような口調で言った。



「ずっと、傍にいて。この手を、振りほどかないで」



「うん」とは、セイバーは答えなかった。ただ、黙って彼の手を取り、そっと握り込んだ。

セイバーが私を見る。ふ、と自嘲するような笑みを浮かべて、言った。

――世話になった」
「こちらこそ。――どうか、健やかに。あなたがたの幸せを、ずっとずっと、祈っています」

セイバーが苦笑する。彼が振り返り、私に深々と頭を下げた。「世話になった」と凛とした声で言い――ふと思い出したように、穏やかに言った。

「貴殿の、小説。――きっと、書店で探してみよう」
「ええ。おかげさまで、とてもよいものが書けそうです」

ひらひらと手を振る。彼が、笑う。



湖の畔を越え、森の中へと消えていくふたりの後姿を、見えなくなるまでずっと見送っていた。



煌々と輝く三日月が、凪いだ湖面に鏡のように映っていた。










ひと夏の不思議な体験を『フィクション』というていで描写した私の小説は、私の作品群の中でも代表作のひとつとして数えられるようになり――そのまま、三冊、四冊と続編が出て、その頃には不思議な力を持った美少年の『白鳥』と浮世離れした美青年の『月』のコンビが怪奇事件を解決する大衆小説になってしまっていたのだが、それはまた別の話である。



――どこかの書店でこの続編を手にしたあのふたりがどんな顔をしているのかだけが、目下の気掛かり。






《ある湖畔にて》・了