mishiadd
2024-11-17 18:56:00
50668文字
Public
 

Gothic.

生き血を啜りながら永遠の時を生きるセイバーといつか彼に仲間にしてもらうために後をついていく伊織くん(少年期~青年期)の時系列ぐちゃぐちゃ連作ゴシックホラーパロ。いつもの感じのろくでもない剣伊。【型月世界の『吸血鬼』概念ではなくもっと一般的な(村が死によって包囲されてたりギムナジウムに小鳥を迎えに行ったりニューオーリンズでフランス貴族に自分は与えられなかった選択肢を与えられたりする)所謂やつです】成仏できなかったハロウィンの亡霊とは私のことダヨォ!

《ある宿屋にて》




奇妙なふたり連れだった。

見目は麗しく、身なりも整っており、女の方は奇妙な衣を着ていたが、とはいえ外見の上ではそれ以外に特に不審な点は見受けられなかった。
若い似合いの夫婦か、もしくは事情あっての駆け落ち――宿屋ここでは特に珍しくもない修羅場ドラマには目を瞑り、余計な詮索をせず、ただ粛々と宿泊の手続きのみを進める。

奇妙だ――と思ったのは、彼らが口を開いてからだった。
ふたりのうち、すらりと背の高い、二十代前半頃の若い男が言ったのだ。

兄さん。部屋は一部屋でいいな?」
「イオリ」

女の方――だと思っていた、可憐な顔をしたせいぜい十代の白い衣を着た方が、ぴしゃりと叱りつけるように言った。

「その呼び方はよせ」
「なぜだ? 本当のことだ、兄さん――すまない、部屋は予定通り一部屋で頼む」
……あい」

空いている部屋を確認しながら、ちらりと手元の宿帳から目をあげてふたりを盗み見る。

女だと思っていた方が男であるらしいことはこの際置いておいたとしても――どう見ても、こちらの方が年若い。せいぜい少年といったところだ。
連れの男の方は――少なく見積もっても五歳は年上のように見える。であるならば――このふたりは、兄弟か。あるいは、陰間とそのパトロンか。

だが、それにしては――

少年の方が慌てた様子で身を乗り出してくる。

「部屋はふたつにしてくれ。――なるべく離れたところ、建物の端と端に」
「俺達にそんな金はない、兄さん……それに、なぜだ? 自信がないのか?」
――イオリ。その呼び方をやめろ。いつもはそんなふうに私を呼ばないだろう」
我慢などする必要はないのに兄さん……そのために同じ部屋にするのだ」
「イオリ!」

悲鳴を上げる少年を無視して、男が前に出てくる。一部屋分の金子を払い、端正な顔に柔和な笑みを浮かべて会釈をする。

「大騒ぎをしてすまない。兄が失礼をした――行こう、兄さん。後がつかえる」
――イオリッ」

悠々と廊下を下っていく男のあとを少年が追っていく。突き当たりの角を曲がり、それっきり見えなくなる。



――奇妙な客だとは思ったが。



まるで幻想の絵巻物の中から抜け出てきたような美しい二人組の姿に、その言動に多少の違和感はあっても――嫌悪感や危機感を覚える気にもならず、それきり気に留めるのをやめた。







前の客があの客室に忘れ物をしたらしいから、と頼まれて、あのふたりの泊っている部屋を訪ねるように言われた。

本館と離れを繋ぐ廊下となっている小さな橋を渡る。本館は満室だったが、今夜離れに泊まるのはあのふたりだけだ。
階段を昇り突き当たりの部屋の前まで来ると、ぼそぼそとくぐもった話し声が聞こえてきた。まだ夕餉の頃合いでもなく――もっとも、確かこのふたりは素泊まりだったが――就寝にはまだまだ早い時刻だ。少しだけ失敬をして、さっさと用事を済ませようと思った。襖に手を掛けて少しだけ開ける。くぐもっていた会話が急に明瞭に聞こえてくる。

ぴたり、とそれ以上手を動かすのをやめたのは、その会話の内容が殊更に奇妙だったからだ。

――私への当てつけだろう。あんなふうに私を呼ぶことなどないくせに。わざわざ、人前で」
「別に普段からそう呼んだって俺は構わんぞ、兄さん。それとも、兄上、の方が好みか? ……なあ、兄ちゃん
――ッ」

ぱしん、と軽く平手打ちをする音がする。少年が男の頬を叩いた――のではなく、苛立ちまぎれにちゃぶ台の表面を叩いたようだった。
フン、と鼻先でせせら笑うような男の声がする。先程受付で聞いた優しげで凛とした声に、ひどい嘲りが滲んでいた。

「なぜそんなにも苛立つ? 本当のことだ」
「人前でそんな呼び方をしたら奇妙に思われるだろう。わざわざ問題を起こしたいのか?」
「おまえが俺に意地悪をしてこんなになるまで放っておいたからだろう。おまえがさっさと俺の願いを聞いてくれていれば、そもそも問題にはならなかった

悪い――行儀の悪い、お天道様に背く、悪い、悪い行いだとは思いながら――そっと、わずかに開いた襖の隙間から、中を覗き込む。

あの見目麗しい若い男の方が、ちゃぶ台越しに少年に向かって身を乗り出している。背筋を伸ばして正座している少年が、彼の顔を覗き込もうとしている男の端正な顔から目を逸らし、壁にかかった掛け軸をじっと見つめていた。
目線の合わない少年の顔を挑発的な表情で眺めながら、男が再び口を開いた。

「俺がこんなに育ってしまうまでおまえが放っておいたから、俺が人前で本当のことを言って問題になるんだよ、兄さん
「私はきみの兄だったことなど一度もない」
「そうかな。――俺がまだ幼くて、おまえの見た目よりも子供だった頃、おまえは随分俺に兄貴風を吹かせていた記憶があるが」
……あの頃のきみは可愛かったな」

ふ、と可憐な顔の口許を皮肉げに歪めて少年が男を見た。

「今と違って可愛げがあった」
「そうか。育ちすぎてもうおまえの好みではなくなってしまったか? 俺は。おまえは自分よりも小さな幼子が好みだったのか。――だったら、あの頃のうちにさっさと喰らってくれればよかったものを」
「きみなんか絶対に喰ったりなぞするものか!」

やおら正座を崩して少年が立ち上がる。ちゃぶ台に頬杖をついていた男が少年を見上げる。口許は皮肉げな笑みを浮かべていたが、鋭い目許はわずかも笑っていなかった。

「諦めろ、イオリ。私は、他の誰を喰ったとしても、絶対にきみだけは喰わない」
「それがわからないよ、セイバー――なぜ? なぜ俺だけはだめなのだ。俺は、おまえにとって何が物足りない? ――見ろ」

男が鮮やかな青緑色の着物の袖をまくり上げる。筋張ってすらりと筋肉のついた腕の、血管の透けるような白い肌が露出する。

「おまえの舌に適うように――口にするものにも気を配って、稽古の合間に適度に運動もして――いつおまえの牙が触れてもいいように、頻繁に湯浴みもして、いつも清潔に保っているのだ。何が足りない?
おまえがいつも適当に、俺に隠れてその辺でこそこそと狩っている獲物なんかより、きっとずっと俺の方が旨いのに。俺は、おまえが美食家グルマンなのを知っているよ、セイバー」
「イオリ――

ぎり、と少年が小さな口で歯ぎしりをする。その拍子に、きらりと犬歯のあたりが光ったのが見える。まるで、虎か何かのように――鋭く長い、『』。
ひ、と思わず自分の口を押さえつける。悲鳴が聞こえていなければいいと思った。あるいは、激昂している少年の耳には、目の前の男以外の声など何も届いてはいなかったか。

ふと、男がこちらを見た気がした。その、月夜のように剣呑な、夢見るような目がこちらを掠め――ふ、っと口許に笑みが浮かんだように見えた。

男が、きっちりと詰められた襟元を緩める。鮮やかな青緑色の着物の奥の、紺色の襦袢がわずかに落ち――白くぼんやりと光るような首筋が露出した。
頭を傾けて無防備な首筋を剥き出しにしながら、少年の前に差し出すように、男がちゃぶ台の上にわずかに身を乗り出す。

「ほら、セイバー。……兄さん。なぜ我慢などする? 食わず嫌いをするものではない。たった一口、ちょっと味見をするだけだ。そうすればすぐにわかる。――俺は、随分と仕上げたのだ。おまえのために。おまえだけのために。おまえの口に、俺のこの血が合うようにと」
「イ、オリ」

ぐぐ、と少年が自分の口許を両手で押さえ込んでいるのが見える。少年の愛らしい大きな瞳が見開かれ、じわじわと血走り、人とは思えぬ形相に変化していく。その恐ろしい顔をものともせずに、ゆったりと構えたままの男が少年の変容をただ眺めている。
少年の手が男に伸びかかったとき、うっとりとした口調で男が言った。

「そうだよ、セイバー。この血は旨い。好きなだけ思うさま、飽きるまで貪るといい。それがおまえの報酬だ。――そうして、俺をおまえと同じものにしてくれ。人の身のままでは届かぬあの頂きへと至るため永遠の時を俺にくれ
――ッ!」

少年の手が止まる。まるで血に濡れたようだった白目から赤さが退き、見る間に元通りの可憐な表情に戻る。
唐突に正気に戻った様子の少年が、大きく身を引いて男から距離をとった。――余裕ばかり見せていた男の整った横顔に初めて焦りが見える。ちっ、と小さく舌打ちしたのが聞こえた。
少年が激しくかぶりを振る。やがて、男を睨みつけて言った。

「イオリ、だめだ。――私は絶対に、きみだけは喰らわない」
「なぜだ、セイバー。理解ができない。なぜ俺だけはだめなのだ。――おまえが美食家であるものかよ! 俺以外ならば節操なしに誰だって喰らうくせに!」
きみだけは嫌なのだ!」
「言ったな。――そうやって、せいぜいやせ我慢でもするがいい。同じ部屋に格好の獲物がいて、おまえが我慢できるわけがないのだからな。――たった一口、減るものでもあるまいに」

男が壁に立てかけてあった二本の刀のうち一本を取る。
左腕の袖をまくり、再び白い手首を露出させる。そこに、すうっと一本の斬り傷をつける。傷口から溢れ出た血の玉が赤い真珠のように連なり、やがてつうっとひと筋、白い腕を伝って転がり落ちた。
そこにそっと自分の赤い舌先を這わせてわずかに舐め、口の中でもごもごと味わうように転がしてみせる。男が少年に流し目をくれた。わずかに血のついた赤い唇で、に、と笑った。

――本当に、いらないのか? セイバー」

それが決定打となったようだった。
少年が駆け出して、大きくとられた窓から外に飛び出す。――ここは二階だった。

表で人の落ちる音も、悲鳴も上がらない。ただ、夕暮れ時の静寂だけが広がり続けている。何もなかったかのように、木々のざわめきだけが聞こえてきた。

残された男が窓の外を眺めている。ふん、と鼻を鳴らすと、赤く汚れた手首を手拭いで軽く拭いて袖を下ろす。それから、おもむろに立ち上がってこちらへと歩いてきた。
咄嗟にどうするべきかわからずただ茫然と男がこちらへ近づいてくるのを見ていると、男が襖を開けた。こちらを見下ろし、「何か用があったのだろう?」と――それこそ、何事もなかったかのように尋ねた。

「あ、ああ――あ、ここに、忘れ物があるとかで」
「自由に探すといい。俺の連れは今夜は戻らん――ああ、そうだ」

男が冗談っぽく肩を竦めた。



「今から、一人分の宿代には――ならんな。忘れてくれ」






《ある宿屋にて》・了