17.ティナと妖精さんと女王様
ハーツラビュルで美味しいお料理をたっぷりいただいて、とっても幸せな気分になれた。甘い、ふわふわした夢のような気分だけど、一日と半分も過ぎれば覚めてくる。
なんせ、考えなきゃいけないこととか、覚えなきゃいけないこととか、まだまだいっぱいあるんだもん。残念だけど、いつまでも夢心地でいるわけにはいかないもんね。
週明けの授業の支度をしながら、けども、ごちそうになったお菓子のことを思い出していると、ふいにハーツラビュルで感じた妖精さんの気配のことを思い出した。
あの時は浮かれてたからちゃんと考えてなかった。けど、よくよく考えたら、見過ごしていいものじゃなかったのかもと、今更になって気が付いた。
あの時うっすらながらに感じた気配は、パパが契約していた木のマナ、ポポちゃんによく似ていた。だからたぶん、木の妖精さんとかその辺りの子だと思う。
「んー
……」
木の妖精さんだとあたりを付けて、改めて妖精さんの気配を思い出す。
木のマナは成長を司っているだけあって、強い生命力を感じさせる。そのはずなのに、ハーツラビュルで感じた木の妖精さんの気配はとても弱々しくて、ともすれば、消えてしまいそうな淡いものだった。
思い出すうちにゾッとした。パパにコキ使われた後のマナたちだって、あんなに弱ったことはなかったはずだ。
となると、ハーツラビュルにいるであろう妖精さんはものすごく弱ってるんじゃないかな?
「うー
……」
もし弱っている妖精さんがいたとして、誰も気付いていなかったら?
良くて弱ったまま、悪いと妖精さんは消えていなくなってしまう。そうすれば、妖精さんの影響を受けてるはずの、お庭の木だってタダじゃ済まないかも。考えていて、うすら寒い思いがした。
うぬ惚れるつもりはないけど、ここの人たちは私ほど妖精さんたちには詳しくないんだと思う。
妖精さんのことをちゃんと知ってるのなら、あんなに弱っているのを放置するわけがないもん。
それなら、気付いた私がなんとかしたらいいかも。妖精さんがひどいことになる前に助けないと。
……そうは思ったものの、ハーツラビュル寮生じゃないのに、勝手にお庭に入るのってどうなんだろう? ルールに厳しいというハーツラビュル、何も知らないで上がり込むのは妖精さんのためとはいえ、よくないように思う。
「むー
……」
となると、誰かにお願いして連れて行ってもらうしかないかも。エースくんたちや、トレイさんならよくお話するし、明日どこかでお願いすればいいかな。
できれば今すぐにでも行きたいけど、もう夜も遅い。おじいちゃんのお店じゃないんだから、お邪魔していい時間だとは思えない。
もやもやを抱えて、妖精さんの無事をお祈りしながら、お布団に潜り込んだ。
朝、制服のポケットに木の妖精さんが喜びそうな木の実と、この前たっぷり集めた木素を入れた試験管をねじ込んで、いつでも妖精さんを助けられるように準備してから寮を出た。
けど、世の中、物事はなかなか思い通りにいかないらしい。
朝一番に声をかけようとA組の教室の前で待っていたものの、予鈴が鳴ってもエースくんも、デュースくんも、ユウくんたちですら現れなかった。
ホームルームが始まってからクルーウェル先生の怒鳴り声が聞こえてきたから、もしかして四人揃って遅刻したのかも。
朝は諦めて、お昼ごはんを食べながらお話しようと思って、教室に迎えに行ったら4人はいなかった。教室にいた子たちが言うには授業中にグリムくんが悪さをしたから、お説教とお片付けで時間を食ってるらしい。
じゃあ待とうかなと教室の前に立っていたら、リリアさんたちに捕まって、一緒にお食事をとることになってしまった。そんなものだから、エースくんたちとお話することはできなかった。
こうなったら放課後しかないかも。
……そう、思ったものの授業時間が違っていたらしい。私のクラスのホームルームが終わって、A組の教室を覗くとお掃除をしているユーレイさんしかいなかった。
ならば、と、トレイさんにお願いしようと思った。そう思って部室に言ったけど、そこにトレイさんはいなかった。副寮長さんなだけあって忙しいのかも。一応部の子に聞いてみると、今日は来られないのだと前々から決まっていたらしい。
そして、最後のツテと軽音部の部室を覗いてみた。けども、ケイトさんもカリムさんたちもおらず、もぬけの殻だった。
「えうぅ
……」
こんなに間が悪いことってある? どうにか知ってるハーツラビュル生に会えないかと、アテもなく廊下をウロウロしてはみた。
それでも誰とも会えなくて、もうため息しか出てこない。こんなことになるなら、ダメで元々でクラスの子にお願いすればよかったかも。
うっすら後悔しながら、それならいっそルール違反覚悟で直接ハーツラビュルに行くしかないのかも。とも考えた。
けど、そんなことをしてルール違反で怒られたり迷惑かけたりしないかなって考えるとする気になれない。だからといって、妖精さんをほっといて後味の悪い思いなんてのも絶対したくない。
なら、どうすればいいんだろ
……?
「あっ」
もやもやしながら歩いていると、最後の最後で運が向いたらしい。紙束を抱えたデュースくんが歩いてくるのが見えた。
デュースくんはハーツラビュル生だからお願いできるかも。そう思って、声をかけようとした瞬間、デュースくんは女の子が苦手だと言っていたのを思い出して、言葉に詰まった。
お友達とはいえ苦手だって言ってたのに、ズケズケ声をかけたら無神経かも? なら、他の人にお願いした方がいいかも
……と、ちょっとだけそう思った。
でも、と弱り切った妖精さんの気配を思い出す。あまりのんびりするわけにはいかないかも。
デュースくんには悪いけど、ちょっと我慢してもらおう。心の中で謝って、声をかけてみることにした。
「デュースくーん!」
「キースリンクか。どうしたんだ?」
話しかけてみると、思ったより普通っぽい態度のデュースくんにちょっとだけほっとした。
デュースくんはあぁ言ってたけど、こうやってお返事してくれるってことは、私のことはちゃんとお友達だって思ってるってことだもんね。
「あのね、今忙しい? えと、お願いしたいことがあるの」
「お願い
……? 構わないが、これをトレイン先生に持って行ってからでいいか?」
「えっ?」
授業のレポートかなにかだろう紙束を持ち上げて、デュースくんはそう言った。
それは別にいい。提出物はちゃんと出しなさいって、ここに来てから何度も聞いてるから。でもデュースくんの言ってることとやってることが嚙み合ってない。
だって、トレイン先生のお部屋はデュースくんが歩いて来た方にある。先生に出しに行くのに、先生のお部屋の方から歩いてくるのはヘンかも。そう思って、まさかと思った。デュースくん、迷子になってるんじゃないかなって。
「あの、デュースくん? トレイン先生のお部屋はこっちじゃないよ?」
「えっ?」
そんな間違いするかなぁ、ってちょっとだけ思った。けど、このお城は広いし、廊下はどこも似たり寄ったりだから、迷っちゃうのも仕方ないかも。
「えと、私知ってるから、案内しよっか?」
「
……頼む」
案の定、デュースくんはトレイン先生のお部屋を探して迷っていたそうで、その間に提出期限が迫っていたらしい。
間に合わなかったらA組のみんなの成績が大変なことになってしまうと、青い顔をしたデュースくんをトレイン先生のお部屋に案内した。
急いだ方がいいんだろうけど、廊下は走っちゃダメだから、できる限りの早歩きで向かった。
「失礼します!」
トレイン先生のお部屋に着いて、デュースくんが中に入ると、ちょうど、鐘の音がした。
こうタイミングよく鳴られちゃうと、期限の合図な気がして落ち着かない。デュースくんとA組のみんなの成績は大丈夫かな? ソワソワする気持ちを押さえながら、デュースくんが出てくるのを待った。
ややあって、お部屋から出てきたデュースくんはほっとしたような、大きなため息をついた。提出期限には間に合ったそうで、怒られたりはしなかったらしい。
「すまない、助かった」
「どういたしまして! えへへ、間に合ってよかったねぇ」
「あぁ。
……それで、お願いってなんなんだ?」
「うん。あのね、私、ハーツラビュルに行きたいの」
言うと、デュースくんはばつの悪そうな顔で、大きくかぶりを振った。
この反応からしたらダメなのかも。リリアさんは寮の行き来に制限はないって言ってたけど、ハーツラビュルのルールでは許可なしにお邪魔しちゃダメとか、そういうのがあるのかも。
それならどうしよう。説明して、デュースくんに妖精さんを連れてきてもらえばいいかな。それとも、トレイさんに「招待してください」ってお願いすればいいかな。
……いや、いくらなんでもそれは厚かましいかも。
どうしようかと考えていると、デュースくんが気まずそうに口を開いた。
「
……悪い、今日はパーティーの予定はないんだ」
「へ?」
パーティー? パーティーってハーツラビュルの決まりでやるってヤツだよね? なんで急にそんな話になるんだろ?
そう考えて、まさかと思い付いた。デュースくんはもしかして、私がごちそうを食べたがってるって勘違いしてるの?
思い付いて、食い意地がはってると思われたのかと気付いて、顔が熱くなった気がした。たしかにこの前のお料理はどれも美味しかったし、また食べたいなって気持ちはないこともない。
けど、だからって、催促してるのだと思われてたのなら、ちょっと、いや、かなり不本意かも。
「ち、違うぅ! えと、前にお邪魔した時なんだけど
――」
とんでもない勘違いをされてすっごく恥ずかしい。けど、どうにか気持ちを切り替えて、この前にハーツラビュルで感じた妖精さんの話をした。
「たぶん木の妖精さんなんだけど、弱ってるみたいで。もしかしたら誰も気付いてないかもで」
「だから、妖精さんに色々持ってきたんだけど、私、ハーツラビュルの決まり事とか分からなくて、えと」
「でも助けたくて。だから、えと、そうしたらお庭も元気になるかもって」
「だからその、デュースくんに手伝ってほしいの!」
なんだけど、私も気持ちが焦ってるからか、言いたいことがぐちゃぐちゃになって口をついて出てきてしまった。そんなだから、デュースくんはいよいよ困ったような顔で首をかしげている。
「あの、だから、デュースくんにお願いしたいの!」
「事情はよく分からないが、わかった」
わけの分からないことを言ってる自覚はある。こんなんじゃデュースくんを困らせるだけかも。
そうは思ったけど、デュースくんはにっこり笑って、どんと胸を叩いてみせた。
「いいの?」
「あぁ! 困ってるのに放っておけるわけがないだろう」
「よかったぁ
……えと、じゃあ、お願いします!」
デュースくんにお願いして、その足でハーツラビュルへ向かう。鏡舎まで二人で走って、ちょっぴり緊張しながら、ハーツラビュルへの鏡に飛び込んだ。
ハーツラビュルのお庭はこの前とあまり変わらない。お庭はキレイに整えているようだけど、やっぱり、どこか元気がない感じがする。
それもたぶん、ここの植物を司っている木の妖精さんが弱っているせいだ
……と思う。だからきっと、妖精さんが元気になれば、ここのお庭もずぅっとキレイになるかもしれない。
「それで、うちの寮がどうしたんだ?」
やっぱりさっきのでは説明になってなかったようだ。自分の説明の下手っぷりに思わずがっかりしてしまう。
けど、今はがっかりしてるヒマもなければ、説明する時間も惜しい。
「あの、急ぎたいから後で説明してもいい、かなぁ?」
「? あぁ」
「ごめんね、でもありがと」
連れてきてもらって悪いけど、今は妖精さんを優先したい。不思議そうな顔をするデュースくんに謝って、辺りを見回す。広そうなお庭だけど、生垣に阻まれて見通しはよくないみたい。
それでも妖精さんを見つけないといけない。どこにいるのか気配を探ると、生垣の向こう側からそれらしいものを感じた。
間違いない。妖精さんはこの生け垣の向こうだ。そしてやっぱり、木のマナと同じものを感じる。
「ねぇ、デュースくん。この向こうってどうなってるの?」
「迷路だ。向こうにあるパーティー会場以外は、全部迷路になってるんだ」
そう言ってデュースくんが指さしたのは、この前見つけた扉のある生垣だった。それっぽいなとは思ってたけど、やっぱりあそこがパーティー会場で合っていたらしい。
それよりも、驚いたのがこのたくさんの生垣が迷路だったこと。ここのお庭は広そうだし、中の方はどうなってるんだろう? 気になって、背伸びして見てみるも、迷路の果てはまるで見えない。とてもじゃないけど私一人で迷わず歩ける気がしなかった。
思い切ってデュースくんにお願いしてよかったなって、改めて思った。寮生であるデュースくんなら、ここの歩き方とか分かってるはずだもん。
「そっかぁ。入口ってどこ?」
「えっ? あぁ、垣根の間のどこからでも入れるようにはなってるが
……」
「そなんだ。地図ってあるかなぁ?」
「すまない、聞いたことはないな」
「そっかぁ
……んー」
妖精さんの気配がする方向は分かるけど、迷路の中となると、辿るのは大変かも。ちゃんと飛行術が使えれば上から探せたんだろうけど、残念ながら、私にはちょっとの高さを飛ぶことしかできない。
他の妖精さんやユーレイさんでもいたら探してもらえたかもだけど、これもまた残念なことに、今ここにはいないらしい。なら、入って探すしかないかも。
「ありがと。えと、ちょっと中に入るから、デュースくんはここで待っててもらっていーい?」
「えっ」
デュースくんに一言断って迷路に足を踏み入れた。中で迷ったりしたら、道順を教えてもらおう。
生垣は高さはあるけど、よっぽど遠くに行かない限り、お話できないほどではない。背伸びすれば道の先も少しは見えるし、妖精さんのいる方を確認しながら進んで、困ったらデュースくんに聞けばいいよね。
そう決めて、持ってきた木の実を握りしめて、いい匂いのする生垣の中を歩いた。
「キースリンク!」
「えぅ?」
分かれ道の先を背伸びをしながら確認していると、ふいに、後ろから声をかけられた。どうしたのかと声のした方を見ると、デュースくんが困ったような顔で私を見ていた。
「その、僕も付き合う」
「いいの?」
「
……あぁ!」
「えへへ、ありがとー」
どことなく含みのあるような態度で、でも力強い顔でデュースくんは笑った。
思い切って来たのはいいけど、迷路がどうなってるかなんて全然分からないから、デュースくんがいてくれたらとっても心強い。
「じゃあ、私は妖精さんの気配を辿って行くから、終わったら帰り道の案内をお願いしていいかなぁ?」
「えっ」
「えぅ?」
「いや、その
……」
……なんと、デュースくんはこの迷路のことはまるで分ってないのだそうだ。
それもそうだ。デュースくんはここの寮生とはいえ、入学してからひと月も経ってないんだ。それなのに、こんなに広いお庭の構造を理解しろっていうのはいくらなんでも無理な話かも。
それなのに付き合ってくれるんだなって、嬉しいような申し訳ないような気持ちになった。
というか、道が分からない者同士で歩いて大丈夫なのかな? それに気付いて急に不安になった。それもこれも、デュースくんに何の確認もしないで突っ走っちゃった私が悪いんだけど。
大丈夫かなと思ってちらっと見ると、デュースくんは不安そうな顔をしていた。
「えと、迷子が心配なら戻っていーよ?」
「なっ!? いや、そういうわけじゃない!」
「
……そーぉ?」
幸い、ここに入って間もないから、出ようと思えばすぐに出られる。そう思って提案したものの、デュースくんは小さくかぶりを振るだけだった。
無理に付き合ってくれなくていいんだけどな。それでも付き合ってくれるんだから、やっぱり、真面目なんだなって思った。
そんな子に迷惑なんてかけられないよね。道を覚えていられるうちに妖精さんを見つけて、早くことを済ませなきゃ。そう思って、妖精さんへ意識を集中させた。
幸いにも、妖精さんはあまり奥の方にいなかった。歩いているうちに、枯れ木の根本で倒れている妖精さんを見つけることができた。
想像していた通り、木の妖精さんのようだった。今まで会った妖精さんたちとは違う見た目、そして弱いながらも木の力を感じる。予想通り、ポポちゃんとは全然違う見た目だった。
「あのぅ、大丈夫ですかー?」
妖精さんを驚かさないように、離れて声をかけた。けど、返事はない。妖精さんはぐったりしていて、見るからに元気がない様子だった。
デュースくんもそれに気付いてか、落ちつかない様子で辺りを見回している。妖精さんは人の気配には敏感なところがある。だから、デュースくんにはその場にいてもらって、私はそうっと妖精さんに近付いた。
逃げるとか、こっちに警戒してるとか、そんな様子はない。
……もしかしたら、そうする元気もないかもだけど。
「えと、ごめんなさい」
揺すらないように、そっと妖精さんを抱き上げた。妖精さんはちょっとだけ顔をしかめると、ちらっと私の顔を見て、また眠るように目を閉じた。
「えっと
……」
妖精さんは思っていたよりずっと弱っているようだった。元気がないくらいであれば、木の実かなんかをあげればそれで済む。けど、この妖精さんはそれくらいで持ち直せそうにないほど、気配が稀薄だった。
(なら
……)
物よりも、直接源素をあげた方がいいかもしれない。私はやったことないけど、パパが昔、そうやって水のマナを助けたって話を聞いたことがある。
やり方もなにも分からない。でも、どうにかなれの気持ちで、ポケットから試験管を取り出して、入っている木素を全部、妖精さんに振りかけた。
木の力をたっぷり湛えた緑色の光が妖精さんを包み込む。そして、ゆっくり妖精さんの体に溶け込んでいった。
ちゃんと効果はあったらしく、源素が溶けきると、さっきよりも妖精さんの気配をはっきり感じられるようになった。
「ん
……」
「気付いた? えと、だいじょーぶ、かなぁ?」
「
……」
目を覚ました妖精さんは、ぼうっとした目で私を見ると、こてん、と気を失うように眠ってしまった。まだまだ足りないのかも。
ものすごく弱っていたみたいだから仕方ないかもだけど、これでダメとは思ってなくて、どうしようって気持ちになった。もっと源素を渡せばいいかもだけど、持ってきた木素は全部使ってしまった。
あとはもう、この辺の木や芝を源素に変えるしかない。日々お庭を整えてるのだろうハーツラビュルの人たちには悪いけど、妖精さんのためだもん、許してほしいなって心の中で謝っておく。
そう思って、改めて辺りを見回すと、ここは他よりいっそう荒れているようだった。妖精さんがいた木はすっかり枯れていて、生垣の花も朽ちている。
これじゃあ、まともな木素がとれるとは思えない。生垣そのものはまだまともそうだけど、いくらなんでも迷路の形を変えるわけにはいかないよね。
焦るのを感じながら、それでもなにかないかと見回すと、ふいに、辺りが暗くなった。
「りょ、寮長!?」
「う?」
デュースくんの焦ったような声がした。どうしたのかと思ってデュースくんを見ると、驚いたような顔で私の頭の上を見ていた。
「えっ
……?」
なんなんだろうと思う間もなく、目の前に怒り顔をした真っ赤な髪の男の子が箒を片手に降りて来た。
私の知ってるハーツラビュルの寮服とは違う、たっぷりとしたマントが付いた豪奢なお洋服。それにデュースくんがそう呼んでたから、この子がここの寮長さんだということは察せられた。
突然怒ったような顔で現れてびっくりした。だけどそれよりも、ハーツラビュルの寮長さんが想像してた感じと全然違うことにもっと驚いた。
エースくんとデュースくんどころか、ユウくんたちにまでお仕置きの首輪を付けた寮長さん。ルールにとても厳しいという寮長さん。大暴れしてここのお庭をめちゃくちゃにしたという寮長さん。
話で聞いた寮長さんは、それはそれは恐ろしい人だ。けど、目の前にいるのは華奢な、ともすれば女の子のようなかわいい感じの男の子。踵の高いブーツを履いてるからちょっと分かり辛いけど、背丈も私とそんなに変わらない気がする。
とてもじゃないけど、噂のような怖い人だとは思えなかった。
……怒り顔をしてなきゃ、だけど。
寮長さんはデュースくんをちらりと見ると、大きな目で私を睨みながら、持っていた杖を突き付けてきた。
「お前たち、一体どういうおつもりだい!」
「えっ?」
突然出てきて、怒られて、なにがなんなのか頭が追い付かない。
寮長さんがこんなに怒ってるってことは、もしかして、私、ルール違反をしちゃったのかも? でも、デュースくんも一緒にいたんだから、なんかあれば教えてくれるものだと思ってた。
けど、デュースくんの青ざめた顔を見れば、なにかやっちゃったんだなってイヤでも気付いてしまった。理由は分からないけど。
でも、今は寮長さんに怒られることよりも、この子を助ける方が先だ。
この子を元気にするには、もっとたくさんの木素が必要。寮長さんなら、源素還元していい物とか、知ってるはずだもんね。
でも、こんなに怒った顔を見ると、私の話を聞いてもらえるのかかなり心配かも。
「ちょ、リドルくーん! 待ってってば!」
寮長さんの質問に答えるでもなく、かといってお願いできるでもなく、言葉に詰まっていると、ケイトさんが箒に乗ってやってきた。ケイトさんがこう呼ぶってことは、寮長さんの名前はリドルさんで合っていたらしい。
ケイトさんは私とリドルさんの間に降りてくると、私たちを見て、困ったような顔で首を傾げた。
「えーっと? どういう状況かなぁ?」
「えと、あの!」
「質問に答えないか!」
「ぴっ!?」
お庭にリドルさんの怒鳴り声が響く。こんなにちっちゃいのにとんでもない迫力だ。でかぷにに体当たりされた時だってこんな衝撃はなかったかも。
そんなリドルさんにケイトさんは慌てた様子で手を振った。
「ちょ、リドルくん落ち着いて! デュースちゃんはともかく、ティナちゃんはヨソの寮のコだから、ね?」
「む
……」
ケイトさんに宥められて、リドルさんは渋々といった顔で杖を下げた。そして、じっとデュースくんを見つめた。
「デュース、これはどういうことなのか説明してもらえるね?」
「はい! 寮長!」
「じゃあ、ティナちゃんはオレとお話しよっか?」
「えと、はい」
しどろもどろになりながらお話するデュースくんを横目に、ケイトさんにここに来るまでの説明をした。
ここに弱ってる妖精さんがいるみたいだから助けようと思ったこと。けども、ハーツラビュルは決まりごとが多いから、ルール違反をしないようにデュースくんに連れて来てもらったこと。
妖精さんの気配を辿ってここまできて、たった今応急処置をしたこと。
……けど、私が用意してきたものじゃ全然足りなさそうなこと。
ケイトさんはうんうん頷きながら聞いてくれた。一通りお話すると「なるほどねぇ」と呟きながら、いよいよ困ったような顔を見せた。
「あの! お話は後で聞きますから、先にこの子の手当てをさせてほしいんです」
「えっ」
リドルさんが怒ってるということは、私たちはルール違反をしちゃったんだろう。なにが悪かったのかは分からないけど、悪いことをしちゃったのなら、お仕置きの首輪を付けられても仕方ないかもとは思う。
けど、今はそれよりも何よりも、この妖精さんのことだ。
ケイトさんに私の腕の中でぐったりしてる妖精さんを見せると、さっきまでのゆるっとした様子とは打って変わって真面目な顔になった。
そしてデュースくんにお説教をしてるらしいリドルさんに声をかけた。
「リドルくん、お話し中ごめん。ちょっといいかな?」
声をかけられたリドルさんは訝しげな顔をしながら私のところへ来た。そして、私と、妖精さんとを交互に見ると顔をしかめた。
「なんなんだい?」
「えっとね、ティナちゃんはこのコを助けるためにここに来た、らしいんだよねぇ」
「妖精を? そもそもその妖精は何者なんだい?」
「分からないです。でも、このままだと危ないかもなんです。だからえと、その
……」
助けたいから力を貸してほしい。そう言おうと思っても、リドルさんの厳しそうな目を見ると、私の話を聞いてくれるとは思えなかった。
どう言えば伝わるんだろ。でも、そんなことを考えるヒマがあったら妖精さんを助けたい。
けど。
でも。
言わなきゃとやらなきゃで頭がごちゃごちゃして、何も言えないでいると、ケイトさんが私の顔を覗き込んできた。さっきまでの困ったような顔じゃなくて、リリアさんやカリムさんのようなにっこりと明るい、安心させてくれるような笑顔だ。
「それで、オレたちはなにをすればいいかな?」
「ケイト! 勝手を許すんじゃない!」
「や、でもさリドルくん。ティナちゃんのことはともかく、このコが弱ってるのは本当みたいだよ?」
ケイトさんはそう言いながら、リドルさんと私とを交互に見た。
こんなに騒いでいるにも関わらず、妖精さんはぐったりしたままだ。心なしかさっきよりも弱った気さえする。
「オレ、妖精族がどうこうとかは分からないけどさ、このままほっとくのはよくないんじゃないかな?」
「ううん
……」
「お願いします! その、お手当てが終わったら、お仕置きでもなんでも受けるので! 助けてください!」
「僕からもお願いします!」
ケイトさんと私、それといつの間にか私の隣に来たデュースくんと三人で頼み込む。リドルさんは少し、たじろぐような様子を見せて妖精さんをじっと見つめた。
そして、少しの間考え込むように顔を伏せると、ゆっくりかぶりを振った。
「
……分かった。ボクだって無闇やたらに首をはねたいわけじゃないんだ」
「ありがとうございます!」
「ただし! 事が済んだらきちんと説明してもらうよ!」
「は、はいぃ!」
……首をはねる、なんておっかない言葉が聞こえた気がするけど、気のせいだよね? 首輪をどうこうを聞き間違えただけだよね?
なにはともあれ、リドルさんからお許しを貰えて、ひとまずはほっとした。
「それでそのぅ、伺いたいんですけど、剪定した枝とか、伐採予定の木とかありませんか?」
「それとその妖精となんの関係があるんだい?」
「木の源素がたくさん必要なんです。その辺の生垣とかもらえたらなー、っては思うんですけど」
「いいわけないだろう! 残念だけど、そういった物はないね」
さすがに生垣はダメなようだ。まぁ当然なんだけど。
リドルさんが言うには、庭木のお手入れをして出た枝や、刈った芝は、朝のうちに回収されてしまうのだそうだ。そして、今日の分は回収済みで、もうないらしい。
なら、植物園とかに行けばいいかな? でも、弱ってる妖精さんをあちこち連れ回してもいいのかどうかは分からない。
どうしようかと迷っていると、おもむろにケイトさんが「そういえば」と小さく声を上げた。
「一本だけ、新しく植え替えようかって相談してた木があるよ」
「そんな木、あったかい?」
「あるんだよー。今朝トレイくんと見つけて、リドルくんに相談しないとなーって話してたんだ」
「
……初耳だね」
「
……あれぇ?」
「まぁいい。それで、その木はどこにあるんだい?」
リドルさんにじとっとした目で見つめられ、ケイトさんは「たはは」と、照れ臭そうに笑った。
「えっとね、こっち」
ケイトさんについていくと、他よりも少し広い場所に来た。芝を張り替えたばかりのようで、青々とした芝と土とがまだらになっている。
広い分、木も多く植えられていた。そんな中、ケイトさんは1本の木に近付くと「この木」と、その幹を叩いた。
見た目は他のバラの木と変わらないように見えるけど、なにがダメなんだろ?
隣を見ると、リドルさんも同じように思ったらしく、じっと目を細めている。
「ケイト、その木になんの問題があるんだい?」
「まー、パッと見はそう思うよねぇ
……ほら、ここ」
ケイトさんはそう言って、どことなく寂しそうな顔で木の裏を指差した。リドルさんがその指差した場所を覗き込む。
「これは
……」
「ね。だから、新しい木の発注をかけようかなーって思ってたんだ」
「たしかに、これじゃあダメかもしれないね」
「でしょー?」
木の裏を覗きながら二人は分からない話をしていた。さすがに口を挟むわけにはいかないから、黙ってやりとりを見てると、ケイトさんがにっこり笑いながら私に手招きをした。
「ティナちゃん、この木、使っていいって」
「えっ」
「あぁ。この木はもう処分するしかないようだからね。キミに譲るよ」
「えと、ありがとうございます?」
二人はそう言うものの、この木のなにがダメなんだろ? 見た感じは他の木とあまり変わらない。せいぜい葉っぱの先が枯れかけてるくらい。
気になったからリドルさんと同じように、裏側を覗き込んだ。
「あっ」
見て分かった。表はなんともないように見える木だけど、この木の根本は大きく抉れていて、その傷跡には機械油のような、焦げのような黒いモノがこびりついていた。心なしか禍々しい感じがする。
たしかに、根っこがこんなになっちゃえば、この木の先は長くないのかも。抱いてる妖精さんもなにか感じるのか、小さく震えている。
「えと、それじゃあこの木、いただきますね?」
「あぁ。好きにするといい。何を考えているのか知らないけれどね」
聞くと、リドルさんは頷いた。
この木になにがあったのかちょっと気になるけど、リドルさんの許可も貰ったから遠慮なくいただいちゃおう。
「それじゃ、危ないかもなので、離れてください。デュースくん、ちょっとこの子抱っこしてもらっていい?」
「あ、ああ」
妖精さんをデュースくんに預けて、リドルさんたちが離れたのを確認して、改めて木を見た。
まだ元気が残っている木のようで、木素も水素もたっぷり含んでいた。けど、汚れのせいか幽素と闇素を少しばかり感じる。炎素は感じないから、根っこにこびりついてるのは油じゃないのかも?
それはそれとして、こんな大きな木で、源素も複雑に絡まってるとなると、ちょっと難しいかもしれない。
――けど、できないわけじゃない。
マジカルペンを取り出して、扱いやすいように警棒の形に変える。呼吸を整えて、目の前の木に意識を集中させた。
「万物を構成せし源素よ! 全てを育みしマナの力よ! 今そのいましめから解き放ち、其を原初の姿にまで立ち還らせたまえ!!」
詠唱して、ほどけた源素を頭に強く強く描きながら、マジカルペンを振り下ろす。こつ、と先が木に当たると共に、木だった源素が辺りに弾け飛んだ。思った通り、たくさんの木素と水素、それとちょっとばかりの幽素と闇素だ。
キラキラ光るその中から木素だけを持ってきた試験管に集めた。もったいないけど、残りの源素は放っておくしかない。入れ物がないんじゃ、持って帰りようがないもんね。
木があった場所は僅かばかりの黒ずみと、根っこが生えていた部分の窪みだけが残っている。きれいさっぱりなくなってみると、とってももったいないことをした気がする。
なんて、惜しんでる場合じゃない。集めた源素を妖精さんにやらないとだ。
「デュースくん、ありがとね」
「あ、あぁ
……」
じっと立っているデュースくんから妖精さんを抱き上げて、さっきと同じ要領で木素を振りかけた。
さっきよりもたくさんの木素が妖精さんに溶け込んでいく。
「んっ
……」
源素を浴びて、妖精さんの状態も良くなってきたようだった。さっきよりはぱっちり目も開いて、腕の中できょろきょろ辺りを見回している。
「えと、元気になった。かなぁ?」
「だぁれ?」
「えと、ティナ・キースリンクです。はじめまして、木の妖精さん。
……だよねぇ?」
「うん、そう。はじめまして、ティナ」
「よかったぁ! えへへ、はじめまして」
目を覚ましたとはいえ、元気いっぱいというほどではないらしい。妖精さんは少しぼうっとした様子で私の胸に顔を埋めた。
「もっとゆっくり寝たい。休めるとこ、連れてって」
「んと、どこだろ?」
「
……すぅ」
言うだけ言って妖精さんはすやすやと寝息を立ててしまった。なんだかなぁとは思ったけど、さっきと違って気持ちよさそうに寝てるからいいのかな。
木の妖精さんを休ませるのなら、元気な木がいっぱい生えてるとことかに連れてけばいいよね。ここや妖精さんが倒れてた所は荒れてるから、もう少し木が元気なとこ。
どこがいいかなぁと考えて、この前のパーティー会場を思い出した。あそこは大事なところなだけあって、他よりも手入れが行き届いてるように見えた。
それに、この迷路と違って、しっかり木に囲まれている。扉があるからひと気も阻めるし、あそこなら妖精さんもゆっくり休めるかも。とはいえ、勝手に妖精さんを置いてくわけにはいかないから、これもまたリドルさんに聞かないとだよね。
「あのぅ、リドルさん」
聞こうと思って振り返ると、三人ともヘンな物を見るような目で私を見ていた。
「えと、あれぇ
……?」
「キミ、一体なにをしたんだい?」
リドルさんはそう言って、怖い顔で私を睨んできた。そして、デュースくんとケイトさんはオバケでも見るような顔で私から目を逸らしている。
「えうぅ
……」
どうやら私は、とんでもなくマズいことをしちゃったのかもしれない。
リドルさんにお願いして、妖精さんをパーティー会場の隅に寝かせてからは、これでもかと質問責めにされた。
なにをしたんだとか、どうして妖精さんとおしゃべりできるんだとか。これはあちこちで話したように「私の世界の錬金術です」で押し通して、どうにか納得してもらった。リドルさんは、納得していないような顔だったけど、それ以上つっこんでこなかったからいいよね。
そして、後回しにしていたお説教もきっちりいただいてしまった。飛行術をある程度できなきゃ迷路に入っちゃダメとか、木を消すなんて大掛かりな魔法を使うならもっと配慮しろとか、お医者さんのしかく? がないのに治療をするなとか。授業が終わってるのだから寮服を着なさいとか。
よくこんなにもネタがあるなって思うくらい、それはそれは細々と叱られた。
けど、不幸中の幸いといったらなんだけど、後から来たケイトさんの口添えもあって、お仕置きまではされなかった。それにはデュースくんもほっとしたような顔をした。
……よく考えたら、デュースくんは私に巻き込まれただけで、なにも悪くないんだよね。
「まったく、キミがうちの寮生だったら首をはねていたところだったよ」
「ぴっ!? ごめんなさいぃ
……その、デュースくんもごめんね」
「あ、いや、僕は平気だから。うん」
それからしっかりこってりお説教のおかわりをもらって、解放されたのは陽がだいぶ傾いた頃だった。
遅い時間ということで、デュースくんに送ってもらうことになった。
「デュースくん、今日はありがとう」
「あ、いや。お、僕でよければいつでも頼ってくれ」
力になるから。デュースくんはそう言って胸を張った。けど、表情はちょっと曇ってて、どことなく元気がない感じがした。
そんな様子を見て、口ではこう言ってくれてるけど、やっぱり迷惑をかけちゃってたんだなって思った。今日だって、デュースくんは悪くないのに私のせいでリドルさんに叱られちゃったんだもん。
……そう考えると、本当に悪いことをしてしまったのだと改めて思った。
気まずそうにするデュースくんに改めて謝って、送ってくれたお礼を言って寮に戻った。
「なんじゃ、ずい分とくたびれておるではないか」
「あはは、ちょっと、色々ありまして
……」
きょとんと首をかしげるリリアさんにただいまを言って自分の部屋に戻る。そのままベッドに寝転がると、疲れがにじみ出てくるようだった。
妖精さんを助けられたのはよかったけど、リドルさんのお説教はちょっと疲れたかも。でも、久しぶりにおっきな物を還元できたのは楽しかった。思い出しながらごろごろした。談話室の時計を見た感じではお夕飯までまだ時間はある。
なら、ちょっとだけうとうとしようかな? お行儀は悪いけど、横になったままジャケットを脱いで、そのまま目を瞑る。意識がお布団にひっぱられるのを感じる間もなく、甘い匂いがするようなふわふわした夢の中に落ちていった。
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デュースサイドの話:
トランプ兵の見るところ・Ⅱー2