いまち
2024-02-10 11:44:01
199057文字
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ティナとねじれた魔法の世界・2


7.ティナと異世界のお友達


 目が覚めたらカボックに戻っていた――なんて都合のいい話なんてあるわけがなかった。
 慣れない部屋で目が覚めて、慣れない服に着替えて、朝ごはんを食べて、授業を受けるため、知らない道を歩きながら教室へ向かった。
 教室に入ると、空気がつんと凍ったのを感じた。先にいた子たちは私を見ると、見ちゃいけないものでも見るような顔で私から目を逸らした。昨日よりはヒソヒソ声が少なくなった気はするけど、それでも受け入れられてないんだなって空気を感じた。
 昨日と同じ席に着いて、ちんぷんかんぷんな教科書を読みながら、鐘が鳴るのを待つ。しばらくそうしているとご機嫌な様子のセベクくんもやってきて、一度目の鐘が鳴った。
 おしゃべりが止まない中、もう一度鐘が鳴って、ルチウスちゃんを抱えたトレイン先生がやってきた。
 そして先生のお話が始まる。挨拶から始まって、提出物の期限とか、今週の予定なんかの話を聞いた。そして最後に今日から授業が始まるからサボらずきちんと受けるように、と、厳しい目で言い残して先生は教室から出て行った。

「授業……

 先生はなんでもないことのように言ってたけど、ちゃんと受けられるか心配かも。
 なんせ、カボックの学校では読み書きと簡単な計算しか教わってないんだもん。ここはとびっきり優秀な子たちが通う学校だそうだから、ついていける気がまるでしない。
 錬金術と魔技術はパパとママから教わっていたから、そこはなんとかなるかもとは思ってた。けど、教科書を読んだ感じでは錬金術は私が習ったものとは違うもので、魔技術にいたっては教科書すらなかった。正直、不安しかない。けど、ここにいる以上はお勉強しなきゃだから、落ちこぼれたとしても頑張らないとだよね。

 怖いなぁ、なんて思ってるうちに鐘が鳴って、授業が始まってしまった。 
 まずは魔法史、トレイン先生の授業だった。何がなんだか分からなくてちんぷんかんぷん。
 言っている言葉も何の名前なのかまるで分からない。人なのか、物なのか、国なのかさっぱりだ。おかげで、先生のお話は悲しいくらい頭に入らなかった。かろうじて「魔法石」って言葉に聞き覚えはあったから、鉱山から魔法石が採れたことから何かが始まった、というのは理解できた、と思う。

 次に魔法薬学。入学式の時にちょっとお話したシマシマな先生の授業。名前通り、おくすりの調合をするらしい。まずは薬草やキノコの種類を覚えるように叩き込まれた。
 おくすりの調合自体は魔技術でもよくやってたし、自分で採取もしてたから薬草やキノコの区別はある程度はつけられる。けど、名前や効能をしっかり覚えなきゃいけないとなると、ちょっと難しいかも。
 でも、話を聞く感じだと魔法史よりは難しくないかもって思った。

 そして体力育成。すごく体格のいい、元気な先生の授業。他のクラスと合同でやっているらしいけど、人が多すぎてユウくんは見つけられなかった。
 身体をほぐしてから今の身体の状態を調べるってことで、走ったり、ジャンプしたり、鉄の玉を投げたりした。
 それから体力をつけるためと、全員で広いお庭を20週走るように言われた。皆それぞれのペースで走ってるようだから、私はなんとなく、セベクくんと走ることにした。
 セベクくんは他の子よりは早いペースで走ってたけど、追い付けないほどじゃない。整えられた平らな道なら走り辛くもないもんね。

「あれ、今何週目だっけ?」
「17週目だ」
「ありがとー」

 途中で数え忘れちゃったけど、セベクくんに聞いて事なきをえた。うっかり少なく走ってズルしちゃった、みたいなことになったらマズいもんね。
 一緒に走っててよかった。なんて、思いながら走っていると、セベクくんが誰に言うでもなくぽつっと呟いた。

……貴様はどうしてついて来られるんだ」

 正直、私もそう思った。
 男の子が多いから、どうしても男女差みたいなものは出てしまう。そんなものだから、ついてけるかちょっと心配だった。けど、意外と大丈夫そうでほっとした。よく山とかで採取してたのが良かったのかも。
 それよりも、途中で倒れた子たちがいて、その子たちは大丈夫なのかと心配になった。ユーレイさんにどこかへ運ばれていく子たちを横目に見ているうちに私たちは走り終わった。
 走り終わって、やることもないから辺りを見回した。元気に走っている子がいれば、ヘトヘトになっている子もいる。フラフラになりながら走るカワイイ子を見て、ちょっとだけもやもやした。
 男の子と女の子じゃ体力が違うのに、同じくらい走らせるのって公平じゃないんじゃないかなって。

 午前の授業が終わって、お昼休憩の時間になった。
 昨日と同じように、大食堂でリリアさんたちとお昼ごはんを食べた。今日はエビのグラタンにお野菜とハムのサンドイッチ、お豆のサラダとデザートにチーズケーキをもらってきた。いっぱい動いた後だからご飯も美味しい。

「いただきまぁす」
「うむうむ、今日も元気でなによりじゃ」

 食べながら、リリアさんと授業についてお話をした。

「授業はどうじゃ?」
「魔法薬学はちょっと分かりましたけど、魔法史は全然分からなかったです」
「正直じゃのう」

 リリアさんはくふくふ笑って「これから覚えていけばいい」と励ましてくれた。ついでに近くにいたセベクくんからは「情けない」なんて怒られてしまった。
「むー……
 異世界の歴史なんて分かるわけないもん。思わず言い返したくなったけど、我慢する。
 なんでか知らないけど、セベクくんからは嫌われてるみたいだから、あまり構ったり頼ったりしない方がよさそうだもんね。でも、いつかはお勉強で見返してやりたいなぁ、ってちょっと思った。
 そうでなくても、教えてくれる先生のためにもお勉強、頑張らないとだよね。
 ひっそり決意を固めながら、どこかにユウくんがいないか探してみる。けど、人が多くて見つけられない。どこにいるのかなーって席を見ていると、ふいにリリアさんが消えた。
 移動の魔法でおかわりでも取りに行ったのかな?
 私もおかわりをもらってこようかなぁ、なんて思いながらユウくんを探していると、セベクくんが下の席をじぃっと睨んでいた。セベクくんと一緒にいる銀髪の子も同じように見つめている。
 つられて私も二人の目線の先を辿ると、食卓の上でリリアさんが逆さまに浮いていて、その席の子たちとお話しをしているようだった。リリアさんのお友達かな? お友達とお喋りしてるだけなのに、なんで睨むんだろって思っていると、ぎゅうぎゅうの席の間から、妙な青白い火が覗いた――途端に、怖気が背中を這い回った。
 それがなんなのか理解するより先に首の後ろがぎゅっとなる。この感覚は魔物の気配だ。
 慌てて辺りを見回すものの、この近くにはいない。それは当然かも。危険な魔物がいて、リリアさんが気付かないわけがないもん。となれば、魔物がこっちを見ていたとかなのかな? だとしたらどこからだろう、青白い火があった辺り?
 もう一度よく見ようと、リリアさんがいた席のあたりに目を向ける、と、急に目の前が暗くなった。

「ばぁ」
「ぴえっ!?」

 リリアさんが急に目の前に現れて、驚いて、思わず悲鳴が上がった。私が驚いたのが面白かったのか、リリアさんはケタケタ笑い出した。
 驚いて何も言えないでいると、銀髪の子が呆れたようにため息をついた。

「リリア先輩、あまりからかわないでください」
「すまんすまん。ほれ、お詫びじゃ」

 銀髪の子の言葉にくふくふ笑ったリリアさんの手には、湯気が上がっているティーカップ。

「うー……ありがとうございます」

 カップを受け取るとミルクティーだった。一口飲むと温かくて、ほんのりハチミツの味がして、ざわざわしていた気持ちが落ち着いた。
 落ち着いて、もう一度辺りを見回せば、魔物の気配はなくなっていた。いなくなったのかな? それとも、気のせいだったのかな? もしかしたらユーレイさんの気配を勘違いしたのかも?
 ちょっとだけほっとしたものの、やっぱり気になるものは気になる。だから、どうにか頭を切り替えた。
 ソワソワしてたら、付け入ってくるのが魔物だ。魔物がいるのかもしれないなら、気を付けるに越したことはない。万が一、を忘れないように肝に銘じて、お茶を飲んで、リリアさんにお礼を言って席を立った。

 それから午後の授業が終わって、先生のお話が終われば今日の学校は終わりだった。
 やっぱりというか、まる一日お勉強をするなんて慣れないからちょっと疲れたかも。
 色んな物事を知って、視野を広げれば元の世界へ帰る研究の助けになるって理屈は分からなくはない。けど、やっぱり、疲れるものは疲れちゃうもんね。
 今日はこれからどうしようか考えながら、教科書をフロシキに包んでいると、先生と目が合った。

「キースリンク、来なさい」
「? はい」

 なんだろうと思って近付くと、先生の手には薄い冊子が三冊あった。
 これを、と渡されて受け取ると、冊子にはそれぞれ「魔法史」と「魔法薬学」と「魔法解析学」とタイトルがついていた。教科書よりずっと薄くて、なんの本だろうと思っていると、先生は続けた。

「君とクドウは授業とは別に補習を行う」
「ほしゅー……ってなんですか?」
「主に成績が芳しくない者への措置だ。授業とは別に補填の講義を行う」

 なるほど、私もユウくんもこの世界の人間じゃないから、みんなが知ってて当然のことも分からない。実際、今日の授業も分からないことだらけだったもんね。
 ありがたいとは思うけど、そのために先生のお仕事を増やすのもなんだか悪い気がする。あと、今日は疲れたから別の日にしてもらいたいって、ちょっとだけ、思ってしまった。

「えと、分かりました。これからするんですか?」
「いや、君たちはここに来て間もないだろう。ある程度生活に慣れてから……来週あたりから行おうと思っている」

 どうだろうか? と聞かれたから頷いた。確かにお勉強以外にも覚えなきゃいけないこととか、慣れなきゃいけないことってたくさんあるもんね。
 早くお勉強に追い付かないとって気持ちはあるけど、急に色々な事を覚えようとしても、どれも半端になっちゃうもんね。

「お気遣いありがとうございます」
「よろしい。では、来週までにその冊子を読んで予習しておくように。最低限の基礎はそこに書かれている」
「はい」

 ユウくんと一緒にほしゅーを受けるってことは、ユウくんも同じ本を貰ったのかな? そうだとしたらお揃いみたいでちょっと嬉しいかも。
 そんなことを考えて思い出した。そもそもユウくんはどこにいるんだろう。さすがに先生なら知ってるよね。話が終わったら聞いてみよう。そう思っていると、先生が「そういえば」と思い出したように言った。

「ヴァンルージュは魔法史が得意だったな」
「リリアさん、ですか?」
「あぁ。機会があったら話を聞いてみるといい」
「はい。そうします」

 なるほどと思った。リリアさんはすごく長生きしているみたいだし、昔のこととかよく知っていてもおかしくない。リリアさんなら面白いお話をたくさん知ってそうだし、お勉強でなくても、ちょっと聞いてみたいかも。

「話は以上だ。……それで、今日まではどうだったんだ? 困った事や分からないことがあれば言いなさい」
「困ったこと、ですか?」

 聞かれてドキっとしてしまった。困ったことといえば、やっぱり昨日のリリアさんとのことだ。けど、あれは私とリリアさんたちとの問題で、解決はしてるから、先生に話すようなことではないと思う。
 それに、話してリリアさんが怒られたら私も気分はよくない。それなら、隠し事をするようで悪いけど、言わなくていいかも。
 他に困ったことといえば、みんながよそよそしくて寂しく思うことだ。けど、それこそ先生に相談してどうにかなるとも思い辛い。そもそも私からの歩み寄りだって必要だと思う。これも、今はまだお話しすることじゃないかも。
 となると、ユウくんのことを聞くだけでいいかな?

「えと、ユウくんのことでお聞きしたいです。今どこにいるんですか?」
「彼か。あれから会っていないのか?」
「はい、昨日から探してるんですけど、見つけられなくて……ご存知ないですか?」

 先生はふむ、と頷くと例の光る板を取り出した。それをつんつん触ると私に見せてきた。板には学園の地図らしいものが描かれていて、先生は校舎の隣の建物を指さした。

「今彼はこのオン……屋敷に滞在している」
「寮じゃないんですね」
「あぁ。君も知っての通り、魔力のない者を寮に置くことはできない。なので、今は使われていないここに、彼ともう一人を住まわせているんだ」

 もう一人ってことは、私たち以外にも異世界からきた子がいるのかな? だとしたら、その子とも協力できたらいいかも。

「ありがとうございます、行ってみます」
「他に聞きたいことは?」

 ユウくんのいるところは分かったから、とりあえずはいいかな? もう一人の子がどんな子なのかは気になるけど、行けば分かるよね。

「えと、大丈夫です。ありがとうございます」

  お礼を言うと、先生は少しだけ笑った顔を見せて「予習を忘れないように」と言い残して教室を出ていった。
 いつの間にかみんなも帰ったようで、先生がいなくなると、教室には私一人になった。昨日と違って妖精さんもいないから、いやに寂しい気分になる。
 寂しくなると気持ちも後ろ向きに引きずられた。昨日ほどじゃないけど、今日も腫物扱いだったなって。そのまま気持ちが萎みそうになったけど、でも、と思い直す。
 昨日は右も左もわからなくてロクに周りを見られなかった。けど、少しはここにも慣れてきた。その分余裕も出てきた、と思う。だから、明日はもうちょっと周りに気を使ってみようと思った。挨拶したり、話しかけてみたり。黙ってばかりじゃ誰とも仲良くなれないもんね。
 寮でも同じだ、寮に戻ったら最初に会った人に「ただいま」って言ってみよう。寮は帰るところだもんね、「ただいま」で合ってるはずだ。もし変な顔をされたら「そう言うものだと思った」って正直に言えばいいもんね。
 そんな決意とフロシキの端をぎゅぎゅっと固結びにして、ユウくんが住んでいるというお屋敷へ向かった。

 先生が見せてくれた地図によると、ユウくんの住んでいるお屋敷は校舎のすぐ隣だった。けど、まっすぐ向かえる道は塞がれていて、ぐるっと回らないと行けない。メインストリートを鏡舎の方へ向かって、それから鏡舎とは反対の道を進んで、ガラス張りの大きな建物の前を通る。
 こんな遠回りしないと行けないなんていじわるだなぁ、なんて思いながら歩いていると、途端に道が荒れ始めた。
 ここまでの道はきちんと整えられていたのに、ここに来て急に草木が荒れ放題の生え放題になっている。少しばかり雑草が踏み均されてるだけで、舗装なんてされてなくて、まるで整備されてないのは明らかだった。
 先生はお屋敷だって言っていたけど、ユウくんはちゃんとしたところに住んでるのか、不安になってきた。乱雑に生えている木の間を抜けると、それらしい門と建物が見えてきた。

 ここが先生の言っていたお屋敷――のはずなんだけど、なにこの廃墟? というのが正直な感想だった。
 建物は大きいし、立派な石像が据えてあるから、昔は立派な建物だったのかも。というのはなんとなく分かる。
 けど、今私の目の前にあるのは錆びついて崩れそうな門、元は二つあっただろうランプは一つしかなく、片割れらしい破片が足元に散らばっている。
 門がこうなだけあって、お屋敷自体もひどい有様だ。建物の周りやお庭には無残なガラクタが散らかっているところから始まって、ボロボロに崩れた外壁、穴が開いてるのかと思うほどえぐれた屋根。ものすごく曇っているから、窓は割れてないみたい。けど、汚れがすごい。窓がこうだから、中がどれほど汚れているのか伺えてしまう。

 こんなところにユウくんは住まわされているのか。

 私が寮の一人部屋でのんきに過ごしてる間にも、ユウくんはこんなボロ屋で寝泊まりしていたのかと思うと罪悪感で胸がぎゅっとなった。
 同じように異世界から来たのに、魔法が使えないだけでこんな目に遭わされているユウくんが不憫でならなかった。
 リリアさんにお願いしたら、ディアソムニアに住まわせたりできないかな? 寮に空きがなくても私の部屋とか。でもユウくんともう一人いるみたいだから難しいかも? 私の部屋、一人部屋にしては広いから、二人くらいなら住めるけど、三人となるとちょっと狭いかも。
 いや、でもこんな所にいるくらいなら狭い方がマシだよね、きっと。
 いやいや、そんなことを考えてる場合じゃない。まずはユウくんがいるか確認しないとだ。
 頭の中でごちゃごちゃに散らかった考えを振り払って、改めて、お屋敷を見上げた。本当に古い建物だ。遺跡と違って、露骨に汚いものだから触ったり中に入るのには抵抗がある。こんなところで寝泊まりするくらいなら野宿の方がずっとマシかも。

「お邪魔しまーす……

 一応、声をかけて門を開ける。見た目の通り、手入れもされてないようで、動く度にギィギィ軋んだ音が上がる。ついでに、サビで手が真っ赤になってしまった。ちょっと触っただけでも壊れそうなボロっぷりだった。
 手についたサビを払いながら先に進む。石を組んで造られたらしいヒビまみれの階段は、雑草こそ生えていないものの、隅のほうはコケまみれで、あちこちから風にあおられた蜘蛛の巣が飛んで来る。べとべとして気持ち悪い。
 我慢しながら玄関先に着くと、こっちもやはり、ひどかった。蜘蛛の巣が何重にも張っていて、その蜘蛛の巣にはよく分からないものがまとわりついている。
 よく見たら気持ち悪くなりそうなそれから目を逸らして、ドアをノックしてみた。塗装は剥がれているものの、しっかりした木材でできているらしく、案外気持ちイイ音がした。けど、返事はない。
 おでかけでもしてるのかな? それならここで待ってたらいいかな。そう思って振り返ると、いつの間にきたのか男の子が三人、こちらに歩いてくるのが見えた。
 男の子はユウくんと赤毛の子と黒髪の子だ。昨日ユウくんと走ってた子たちに似てるかも。見ていると、三人も私に気付いたようで、目が合った。一緒にいる二人は驚いたような顔をしていたけど、ユウくんは――どんな顔か見るより先に、その隣に目が行った。
 ユウくんの肩の上に、ねこのような魔物が乗っていた。ねこと違って耳に青白い火が灯ってる。それに気付いて背筋が冷えると同時に、お昼に感じた気配はこの魔物だと確信した。
 昨日、ユウくんとはお互い一人でここに来た、みたいな話をしたから、この魔物はユウくんが連れている子ではない。それなら……

 ――ユウくんを守らなきゃ!

 考えるより先にそう思って、魔物を見る。構成源素は魔素、幽素、炎素、感じられるのはこの三つ。これくらいの大きさであれば一度で源素還元できる。
 杖があればもっと楽だったのに――置いてきたことを悔やみながら、ポケットからマジカルペンを抜いて、階段を上がってくる三人に向かって、一息に駆け寄って距離を詰めた。

「あ、ティ……
「ユウくんは動かないで!」

 何か言おうとするユウくんの言葉を遮る。杖ならともかく、ペンは小さいから当てづらい。うっかり外してユウくんに当たったら大変だ。当てないよう集中して、魔物に向かってマジカルペンを振りきる。

「ふなっ!?」
「げっ!?」
「うえっ!?」

 瞬間、魔物がユウくんの肩から飛び降りて、隣にいた赤い髪の男の子の頭を蹴り飛ばした。その衝撃のせいだろう、男の子の身体が大きく揺れる。このままじゃ男の子に当たる。咄嗟に手首を捻って、ペンの軌道をずらした。勢い余って転びそうになるのを立て直す。
 失敗した。魔物は逃げて、ペンは別の物をかすっただけだった。それでも何か還元できたらしい、手元に届いたわずかばかりの魔素を放り捨てて、ユウくんたちに向き直る。
 ユウくんたちは驚いたような顔で立ち尽くして、魔物は三人の足元に隠れるようにして私を睨みつけていた。

「やいやい! オマエ、いきなりなんなんだゾ!」

 ユウくんの脚の間から顔をのぞかせて、子供のような声で魔物が騒ぐ。どうやら、人の言葉をしゃべるだけの知能はあるらしい。となると、少しやっかいかもしれない。隙を見て三人から魔物を引き剝がさないといけない。

「ユウくん、それ魔物だよ! 危ないから逃げて!」
「危ないのはオマエの方なんだゾ!」
「うるさい! ユウくんから離れなさい!!」

 どうやって隙を突けばいいのか。考えていると、ユウくんと一緒にいた男の子たちが、ユウくんと魔物とを庇うように前に出てきた。二人もポケットからマジカルペンを抜いて、じぃっと私を睨んでくる。

「っ、どいて!」
「ヤだよ。いきなり襲い掛かってくるヤツの言うことなんか聞けるか」
「ダチがヤられて黙ってるワケねぇだろうが!」
「まだヤられてねぇわ!」

 二人ともまるで聞く耳を持ってくれない。もしかして、三人はこの魔物に操られてるのかもしれない。人の言葉を使うほど賢い魔物であれば、そういうことはたやすい。元いた世界でもそんな魔物はいた。
 そうだとしたら、本当に厄介だ。三人を正気に戻すか、魔物を倒すかどちらかを選ばなきゃいけない。けども、手元にそんなおくすりはないから魔物を倒す以外の選択肢はないんだけど。
 こうなったら無理にでも魔物を引き剥がすしかないかもしれない。少しくらいケガしても、寮に帰れば持ってきたおくすりがあるから治療はできる。少しでも隙ができたらその瞬間を狙うんだ。
 こんなことならばくだんを持ってくればよかった! ピリピリと刺すような空気の中、ユウくんが思い出したように声を上げた。

「ティナ! グリムは悪い魔物じゃないよ!!」
「へ!?」

 その言葉に私たちはみんな、呆気にとられてユウくんを見る。緊張した空気がふっと和らいだ。隙を突くなら今だとは思ったけど、それよりもユウくんの言葉が気になった。
 ユウくんは涙を浮かべて震える魔物を抱き上げると「実は……」と話し始めた。

 ユウくんが言うにはこの魔物、グリムくんはユウくんと同じこのお屋敷に住む、れっきとしたここの生徒らしい。

「うえぇ!? 魔物なのに!?」
「ちょっと、色々あって」

 ユウくんがちらっと男の子二人を見ると、二人とも苦々しい顔で頷いた。
 ついで、魔法が使えないユウくんと、魔法を使えるグリムくんと二人で一人の生徒として、ここに通うことになっていること。そういうわけだから、どちらかが欠けたら、ここにいる資格がなくなってしまい、ユウくんもグリムくんも住む所がなくなってとても困るのだと説明してくれた。
 ……つまり、先生が言っていた「もう一人の生徒」はグリムくんのことだったんだ。

「え? えと、あぅ……

 ユウくんの説明を聞いて、気付いて、顔が熱くなるのを感じた。つまり私はユウくんを守るどころか、この学園から追い出そうとしていたってことになる。
 知らなかったとはいえ、二人にはとんでもないことをしてしまった。失敗してよかったと心の底から思って、後ろめたくて四人のことをまともに見られない。
 なんて言えばいいのか分からなくて、けど謝らなきゃって思って、ぐちゃぐちゃになった気持ちで俯いていると、赤い髪の子がじぃっと私を睨んでいるのに気付いた。

「で、アンタはなんでこんなことしようとしたワケ?」
「えうぅ……えと、その……

 赤い髪の子に聞かれて、私も恥ずかしながら答えた。
 私がいた世界では危険な魔物がたくさんいて、私もお仕事で魔物退治をしていたこと。魔物の気配がするグリムくんもそういう類のものだと思ったこと。だから、ユウくんが危ないと思って、退治しようとしたことを話した。
 勘違いだけでユウくんのお友達を消しちゃうところだったと思うと、本当にゾッとする。
 話すと、ユウくんは驚いたような、二人は呆れたような顔をしている。

「その、グリムくん、ごめんなさい……怖かったよね?」

 早とちりとはいえ悪いことをした。グリムくんに謝ると、グリムくんはユウくんに抱っこされたまま、ユウくんの肩にしがみついて「絶対に許さないんだゾ!」と怒鳴った。そりゃあそうだ。 殺されかけたのに、おいそれと許せるわけがない。昨日リリアさんにされたことを思い出して、胃がずっしりと重くなった。

「罰としてツナ缶10個持ってくるんだゾ! そうすればむごっ」

 なにか言いかけたグリムくんの口を呆れ顔のユウくんが塞いだ。

「ティナ、気にしなくていいよ。誰も怪我とかしてないんだから」
「で、でも……
「オレ様は傷ついたんだゾー!!」

 大声を上げながらグリムくんがユウくんの腕から抜けて、私の前に躍り出た。
 ねこみたいな魔物だけど、二本足で立てるんだ。ちょっと驚いていると、私を見上げるグリムくんは丸い目をさらに丸く見開いた。

「お、オマエ、女の子なんだゾ!?」
「え? うん……
「ええっ!?」

 答えるとユウくん以外の二人も驚いたような顔で大声を上げた。そんなに驚かれるって、私、そんなに女の子らしくないかな? いや、女の子だったら魔物だからっていきなり攻撃を仕掛けたりしないかも? でもなぁ、ガルガゼットにも女の人はいたんだけどな。
 ……というか、見た目で分からないんだ。三人の反応にちょっぴり落ち込んでいると、ユウくんは困ったような顔でお屋敷を指さした。

「とりあえず中で話さない?」

 その言葉で、目の前のボロ屋敷を見上げる。こう言うってことは、ユウくんは本当にここに住んでるんだ。

「えと、中ってこの中?」

 念のために確認するとユウくんは頷いた。「だいぶ散らかってるけど」と申し訳なさそうに付け足して。
 外がこんなだし、中には入りたくないのが本音だ。けど、ユウくんとお話はしたい。だから、気は進まないけど頷いた。
 外側ががあぁ見えても、中はそうじゃないかもしれないもんね。窓が汚いのは掃除が追い付いてないだけかもだもん。そう自分に言い聞かせた。

 そうして4人と1匹でお屋敷の中に入ってみると、玄関だけでもすごい有様だった。外から見るほど中は汚れていないかもしれない――そんな期待はあまりにもあっさり散ってしまった。
 蜘蛛の巣だらけのホコリまみれ、壊れた家具が散らかっていて、ずいぶんと長いこと放置されていたのは明らかだった。けど、ところどころお掃除したような跡がある。
 もしかしてユウくんがやったのかな? 学園ではユーレイさんがお掃除をしてたけど、ユーレイさんのお掃除はもっと丁寧だった。比べると粗しか見えない。
 こんなにボロボロの家に住まわせた上に、お掃除までさせるなんて。って、ちょっとだけもやもやした。学園長さんもユーレイさんも忙しくて手が足りないのかな?
 ユウくんとグリムくんだけでお掃除するなんて、きっと大変だ。授業を受けながら、こんなに広いお屋敷のお掃除をするとなると、キレイになるより先に病気になっちゃいそう。
 それなら、私もお掃除のお手伝いとかできないかな。そう思ってユウくんに声をかけた。

「ね、ね、私もここのお掃除手伝おっか?」

 こっそり伝えると、ユウくんは驚いたような顔をして、「ありがとう」ってふんわり笑った。
 一歩ごとに軋む床を踏み抜かないように歩いて、通されたのはここの談話室らしい。さすがに……と言ったらユウくんに悪いけど……廊下と比べたらちゃんとお掃除されていた。
 けど、壊れた家具が散らかっていて、なぜか水の入ったバケツがあちこちに置かれていた。なんだろうと思ったけど、雑巾を洗うバケツが一つじゃ足りないとかそういうことかな?

「えぇと、適当に掛けて」

 ユウくんに促されて、近くにあったソファに座った。途端、ホコリが舞い上がった。おまけにかびくさい。
 気にしたらキリがなさそう。汚れから目を逸らしながら、お互いに自己紹介をすることにした。
 ユウくんたち四人はみんなA組で、男の子二人はハーツラビュル寮の子なのだそう。赤い髪の子がエースくん、黒い髪の子がデュースくんと名乗った。
 二人とも目元にかわいいお化粧をしているのがすごく目立つ。なんでも、ハーツラビュル寮の決まりでマークのお化粧をしなきゃいけないのだそうだ。
 ……お化粧、したことないから苦手なんだよね。二人の話を聞いて、ハーツラビュルに入らなくてよかったなってちょっとだけ思ってしまった。

「で、アンタは?」

 二人の自己紹介が終わって、エースくんがアヤシイものでも見るような目で私に聞いてきた。いきなり襲われたら、そんな目にもなるよね。私のことなんだけど。

「えと、ティナ・キースリンクです。D組で、ディアソムニアにいるの。えと、ユウくんとは違う異世界から来たみたい、なんだよね」

 二人はユウくんのことを分かってるみたいだし、それなら異世界からきたってことも知ってるよね。そう思って異世界から来たのだと言ってみたけど、二人は顔を引きつらせてヒソヒソ話をしはじめた。
 そんな様子にちょっとがっかりしてしまった。ユウくんのお友達なら、異世界の人間でもヘンな目で見ないかもって思ったんだけど、そんなことはなかったようだ。ユウくんは困ったような、けどもどっか呆れたような顔で二人を眺めていた。
 やっぱりユウくんもヒソヒソされたりしたのかな? そんなことを考えていると、エースくんがいやに真剣な目を私に向けてきた。

「で、アンタってどっちなの?」
「どっち、って?」
「男? 女?」

 やたら真剣な顔をするものだから、なにかと思えばそんなことか。とは思ったけど、わざわざ聞いてくるってことは、それだけ私が女らしく見えないってことなんだろうね。
 ……まぁ、普通の女の子はいきなり人を襲ったりしないから、当然といえば当然かも。自業自得とはいえ、ちょっと悲しい。

「えと、女だけど。私、そんなに女の子らしくないかなぁ?」
……マジで?」
「うん……
「マジか!? うっそだろ!!」

 疑うような言葉とは裏腹に、エースくんの顔はすごい笑顔だ。その隣ではデュースくんは目を白黒させて、ソファからずり落ちていた。そんなに驚かれるほど女らしくないのかな、私。そんな二人をユウくんは呆れ顔で眺めていて、グリムくんはニコニコ笑顔で私の膝に飛び乗ってきた。ちょっと重たい。

「女の子ってんなら話は別だ。オレ様をナデナデするなら、さっきの無礼を許してやってもいいんだゾ!」

 ふんぞり返りながらグリムくんは頭を突き出してきた。ねこのような耳には青白い火が灯っていて、なんとも変な感じがする。けど、これでさっきのことを許してくれるんなら安いかも。
 そう思って、言われた通り、グリムくんの頭を撫でる。毛はふかふかのすべすべで触り心地はとてもいい。ニンフの耳も同じようにふかふかしてたなぁ、なんて思い出してしまう。

「ふふん、オマエなかなかうまいんだゾ! 次はぎゅーってするのを許可してやる」

 グリムくんは喉をゴロゴロ鳴らしながら嬉しそうにしてる。こうしてると本当にねこみたい。喜んでもらえてるのならいいかな? 私も触ってて気持ちいいし。グリムくんもこう言ってるし、次はぎゅーって抱きしめればいいのかな? 
 そんなことを考えていると、エースくんはグリムくんの首根っこを掴んで持ち上げた。途端に膝が寒くなる。気付かなかったけど、ここ、隙間風もずいぶん吹いてるのかも。

「いや、それセクハラだから」
「ふなっ!?」

 エースくんは掴み上げたグリムくんをユウくんに向けて放り投げた。ユウくんに抱き留められたグリムくんはつまらなさそうに「誤解なんだゾ!」なんて言いながら頬を膨らませていた。かわいい。
 でも「せくはら」ってなんだろう? この世界には分からない単語が多すぎる。だから、エースくんに聞いてみた。

「えと、せくはら、ってなに?」

 聞くとエースくんは「そんなことも知らねーの?」って、ちょっとバカにしたような顔をした。エースくん、もしかして意地悪な子なのかな? そういう人はちょっと苦手かも。

「簡単に言えばやらしいことをする嫌がらせ。アンタは女なんだから、そーいうの、気を付けなよ」
「いやらしいこと!?」

 そういえば、と思い出す。おじいちゃんのお手伝いをしてる時、私のお尻とか触ろうとするお客さんとかいたっけ。カボックのお客さんはそんなことはしないけど、よそから来たお客さんにそういう人がいた。そういう人は他のお客さんが叱ってくれたけど……そうか、あぁいうのって「せくはら」っていうのか。
 でもグリムくんは魔物だ。人と同じ言葉をしゃべるとはいえ、魔物の中でも人よりは動物に近い感じだから、なんとなく違う気がする。よく分からないけど。

「でも、グリムくんにそういう悪さしよう、っていうのはないんじゃないかな?」
「いやいや、コイツ、アンタが女だって知った途端あんなこと言ってっから。下心しかないでしょ」
「グリム……
「ふなっ!? オレ様はそんなつもりじゃないんだゾ!」

 ユウくんとエースくんに冷ややかな目で見られたせいか、グリムくんは涙目になってしまった。ちょっとかわいそうかも。

「でも女の子って他にもいるでしょ?」
「いや、いねーから」
「へ!?」

 あまりにあっさり否定したエースくん。なんでいないって言い切れるんだろ。カワイイ子とか結構いたと思うんだけど、エースくんにはあの子たちが男の子にでも見えるのかな? そう思っているとエースくんは呆れ顔で続けた。

「ウチ、男子校。知らないの?」
「だんしこー? ってなに?」
……。アンタ、どんな世界から来たんだよ」

 エースくんはわざとらしくため息をつくと、ここは男の子だけが通う学校で、生徒はもちろん、働いてる先生にもユーレイさんにも、女の子はいないと教えてくれた。よそであれば男子校でも女の先生がいることもあるけど、この学園では徹底して男の人だけを集めているらしい。
 そんな学校があるのか、とか、だから男の子ばかりだったんだ、とか、あのカワイイ子たちは男の子だったんだ、とか色々思った。けど、理由が分かった途端、頭の中が真っ白になった。だって、私、男の子じゃないのにここにいるんだよ?

「うえぇ!? じゃあなんで私ここにいるの!? いちゃダメでしょ!!」
「いや、知らねーし」
「だ、だよねぇ……

 驚いた。とはいえ、ここが男の子だけの学校なら、これまでの疑問にも答えが出る。
 周りがよそよそしいのは当然だ。男の子しかいない学校に女の子がいれば目立つし、変な目で見るのも仕方がないのかも。それに、リリアさんが共同浴場を使っちゃダメって言ったのも当たり前だ、男の子とお風呂になんて入ったらお嫁に行けなくなっちゃうもん。
 そういえば、と、思い出す。セベクくんは私が女だってことを信じられないように言っていた。これも納得。それに、エースくんがわざわざ私の性別を聞いてきた理由も分かった。女の子に見えなかったら、わざわざ聞いてこないもんね。本当によかった。
 正直、まだよく分かってないけど、私が変な目で見られてたこと、避けられていたことの原因が分かって、気分はすっきりしていた。分かったところで、どう解決すればいいのか思いつかないけど。でも、何も分からないよりはずっと気は楽かも。

「ま、そーいうこと。そんなワケだから、色々気を付けた方がいいと思うけど」
「そっかぁ。ありがと!」

 それからちょっとだけ、三人と自分たちの世界の話をした。ユウくんがいた世界はこの世界とよく似ているところらしい。水道はもちろんすまほ? もあって、物の使い方で困ったりはしなかったらしい。ただ、魔法はなくて、そこだけがいまいち馴染まないのだそうだ。

「いいなぁ」
「自分としては、ティナのいた世界の方が気になるけどね」
「それなー」

 私がいた世界の話をするとエースくんは「ラノベかよ」なんて呟いた。「らのべ」ってなんなのか聞くと、またため息を吐かれた。私のいたとこ、そんな変じゃないと思うんだけどな。こうやって呆れられたりすると、ちょっと自信がなくなってくるかも。
 話していてエースくんは意外と親切な子なのかもって気がしてきた。私が分からないことも、からかいながらも説明してくれた。最初に悪く思ってごめんなさい、と心の中で謝った。
 デュースくんはずっと居心地悪そうにしていて、私が話しかけてもちょこっと相槌を打つだけだった。さっきのことで嫌われちゃったのかもしれない。あの時もずいぶん怒ってるみたいだったもん。俯いてるデュースくんを見て、本当に悪いことをしちゃったんだなって、改めて思い知らされた。

 ユウくんたちは用事があるそうだから、私はおいとますることにした。
 帰る前にまた遊びにきてもいいかと聞くと、ユウくんは「もちろん」とにっこり笑ってくれた。ついでにグリムくんも「ちゃんと土産を持ってくるんだゾ!」と息を荒くしていた。
 そんなことを言うなんて、もしかしてグリムくんはお腹を空かせてるのかなぁ? そう思ったら、ユウくんたちはちゃんとご飯を食べていないんじゃないかって疑問がわいた。ここ、寮みたいに食堂はないし、この荒れた様子だとキッチンも使えるとは思えない。
 お昼は大食堂で食べるとして、それ以外はどうしてるんだろう。そう考えて不安になった。大食堂で朝ごはんも食べられるようではあるけど、お夕飯はどうしてるんだろ? こんなところに住まわせてるくらいだから、ちゃんとご飯が出ているのか怪しいかも。
 それならいっそ、私がご飯を作って、持って行った方がいいかもしれない。寮のキッチンにある食材は好きに使っていいって、リリアさんが言ってたもんね。

「うん、わかった」
「グリム、たかっちゃダメだよ」
「オレ様、まだイシャリョーをもらってないからな!」

 ふふん、と得意そうにするグリムくんをユウくんが咎める。いしゃりょー? は、分からない。けど、迷惑をかけちゃったのは事実だもん。

「じゃあ、お邪魔しました。また来るねぇ」
「ちょっと待って」

 何を持ってこようかな、なんて考えながら談話室を出ようとすると、エースくんに呼び留められた。
 どうしたのかと振り返ると、ちょっと前までの笑顔から一転、いやに真剣な目をしたエースくんが、睨むような目でじっと私を見つめていた。さっきまでのニコニコ顔と比べるとあまりの変わりようにぞっとした。

「ん、と、なぁに?」
「アンタさ、グリムに襲い掛かった時、何しようとしたワケ?」
「えっ」

 エースくんの淡々とした喋り方も相まって、その言葉に背筋が冷えた気がした。ユウくんは「済んだことだ」って言ってくれたけど、エースくんはかぶりを振って「納得できない」と続けた。

「普通、魔法使うんならペン振るだけでいいでしょ? でもアンタはグリムを殴ろうとしてた。アレ、なに?」
「えと……
「突くならギリ分かんなくもない。でもさ、普通に考えてペンで殴るってなくね?」
「エースお前、なに言ってるんだゾ?」

 エースくんの言う事はもっともだ。ペンなんて、武器になりようがないもん。ユウくんもデュースくんも、エースくんの言葉に不思議そうな顔をしながらも頷いている。グリムくんは分からないような顔をしているけど、毛がぼうっと逆立っていた。きっと、頭ではわからなくても、本能みたいなところで、何をされそうになっていたのか理解してたんだと思う。
 私はグリムくんを危険な魔物だと思って退治しようとした。やんわり言うなら駆除とか、そういった類いのこと。でも、こうして仲良くなった今、自分がとんでもないことをしようとしたんだと自覚して胸が痛む。

「えぇと……
「アンタ、退治っつってたじゃん。どうする気だったの?」

 エースくんの目は真剣そのものだ。こんな状況で下手に言い逃れできるわけがない。私は、はっきり自分の意志でグリムくんに危害を加えようとした。
 仲良くなった気がするだけに、そんなことをしようとした自分を認めたくないなって思ってしまう。

……えと、消そうとしました」
「ふなっ!?」

 けど、自分のしたことから逃げるわけにもいかない。私は正直に答えた。エースくんが口を開くより先に、グリムくんの悲鳴が上がる。グリムくんは驚いた顔をしたかと思えば、涙目になってユウくんの足元に潜り込んで震えだした。ユウくんは困ったような顔で私とグリムくんを見比べている。
 ……そんな二人を見て、本当にひどいことをしようとしたのだと改めて思い知らされた。

「やっぱり」

 エースくんがかぶりを振りながら小さく呟く。なにがやっぱりなんだろう。源素還元はこの世界にはないらしいから、エースくんが知ってるとは思えない。
 デュースくんとユウくんはわけがわからないような顔をしてるけど、分かるのもきっと時間の問題だ。分かったら、きっと、私は嫌われてしまうんだろう。
 できれば、ユウくんには嫌われたくなかった。でも、自分の大切なお友達にひどいことをしようとした相手と仲良くなんてなれないよね。イヤがられても仕方ないかも。せっかくお友達になれそうだったのになぁ、と少し悲しくなっていると、エースくんは急にニコニコ笑い出した。

「じゃあさ、この首輪、消してくんない!?」

 そう言いながら、エースくんは首に付いているハートのような形をした赤と黒の錠前を指さした。……こんなのあったっけ? こんなの付けてたらものすごく目立つと思うんだけど、おかしい、記憶にない。

「エースお前……
「何言ってるんだゾ!?」

 エースくんの言葉に三人はあっけにとられたような顔をした。デュースくんに至ってはなんだか怒っているようだ。
 エースくんはなに言ってるんだろ? そもそもあの首輪はなんだろ? 何がなんだか分からなくてユウくんに聞くと、エースくんは悪さをしたお仕置きとして寮長さんからこの首輪(魔法封じらしい)を付けられたらしい。
 お仕置きされても、そこから逃げようとするエースくんの気持ちが分からなかった。そんなことしたら、もっと怒られる気がするんだけどな。なんだかなぁと思って、どう返せばいいのか迷ってると、エースくんはニコニコしながら続けた。

「いやー、アンタがグリムを襲った時さ、ペンが首輪にかすって、気付いたらなくなってんの! ラッキー、って思ってたんだけど、さっき戻っちゃってさ」

 さっきまでの真剣な表情はどこへやら、エースくんはとっても明るい笑顔だ。
 こう言ってるってことは、グリムくんを襲った時手に入った魔素はエースくんの首輪だったんだ。
 ということは、下手したらエースくん自身に当たっていたのかもしれないんだって、遅れて気付いてぞっとした。人間は簡単には還元できないけど、気を付けないと大怪我させちゃうとこだったんだ。本当に、誰にもケガさせないでよかった。

……ごめんなさい」
「いいって。それよりさ、パパッと消しちゃってよ」
「え、でも……

 ユウくんを見ると困ったように「やってあげたら?」と言ってきた。悪さをしての罰なら、勝手に外すのは良くないと思うんだけどなぁ。
 エースくんは消してほしいみたいだし、ユウくんも呆れてはいるけど、反対する気はあまりないみたい。……本当に、意味はない気がするけどいいのかな?

「それじゃあ、消すね?」
「頼むわ」

 期待がたっぷり篭った笑顔のエースくんの首輪をつまんで、源素に変える。小さな風の音と共にエースくんの首輪はなくなって、少しばかりの魔素が手元に残った。

「っしゃー!!」

 首輪が消えた途端、エースくんは嬉しそうに跳ねまわった。そのせいで、床から天井からホコリが舞い上がる。
 エースくんはさらに、ユウくんの足元で丸まってるグリムくんを引っ張り出して、振り回して、とても嬉しそうにはしゃいでいる。散らかるホコリでエースくん以外のみんなは顔をしかめてるけど、本人はまるで気にしていないようだ。
 でも、ほんとによかったのかなぁ? エースくんは喜んでるけど、これじゃあ反省したことにならないし、それに……。もやもやしながらエースくんを見ていると、ユウくんがそっと声をかけてきた。

「ティナ、今のうちに帰った方がいいよ」
「え、でも」
「多分、首輪が戻ったらまた騒ぐから」

 そうだよねぇ、一度消えた首輪が戻ったなら、また戻っても不思議じゃない。そしたらまた首輪を消してってなりそうだし、キリがないもん。
 ユウくんの言葉に甘えることにして、ぼんやりしてるデュースくんとユウくんに改めて声をかけて、こっそりお屋敷を出た。
 出たところでエースくんの叫び声が聞こえたけど、気付かないフリをした。たぶん、首輪が戻ったんだ。そんな気はしてたもんね。
 悪いことをして付けられたものなら、ちゃんと謝って外してもらうべきだと思う。ズルはよくないもん。ズルいエースくんはさておいて、ユウくんの無事が確認できたこと、他にもお喋りできるお友達ができたことは嬉しかった。
 私がヘンな目で見られる理由も分かったし、明日からは今日までみたいに落ち込む理由は減ったと思う。そんな、なんとなく軽くなった気持ちで林を抜けた。

 寮に戻ったら寮の人たちにただいまを言おう。はじめはよそよそしくても、挨拶とかして、お互い少しずつ慣れていけばエースくんたちみたいに仲良くできるかもだよね。
 それから、先生から渡された冊子を読んで、お勉強して……あぁ、あと「ぶかつ」についてリリアさんに聞いておかないとだよね。今週中に届けを出しなさいって先生が言ってたもんね。
 やることは多い、けど、考えていたら楽しくなってきた。前向きにそう思いながら鏡舎へ向かった。