13.ティナと美貌の寮長さん
午後の授業も終わって、今日はもう寮に帰るだけになった。
帰る前に入部届を出さないとな、とか。セベクくんに一人で大丈夫だってことを言わないとな、とか。なんとなく、そんなことを考えながら帰り支度を済ませる。
先生はさっさと出てったから、届けは後でお部屋に持って行くとして、セベクくんには今伝えちゃおう。そうすることにして、隣で帰り支度をするセベクくんに声をかけた。
「セベクくん、セベクくん」
「
……なんだ?」
煩わしそうな顔を向けてきたセベクくんに言おうとすると、教室中がざわつきだした。
急にどうしたんだろ? 周りを見ると、みんなして教室のドアを見ながらヒソヒソ話をしているようだった。どことなく熱のある空気につられて、私もみんなの見ている方に目を向けた。
皆の目の先、ドアの外にはポムフィオーレの腕章を着けた、すらっとした、見たことがないくらいキレイな人が立っていた。顔のつくりはもちろん、髪や肌もつやつやしていて、その人自身が光っているように見えてしまう。
……なんとなく見覚えがある気がするけど、どこで見たのか思い出せない。こんなにキレイな人なら、一目見たら忘れられないと思うんだけど。
どこで見たんだっけ? 思い出そうとしていると、セベクくんの怒鳴り声がした。
「言いたいことがあるならさっさと言え!」
「あ、ごめんごめん」
突然現れたキレイな人がつい気になっちゃったけど、セベクくんとお話しようとしてたんだった。呼び止めたのにこれじゃあ悪いよね。改めてセベクくんに向き直って、さっさと話してしまおうと口を開く。
「えっとね」
どこからか鳴っている小気味いい靴音を聞きながら、なんて言おうか考えると、ふいに視界が翳った。
「やっと見つけた」
「へ?」
頭の上から覚えのない声がして、なんなのかと見上げると、さっきまでドアのところにいたキレイな人が、顔をしかめながら私を見下ろしていた。
そのしかめっ面で思い出した。この人、前にサムさんのお店に行く時にすれ違った人だ。その時も、今のようにイヤなものでも見るような目で見られたんだっけ。
キレイな人にお世辞にも機嫌がいいとはいえない顔で見られたものだから、少しだけ怖くなった。どう考えても穏やかな話じゃない。
けども、ポムフィオーレの人にそんな態度をとられる覚えはなくてちょっと困る。セベクくんも、怪訝そうに目を細めていた。
「ほら、来なさい」
「うえっ!?」
キレイな人はしかめっ面のまま私の腕を掴んだ。すらっとした見た目のわりに力が強い。突然のことに驚いて、何もできないでいると、ふいにその人の手が払われた。
「あら?」
「
……ふん」
驚いた顔をしたキレイな人の目線の先では、ものすごくイヤそうな顔のセベクくんが苛立たしげに腕を組み直していた。もしかして、かばってくれたのかな?
キレイな人はセベクくんに怒るでもなく、うっすらと笑いを浮かべていた。余裕があるような態度は、その人のキレイさもあいまって迫力たっぷりで、恐ろしさすら感じる。けど、セベクくんは怯みもせずその人を睨みつけていた。
「なぁにアンタ、この子の恋人かなんか?」
「冗談じゃない! 誰がこんな人間と!」
「ならいいじゃない」
セベクくんの言う通りではある。私たちは恋人どころかお友達かどうかも怪しい。セベクくん、私のことはあまり好きじゃないみたいだもん。かばってくれたんだから文句を言う筋合いはないんだけど「こんな人間」呼ばわりはちょっと悲しいかも。
何が面白いのか、キレイな人はくすくす笑いながらセベクくんをじっと見つめた。
「アンタ、アタシが誰か知らないわけじゃないでしょう?」
「ポムフィオーレ寮の寮長だろう」
「
……それだけ?」
「それ以外は存じ上げないが」
このキレイな人、寮長さんなんだ。よその寮のことなのによく知ってるなって、思わずセベクくんに感心した。
寮長さんはセベクくんの言葉に呆気にとられたような顔をしたけど、当のセベクくんは迷惑そうに顔をしかめているだけだ。
「信じられない。アンタ、どんな田舎から出てきたワケ?」
馬鹿にするような言葉を、そうでない口調で話す寮長さんにセベクくんは目を見開いた。
「貴様
……ッ!」
そして、一拍置いてセベクくんはそれはそれはおっかない目で寮長さんを睨み付けた。けど、寮長さんに怯む様子はなくて言葉通り、信じられない物を見るような目をしている。
これはいけない。セベクくんはマレウスさん、ひいては茨の谷にすごい愛着を持っているのは、ここ数日でもよく分かった。そんなセベクくんだから、自分の大好きな国を悪く言われて怒らないわけがないもん。
というか、セベクくんは見るからに怒っている。心なしか辺りの空気がピリついている気がする。だからかな、私たちのやりとりを見ていた子たちは急ぎ足で教室から出ていった。
二人ともおっかない雰囲気ではあるけど、怖いなーなんて思ってる場合じゃない。このままじゃケンカになっちゃうかも。
なんでか分からないけど、この寮長さんは私に用があるらしい。全然知らない人なら怖いだけだけど、寮長さんならどこの誰かはっきりしてる。ついていくのはともかく、話くらいは聞いても大丈夫かもって気がした。
このままセベクくんとお話させてたら話がこじれそうだし、そもそもセベクくんは関係ないかもだもん。思い切って二人の間に割り込んだ。
「えっと! その、ポムフィオーレの寮長さんがなんの用ですか?」
さっきの感じだと、無理やり連れて行かれそうになっても、セベクくんがかばってくれるかも。頼るようで悪いけど、そう思えば、安心してお話できる気がした。
そう思って見上げると、寮長さんは小さくため息をついて、じっと私の顔を見つめてきた。
「アンタでしょ? 異世界から来たっていうジャガイモは」
「えっと、はい、異世界からきました。けど、人間です」
ルークさんからひよこ呼ばわりされたり、寮長さんからおイモ扱いされたり、なんでポムフィオーレの人からは人間扱いされないんだろ。おイモ呼びが理解できないでいると、寮長さんは「イモくさいってことよ」と、またため息をついた。
……おかしいな、今日は土の匂いがつくようなことはしてないはずなんだけど。いよいよ分からないでいると、寮長さんは「あのねぇ」と手を振った。
「アンタの恰好がみっともないって言ってるの」
「確かに見苦しいな」
「うえっ!?」
寮長さんの言葉にセベクくんは頷きながら私を見た。セベクくんから怒った感じはなくなったからいいけど、二人からの突然の悪口がぐっさり刺さってしまった。
そりゃあ、寮長さんやセベクくんと私とを比べたら、背も小さいし顔もパッとしないかもだけど、そこまで言われるほどかな?
それに、みっともない恰好なんて言うけど、制服はリリアさんに教わった通りに着られてるはずだ。まぁ、男の人向けの服だから私の体型にはちょっと、合ってないかもだけど。
「だから、もうちょっとマシな恰好にしてやろうと思ったの」
もやもやしていると、ヴィルさんは私たちにスマホを突き付けてきた。お昼にも見た「めっせ」の画面だ。
リリアさんの名前と「頼む」とかなんとかのやりとりが見える。
「この通り、そこのジャガイモを連れ出す許可はリリアからもらってるわ」
セベクくんはスマホの画面に目を通すと「たしかに」と小さく呟いた。
「えっと、なぁに?」
「お前の見苦しい制服をどうにかするよう、リリア様がこの人間に頼んだんだそうだ」
セベクくんが説明すると、寮長さんは少し怒ったような、むっとしたような顔になった。
「人間って、ずいぶん不躾ね。アタシはヴィル・シェーンハイト、名前くらいは聞いたことあるでしょう?」
「存じ上げない」
「なんですって!?」
きっぱり言い放ったセベクくんに、ヴィルさんはまた驚いた顔をした。それでまた話がこじれそうな予感がしたから、急いでどうするべきか考えた。
私の制服がうんぬんは分からないけど、話の流れからするとヴィルさんについて行けばいいんだよね?
セベクくんが言うにはリリアさんがヴィルさんに頼んでのことだそうだから、悪いことではない、はず。それにヴィルさんは寮長さんだ。どこの誰か分かるのなら、万が一問題が起きても先生たちに相談できる。だから、たぶん大丈夫。そう思ってついて行くことにした。
「えと、ヴィルさんと一緒に行けばいいんですよね?」
「ええ。もちろん、遅くならないうちに帰すわ」
「分かりました、行きます」
頷くと、ヴィルさんはまた薄く笑った。反対にセベクくんは顔をしかめている。せっかくかばったのに、こんなことになれば気分は良くないかも。
「あの、セベクくん。かばってくれてありがとね」
「
……ふん」
「なにしてるの、さっさと来なさい」
「あ、はい!」
セベクくんにかばってくれたお礼を言って、教室を出るヴィルさんの後を追いかけた。
どのクラスも授業が終わったからか、ひと気の多い廊下を歩いていると、いつも以上に視線を感じた。普段とは違う、イヤな感じがしないそれに、みんなは私じゃなくてヴィルさんを見てるんだろうなって思った。
だってこんなにキレイなんだもん、こんな人が歩いてたら、つい見ちゃうってものだよね。
けど、私と違ってヴィルさんはみんなの視線を気にするでもなく、堂々と歩いていた。それがまたカッコよく見えて、ちょっとだけ憧れた。
私もヴィルさんみたいに堂々と歩いたら、ジロジロ見られるのも気にならなくなるかな? キレイな横顔を見ながらそんなことを考えていると、ヴィルさんが私に目を向けた。呆れたような、うんざりしたような顔をしている。
「それにしても、なんなの? あのキュウリ」
「きゅーり、ですか?」
「アタシにつっかかってきた図体も声も何もかもデカい男よ、なんなのあの子」
「えと、セベクくんですか? えっと
……」
きゅーりってなんだろ? まさかお野菜のキュウリじゃないよね?
なんでそんな呼び方になるのか分からないけど、話の流れからして、セベクくんのことだろうから、ヴィルさんに知ってる範囲でお話した。この世界のことを知らない私のために、リリアさんから私の面倒をみるよう言われてること。さっき私をかばったのもそのお仕事の一環であろうこと。本当はマレウスさんの護衛だということ。
この世界のことを知らない私のために、リリアさんから私の面倒をみるよう言われてること。さっき私を庇ったのもそのお仕事の一環であろうこと。本当はマレウスさんの護衛だということ。
一通り話すとヴィルさんは小さく頷いた。その顔からは呆れの色は抜けている。
「ふぅん。マレウスの、ねぇ」
「そうらしいですよ。だからそのぅ、セベクくんに悪気があるわけじゃない、と、思います
……」
「今更いいわよ。茨の谷のコなら、アタシのことを知らないのも無理はないわ」
残念だけど、とヴィルさんは小さく呟いた。それがなんだか気になって、どういう意味なのか考えた。
ヴィルさんが教室に来た時、教室にいる子たちはざわついた。思い返してみれば、話し声の中にはヴィルさんの名前も上がっていた気がする。セベクくんと言い合いをしてる間も、ヴィルさんは何度も自分を知らないのか、みたいなことを言っていた。
もしかしなくても、ヴィルさんはすごく有名な人なのかも。そりゃあ、これだけキレイなら納得かも。
でも、なんで有名なんだろ? マレウスさんみたいな王子様とか、イイお家の貴族とかかな。キレイだし、身振り手振りひとつとっても滑らかでお上品な感じがするもん。けど、ヴィルさんが言ってた「マレウスさんたちの国の人だと分からないのも無理がない」、っていうのはどういう意味だろ? 国同士が離れてるとかなのかな?
やっぱりこの世界のことを分からないのは不便かも。そう感じて、改めて、お勉強頑張らないとって思い直した。
それと同時にヴィルさんは私をどこに連れてくのかも気になった。さっきからずぅっと階段を上っている。私の制服とこんな上まで来るのになんの関係があるんだろ。
「あの、まだ歩くんですか?」
「なに、疲れたの?」
「いえ、平気です」
「ならいいわ。次のフロアの奥だから、もう少し頑張ってちょうだい」
「はい
……」
崖の上り下りに比べたらなんてことないけど、ヴィルさんは疲れないのかな? もう結構な高さまで歩いてきたけど、汗一つかかないで、息の乱れもない。さっき私の腕を掴んだ時の力強さといい、見た目のわりに体力があるのかも。
色んな意味で不思議な人だなぁ。オシャレに結わえたキレイな髪を見ているうちに、一番上のフロアにたどり着いた。
ずいぶんな高さまで上ってきたようで窓の外の景色は広い。この先だと言うヴィルさんと並んで歩きながら、これから何をするのかというお話をした。
なんでもヴィルさんは、前に私とすれ違った時、私の制服の着方があまりにも不格好で気になったらしい。それと同時にとっても不満に思っていたのだそうだ。
たしかに、この制服は私の体型に合ってないから、そう見えるのも仕方ないかも。特にこんなズボンなんて穿いたことないから正直、ちゃんと着られている気はしない。
動きにくいのもあって、元々着ていたスカートに変えちゃいたいなってよく思う。
いかに私の制服の着方がなってないか、なんてお小言のような、愚痴のようなヴィルさんの言葉を聞きながらそんなことを考えていると、ヴィルさんはふいに言葉を切って、私を見つめてきた。キレイな顔でじっと見られたら緊張する。それが厳しそうな目だからなおさらだ
ちゃんと聞いてないから怒られるのかも。どきどきしていると、ヴィルさんはため息をつきながら小さくかぶりを振った。
「アンタは太って見えやすい体型なんだから、少しは気を配りなさい」
「ぅ
……おデブでごめんなさい」
「違う、太ってない。女らしい魅力的な体型よ。だけど、気を付けないとその魅力が損なわれやすいの」
「えぇと、気を付けます?」
そうは返してはみたものの、どう気を付ければいいのか全然分からないんだけど。
ちくっとお説教を挟むものの、ヴィルさんからは意地悪とか悪口とか言ってる感じはない。教室で無理やり私を連れていこうとした時と比べると、ずいぶん柔らかい雰囲気に感じた。
「けど、ね。アンタは磨けば光る。そう思ったから手を貸そうと思ったの」
にっこり笑ってヴィルさんは続けた。私の制服姿に不満を持ってから、ヴィルさんはリリアさんに相談して、学園長さんから私の制服を「マシ」にする許可を貰ったらしい。学園長さんの許可は分からないけど、見ず知らずの私のためにあれこれしてくれるなんて、ヴィルさんって寮長さんなだけあって面倒見のいい人なのかも。
「マシ、ですか?」
「そう。パンツはパツパツ、制服の袷も逆で着にくいでしょう?」
「ぱ、ぱんつ!?」
「
……念のために言うけど、制服のズボンのことよ」
「あ、はい。えと、そうですね。座る時とかちょっと怖いです」
「でしょう?」
そう言ってヴィルさんはくすくす笑った。
ヴィルさんの言う通り、この制服は男の人向けのものだけあって、決して着心地がいいとはいえない。ズボンのお腹はだぶだぶするし、そのわりにお尻はきつい。上着もブラウスも、胸や背中がぎゅうぎゅうでちょっと苦しい。おかげで動きずらいし、息苦しさも覚えていた。
ヴィルさんの言う「マシにする」が制服を着やすく直すとか、そういう意味ならとても助かるかも。お裁縫はできるけど、お裁縫道具もなければ、こんな高そうな生地をいじるのは怖いもん。だから、協力してもらえるならとっても助かるかも。
でも、なんでわざわざ? と、ちらっと思った。けど、すぐ思い直した。
ポムフィオーレは美容にこだわりがある人が多いと聞いている。そしてヴィルさんはそんな寮の寮長さん。だからいっそう、服の着こなしなんかのオシャレにも気を使ってるんだろうと、想像がついた。とはいえ、寮が違う私のことまでしてくれるのはなんで? って思うけど。
お話しながら歩いているうちに「映画研究会」とお札がついたドアの前に来た。ここはヴィルさんが代表してる同好会のお部屋らしい。
……映画ってなんだろ?
「さ、入りなさい」
「えと、お邪魔します」
ヴィルさんに促されて中に入ると、ごちゃごちゃと物がある部屋だった。
ヴィルさんが言うにはここはお芝居をするところで、その一環として衣装を作ったりもするらしい。だから、生地やお裁縫道具が揃っているこの部屋で作業をするために私を連れて来たのだそうだ。
説明されて納得した。たしかに、それらしい小物や、衣装、色々な生地がところ狭しとけれど整然と収められている。
部屋の中を見回していると、ヴィルさんはまたも私を見つめているのに気付いた。
今日はよくこうやってヴィルさんから見られたけど、何度見つめられても慣れる気がしない。それくらいヴィルさんの顔はキレイで迫力があった。
「それで、アンタ裁縫はできるの?」
「えと、できます。ママのお店でお洋服を作ったりもしてたので」
「そう、なら話は早いわね」
そう言ってヴィルさんは大きく開いた本と高そうな生地を三種類、棚から取り出して私によこしてきた。本にはメモ用紙が貼り付けられていて、簡単な絵と寸法らしい数字が書き込まれている。
「その本の通りに作りなさい」
「え?」
貼り付けられたメモの下にはスカートのレシピが載っていた。レシピに添えられている絵は完成図なのかな。ひだがあって、裾が広がっているかわいいスカートだった。
完成図を見る感じでは、たっぷりの生地を使った贅沢なもののようだった。その上、裏地まで付けるのだから贅沢の上にさらに贅沢が上乗せされている。
それだけあって、手順も部品もずいぶんと多いようだった。お薬とアイロンを使ってひだを作ったり、細かな部品をいくつも付けてる、らしい。
「そのスカートを、メモ通りの寸法で縫うの。できる?」
「え、と、たぶん」
「あぁ、夏用と冬用、二種類作ってもらうわ。今日はひとまず冬用を作りましょう」
「
……はい、頑張ります」
「よろしい。それじゃ、アンタの制服借りるわよ」
「わっ」
言うが早いか、前にも受けたのお着替えの魔法をかけられた。着替えさせられたのは、かわいらしい空色のワンピースに、白いフリルがたっぷりついた、これもまたかわいいエプロンだった。
とってもかわいいお洋服につい嬉しくなってしまった。けど、着せてもらえる意味が分からなくてちょっと困る。
「えっ、えっ?」
「アンタの制服を借りるって言ったでしょ。アタシはこっちを直すから、アンタはそれを着て作業なさい」
大事な衣装なんだから汚すんじゃないわよ、と、言ったヴィルさんの手には私の制服が握られていた。直すってことは、たぶんそのままの意味だ。
正直お裁縫道具があるとはいえ、こんな高そうな服なんてこれまで見たことがない。だから、直すにしても構造や生地の扱いに不安があった。だから、ヴィルさんが直してくれるのなら、かなりありがたい。
「その、ありがとうございます。助かります」
「いいのよ。わかったらほら、口より手を動かす」
「はい!」
それから分からないところをヴィルさんに教わって、レシピをよぅく確認しながらスカートを作った。やっぱり物作りは楽しい。慣れない道具やパーツに手間取りはするものの、手の中でだんだんと形になっていくのはどきどきする。
裁断して、しつけして、縫って
……と繰り返しているうちにあらかた形になってきた。あとは仕上げるだけ、くらいまで出来たところでヴィルさんに見てもらうことにした。最後の最後で間違ってました、なんてことになったら悲しいもんね。
「ヴィルさん、大体できました! 見てください」
「あら、ずいぶん早いじゃない。どれどれ
……」
このペースなら夏用のスカートも作れるかも。できたスカートをヴィルさんに見てもらいながらちょっぴり得意な気分になっていると、窓の外が目に付いた。思ったより時間がかかってたのか、お空は紫がかっていてずいぶん暗い。
このままじゃ帰りが遅くなりそうだけど、ここまでできたのなら仕上げまで済ませたいかも。そう思いながらスカートを見ているとヴィルさんは顔を上げて、にっこり笑った。
「いいじゃない。アンタ、案外器用なのね」
「えへへ、工作とかはちょっと得意なので」
やっぱり褒められると嬉しい。返ってきたスカートを受け取るとくすぐったい気持ちになった。同時に、完成させて、もうちょっと褒められたいとも思ってしまう。
でも、もう遅い。寮の門限まではまだ時間はありそうだけど、お夕飯のことを考えたらそろそろ帰らないといけないかも。帰らなきゃな気持ちとスカートを仕上げたい気持ちをまぜながら窓の外を見ると、ヴィルさんも気付いたのか「あぁ」と小さくため息を吐いた。
「そろそろアンタを帰さないといけないわね」
「えぅ、でも、もうちょっとなんです」
ここまで出来たら最後までやりたい。そう思ってヴィルさんを見るも、ゆっくりかぶりを振った。
「ダメよ。アタシ、アンタみたいなコと夜遊びする趣味はないの」
夜遊びはともかく、ダメと言われてしまえば諦めるしかない。できることなら、仕上げは後にするにしても、使い方を覚えているうちに夏用のスカートのミシンまではやりたかった。けど、せっかく時間を割いてくれてるんだから、ワガママを言っちゃダメだよね。
「う、ごめんなさい。えと、それじゃあ、また明日ここに来ればいいですか?」
「ごめんなさいね、明日はちょっと都合が悪いの。週明けでいいかしら」
「わ、すみません! えぇと、はい、お願いします!」
「ええ、任せなさい」
そう言ってヴィルさんはマジカルペンをひと振りした。例によってのお着替えの魔法らしく、かわいいワンピースは制服に戻された。
けど、明らかに着心地が変わっている。胸は楽になって、だぶだぶしてたお腹周りはすっきりした感じがした。
「あ、あれぇ? え? 何したんですか?」
「アンタの胸と骨格に合わせたの。それと、袷も逆にしてるから前よりは着やすくなったんじゃない?」
「そー、かもです! あの、ありがとうございます!!」
「替えのシャツも同じように直してるわ。もし着ていて違和感があるようなら直してあげるから来なさい。アタシの教室は3-C、マレウスの隣のクラスよ。いい?」
「はい! ありがとうございます」
着やすくなった制服が嬉しくて、お礼を言うとヴィルさんはちょっとだけ笑った。それがまたキレイでつい見とれそうになる。
どうせならこのままスカートもはきたいところだけど、こっちはまだ途中だから来週までおあずけだ。ちょっとがっかりだけど、楽しみが増えたと思うようにしよう。名残惜しく思いながら作りかけのスカートを見ていると、ヴィルさんが「それで」と口を開いた。
「スカートの方だけど。アンタがそうしたいのなら持って帰ってもいいのよ」
「え? でも、その、お裁縫道具は持ってないんです」
「それくらい貸すわよ。さすがにミシンまでは渡せないけど」
スカートはもうほとんどできている。あとは部品をつけて、本体と裏地をくっつけて仕上げるだけ。それだけだから、よっぽどヘンな失敗をしない限り問題なく仕上げはできる、はず。
嬉しい提案だけど、お芝居の衣装を作るお道具となると、商売道具のようなものだ。それを借りるというのは、いくらなんでも気が引ける。
もしかして、いらない気を使わせちゃったのかも。借りたい気持ちは重々あるけど、素直に頷けない。
「えっと
……」
「あら、せっかく上を仕上げたのに、下はそのままでいいの?」
答えあぐねていると、ヴィルさんはちょっぴりいじわるそうに笑った。そう言われちゃうと弱いかも。
新しいお洋服を前に我慢できる女の子はいない。今日のお勉強の時間は減っちゃうけど、新しい制服を着たら、きっともっとやる気も出るよね。そう考えたらやらない理由はないかも。
「う、合わせて着たい、です」
「でしょう? はい、じゃあ裁縫箱と生地とパーツの予備。次来るときにでも返しなさい」
「わかりました! あの、ありがとうございます!」
「いいのよ。ジャガイモがマシになるなら、それに越したことはないわ」
言いながら、ヴィルさんは面白そうに笑った。
……教室にきた時もだけど、なんでおイモなんだろ? ヴィルさんはイモくさいからって言ってたけど、私、おイモの匂いなんてするかなぁ?
よく分からないなぁ、ってヴィルさんの言葉の意味を考えながら、直してもらった予備のシャツと、借りたお裁縫道具なんかをフロシキに包む。そして、改めてヴィルさんにお礼を言って校舎を出た。
残った作業量を考えれば、冬用のスカートだけならお夕飯の時間までにできるかも。完成が楽しみで、早く進めたい気持ちでいっぱいだ。陽が傾いてスミレ色に染まった空を見上げながら鏡舎へ走った。
「ただいまです!」
「あぁ、おかえり」
寮の人たちへの挨拶もそこそこに、お部屋に戻ってさっそくスカートの仕上げに取り掛かった。
さっきもそうだけど、お裁縫って一度始めるとなかなかやめどころがない。ママのお店で売る服を作っていた時のことを思い出しながら、本の通りに作業を進めた。部品を取り付けて、ひだの内側も型崩れしにくいように縫い付けて、そうしてやっていくうちに、ようやくスカートが完成した。
「できたぁ!」
部品の取り付けはちょっと手間取ったけど、それ以外はまっすぐ縫うだけだから、案外早くできたかも。
しつけ糸を解いたスカートは黒一色。一見地味な感じだけど、しっかりした生地にデザインだから、かえって高級感があるように思える。
「えへへ
……」
新しいお洋服を前にじっとしていられるわけがない。さっそく制服に着替えて姿見を見た。
ママが作ってくれたスカートよりちょっと長い、膝にかかるか、かからないかくらいの丈。お腹周りはほどよくゆとりがあって、ごはんを食べた後でも苦しくなさそう。それよりなにより、ズボンと違ってお尻が窮屈じゃないのがとても快適だった。
ヴィルさんがお直ししてくれた上着も、ベストも、シャツも私の体型にぴったり合って窮屈さは感じない。ちゃんと制服を着こなせたことで、なんとなく、ここに通っていいのだと許されたような気分になった。
(明日ヴィルさんにお礼言わなきゃ)
きっちりしたお洋服を着ると、まるでイイおうちのお嬢様にでもなった気分だった。ユウくんとお揃いみたいになったのも相まって、嬉しくて、何度も姿見と制服とを見ていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はぁい」
「おぉ、おったか」
出るとリリアさんで、いつものようにニコニコ笑っていた。
「えと、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、食堂のゴーストがお主が来んと心配しておったのよ。じゃから、腹の具合でも悪いのかと思うてな」
ほれ、とリリアさんが取り出したスマホを見ると、20時19分と時間が見えた。食堂ではお夕飯は20時30分までに注文しないといけない。終わる寸前だった。
どうやらスカート作りに夢中になっていたらしい。遅れて、お腹が空くのを感じた。思い出したようにお腹が鳴って、リリアさんに「しょうがないのう」なんて笑われた。
「あ、わ! すぐ行きます!」
「これこれ、着替えてかぬか」
部屋を出ようとする私にリリアさんはいつぞやの短い杖を向けてきた。杖の先をくいっと持ち上げると、先から白い光が出てきて、私にまとわりつく。今日三回目のお着替えの魔法だった。
「ありがとうございます!」
リリアさんに寮服へ着せ替えてもらって、慌ててお夕飯を食べに食堂へ向かった。
ここで食べそこなったら自分で作らなきゃいけない。この後にお勉強をすることを考えたら、そんなヒマはない。だから、急いで食堂へ向かった。
「キースリンク、廊下を走るんじゃない!」
「ごめんなさーい!!」
怒られつつ食堂に着くと、中はガラガラで何人かが食後のおしゃべりをしているようだった。こんな時間だもん、みんなとっくにお食事は済ませてるよね。カウンターに目を向けると、ユーレイさんが「やっと来たねぇ」とニコニコしていた。
「あの、ごはんってまだいいですか!?」
「大丈夫だよ、急がなくていいから好きなものを選んでおくれ」
笑うユーレイさんに申し訳ない気持ちになりながら、お肉のフライの定食を注文した。
それから少し待って、お料理を受け取った。美味しそうに揚がったポークのフライにはたっぷりのキャベツが添えられて、おイモとニンジンのスープがセットになっている。
こういうのは出来立てが一番だと思って、このまま食堂で食べることにした。誰かとお喋りできたらな、とは思うけど、楽しくお話してるとこに割り込んだら悪いもんね。
でも、いつかはユウくんたちみたいに、ここの寮の人たちとお喋りしながらご飯を食べられるようになりたいな、とも思った。せっかく同じ寮になったんだもん、仲良くしたいよね。
「ごちそうさまでした!」
「はぁい、お粗末さまぁ」
食べて、昨日のように食器を下げて部屋に戻ると、なぜか私の部屋の前にリリアさんが立っていた。
「リリアさん、どうしたんですか?」
「おぉ、戻ったか」
何をしているのかと聞くと、私が鍵をかけないで出て行ったものだから、誰かが入ってイタズラなんかをしないか見張ってくれていたらしい。
……そういえばお部屋を出る時に鍵をかけた覚えはないかも。ご飯に必死になってうっかりしてしまった。
「えうぅ
……ご迷惑おかけしました
……」
「くふふ、構わんよ」
リリアさんはくふくふ笑いながら、ベッドに置かれた私の制服とスカートを見て、よかったのぅ、と、また笑ってくれた。
そう言ってくれると作った甲斐があるかも。嬉しくて私もスカートに目を向ける、と、なんか違和感。
「あ、あれぇ!?」
よく見るとスカートがとんでもないことになっていた。
真っ黒なスカートの、ひだの中が見るも眩しい緑色に変わっていた。腕章や寮服に使われてるような光ってるような緑色。
私が部屋を出てから、ここにいたのはリリアさんだけ。そして、リリアさんは私の部屋にイタズラする子が来ないよう見張っていたと言っていた。
……考えるまでもなくリリアさんの仕業だ。見張りって、なんなんだろ。
「あの、リリアさん、こ、スカート、って」
「うむ、ちぃと地味じゃったからな、うんとキュートにしてやったぞ!」
悪びれる様子もなく、満面の笑みでリリアさんは答えた。かわいい? いや、この色はこの色でカワイイかもしれない。けど、あまりに派手な色なものだから、さっきまでのお嬢様気分がすっかり薄れてしまった。
せっかくヴィルさんに手伝ってもらったのに、なんてことしてくれたんだろ。でも、お部屋を空けたままお食事に行った私にも非はある。かといって、諦められるわけじゃないんだけど。
「えっと、かわいいのは分かるんですけど、戻してくれませんか?」
「イヤじゃ」
「えぇ
……」
あっさり断られてしまった。リリアさんのけろっとした感じでは、悪意があってこんなことをしたんじゃないかもとは思う。けど、さすがにこの色は穿きづらい。なんて言えば戻してもらえるのかと考えていると、リリアさんはおもむろに「彼の魔女の炎の色ががお主を守ってくれよう」なんて、しんみりと、イイ事を言ったみたいな顔をしはじめた。
「えと、意味がわからないです。
……そのぅ、戻してくれませんか?」
そうは言われても私の趣味じゃない。だから戻すようお願いしても、リリアさんは「イヤじゃ」の一点張りだった。
「しょうがないのぅ。ほれ、このリボンもやろう。いわゆるトータルコーディネートっちゅーやつじゃな!」
「え? ありがとうございます? じゃなくて、戻してくださいよぅ
……」
リリアさんがくれたのは華やかな緑色に黒いラインの入った、腕章とよく似たリボンだった。かわいいし、これなら制服にもよく合うかも。
……なんて思っちゃったけど、そうじゃない。
やりとりに飽きたのか、リリアさんはまたお着替えの魔法で私を制服姿にすると「よぅ似合っておるよ」と、くふくふ笑いながらどこかへ消えてしまった。
「えうぅ
……」
こうなったらまた作るか諦めるしかないのかも。けど、生地のおかわりなんて頼めるわけがないから諦めるしかないんだけど。
お部屋に戻って、ちょっとばかりがっかりしながら姿見を見た。ひだの間から覗く緑はどう見ても派手だ。けど、もらったリボンや腕章と合わせて見れば奇抜でもない
……かも?
「でもなぁ
……」
けども、それはそれだ。あの高級感は捨てがたいと思ってしまう。
着替えて前のスカートを惜しいと思いつつ、今日習ったとこの復習をして、明日の授業の用意と念のためのお薬をフロシキに包んでベッドに潜った。
こうなったら夏用のスカートだけでも守らないと。作りかけのスカートを見ながら、どうやったらリリアさんから守れるかな、なんて考えているうちに眠りに落ちた。
+++++
スカートを作る話:
ティナとヴィルのお裁縫