トランプ兵の見るところ・Ⅱー2
「
――還らせたまえ!」
あいつは聞き慣れない言葉が並んだ呪文を唱えて、警棒を振り下ろした。
どこかからか強い風の音がして、遅れて、バラの木が弾けた。何が起きたのか分からないまま、俺たちの周りは緑色の光に包まれた。
光の中心であいつはポケットから古くさい試験管を取り出すと、それを振った。すると、緑色の光がその試験管の中に吸い込まれた。
一体あいつは何をしたんだ?
何も分からないまま見ていると、緑色の光がなくなった。けども、芝の上が青と薄紫色にまだらに光っている。
寮長もダイヤモンド先輩も、警戒するような目で光を避けるように後ずさった。二人もこの光がなんなのか分からないのかもしれない。
それでも対応できるのだから、さすがは上級生だな。と、どこか遠くに思った。
俺はといえば、避けるなんて発想すらなかった。あいつに押し付けられた妖精を抱えながら、ぼさっと突っ立っているだけだった。
足元で光は水のように揺れている。それがまた妙な感じがした。足にまとわりつくような感じはするものの、触れている感覚はない。なんとなく、ゴーストにすり抜けられた感じに近い気がした。
わけが分からない中、あいつは何食わぬ顔で青い光を横切って、俺の前に来た。
「デュースくん、ありがとね」
「あ、あぁ
……」
そして俺の腕から妖精を抱き上げると、片腕で妖精を抱き直して、もう片方の手で緑色に光る試験管を傾けて、その光を妖精に振りかけた。
まるで母親が赤ん坊にミルクをあげるみたいだなって、働かない頭で思った。そんなのまともに見た事ないから想像でしかないんだが。
光を妖精にかけきると、今度は妖精と話をしはじめた。あいつは普通に喋っているけど、妖精はチリチリと鈴のような鳴き声を上げている。
きっと動物言語の一種なんだろう。俺には何を言ってるのかさっぱり分からない。けど、あいつは俺たちと話すのと同じようにニコニコ笑って、なんでもないように話していた。
勉強で負けているのかと少し悔しく思いながら、寮長たちを見た。俺には分からずとも、先輩たちなら分かるはずだ。
「寮長、あいつらなんて言ってるんですか?」
「分からない」
「えっ」
聞くと、寮長は鋭い目で二人を見つめていた。睨むのとは違う、観察するような目だ。見つめながら、寮長は続けた。
「妖精族は独特の言語を使うんだ。ボクたち人間には聞き取ることができない」
「そーそー、お話するには特殊な魔法道具がいるらしいよ?」
「そう、なんですか
……」
そんなもの、あいつ持ってたか? そう思って、俺に声をかけてきた時のことを思い出した。たしか、あいつは手ぶらだった。
持っていたものといえば、さっきの試験管とゴツゴツした木の実だけだった。それらしい魔法道具なんて見ていない気がする。
となると、あいつはその魔法道具なしであの妖精と話ができたことになる。けど、そんなことあるのか?
寮長ですら分からない妖精の言葉を、スマホも知らないような人間が分かるものなのか?
そう思った途端、もやもやしたイヤな気持ちが喉元につっかえた。
あんな世間知らずが妖精の言葉なんて分かるわけがない。そう思おうとしている自分に気付いて、自分自身がひどくイヤな人間になった気がして、思わず気分が落ち込んだ。
少し経って、話が終わったらしいあいつは俺たちに困ったような顔を向けてきた。困っているのなら、手を貸すべきところだ。なのに俺は目を逸らすことしかできなかった。
何も知らない年下の女の子に負けた。ついそう思って、まっすぐ見ることができなかった。そして目を逸らした先の、あいつの腕章が目についた。
緑色の腕章は高尚な精神をモットーとした、ディアソムニア寮生の証だ。この学園でも選りすぐりの生徒が集まる寮、そんなところにあいつはいるんだ、って、今更になって意識してしまった。
前だって、寮長の首輪を消すなんてとんでもないことをしていたはずなのに。それなのに、どうして俺はあいつを下に見ようとしたんだ。
気付いて、考えて、気持ち悪くなってきた。
悪い方、悪い方に考えが引きずられそうになっていると、そっと肩を叩かれて、考えが止まった。
「ね、デュースちゃん」
見ると、ダイヤモンド先輩が俺に笑いかけていた。先輩の顔を見て、急に視界が開けた気がした。
遅れた、あいつと寮長の姿が見えないことに気付いた。
「え、あ、」
ぼーっとしている間に何があったのか。出遅れた気分になって、また落ち込みそうになっていると、ダイヤモンド先輩は気が抜けたように「たはは」と笑った。
「なんか、すごいもの見ちゃったね?」
「
……はい」
「デュースちゃん大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど、あの光に当てられちゃったカンジ?」
そう言って先輩は俺の顔を覗き込んできた。笑顔ではあるけど、目は真剣そのものだ。
それにまた、情けない気分になった。
ダイヤモンド先輩はノリの軽い人だけど、ちゃんと人のことを見ている。たとえ自分が驚いていても、人を気遣える余裕を持てる人なんだ。
そう気付いて、器の違いのようなものを感じて、また気持ちが後ろに引きずられそうになった。
「大丈夫です。えぇと、驚いただけです」
「ならいいけど。でも、体調がおかしくなったらすぐ保健室に行きなね?」
「はい、ありがとうございます」
「
……んじゃ、オレらも出よっか」
「あ、はい
……えぇと、どうやって?」
「オレが上から案内するから、デュースちゃんは歩いてね」
「ありがとうございます!」
「いいって。
……ホントは、オレもリドルくんみたいに二人乗りできたらよかったんだけどね」
たはは、と笑いながら言ってはいるものの、ダイヤモンド先輩の言葉は、どことなく後ろ向きに感じた。
勉強は好きじゃないような態度はとっているけど、この人も他人と比べて悔しい思いとかしたことがあるんだろうか。なんとなくそう感じてしまった。
飛んでいくダイヤモンド先輩の後をついて迷路を歩いた。思ったより奥に来ていたようで、なかなか出入り口に着かない。
飛びながらも、ダイヤモンド先輩はこまめに俺の様子を気に掛けてくれた。
「デュースちゃん大丈夫? 疲れない?」
「いえ、全然! なんなら、もっとペース上げてくれていいです!」
「タフだねぇ」
「体力には自信あるんで」
ダイヤモンド先輩は楽しそうに笑ったけど、飛ぶペースは変わらず歩くくらいのスピードで飛んでいる。
正直、ペースを上げてくれればそっちに集中できるぶん、余計なことは考えなくて済むから気は楽だ。先輩だって、ゆっくり飛ぶなんて、時間がかかるだけ楽じゃないだろうに。
そう思ったけど、きっと、これも俺が疲れないようにとか考えてのことなんだろう。
ふざけているようでその実、しっかり人を見て支えられる人なんだ。目の前のことすらまともに見られない俺と違って。
……そう考えて、頭の中がまたもやついた。
「ね、デュースちゃん」
「はい」
「卑屈になっちゃダメだよ」
「は
……え?」
言葉の意味が分からなくて、なんなのかと先輩を見上げる。心なしか寂しそうな目で俺を見ていた。
「えっと、どういう意味ですか?」
「デュースちゃんはデュースちゃんのいいトコがあるんだからさ」
「へ!?」
そう言って、先輩はにかっと笑うとホウキの高度を下げて、俺の隣に来ると頭をぐちゃぐちゃに撫で回して、また飛び上がった。
さっきの言葉といい、意味が分からなくてもう一度先輩を見上げた。先輩はいつものようにニコニコ笑っている。
「ちょ、なんなんですか!?」
「なんとなく? あぁ、そろそろ出口だよ」
なんでもないような顔をして、ダイヤモンド先輩は前に目を向けた。目線の先に出入り口こそ見えないけど、寄宿舎がすぐ近くに見えた。
誤魔化されたような気はするけど、先輩もこれ以上話をするつもりはないようだから、話はこれで終わりなんだろう。
先輩の言葉の意味はよく分からなかったけど、応援されたんだというのは分かった、と、思う。それならいつまでもグズグズするわけにはいかない。
間もなくして迷路から抜けると、先輩はホウキから降りて「お疲れ様」と、ゆるっと笑った。
「ティナちゃんたちはパーティー会場に行ったみたいだから、オレらも行こっか」
「はい! あの、ダイヤモンド先輩」
「ん?」
「ありがとうございます!」
「んー? なんのコト?」
すっとぼけたように笑うダイヤモンド先輩を見て、なんとなく、この人には敵わないなって、そう思った。
けどそれは、アイツや寮長に感じるような薄暗いものとは違って、心地のいいものだった。
そんなものだから、さっきまでの落ち込んだ気分はすっかり晴れた。
ダイヤモンド先輩の後をついて歩きながら、もし、アイツが寮長に叱られて落ち込んでいるようなら元気付けてみよう。って、そう思った。
……そうは思ったものの、アイツの様子を見に行ったパーティー会場で、俺もまた寮長に叱られてしまった。おかげでもう一回、へこみ直してしまったんだけど。
「デュースくん、その、私のせいでごめん
……」
しきりに謝ってくるアイツの顔を見ながら、人を元気づけるのって難しいんだな。って思った。
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続き:
18.ティナの短い一ヶ月