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いまち
2024-02-10 11:44:01
199057文字
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ティナとねじれた魔法の世界・2
おはなし一覧
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ティナとねじれた魔法の世界
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16.ティナとお詫びのティーパーティー
ユウくんたちのお屋敷のお掃除をした次の日から、平日は一日おきにユウくんと補習。補習がない日は部活。お休みの日でユウくんに用事がない時はお屋敷のお掃除。そんな毎日の繰り返しだった。
私もユウくんも常識からなにもかもが違う世界から来たものだから、先生たちは、それはそれは根気よく教えてくれた。
けども、トレイン先生が教えてくれるお話
――
国の成り立ちとか、国同士が仲良くするとかケンカしたとか、そんなお勉強はしたことがなかったものだから、なかなかどうして覚えられない。
「え? この国って仲良くするって取り決めがあったのに戦争したの? えっと?」
「国境にある鉱山から希少な素材が採れるようになったから、取り合いになったんだよ」
「そう。クドウの言う通り。それまで魔法石は宝石程度の価値しかなかったが
――
」
そんな私とは反対に、ユウくんはこういったお勉強は子供のころからやっていたそうで、先生の話は無理なく理解できるようだった。
それが羨ましくて、ちょっと悔しい。
けど、お勉強の全部が全部、そういうわけでもないようだった。
「わっ!? 大根が、えっ!?」
「ユウくんは耳塞いでて!
……
んしょ、袋に入れて、と」
「キースリンク、お前はずい分慣れてるようだな」
「似たような魔物がいたんです。破裂したり、ツルで殴ってきたりしない分、この子の方が楽ですねぇ」
クルーウェル先生が教えてくれることは、わりとすんなり頭に入った。
おくすりの調合や材料の採取方法や取り扱い。これはカボックではいつもやっていたことで、ママから習っていたことと大きく違わない。だから、トレイン先生の授業よりは分かりやすい気がする。
私はそう思ったけど、ユウくんは馴染みがないようで、マンドラゴラ一匹にも困ったような顔をしていた。
街中でも栽培できるような薬草はあるけど、魔物のような植物は街の外に行かないと手に入らないから、ユウくんが分からないのも仕方ないのかも。そもそも、お金持ちの子が自分で採取に行ったり、おくすりの調合なんてこと、する必要もなさそうだもんね。
こうして考えると私たちの得意なもの、不得意なものはまるであべこべで、なんだか面白い。
補習の後も、時間がある時は図書館や、ユウくんのお屋敷で分からなかったところなんかの復習をした。二人でお勉強するのは、教室で授業を受けるのとはまた違った楽しさがあった。
部活では私は他の子たちのように、好きに調合や実験はさせてもらえなかった。
どうやらばくだんを持っていたのがよくなかったらしい。クルーウェル先生から、この前渡した道具を調べ終わるまで、調合や物作りは禁止だと言い付けられてしまった。
カボックに帰る研究をするためにサイエンス部に入ったのに、これじゃあ意味がないかも。
なんて思って、ちょっとだけがっかりした。けど、調合ができないかわりにと始めた植物のお世話は思ったよりも楽しいものだった。
ルークさんや管理人さんに教わりながら、草花にお水をあげたり、日に当てたり、逆に当たり過ぎないよう移動したり。植え替えをしたり
……
思っていた以上にやることは多くて、最初はちょっと大変かもって思った。
けど、お世話をするごとに葉っぱが元気になったり、つぼみが膨らんできたりするのを見るのはとても楽しくて、やりがいを感じる。カボックに帰ったら、ここで覚えたことを活かして近くの森に畑とか作るのもいいかも。
そんなことを考えたりしながら、私なりに部活を楽しんでいた。
……
けど、こっそり楽しみにしていたお菓子にはなかなかありつけなくて、それがちょっぴり残念だった。
バラノシュバリエさんは最近忙しいようで、部活にめったに顔を出さなければ、来たとしても、すぐに帰ってしまうのだそうだ。
一度だけ、ルークさんからバラノシュバリエさんが置いていったという、木の実たっぷりのケーキをもらった。
ずっしり重たい生地は甘すぎず、しっとりしていて、練り込んである木の実もイイものを使っているのか香ばしい。お酒の風味が大人の味を思わせる、とても美味しいものだった。
こんなに美味しいお菓子を作れるなんてどんな人なんだろう。あまりにも気になって、エースくんとデュースくんにバラノシュバリエさんのことを聞いてみたけど、残念ながら二人とも会ったことはないのだそうだ。
「ま、オレらもまだ先輩の名前は把握しきれてねーしな」
「そっかぁ
……
」
「というか、本当にそんな名前の人がいるのか?」
「うん。えと、ポムフィオーレの副寮長さんが言ってたの」
「なら、いるか。すげぇ名前だけど」
そんな話をしていて、ハーツラビュルの副寮長さんが作ったというパイを思い出した。前にユウくんたちとお屋敷で食べたやつだ。
あれもとっても美味しかったんだよね。前にリリアさんから聞いた通り、ハーツラビュルってほんとにお料理上手な人が多いんだなぁって、改めて思った。
それからなんだかんだと過ごすうちに、月の終わりが近くなってきた。
さすがにここでの生活も慣れてきたなーなんて思い始めてきたお昼時、いつものようにユウくんたちとお昼ごはんを食べていると、エースくんからハーツラビュル寮に遊びにこないかと誘われた。
「ハーツラビュル? えと?」
「あー、ね。トレイ先輩、ウチの副寮長がお前に興味があるんだと」
エースくんの言葉にデュースくんとユウくんが頷いた。そう言われても理由が分からなくて返事に困る。
ハーツラビュルの副寮長さんって、話には聞くけど会ったことはない。トレイさんって名前はなんとなく聞き覚えがある気はするけど、どこで聞いたのかは覚えてないもん。顔も名前も知らない人に興味を持たれても、なんというか、困る。
「えと
……
」
お誘いに乗っていいものかも悩む。よそとはいえ、副寮長さんに呼ばれるなんて、大ごとじゃないかな? 一度保留にしてもらって、リリアさんに相談すればいいのかな?
というか、興味ってなんなんだろ? 理由を考えようとして、前にエースくんたちのケガを勝手に治した時、クルーウェル先生から怒られたことを思い出した。
もしかして、同じ事で副寮長さんにも怒られるのかも? ハーツラビュルってルールとか厳しいって聞くし、そうなってもおかしくないのかも。考えて背筋がぞっとするのを感じた。
「
……
もしかして、怒らせちゃった?」
「は? なんで?」
「えと、この前みんなのケガを治したでしょ? それで、私、先生に怒られちゃって、だから、そのぅ
……
」
「は? なにそれ?」
「えぇとね? ティナ
……
」
呼ばれる理由が分からなくて混乱する私にユウくんは説明してくれた。
週末、ハーツラビュルのパーティーがあったらしい。そこでエースくんが私の話をしたのだそうだ。その内容というのが、私が入学式の日にリリアさんのお料理を食べて気絶した話、らしい。
……
そういや、そんな話もしたんだっけ。エースくんもよく覚えてたな。ちょっと感心しちゃったかも。
それで、エースくんの話を聞いた副寮長さんが私に興味を持ったというか、かわいそうに思ったとか、エースくんが勝手に私の話をお茶請けにしたお詫びとかで、私を招待したいから、連れてくるようにエースくんたちに言い付けたのだそうだ。
「で、ご馳走したいんだって」
「そーなんだ
……
」
「で、どう? 来れる?」
まずはお説教じゃないことに安心した。ついで、お誘いに乗っていいのか考えた。
副寮長さんのご馳走は正直、とても興味がある。けども、よその寮にお邪魔するかどうかって、勝手に決めていいのか分からないから答えに困った。
「えっと、寮長さんに聞いてみないと分からないかも」
「構わんぞ。行くといい」
「ぴっ!?」
「ゲッ!?」
突然上から現れたリリアさんに三人は目を丸くした。グリムくんだけはお魚のフライを飲み込むのに忙しいようで、なんの反応もない。
慣れてきたとはいえ、びっくりするから急に目の前に出てくるのはやめてほしいんだけどな。びっくりしてドキドキした胸を押さえながらリリアさんを見上げた。
「えと、いいんですか?」
「うむ。門限さえ守れば他寮への行き来に制限はないのよ」
「そー、なんですね。わかりました、ありがとうございます」
「あやつの菓子は評判がいいからな。楽しんでくるといい」
リリアさんはそう言いうといつものようにくふくふ笑って、また消えた。
「えと、大丈夫みたいだからお邪魔するね?」
「
……
お前んとこの先輩、なんなの?」
「妖精族っていうらしいよ」
「そうじゃなくて
……
まぁいっか」
どことなくげんなりした顔をして、エースくんはスマホを取り出すと、ぺたぺた触り出した。
スマホを触って、ぴろっと音がして、また触って、を何度か繰り返すとエースくんは顔を上げた。
「今週の土曜の午後って空いてる?」
「えっと、うん。ヒマ」
「オッケー、じゃあその日で」
「わかった」
大勢の方が楽しいだろうから、と、ユウくんとグリムくんも誘われた。マスのムニエルをもしゃもしゃ食べてたグリムくんも手を止めて、それはそれは嬉しそうにご馳走だなんだと騒ぎだした。
そうして土曜日の14時、鏡舎で待ち合わせをして、みんなでハーツラビュル寮へ行くことになった。
それから土曜日、約束の時間に鏡舎で待っていると、ユウくんたちのお屋敷にいるユーレイさんがやってきた。
「あぁ、お嬢さん。ここにいたんだね」
「ユーレイさん、こんにちはぁ」
「はい、こんにちは。ユウからお嬢さんに言伝を預かってきたんだ」
「ユウくんから、ですか?」
「あぁ。えぇとね
……
」
ユーレイさんが言うには、ユウくんは学園長さんから急にお仕事を頼まれたらしい。それで、お仕事が終わってからハーツラビュルへ行くから、私には先に行っててほしいということだった。ついでに、エースくんとデュースくんもユウくんのお仕事を早く終わらせるために手伝うから遅れるらしい。
「えと、じゃあ私一人で行ってー、ってことですか?」
「そうなるねぇ」
「えぅ
……
わかりました」
「それじゃあね、確かに伝えたよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
ふわふわ飛んで行くユーレイさんを見送って、ハーツラビュルへの鏡を見た。バラとカードのレリーフがオシャレでかわいくて、ディアソムニアのものとはまるで違う雰囲気だった。
正直、知らないところに一人で行くのはちょっと怖い気がする。とはいえ、約束したんだから、遅れちゃうのも悪いよね。
そう思うことにして、知ってる人がいればいいな、なんて祈りつつ、ハーツラビュルの鏡に飛び込んだ。
「うわぁ
……
!」
鏡の先は見たことのない華やかな場所だった。
派手なお屋敷に、広いお庭。あちこちからお花のいい匂いがしてきて、芝や垣根も瑞々しい。そんな明るい雰囲気は、岩山と茨ばかりのディアソムニア寮とはまるで違う
……
というよりは真逆な印象を受けた。
ディアソムニアに不満があるわけじゃないけど、ハーツラビュルの明るくてかわいい雰囲気は、ちょっとだけ、いいなって思った。
「んー?」
ハーツラビュルのお庭は一見キレイで華やかだけど、よく見ると手入れが行き届いてる、という感じはしなかった。垣根の高さは揃ってなければ、芝はモグラが通った痕のようにボコボコしている。庭木に咲いてるバラはなんだかしおれていて元気がない。
でも多分それは、寮長さんが大暴れしてお庭が荒れちゃったせいなんだろう。お庭を直したり、お片付けをするのが大変だってエースくんたちがこぼしてたもんね。
「えっと」
なんて、お庭を見ている場合じゃない。副寮長さんを探さないとだ。
そうは思っても、それらしい人がいなければ、そもそも辺りにひと気がない。さすがに寮の中であれば誰かしらいるんだろうけど、勝手に入るのも躊躇われる。
となれば、誰かいないか探すしかない。ユウくんからパーティーはお庭でやるのだと聞いてたから、それっぽい場所を探してみればいいかも。
誰かいたら、その人に副寮長さんがどこにいるか聞けばいいよね。そうすることにして、枝がはみ出している生垣に沿って歩いてみた。
歩いていると、生垣の間に扉がついてるところがあった。ここには生垣で作った迷路があるって聞いてたから、その入り口なのかも。うっかり中で迷子になったらって考えると入らない方がいいのかもしれない。
「ん?」
そう思って通り過ぎようとしたら、扉の中から物音がしていることに気が付いた。それなら、中に誰かいるのかも。人がいるならどこに行けばいいか聞けるかも。
助かったと思って、そうっと扉を開けて中を覗いてみると、そこは迷路じゃなくてバラで囲まれたお部屋のようになっていた。
飾り付けがされた大きなテーブル、テーブルには真っ白なテーブルクロスがかけられていて、空のお皿と食器が並んでいた。テーブルのわきにはワゴンがあって、そこにはカバーをかけたお料理らしきお皿がいくつも乗せられている。
そんな、バラとお料理であろういい匂いがする中に、帽子を被ったハーツラビュルの人が、こっちに背中を向けて立っていた。その人はしきりにマジカルペンでバラの花をつついていた。
何をしているのかと思って見ていると、帽子の人がつつく度に、バラの花びらの色が変わっていた。ピンク、緑、青、赤
……
ころころ色が変わるのがキレイで、面白くて、つい見入ってしまいそう。見ていると、帽子の人がまたマジカルペンでつついた。今度は緑色の花びらに黒いフチ模様がついた、一際変わったバラになった。
「
……
どうしたものかな」
私に気付いていないのか帽子の人はぽつりと呟いた。
すごいけど、なにしてるんだろう? 副寮長さんを探さなきゃだけど、その人が何をしてるのかの方が気になってしまった。ついでに聞ければいいかなと思って、思いきってその人に声をかけた。
「あのぅ
……
」
「ん?」
振り返ったその人はメガネをかけていて、ほっぺに木のようなマークが入っていた。それを見て、前にヴィルさんへお礼を言いに行った時に見かけた人だと気付いた。やっぱり、ハーツラビュルの人だったんだ。前に見た時よりは、傷も治ってるようで、知らない人ながらちょっとだけほっとした。
「え、と、何をされてるんですか?」
「見ての通り、バラを塗っているんだ」
「バラ、ですか?」
「ここではよくあることなんだよ」
ちょっと何を言ってるのか分からなかった。たしかに、この人の手元ではころころバラの色が変わってる。キレイで面白いけど、なんでそんなことをしてるんだろ?
もしかして、これがウワサのハーツラビュルの決まりごとなのかな? ほんとうに不思議な決まり事があるんだなぁ。なんて思っていると、帽子の人は不思議そうに「キミは?」と、聞いてきた。
そうだ、首を傾げてる場合じゃない。副寮長さんを探さないとだっけ。
覗き見してるのも悪いから、その人に近付いた。お料理の近くだからか、甘い、美味しそうな匂いがする。
「えと、ティナ・キースリンクっていいます。その、お邪魔してすみません」
メガネの人は私を見て、驚いたような顔をした。そんな反応もさすがに慣れてきた。私の存在はともかく、よその寮の人がいたら不思議に思うかもだもん。考え過ぎはよくないよね。
私の事は聞かれたら答えればいいかな。そう思うことにして続けた。
「その、トレイさん? えと、ここの副寮長さんにご招待をいただいたので伺いました。それでその、どちらにいらっしゃるかご存じないですか?」
「ぷ、くく
……
」
聞くと、メガネの人は何が面白いのか、突然笑いだした。私、ヘンなことは言ってないよね? 不思議に思っていると、メガネの人はひと息ついてにっこり笑った。
「えぇと
……
?」
「あぁ悪い、俺がここの副寮長、トレイ・クローバーだ」
「へ!?」
心の準備なしにいきなり副寮長さんに会ってしまった。飾り付けしたテーブルとかお料理とかあるから、なんとなくそうかもとは思ったけど、ほんとにそうだとびっくりする。びっくりするも、挨拶しなきゃって思って急いで言葉を探した。
「えと、あ、はじめまして! えと、エースくんとデュースくんにはいつもお世話みゃ、なってます!」
けど、焦ったせいでめちゃくちゃなことを口にした、と、思う。自分でも何を言ったかよく覚えてないけど。
副寮長さん
――
トレイさんは、そんな私をヘンな目で見るでもなく、まぁまぁと落ち着かせて、エースくんたちは一緒じゃないのかと聞いてきた。
「えと、ユウくんのお仕事のお手伝い? だそうです」
「あいつら
……
」
「えと、その
……
」
トレイさんは呆れたような顔をして、ふかーくため息をついてしまった。
こんな反応をするってことは、エースくんたちはトレイさんに伝えてなかったのかな? スマホで連絡したものだと思ってたから、なんて言っていいかちょっと迷う。
「悪いな。呼んでおいて、迎えの一つもやらなくて」
「えと、大丈夫です。その、ご招待ありがとうございます」
「まぁ、立ち話もなんだ、ここに掛けてくれ」
お礼を言うと、トレイさんは困ったような苦笑いをして椅子を勧めてくれた。けど、準備してるみたいだったのに、お邪魔しちゃっていいのかな?
心配になって聞いてみると、準備そのものはもうほとんど終わっているから構わないのだそう。ならイイかな? そう思って、お言葉に甘えることにした。
「えへへ
……
」
キレイなバラに囲まれて、オシャレにセットされたテーブルに着く。夢のような状態で、物語のお姫様にでもなった気分かも。
こんなに大きなバラ、カボックはもちろん、どこの街でも見たことがない。華やかで、キレイで見ていてとてもわくわくした。
「そんなに珍しいか?」
見ているとトレイさんに声をかけられてはっとした。そうだ、いくらキレイでも、よそさまのお庭をジロジロ見るのはお行儀が悪いかもだもんね。
「えぅ、すみません
……
」
「あぁ、咎めるつもりはないんだ。気に入ってくれたなら、手入れした甲斐もあるってものだ」
ニコニコ笑うトレイさんを見て、思ったのと違う感じがするなって思った。
ハーツラビュルはなにかと厳しいってウワサを聞いてたし、トレイさんは人使いが荒い、なんてグリムくんは言っていた。けど、実際会ってお話してみると、トレイさんからはそんな感じはしない。どっちかというと、面倒見のいいお兄ちゃんって感じがする。
怖そうな人じゃなくてよかった。ほっとして、バラを見ながらユウくんたちを待っていると、トレイさんはおもむろに私の好きな色を聞いてきた。
「色、ですか?」
私の好きな色がどうしたんだろ? もしかして、ハーツラビュルの決まり事に関わったりするのかな?
だとしたら、慎重に答えた方がいいのかも? そうは思っても、どんな決まりごとがあるのか分からないから、慎重にもなにもないんだけど。
「えっと
……
」
好きな色、と聞かれるとちょっと迷うかも。どんな色もいいところがあるもんね。赤はかわいいのにかっこいいし、ママの目の色はスミレみたいにキレイで好き。ニンフの髪の淡い紫もかわいくてキレイ、パパとお兄ちゃんの髪の金色も憧れる。杖についてる宝石の青も、夜空のお星さまの銀も、キレイに磨いたお皿のような真っ白も、どれもこれも好きな色ばっかりだ。
そんな色たちの中で好きな色、となると
……
。
「ピンクと黄色、ですねぇ。その、かわいいので」
私のお気に入りのお洋服の色だ。春のお花のような色は一番のお気に入り。見てるだけで心が弾む、っていうのかな。嬉しくなる組み合わせ。
答えると、トレイさんは「なるほどな」って頷いた。そして、ポケットからマジカルペンを取り出した。なにをするのかと見ていると、トレイさんの魔法石が光って、周りの白いバラが一斉に薄いピンクと黄色に染まっていた。
「え? うえぇ!?」
「キミのための席なんだ、好きな色の方が楽しめるだろう?」
驚く私にトレイさんはそう言って笑った。たしかに、さっきも「バラを塗ってた」なんてことは言ってたし、実際色を変えてるのは見た。けど、こうやって一斉に色が変わったのは驚きだった。
「え? え? あの、なにしたんですか?」
「ただの色変え魔法だよ。キミも近いうちに習うんじゃないか?」
「はぁ、そー、なんですね?」
よく分からないけど、お着替えの魔法みたいに色を変える魔法もあるんだ。
それなら、気分でお洋服の色を変えて楽しんだりとかできるのかも。本当に、この世界は面白くて便利な魔法がたくさんあるなって、改めて思った。
「それで、悪いが、あいつらが来るまでこれでも食べて待っててくれ」
「わぁ! ありがとうございます!」
そう言って出されたのは、具入りのクッキーと、すぅっとする香りのお茶だった。
サクサクのクッキーにねとねとした果物やカリカリする木の実が入っていて、味も食感もとても楽しい。この前もらったパイといい、エースくんの言う通り、トレイさんは本当にお料理が上手なんだと改めて思い知らされた。
……
その、リリアさんとは違って。
(そういえば)
カリカリの木の実をかじっていて、前に部活で貰ったケーキのことを思い出した。トレイさんはここの副寮長さんだし、バラノシュバリエさんのことも知ってるかも。
聞こうと思って、向かいに座ってお茶を飲んでるトレイさんに声をかけた。
「あのぅ、トレイさんってここの副寮長さんなんですよね」
「一応な」
「えと、それならここの寮の人のことをお伺いしてもいいですか?」
「構わないよ。誰だろう?」
「よかったぁ。えと、バラノシュバリエさんってご存知ですか?」
「ふぶっ!?」
「うえっ!?」
聞いた途端。トレイさんは飲みかけのお茶を吹き出した。飛び散ったお茶で、真っ白だったテーブルクロスが薄茶色に染まってしまった。いきなりどうしたんだろ? ちょっと心配かも。
「ケホ、おま、いや。キミ、どこでそれを?」
「部活
……
えと、サイエンス部で、ルークさんから聞いたんです。私、バラノシュバ
――
」
「すまない、ちょっとだけ待ってくれ」
「あ。はい」
トレイさんは大きく息を吐くと、もう一度マジカルペンを出して、今度は汚れたテーブルクロスを真っ白にした。こっちはお洗濯の魔法なのかな? 濡れたところもキレイに乾いてる。
「
……
悪い。見苦しいところを見せた」
「えと、だいじょーぶです」
トレイさんは眉間に皺を寄せて考えるように頭を抱えていた。もしかして、バラノシュバリエさんと仲が悪いのかな? だとしたら、悪いこと聞いちゃったかも。
「それで、あー、そいつがなんだって?」
「あ、はい。えと、この前バラノシュバリエさんが作ったっていうケーキをいただいたんです。それで、とっても美味しかったので、お礼を言いたいなって思ってたんですけど
……
はい」
「そういうことか。それは、あー
……
」
トレイさんはなんだか言い辛そうに言葉を濁しながら、「バラノシュバリエ」はルークさんがトレイさんにつけたあだ名だと教えてくれた。
「あだ名
……
」
「あぁ。あいつは気に入った人間にあだ名を付けるクセがあるんだ」
「そー、なんですねぇ」
「恥ずかしいからやめてくれって言ってるんだけどな。キミはどうだ? つけられなかったか?」
「えと、はい、マドなんとかヒヨコって呼ばれました。そっか、あだ名だったんですね」
ルークさんからはヒヨコ扱いされるし、ヴィルさんからはおイモとか言われるし、なんなのかなって思ってた。
なるほど、ポムフィオーレってそういう習慣みたいなのがあるのかも。そうなのかなと思って聞いてみると、トレイさんは「あそこは変わった感性の奴が多いから」なんて言って笑っていた。
「なるほどです。えぇと、それでなんですけど」
苦笑いするトレイさんに改めて、この前もらったケーキのお礼を言って、それから、なんてことないお話をしながらユウくんたちを待った。
部活のこととか、リリアさんのこととか
……
お話をしているうちに、前に三年生のフロアですれ違ったのがトレイさんだということも確認できた。トレイさんのことを知らないうちに色々知ってたのが面白くて、思わず笑ってしまった。
「偶然って面白いですねぇ」
「そうだな。っと、お茶がなくなったな。おかわりを淹れてくるよ」
そう言ってトレイさんが席を立つのとほぼ同時に、大きな音を立てて庭の扉が開かれた。
「遅れてすみません!」
大声とともにユウくんと、グリムくんと、エースくんと、デュースくんの四人が駆け込んできた。
お仕事が終わったのかな? あぁのこうのと言い合いをする四人にトレイさんが呆れ顔をして、ようやく賑やかなお茶会が始まった。
ワゴンに載っていたお料理がテーブルに並べられた。
出されたのはクリームをたっぷり使ったケーキ、色とりどりのフルーツが乗ったタルト、うにぷにプリンのうにぷに抜き、それと、前にユウくんのお屋敷で食べたのと同じパイが二種類だった。
トレイさんはケーキを切り分けて、それぞれのお皿に盛りつけた。そして、新しいお茶をみんなのカップに注ぐと「召し上がれ」と、みんなに笑いかけた。
「うわぁ! ほんとにこれ、食べていいんですか!?」
「あぁ、好きなだけ食べてくれ」
「どれもウマそうなんだゾ!」
テーブルいっぱいに並んだごちそうに、お腹がぎゅうっと鳴った。さっきお菓子をもらったのに、ちょっと恥ずかしいかも。でも、こんなに贅沢なお料理を前に大人しくできるわけがなかった。
グリムくんも同じようで、トレイさんが切り分けてくれたケーキにかぶりついては口元をクリームまみれにしていた。このままじゃグリムくんに全部食べられちゃうかも。そう思ったら、黙って見てられるわけがないよね。
「えと、いただきます!」
グリムくんに負けじと私もお皿のケーキをいただいた。クリームたっぷりのケーキは見た目の通りとっても甘くて、クリームは夢みたいに濃くてまろやか。スポンジも卵の味がしっかりしてるのにふわふわで、食べた事のないおいしさだった。あまりにもおいしくて、幸せで、頭がぼうっとしちゃいそう。
「ティナ?」
「どーしたんだゾ?」
「悪い、口に合わなかったか?」
「えぅ?」
ぼうっとしながら食べていると、みんなが不思議そうな目で私を見ていた。もしかして、がっついちゃってお行儀の悪い子とでも思われちゃった?
「え、と?」
まずいかもと思ってみんなを見回すと、ほっぺからなにかがしたたり落ちた。
「あ、あれぇ?」
気付いて、ついで視界が滲んだ。遅れて、涙が出ているのに気付いた。何がなんだか分からなくて頭が追い付かない。
「もしかして身体に合わなかったか? 吐き気はあるか?」
「え、あの、えと」
トレイさんは青い顔をしながら私の背中をさすっている。口に合わないとか気持ち悪くなったとかじゃないんだけど、誤解させてしまったようだ。
そりゃあ、自分のお料理を食べて人が泣いたらびっくりしちゃうよね。自分でもどうしてこうなったか分からないけど、とにかく誤解を解かないとだ。
「あの! 違うんです! えと、その、おいしくてびっくりしたんです!」
「は、え?」
背中をさする手を止めて、トレイさんはぽかんとした顔になった。
自分で言ってはっとした。そう、トレイさんのケーキは今まで食べたことがないほど美味しい。だから、びっくりしすぎて涙が出ちゃったんだ。
だって、こんなにミルクや砂糖をたくさん使ったお菓子ってカボックにはないんだもん。そしてたぶん、このクリームは牛ミルクでできたクリームだ。ヤギミルクとは違う甘味があって、まろやかさがあって、いい匂いがして、こんな贅沢なもの食べたら、そりゃあ、びっくりして涙も出ちゃうよ。
心配そうなトレイさんに悪いと思いつつ、大丈夫だとかぶりを振った。
「えと、こんなに美味しいクリームって食べたことなくて、あの、ほんと、びっくりしちゃって
……
具合が悪くなったとかじゃないんです、なんか、ごめんなさい」
「そうなのか?」
「はい。ほんと、自分でもびっくりなんですけど
……
えへへ」
こんなこともあるんだって、我がことながら他人事みたいに感じていると、エースくんがわざとらしくため息をついた。
「紛らわしいっつーの! つーか、大げさじゃね?」
「ぅー、そんなことないもん!」
「はは
……
そんなに喜んでもらえたなら、作った甲斐もあったな。口に合ってよかったよ」
トレイさんは困ったように笑うと、エースくんに目を向けた。
「それよりもだ。エース。今日の主旨を忘れたのか?」
「えーと、やだなー、覚えてますって」
「なら、早く言ってしまえ」
トレイさんとエースくんがなんだか分からない話をしている。なんのことだろ?
「まー、ね、えぇと
――
」
トレイさんに促されて、エースくんは気まずそうに、パーティーで私の話をお茶請けにしたこと、リリアさんのお料理をバカにしたことについて謝ってきた。そういえば、そんな話もあったっけ。すっかり忘れてた。
「えっと」
謝られてもちょっと困る。エースくんに対しては、いじわるなこと言うなぁとは思ってた。けど、別に怒ってたわけじゃない。
たしかに、ちょっとだけむっとはしたけど、あの時のエースくんはお仕置きされてて機嫌が悪かったみたいだもん。だから、そういう時もあるかも、くらいに思ってた。
そんなものだから、こうやって改めてごめんなさいされると、どう返せばいいのかちょっと悩む。けど、まぁ、怒ってないって言えばいいかな?
「私は気にしてないよ? だから、だいじょーぶ」
「ですよねー」
「悪いな、うちの寮生が」
「いいですよ。エースくんがちょっぴりいじわるなのは知ってるので」
「ちょ、おま!?」
「エース
……
」
トレイさんにじとっと睨まれて、エースくんはしょんぼりと肩を竦ませてしまった。そんな姿を見て、デュースくんとグリムくんがいじわるそうな顔でくすくす笑っている。
「あはは! でもほんと、気にしてないんです。いじわるは言うかもですけど、エースくんが親切なのは知ってるので」
「いじわるは余計だっつーの!」
「お前なぁ
……
。ありがとうな、そう言ってくれて」
「こちらこそ。お世話になってるのに、こんなにごちそうしてもらっちゃって
……
えへへ」
むしろ、こんなに美味しい物を食べさせてもらって、かえって悪い気がしちゃうかも。
それからみんなで競い合うようにごちそうをいただいて、改めてトレイさんにお礼を言って、寮に帰った。
ハーツラビュルを出る間際、妖精さんの気配がしているのに気が付いた。でも、よく遊ぶ妖精さんとはちょっと違う感じだ。
なんなんだろうなぁ、って思うものの、それ以上にごちそうで幸せな気分が勝ってしまい、妖精さんのことを頭の隅によけて、ハーツラビュルの鏡から出た。
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