いまち
2024-02-10 11:44:01
199057文字
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ティナとねじれた魔法の世界・2



閑話・トランプ兵のみるところ・Ⅱ


 トラブルまみれの入学式、入学そうそうの退学騒ぎ、せっかく名門校・ナイトレイブンカレッジに入学できたというのに、俺の周りは散々だった。
 けど、同じ寮のエース、異世界から来たというユウ、魔物のグリム、めちゃくちゃだけど気のいいダチができたのもまた事実ではある。
 むしろ、優等生を目指すなら、こういうめちゃくちゃなヤツの面倒を見るくらいでちょうどいいのかもしれない。
 寮長から首輪をつけられてふてくされるエースを見て、こっそりそう思った。

 エースの口車に乗せられて、栗拾いをすることになった日。ユウたちの荷物を置きにオンボロ寮へ向かうと、見知らぬ女子がオンボロ寮を見上げていた。
 どこかのクラスに女子がいる、なんて噂は聞いていた。けど、男子校に女子なんているわけがない。そうは思っていたものの、ディアなんとか寮の腕章を付けたその子は、どう見ても女の子だった。
 噂は聞いていたとはいえ、よりにもよって、なんでこんなところに噂の女の子がいるのかが理解できなかった。
 ユウが声をかけると、その子は俺たちの方に振り返った。動きに合わせてふわふわの髪が揺れる。
 その子は今まで関わったことのないタイプの、大人しそうなかわいい女の子だった。オンボロ寮の建つ丘の上で陽に照らされて、まるでその子自身が光っているように見えた。
 つい見とれそうになった次の瞬間、殺気に似た冷たいものを感じた。さっきまでにっこり笑っているように見えたその女の子が、俺たちに襲い掛かってきた。
 力強く、しなやかな動きには覚えがあった。ケンカに慣れている人間の動きだ。懐かしい緊張感に首の後ろがチリつく。
 さっきまでの大人しそうな女の子からは想像もつかない変わりっぷりに驚きつつも、エースとそいつに向かった。
 その子の狙いはグリムらしい。ユウから離れるよう怒鳴りながら、大きな目でこちらを睨みつけていた。その剣幕に思わず応戦しそうになる。けど、どうにか堪える。
 どんな理由であれ、女子に手を上げるなんて男のすることじゃない。けど、話は通じそうにない。
 エースは大釜をぶつけようなんて言ってきたけど、そんなことをして女の子に傷を付けるのは、男として、優等生として、絶対にしてはいけないことだ。それがたとえ、襲って来た相手であっても。
 それに、俺らとその子との間には距離がある、ここから狙ったところで届かない。
 どうすればいいのか決められない。抵抗されないよう取り押さえて、襲い掛かってきたとか言って先生に渡せばいいのか?
 下手に動いてユウやグリムにケガをさせるわけにはいかない。
 いっそ俺から手を出せばいいのか? 相手は女の子だけど、先に手を出してきたのは向こうだ。本当に、あいつが男であればこんなに悩む必要はなかったのに。
 アテになりそうにないエースにイライラする中、ユウが声を上げた。

 グリムは悪い奴じゃない、と。

 いきなり何を言うんだと思っていると、その子は目を丸くして、困ったような顔になった。
 隙を突くなら今かもしれない、けど、その子からはヒリつくような殺気は感じられなくなっていた。
 同時に、すっかり様子が変わってしまった子に、どう接すればいいのか分からなくなった。
 今俺たちの目の前にいるのは、髪もほっぺも柔らかそうな、大きな丸い目の女の子。女の子らしい背丈なものだから、近付くと自然と俺たちを見上げるかっこうになる。ちょこんとしてて、まさに守ってあげたくなるような、かわいい女の子そのものだった。
 それに気付いて、頭が真っ白になった。
 女の子とどう喋ればいいのか分からなくて、緊張して、言葉に詰まる。ユウもエースも何でもないように話してるけど、どうしてそんな普通でいられるんだ。
 それからオンボロ寮の談話室で話をしたけど、何を話したのかまるで覚えてない。それでも、ティナ、という名前だけはどうにか覚えていた。
 気付けばティナはいなくなっていて、エースは一人でバタバタ暴れていた。なにやってるんだ。けど、緊張の種がいなくなってほっとして、少しだけ残念な気になった。

 ……エースの、ローズハート寮長への謝罪は大失敗だった。許してもらうどころか、怒りの火に油を注いでしまい、俺もユウたちも魔法封じの首輪を付けられてしまった。
 けども、完全に詰んだわけでもなかった。クローバー先輩から寮長の話を聞いて、ちょうど居合わせた学園長から寮長への決闘の話を聞いて、そこに賭けることになった。
 ユウにも協力してもらって、どうすれば寮長に勝てるのか、考えているうちに昼休み。
 こういう時は好物を食べて気合いを入れるに限る。
 デミグラスソースたっぷりのオムライスを取って、ユウたちが選び終わるのを待っていると、ふいに、グリムが鼻をひくつかせた。
 なにを嗅ぎ付けたのか、きょろきょろ辺りを見回すと「オメーもメシなんだゾ?」なんて俺たちの後ろにいるヤツに声をかけた。
 エースもユウも、そして俺もグリムにつられてそっちを見る。そこには困ったような顔をしたティナが立っていた。
 他の奴らよりもずっと小さな奴にそんな顔をされてしまえば、放っておくわけにはいかない。
 ……けど、なんて声をかけていいのか分からなくて、なにも言えなかった。もっと言えば、首輪を付けられたところを見られたのも恥ずかしかった。
 だから、情けないことに、何も言えないで俯くだけだった。ユウもエースも普通に話をしているのに、俺にはそうはできなくて、それがまた情けない。
 それから、なんとなく流れでティナも俺たちと一緒に昼食を摂った。

 5人での食事はまるで喉を通らなかった。事が起こりすぎていて、何が原因かは分からない。
 放課後の寮長との決闘、慣れない女子との食事、みっともないところを見られてしまった恥ずかしさ……それと、俺たちにはどうにもできなかった首輪をティナがいとも簡単に消したこと、そこからきた敗北感と不甲斐なさ。
 頭がグズグズして気持ち悪い。ぼうっとしながら食べているとスマホが震えた。電話なんてかけてくる相手は母さんくらいしか思いつかない。
 どうしたのかと思ってスマホを取り出すと、表示されているのはエースの名前だった。
 けど、エースは俺の隣でニヤニヤ笑っている。
「ほら、さっさと出ろよ」
 にやけ顔でそう言われていい気はしない。けど、鳴り続ける着信音は鬱陶しい。
 わけが分からないまま通話を受けると、ガヤガヤと雑音の中、小さな、けども聴き慣れない高い声が一瞬だけ聞こえた。
 でも、それから何も言ってこない。イタズラ電話なのかと思うけど、エースの様子からしてそうではなさそうだった。そもそもが、エースのアカウントからの着信だ。
 一体なんなんだ。暴れるグリムを抑え込むエースを視界の隅で見ていると再び声がした。

『えぇと、ティナです。聞こえるかなぁ?』
「え――

 かけてきたのはティナだった。よく見ると一緒に座っていたはずのユウとティナの姿がない。
 なにがなんだか分からない。分からないながら、スマホ越しにティナと話した。直接顔を合わせているわけじゃないから、少しだけ気が楽だった。
 それから、ティナと話をした。
 ……どうやらティナは一昨日のことで、俺がティナを嫌っているものだと思っていたらしい。
 それはとんでもない誤解だった。
 確かにいきなり襲い掛かられて驚きはした。けど、ティナはティナでユウをかばおうとしてのことだし、ユウも言っていたように、誰もケガをしなかったのだから、責めることではない。
 それに、あの身の捌きようは簡単に身に付くものじゃない。見た目からは想像もつかなかった強さに惚れこそすれ、嫌がるなんてことはない。
 だから、どうしてティナは俺に嫌われてると思ったのか分からなかった。
『その、グリムくんのことで怒らせちゃったのかな、って』
「へ!?」
 けど、話を聞くと完全に俺のせいだった。ティナはあいつがグリムを襲ったことで、俺に嫌われたものだと思っていたらしい。とんでもない誤解だ。どうしてそんな誤解をしたのかは分からないが、これは急いで解かないといけない。
 慌てて辺りを見回すと、ディアソムニア生の特等席の真ん前にティナとユウがいた。
 見ていると、困り顔のティナと目が合った。それがまた気まずくて、思わず目を逸らす。逸らしてから、これじゃあかえって誤解を招くんじゃないかと気付いたけど、もう手遅れ。
 けど、誤解は解かなきゃいけない。自分のみっともない部分を晒すようで情けないけど、それ以上に女の子にあんな顔をさせていいわけがないんだから。
「キースリンクを嫌ってるとか、そんなつもりはないんだ」
『そうなの?』
「あぁ」
 実際そうだ。ただ単に周りにティナのようなかわいい女の子がいたことがないから慣れてなくて、どう接すればいいかわからなくて緊張しているだけ。
 そう言ってしまえば早いだろうけど、なんせ、ここにはエースとグリムがいる。二人に聞かれるのはちょっと、いや、かなり嫌だった。
 弱みを晒すみたいなものだし、なにより、この二人のことだ、からかってくるに違いない。
 とはいえ、ここはきっと我慢のしどころなんだろう。思い切って、正直に話すと案の定、二人は呆れたような、バカにしたような顔を向けてきた。そんな気はしてたけど、やっぱり腹が立つ。
『よかったぁ……
 けど、それ以上にティナの、ほっとしたような声に嬉しくなった。ユウたちがいる方を見ると、ティナはユウと笑い合っている。
 バカにしてくる二人は鬱陶しいけど、これでよかったんだろう。
 くすぐったさを感じながら話していると、突然、エースが俺のスマホをひったくって、勝手にいじり出した。
 寮長ではないが、人が話をしているのにこんなことをするのはマナー違反どころじゃない。
 取り返そうとエースと揉み合ううちに、スマホが返ってきて、少ししてユウたちが席に戻ってきた。ドリンクバーにでも寄ってたのか、それぞれ飲み物を持っている。
 なんだかんだと言ってるエースをうっとうしく思いながら、ジャムパンを食べるティナを見た。
 話をしたからか、さっきよりは気楽に顔を合わせることができた。それでもやっぱり、慣れないものは慣れないけど。

 それからエースたちと今日の決闘の作戦を練った。
 女子だからかティナは争い事は嫌いらしい。ちょくちょく口を挟んできては、俺たちに決闘をやめるよう言ってきた。
 心配してくれるのはありがたいとは思う。けど、もう学園長に申請しているのだから、今さらやめるわけにはいかない。
 それに、男ならテッペンをとりたいと思うものだ。
 そんな俺たちにティナは、ケガをしたら危ないだのなんだの言っては心配するような顔を見せた。
 嬉しいと思うと同時に、ナメられているんだと感じた。負ける気なんてハナからない。それなのに、そんなことを言われれば、俺らでは勝てないと言われているような気がして、いい気はしない。
 ティナに悪気はないんだろうとは思う。だからこそ、もやもやしたものが腹に溜まった。

 結局、予鈴が鳴るまで話合いは続いた。
 あれだけ危ないのなんのと言っていたティナだけど、最後は黙って俺たちの話を聞いていた。浮かない顔はするものの、分かってくれたようで何よりだ。
 こうなれば、きっちり寮長の座を勝ち取って、コイツの鼻を明かしてやろう。そう思った。