いまち
2024-02-10 11:44:01
199057文字
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ティナとねじれた魔法の世界・2



閑話・トランプ兵のみるところ・Ⅰ


 寮長への詫びタルトを作るため、学園裏の森で栗拾いをすることになった。でも、その前に荷物を置きたいと言うユウと一緒にオンボロ寮へ向かった。

 長年放置されていただけあって、植物園からオンボロ寮までは道らしい道はない。せめて木を刈るくらいはしろよ、学園長。そんな愚痴を言い合いながら林を抜けると、オンボロ寮のドアの前に人影が見えた。
「あれ?」
「誰かいるな」
 誰かと思って目を凝らすと、ディアソムニア寮の腕章を付けた背の低いヤツだった。ぼけっとオンボロ寮を見上げている。
 こんなところに用があるヤツなんて、オレらか学園長以外にいるはずがない。まごうことなき不審者だ。ロクなヤツじゃないとオレの勘が言っている。そんなヤツ相手にどうしのごうか考えた。
 なんせ、こちらは魔法封じをされたオレと、魔法が使えないユウ、それとバカ二人。そんな四人でなにかとヤバいらしいディアソムニア生に絡まれようものなら、どう対抗できるんだってハナシ。
 さすがにマレウス・ドラコニアのような規格外なヤツなんてそうそういないだろうけど、魔法を使われたら不利であることには変わらない。となれば力づくで相手にするしかないのか? 向こうはチビっぽいし、ユウとグリムはともかく、オレとデュースでなら押さえるくらいはできるかもしれない。
 いや、んな考え方してどうするよ。オレ、もしかしてこの学園の治安の悪さに染まりかけてんじゃね? 最悪だよ。
 うっかり物騒な考え方をしてしまったものの、もしかしたらアイツはとんでもない方向音痴で、道に迷ってこんなところにいるのかもしれない。
 そう思い直して、ユウにどうするか聞こうとしたら、ソイツは振り返った。
「え……
 きょとんとした顔でオレらを見下ろしたソイツは、どう見ても女だった。
 身長は入学式の時にちょっと絡んだエペルくらい、いやにぱっちりした目に長めの髪を一本に編んで、ピンクの髪留めを付けている。そこだけ見れば「ポムフィオーレ生かよ」って思ってた。
 けど、首から下は間違いようがなく女だった。男ではありえない丸みのある胸に下半身、男物の制服に無理やり詰め込んでいるようで、胸も太ももも尻もパッツパツになっていて、正直エロい。
 ソイツはオレらを見るとほんの少し笑った。体型に合ってない制服の着こなしとか、癖のある髪は野暮ったさを覚えるけど、笑った顔はちょっとカワイイ。アリかナシかで言えばナシ寄りのアリ。カラダだけならアリ。

 ――なんて思ってたら、ソイツは途端に険しい顔になった。

 大きな目がキッと細められた瞬間、ものすごい勢いでソイツはオレたちに駆け寄ってきた。
 にも拘わらず、ユウは暢気な顔で、挨拶をするように片手を上げてソイツに声をかけようとした。アホか。けれどユウの声を遮るようにソイツの声が響く。
「ユウくんは動かないで!」
 女子特有の甲高い声、ソイツはいつの間に構えていたのか、ユウ――の肩に乗ったグリム――に向けてマジカルペンを大きく薙いだ。
「ふなっ!?」
「げっ!?」
 ペンが当たる間際、野生の勘か、グリムはユウの肩から飛び降りた。なぜかオレの頭を思い切り蹴りやがって。衝撃で倒れそうになるのをどうにか堪えた瞬間、黄緑色の魔法石が目の前に迫る。え? これ、ヤバくね?
「うわっ!?」
 突然のことでソイツも動揺したのか、けれど瞬時にペンの軌道を逸らした、ペン先はオレの首輪を掠ってソイツはそのまま大きく体勢を崩した。けど、そのまま転ばずに片足を軸にくるりと一回転すると、素早く後ろに飛びずさった。一瞬の出来事に思わず固まった。
 野暮ったいナリのくせに、流れるような動きはそういった競技の選手のような滑らかさで、思わず感心してしまった。
 ソイツは体勢を整えると、黒いもやもやした物を放り投げて、マジカルペンを構え直し、オレたち――ではなくユウの足元で蹲るグリムを睨んでいた。
「ユウくん、それ魔物だよ! 危ないから逃げて!」
 何がなんだかわからないけど、ソイツはグリムを狙っているらしい。
 そうと分かれば黙って見ているわけにはいかない、デュースを見ると同じように思ったらしい、頷き合って、ユウの前に出る。
 ユウに危害を加える気はなさそうだけど、魔法の使えないユウに何かあっては目覚めが悪い。
 あの女のペンが首輪に当たった瞬間、何故か首輪は消えていた。魔法封じの首輪がない今、オレは魔法を使える。
 マジカルペンを構えて、デュースとソイツへ向き合った。
「どうする?」
「ドワーフ鉱山の時みたくお前の大釜で動けなくするのは?」
「この距離じゃ無理だ!」
 ソイツは急に焦ったような顔をして、オレらにどくよう言ったけど、当然、聞けるわけがない。
 グリムはたしかにモンスターだし、厄介ごとばかり持ち込むけど、見ず知らずのヤツに襲われていいモンスターではない……と、思う。
 第一、いきなり襲ってくるヤツの言う事なんざ、おバカのデュースだって聞くわけがない。
 2対1のにらみ合い、一触即発とばかりの空気の中、おもむろにユウが「グリムは悪い魔物じゃない」と大声で叫んだ。いきなり何を言い出すのかとオレとデュースがユウを見ると、ソイツも呆気にとられたような顔をしていた。

 ユウは涙目になったグリムを抱きかかえると、ソイツに向かって昨日までのこと――ユウとグリム二人で一人の生徒として通うようになったこと――をかいつまんで説明した。
「え? えと……
 さっきまでのヒリついた雰囲気は消え去った。ソイツは顔を真っ赤にして、「あー」だの「うー」だの情けない声を上げながらペンを下ろした。
 ひとまず手が出てくる気配はなくなったから、オレらもペンをポケットに戻す。
 見ていると、ソイツは人が変わったように狼狽えたような顔であうあう呻くばかりだ。
 このままじゃ埒が明かないと思って、どうしてこんなことをしたのか聞いてみると、ソイツは泣きそうな顔で「元いた世界では魔物退治をしていて、ユウを魔物から守るためにこんなことをした」……と、電波溢れる回答をくれやがった。
 何言ってんだ、コイツ。というのが正直な感想だった。あまりにもワケの分からんことを言ってるものだから、おバカのデュースですら引いている。ユウも変な知り合いを作ってんじゃねーよ、いくら異世界人だからって頭ん中異世界の人間と仲良くなるんじゃない、頼むから。
 呆れかえっているのが顔に出ていたのか、ユウはオレらにだけ聞こえるように、この電波がユウと同じように異世界から連れてこられたのだと説明した。ただし、アイツは魔法が使えるからユウと違って寮に入れたらしい。
 ……なるほどね、トレイ先輩は「ディアソムニア寮は特殊な奴が多い」なんて言ってたけど、異世界の女子だなんて特殊極まりないわ。
 どうなってんだよ、この学園、カオス過ぎんだろ。
 まぁでも、ディアソムニアに入るだけあって、魔法が得意なのは納得した。どうやってかは知らないけど、オレの首輪外れたし。

 それからユウの提案で、寮の中でソイツと話をすることになった。本当は栗拾いに行くべきなんだろうけど、この女子、何かと噂になってたからちょっと気になるし。
 談話室で適当に座ってまずは手堅くオレらとソイツの自己紹介をした。
 ソイツの名前はティナ・キースリンク。ユウが言った通り異世界から来た錬金術師、らしい。さっきの身のこなしとか、魔物退治してたとか言ってたから、ハンターかなんかだと思ってたわ。
 けど、そんなことよりもこのティナと名乗る異世界人が男なのか女なのか、そっちの方がよっぽど気になった。
 まぁ、見た目は完全に女子なんだけど。丸っこい体つきも、カワイイと言えなくもない顔立ちも、妙にぴよぴよした高い声も、名前も、間違いなく女子のそれだ。

 けど、ティナにはそこかしこから女装疑惑が上がっていたからマジで分からない。

 なんでそんな疑惑が上がったのかといえば、大前提として男子校に異世界人とはいえ、女子が入ってくるなんてありえないから。正直それだけで身体いじくった元男じゃね? なんて言われてる。
 ほかにも聞いた話では、ティナはとんでもねえ量の飯をぺろりと平らげたとか、体力育成の授業でぶっ倒れるヤツもいる中、やたらゴツイヤツと平然と授業を受けていたとか、フィジカル面がどう見ても女子のそれではないと噂されていた。
 実際、グリムに襲い掛かってきた時だってそうだ、身のこなしといい、異様なまでの脚力といい、見た目の通りの女子とは到底思えない。ティナは魔物退治がどうのと言ってたけど、普通、女子に魔物退治なんてさせる? 異世界の事情なんて知らないけど。
 どう思うか、こっそりデュスに聞いても、変な顔をしながら「わからない」とうわごとのように呟くだけだった。なんだコイツ。
 そんなわけで、聞いてみるとティナはあっさり女だと言い切った。
 ユウはオレに「何言ってるの?」なんて呆れ顔をしてたけど、デュースはよっぽど驚いたようで、ソファからズリ落ちていた。ホント、なんなんだコイツ。
 そこから間髪入れずにグリムがセクハラまがいのマネをし始めたから、きっちりつっこんでおいた。そーゆー抜け駆けはダメっしょ。ティナもティナで流されてんじゃねぇ。

 ささやかな疑問が晴れたところで、改めてティナと話してみると、この異世界人は驚くほど物を知らなかった。
 同じ異世界から来たユウだってもっと話は通じる。スマホどころか男子校すら通じないってどんな世界から来たんだよ。ラノベかよ。
 さらに聞けば12歳の時から魔物退治やら家の手伝いやらして暮らしてきたらしい。どんな親だよ。スパルタにも程があんだろ。聞けば聞くほど現実味のない話ばかりが出てきて、頭が痛くなってきた。
 そんなワケの分からないティナだけど、素直そうにうんうん話を聞く姿勢を見るに、素の性格はそんなに悪くはないんだろう。魔物ってだけでグリムを襲おうとした前科はあるけど、それだってユウを守ろうとしてのことらしいし。

 なんとなーく打ち解けたところで解散することにした。なんせ、これから詫びタルトを作らにゃならんから。けど、その前に一つだけティナに確認したいことがあった。
 グリムに襲いかかった時、ティナは何をしようとしていたのか。
 実際襲われたのはオレだけど、その結果としてオレの首輪は消えた。悲しいことに、いつの間にか戻ってたけど。
 あの寮長の首輪を消すなんてどんな化け物じみた魔法なのか、怖い気もしたけど気になった。そしてあわよくばまた首輪を消してもらえたらとも思った。
 聞いた結果、ティナが使ったのは異世界の錬金術の技で、物を分解? 消す? ものらしかった。
 それを出会い頭の生き物に使うなんてどんな倫理観してんだよ、コワッ。まぁ、本人は後悔というか、反省してるようだからいいのか? 知らねーけど。
 まぁでも、そんなゆるふわ倫理観なんかどうでもいい。大事なのはティナがこの首輪を消せるコト。それが分かればあとは一つだ。
「じゃあさ、この首輪、消してくんない!?」
 頼むとティナだけではなく三人も目を丸くした。ついでにギャーギャー文句も言ってきた。
 うるせぇ、お前らは首輪生活のしんどさを知らないからそんなコト言ってられんだよ。寝る時とかマジしんどいんだからな、寝返り打てるヤツにとやかく言う資格はねーんだよ!
 渋るティナにユウが「やってあげたら」と困ったような顔で助け舟を出してくれた。やっぱり、持つべきは理解あるオトモダチだ。
 ユウの言葉に怪訝な顔をしながらも、ティナは小さく頷いた。やー、やっぱりねオンナノコはこう優しくなくっちゃね。
「それじゃあ、消すね?」
 そう言ってティナが首輪を掴むと、風を切る音がして、途端に首が軽くなった。あの忌々しい首輪が外れたのだ。
「っしゃー!!」
 首輪がなくなって覚えるのは解放感。すっかり身体が軽くなった気になって柄にもなくはしゃいでしまった。
 気付けば周りはめちゃくちゃに煙たくなったけど、そんなことはどうでもいい。首輪が外れた。もうそれだけでパーティでも開きたい気分だ。
 ふなふな鳴くグリムを振り回していると、首元からガチャリと金属音、まさか、なんて思う間もなく首と肩にいやな重み。

 首輪がまた元に戻っていたのだ。

 「やっぱり」とユウが呟くのをいやに遠くに聞いて、もう一度消させようとティナがいた所を見る――けど、そこには誰もいない。談話室の中を見回してもいるのはオレら四人だけ。
「ちょ、おい! アイツは!?」
「帰ったよ」
「はああぁぁぁ! なんで帰しちゃったワケ!?」
「いい加減栗拾いに行かなきゃいけないでしょ」
 デュースも、とユウはぼさっとしているデュースに声をかけた。

「そろそろ行こう。トレイ先輩が待ってるよ」

 この薄情者!! つーか「やっぱり」って何だよ! 気付いてたんなら言えよ!
 文句を言ってもどこ吹く風のユウの後について、オレらはオンボロ寮を出た。