いまち
2024-02-10 11:44:01
199057文字
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ティナとねじれた魔法の世界・2



14.ティナの魔法と昨日のそれから


 朝、さっそく昨日作ったスカートをはいて登校した。新しい服はやっぱり気持ちが華やぐ。それがイイものならなおさらだ。その上動きやすいものだから、嬉しくて足が軽い。つい駆け足になってしまう。
 まだひと気の少ないメインストリートの空気は少し湿っぽくてつんとしていた。運動場からは賑やかな声が聞こえてきてなんだか楽しそう。一昨日部活の見学に行った時、授業が始まる前に練習をするって話を聞いたから、それなのかな?

「あ……

 そんなことを考えてたら、今日こそ入部届を出さないとって思い出した。昨日は授業が終わってからはずっとヴィルさんとスカートを作ってたから、結局出せずじまいだったもんね。
 先生は届け出は今日までだって言ってたし、忘れないように朝のうちに出しちゃおうかな。
 届けを出すのもだけど、他にもやりたいことはいくつかあった。
 まずはエースくんたちの無事を確認したい。決闘の結果は正直どうでもいいけど、ケガとかしてないか心配だもん。お薬も用意してきたから、二人がケガをしているようなら使おう。もちろん、使う機会がないに越したことはないんだけど。
 それに、ヴィルさんに昨日のお礼も言いたい。とはいえ、朝っぱらからしかもよその寮に押し掛けるわけにはいかない。そもそも、勝手によその寮に行っていいのかも分からないし、教室に行けばいいかな?
 まぁ、リリアさんがすごい色にしてくれたものだから怒られちゃうかもだけど。
 歩く度にたぷたぷするお薬の音を聞きながら、何から手をつけようか考えて、カボックとは違う朝の空気を横切って、まずは自分の教室に向かった。

「おはよー」

 いつものように教室の隅で本を読んでるイグニハイドの子に声をかけると、その子もいつもと同じように顔を上げて、けど、いつもと違う顔になった。驚いたような顔だった。口は半開きで、目を丸くしながら私のスカートをじっと見ている。

「え!? あ、それ……
「えへへ、昨日作ったの」

 リリアさんに染められた色はともかく、スカート自体はしっかりしつつもかわいくできたから自慢したい気持ちがいっぱいあった。だから気付いてもらえて嬉しくて、ちょっぴり調子に乗って、形がよく分かるよう、裾を広げてその子に見せた。

「ね、似合うかなぁ?」

 聞くと、いつもの子は困ったような顔できょろきょろ周囲を見回すと、ごくごく小さく頷いた。

「ん……その、かわいい、んじゃないかな」
「えへへー、ありがと!」
……オレにはよく分かんないけど」

 その子は目線を本に戻すと、そう小声で付け足した。
 考えたらそれもそうだ。ついいつものノリで自慢しちゃったけど、ここの子たちは酒場のおじさんじゃない。小さい頃から私を知ってるわけでもなければ、まだお友達とも言い辛い。
 それなのに、感想の無理強いみたいなことをするのはよくないかも。調子に乗っちゃったことは反省して、けども誉め言葉はそのまま受け取っておくことにした。

「んと……

 朝のうちに済ませたいことはいくつかある。どこから手をつけようか考えた。
 メインストリートや廊下を歩いた感じでは、まだ来てない子の方が多そう。あの感じなら、エースくんやヴィルさんはまだ来てないのかも。だったら、先に入部届を出しに行けばいいかな?
 ちょっと考えて、まずは先生の所に行くことにした。ここから先生たちのお部屋は離れてるから、行って戻ったくらいにはちょうどいい頃合いかもしれない。
 そうと決まればさっさと行こう。フロシキから入部届を出して、書き洩らしがないか確認した。今日の日付、私……じゃなくてパパの名前、所属クラスと寮、それとサイエンス部に入りたいということ。
 それらをきっちり確認してから教室を出た。
 出る間際、イグニハイドの子が本で顔を隠すようにして、私のスカートをじーっと見ているのに気が付いた。どうしたんだろ? なぁにって聞いた方がいいかな。
 迷いながらその子を見上げていたら、ふいに目が合った。すると、その子は慌てたように本に目を戻した。もしかして、ハデな色のせいでヘンに思われちゃってるのかも。
 無理言ってでも戻してもらうべきだったかなぁ。ほんのり後悔しながら、先生のお部屋へ向かった。

 先生に入部届けを出して、そのままヴィルさんの教室へ行こうとすると、どこからともなく妖精さんが寄ってきた。この前お話した風の妖精さんだった。

「ティナー!」
「妖精さん、おはよー」
「会いたかったわ! ほら、あなたも!」

 風の妖精さんは私の腕に抱き着いて、柱の方に元気よく声をかけた。
 あなたもってことは他にも妖精さんがいるのかな? よく見ると、柱の影にいかにも水っぽい見た目の、水の源素をたっぷり蓄えている妖精さんが見えた。
 妖精さんはじとっとした目で私たちを見てたけど、風の妖精さんに呼ばれてふわふわ飛んで寄ってきた。
 水の妖精さんは私の前に来ると、なんとなく落ち着かない様子でじぃっと私を見上げて、風の妖精さんをちょこっと指さした。

「この子から聞いたの、あなたがティナなのね」
「えと、はじめまして。ティナ・キースリンクです」
……うん」

 自己紹介すると、水の妖精さんは小さく頷いた。
 しぐさといい、喋り方といい、ここの水の妖精さんはずいぶんと大人しい性格のようだった。同じ水を司るものでも、いっつもベラベラお喋りして、二言目にはお説教してきたニンフとはずいぶん違う。
 もしかしたらこの妖精さんが大人しい性格なだけで、他の水の妖精さんはニンフや風の妖精さんのように元気いっぱいなのかもしれないけど。
 風の妖精さんは私の腕から離れると水の妖精さんに腕を絡めて、とっても嬉しそうな笑顔を見せた。性格は全然違うみたいだけど仲良しなのかな。

「ティナ、まだ授業は始まらないでしょう? 遊びましょ」
「えぅ、ごめんなさい。これから人に会わないとなの」
「そんなぁ……じゃあじゃあ、お喋りは? ダメ?」
「えと……

 嬉しそうに笑う風の妖精さんに申しわけないなと思いつつ断ると、途端に妖精さんは泣きそうな顔になった。
 わざわざ私に会いに来てるんだし、私の用も急ぎでもない。しょんぼりしてる妖精さんを見たらこっちを優先しようかなって気になった。

「ええと、じゃあ……
「誰に会うの?」

 答えようとすると、水の妖精さんが口を挟んできた。しょんぼりしてる風の妖精さんに対して水の妖精さんはきょとんとした顔で首を傾げている。

「えと、ヴィルさん。って知ってるかなぁ?」
……ヴィルはさっきまで運動場で走ってたけど、少し前に寮に帰ったわ。身支度してから来るから、会うならあの子の教室の前で待ってるといい、と、思う」
「へー、そうなんだぁ」

 さっきの泣き顔はどこへやら。ぽつぽつ話す水の妖精さんに、風の妖精さんはさっきのしょんぼり顔が嘘のように、ニコニコしながら相槌を打った。
 まさかウソ泣きだったとか? そう思ってしまったけど、いやでも、と思い直す。パパと契約してた空のマナもさっぱりした性格で、気持ちの切り替えは早い感じだった。きっと、似たような性格なんだよね。

「そうなんだ。教えてくれてありがと!」
「ん……

 教えてくれて助かった。お礼を言うと、水の妖精さんは小さく頷いた。ほっぺがちょっと赤くなってるけど、もしかして照れてるのかな?
 水の妖精さんをかわいいなぁと思いつつ、改めて妖精さんたちにお礼を言って、ヴィルさんの教室へ向かうと、妖精さんたちもついて来た。

「えと、なぁに?」
「言ったでしょ、ティナと遊びたいの」
……ん」

 私の髪をぎゅっと抱きしめながら風の妖精さんは笑って、水の妖精さんも同調するように頷いた。
 ヴィルさんのことを教えてくれたし、邪険にするのも悪いかも。遊ぶ時間があるかは分からないけど、おしゃべりくらいなら歩きながらでもできる。
 私も妖精さんとお話するのは好きだから、一緒にいるくらいならいいかも。そう思って、いいでしょ? って言って笑う妖精さんたちに頷き返した。

「じゃーあ、一緒に行こっか?」
「えぇ! ほら、あなたも!」
……うん」

 それから二人と噂話とか、なんてことないおしゃべりをしながら三年生のフロアまできた。まだ早かったのか、こっちもあまりひと気はない。
 それでも、ヘンな目で見られることには変わりなかった。上級生にジロジロ見られるのはちょっと怖いかもだけど、妖精さんと一緒にいるからか、意外と気にならなかった。

「ヴィルの教室はこっちよ」
「ありがとー」

 ふわふわと飛んでいく水の妖精さんについていくと、3-Cとお札がついた教室に着いた。昨日ヴィルさんはC組だって言ってたっけ。思い出しながら覗いてみたけど、ヴィルさんの姿はなかった。
 まだ来てないならしょうがない。他の人の邪魔にならないよう、廊下の端で妖精さんたちとおしゃべりしながら待つことにした。

 そうしているうちにぽつぽつと人がやってきた。そして案の定、通りがかる人たちからはヘンなものを見る目を向けられた。

……あれ?」

 ヴィルさんを探しながら人の流れを見ていると、ふいに、ケガをしている人が多いことに気が付いた。
 やっぱり三年生ともなると、危険な実験とか魔法とかするのかも? おっかないなぁなんて思っていると、見覚えのある美人がこっちに向かって歩いてきた。
 見間違いようがなくヴィルさんだ。なんとなく想像してた通り、今日も目が眩みそうなほどキレイ。朝日に照らされたヴィルさんは文字通り輝いて見えた。
 声をかけようとすると、ヴィルさんも私に気付いたようで、怪訝そうな顔をしてこっちに来た。

「アンタ、なんなのそれ?」
「えっ?」

 開口一番、ヴィルさんは私のスカートを睨み付けている。やっぱり、このハデな色のことを言ってるのかな。正直、私もそう思う。かわいいかもだけど、いくらなんでもハデすぎるもんね、この色。

「えと、リリアさんが塗っちゃったんです。戻してくださいってお願いしたんですけど、聞いてくれなくて」
……あぁ、リリアならやりそうね」

 説明するとヴィルさんは呆れ顔でため息を吐いた。分ってもらえてよかったけど、リリアさんならやりそうって、ヴィルさんはリリアさんをなんだと思ってるんだろ。
 ヴィルさんは私の頭から爪先までじいっと見て、複雑そうな顔で頷いた。

「奇抜だけど、それほど悪くないわね。良くもないけど」
「そー、ですか?」
「えぇ。それで、着てみてどう? サイズは合ってる?」
「ちょうどいいですねぇ、ご飯を食べても苦しくなかったので!」
「なら良かったわ。それで、こんなところで何をしてるの? マレウスなら隣の教室よ」
「えと、ヴィルさんにお礼を言いに来たんです。制服のこと、ほんとにありがとうございます!」

 お礼を言うと、ヴィルさんはきょとんとした顔をして、それからくすくす笑い出した。笑われたものだから、ヘンなことを言っちゃったのかとちょっとだけドキッとした。

「あらあら、ご丁寧にありがとう。でも、それを言うのはもう一着作ってからじゃない?」
「そうかもですけど、すっごく嬉しくて……えへへ」
「ま、気持ちは受け取っておくわ」

 お話していると知らない人が私たちを見ていることに気付いた。メガネをかけた大柄な人で、赤い腕章を着けて、ほっぺに木のようなマークのお化粧をしているからハーツラビュルの人だ。
 そして、この人もまた顔や手にずいぶんと傷を作っているのが見える。切り傷らしいかさぶたがとても痛々しい。
 その人はヴィルさんをじっと見ていた。もしかしてヴィルさんに用事があるのかも。だとしたら、長々とお話するのは悪いよね。改めてお礼を言って、妖精さんたちと一年生のフロアに戻った。

「じゃあね、ティナ。またおしゃべりしましょう!」
「うん、ばいばい」

 教室に戻ると、妖精さんはお仕事に行くってことでお別れした。時計を見るとホームルームまでそんなに時間がない。エースくんたちのことも気になるけど、様子を見に行くヒマはなさそうだった。
 それなら、お昼ごはんを一緒にすればいいかな? そんなことを考えながらフロシキを解いていると、辺りの様子がどことなく違う気がした。
 なんだろうと思って見回すと、妙にくたびれている子たちがいた。その子たちは固まって、疲れたような顔をしながらお喋りをしている。よく見ると、その子たちは傷だらけだった。それがなんとなく、三年生のフロアにいた人たちと似ているような気がして引っ掛かりを覚えた。

……バーブロ……って本当……るんだな」
「マ……オレ、……ぬかと思……
「でもさ……から、……かったよ」
「お前はのん……なぁ」

 その子たちは、ヒソヒソと話をしながらため息をついていた。何かあったんだろうというのは察せられるけど、漏れ聞こえてくる話からはなにがあったのか、てんで分からない。
 私が知らないだけで大変なことでもあったのかな? 教室を見回すと、その子たち以外にもケガをしている子は多かった。
 なんかあったにしても多すぎる気がする。寮にいた時もこんなにケガしてる人、いたかなぁ?

「んー?」

 思い出していると、何かが頭に引っ掛かった。けど、考えても思い付かない。すっきりしないまま、ご機嫌な様子のセベクくんがやってきて、予鈴が鳴った。
 気になるけど、思い付かないなら仕方ない。そっちは一旦諦めて、セベクくんに声をかけた。見た感じではセベクくんには他の子のような傷はない。

「ね、ね、セベクくん」
「なんだ」

 相変わらずのしかめっ面に妙な安心感を覚えながら、昨日言い損ねた話をした。ここの生活も慣れたから、これからはセベクくんのお手伝いがなくても(多分)大丈夫なこと。
 それを伝えると、セベクくんはちょっぴり驚いたような顔をしたけど、すぐに得意そうな顔になった。

「ふん! ようやく貴様のお守りから解放されるわけだな!」
「お守り……そうかもだけど」

 露骨に嬉しそうにするセベクくんに改めて昨日かばってくれたことと、今までのお礼を言った。けど、セベクくんは「リリア様の命に従っただけだ」なんて言って、あまり聞いてる感じはない。
 なんだかなぁとは思うけど、言いたいことは言えたし、とりあえずいいかな。そう思うことにして座っていると、鐘が鳴って、トレイン先生が教室に入ってきた。
 やろうとしていたことは大体終わった。けど、一番の気がかりだけがそのままで、なんとなく落ち着かない。早くお昼にならないかなって思いながら、午前の授業を受けた。

 二人の事が心配で、いまいち集中しきれないままお昼になった。持ってきたおくすりのひと瓶をポケットにねじこんで、大食堂へ向かった。
 すれ違う人たちにもケガ人が多いものだから、エースくんたちは大丈夫なのか心配になる。つい早足になるのを感じながら、開けっ放しになっている食堂のドアをくぐった。

 すっかり見慣れた人混みの中、エースくんたちを探した。二人はいつもユウくんといるし、ユウくんはよくグリムくんを肩に乗せている。だから、どこかにグリムくんの耳の、青白い火が見えないかと目を凝らした。
 探しながらユウくんのことも考えた。できるなら、今日こそお屋敷のお掃除の話をしたい。明日は授業はないそうだから、今度こそ約束を取り付けたい。
 あの感じだと雨漏りとかもしてそうだし、修理道具とかいるかも。なんて考えていたら、ようやく人垣の中からグリムくんの耳を見つけることができた。

「すみませーん、ちょっと、通してください!」

 見失わないよう、グリムくんの耳から目を離さないように人垣を掻き分けながら進む。
 ここにもケガをしている人はわんさかいた。見ていると、やっぱり何かが引っ掛かる。それと、少しだけ物足りなさも覚えた。なにか見落としてる気がする。けどもやっぱり、なんなのか思い付かない。
 すっきりしない気持ち悪さを覚えながら歩くうちに、ユウくんたちの姿が見えてきた。ユウくんとグリムくん、そしてやっぱりエースくんとデュースくんもいた。

「ユウくーん!」

 声をかけると、四人はこっちに振り向いた。見つかってよかったと思うのもつかの間、ユウくんたち四人もまた、揃って傷だらけになっていた。グリムくんにいたっては後ろ頭がチリチリに焦げている。

「え……

 今朝からケガをしている子をよく見たものだから、なんとなくそんな気はしていた。けど、改めてそんな姿を見てしまえば、動揺もする。
 びっくりして動けないでいると、ユウくんがこっちに顔を向けた。それにつられるように、エースくんたちも傷だらけの顔を見せてきた。

「ティナもお昼?」
「あ、うん。じゃなくて、そのケガ!」
「あー……

 ユウくんは困ったような顔を見せた。
 エースくんとデュースくんがケガをするのはわかる。昨日は寮長さんと決闘するって言ってたから、「こてんぱんにやられちゃったのかな」って思うだけ。
 でも、ユウくんまでケガをするなんて、どうしちゃったんだろ? 決闘に巻き込まれちゃったとか? 聞いていいのかよくないのか、迷っているとユウくんが「後で説明するよ」とかぶりを振った。

「うん。えと、じゃあ、一緒にご飯食べよーね?」
「うん」
「二人もいーい?」
「おー」
「僕は構わない」
「よかったぁ。じゃあ、私もご飯とってくるね」

 事情を聞けることにほっとしつつ、私も自分のご飯を取って、先に席に着いているユウくんたちと合流した。
 昨日と同じように五人で席に着いて、改めてエースくんたちと向かい合う。さっきはケガに気を取られて気付かなかったけど、よく見たら二人からも、ユウくんたちからもお仕置きの首輪がなくなっていた。

「えっ!?」

 首輪がなくなったってことは、寮長さんとの決闘に勝ったってこと? そう思ったけど、とてもじゃないけど昨日のあの作戦で勝てたとは思えない。

「ティナ、どうしたんだ?」

 理解できずに固まっていると、デュースくんが困ったような顔をしていた。そうだ、決めつけはよくないよね。考えられないけど、二人がすっごく頑張って勝ったのかもだし。
 でも、そうだったとしたら、なにかがしっくりこない。寮長さんに勝ったのだとしたら、その割にみんなして大人しすぎる気がする。
 そんなことがあったら、エースくんやグリムくんはものすごくはしゃぎそうなものなのに。やっぱり、ちゃんと謝って外してもらったのかな? でも、そうだとしたらケガをしてる理由が分からない。

「えと、昨日の決闘はどうなったのかな、って」
「あー……

 分からないから聞いてみると、エースくんは複雑そうに顔をしかめた。デュースくんも気まずそうに顔を伏せた。こんな顔をするってことは、少なくとも勝ってはいないんだなって分かった。
 口ごもる二人の代わりに口を開いたのはユウくんだった。

「二人は負けたよ。一瞬だった」
「やっぱり」
「ちょー! 『やっぱり』ってなんだよ!」
「だって、あの作戦じゃ無理があるもん……えと、じゃあなんで首輪を外してもらえたの? 謝ったの?」

 重ねて聞くと、三人はまた困ったような顔をした。グリムくんだけはいつも通りで、嬉しそうな顔でポークソテーを飲み込んでいる。

「リドルが闇落ちバーサーカーになって、それどころじゃなくなったんだゾ」
「闇? バー? どゆこと?」

 意味の分からない言葉を並べられてちょっと困った。そもそもリドルさんって誰だろ? たしか、シルバーさんがそんな名前を言ってた覚えがうっすらある。グリムくんはそれ以上説明する気はないようで、今度はエビフライにかぶりついていた。
 どういうことかと思ってエースくんたちに目を向けると、呆れたような、うんざりしたような顔でかぶりを振った。

「あー、平たく言うと、ウチの寮長が大暴れした。ってこと」
「うえ? えぇっ!?」

 やっぱり意味がわからなかった。
 ユウくんの話では決闘自体はあっという間に決着がついたらしい。けど、それなのに暴れるってどういうことなんだろ? 二人に追い討ちをかけたとか? でも、決まり事に厳しいという寮長さんがそんないじわるというか、ひどいこと、するのかな?
 いまいち信じられなくてデュースくんを見ると、デュースくんも小さく頷いた。

「その、大変だった」
「エースくん、また寮長さんにケンカを売ったの?」
「してっ、ねー、こともない……いや、オレだけじゃねーし! や、でもきっかけは、いやいや、うーん……

 よく口の回るエースくんにしては珍しく歯切れが悪い。はっきり言わないあたり、またエースくんが悪さしたのかも。
 エースくんのことだ、余計なこととか言って、寮長さんを怒らせたんだろうなって、そんな気がした。
 そう考えて、今日こんなにケガ人がいる理由もなんとなく分かった。ケガをしていたのは、きっと寮長さんの大暴れに巻き込まれた人たちだ。
 たしか、三年生のフロアにいたメガネの人もハーツラビュルの人だった。思い出して、もしかしてと思って周りを見る。ケガをしている人たちはみんな、エースくんたちと同じ腕章をしていた。
 だからたぶん、教室でケガをしてた子たちもハーツラビュル生だ。なんとなく引っ掛かってたのか解けてちょっとすっきりかも。
 けど、本当になにをどうしたら、こんなに大勢を巻き込む惨事になるのか分からない。とはいえ、エースくんたちや他のハーツラビュルの子たちの首輪がなくなってるのを見ると、それだけじゃないことも分かる。

「でも、仲直りできたんだよね? よかったねぇ」
「気色悪い言い方すんじゃねぇ!」
「? 仲直りしたから首輪を外してもらったんじゃないの?」
「そうだよ」

 なぜか認めたがらないエースくんのかわりにユウくんが頷いた。それが気に食わないのか、エースくんはユウくんを睨みつけている。

「はぁ!? オレはまだ許してねーし!」
「うんうん。仲直りできてよかったねぇ」
「聞けよ!」
「エース、うるさいぞ」
「はぁ!?」

 エースくんは顔を真っ赤にして怒ったような顔をしてるけど、その実、口元は緩んでいた。
 ちゃんと仲直りできて、丸く収まってるならそれに越したことはない。ちょっぴりよくないこともあったみたいだけど、ユウくんが笑ってるくらいだから、それだってイイ感じに収まったのかもって思う。
 酒場でも似たようなことがあったもん。ケンカしたと思ったら、次の瞬間には仲良く肩を組んでお酒を飲んでる、みたいなの。私には全然分からないけど、男の人ってそういうとこがあるみたいだし、今のエースくんの態度も同じようなものなのかも。
(それならイイかな)
 やいやい言い合う四人を見ながら、ポケットに入れたおくすりに触る。
 もしエースくんが悪さに悪さを重ねていたら、使うかどうか迷うところだった。けど、そうでないならこれを使おうって気になれる。
 今となっては貴重な、マナ調合で作ったおくすりだから大事に使いたいもんね。そう思って、改めて四人を見た。
 決闘のせいか、寮長さんが暴れたせいかは知らないけど、みんなして結構なケガをしている。顔も、手も、多分、見えないところも傷だらけなんだろうなというのは簡単に想像がついた。
 こんなことになってるんなら、もっとイイおくすりを持ってくればよかったかも。ちょっぴり後悔しつつ、ポケットからおくすりを出した。フラスコに似た瓶の中で、赤い薬液がたぷたぷ揺れている。
 元いた世界の錬金術で作った回復薬、リフュールポット。本来は飲み薬だけど、ケガしたところに塗れば傷薬としても使える便利なもの。味だって前に先生から貰ったおくすりと比べればずっといい。

「ティナ?」
「なんなんだゾ?」

 リフュールポットに4人は不思議そうに首を傾げた。そんな気はしてたけど、この世界にもユウくんのいた世界にも、こういった錬金術の道具はないらしい。

「んとね、私のいた世界のおくすり。みんなケガしてるなら使おうかなって」
「異世界の薬ぃ?」
「マズいもんはヤなんだゾ!」
「その、大丈夫なのか?」

 みんなの反応はとてもじゃないけどイイとは言えないものだった。グリムくんにいたっては毛を逆立てていて、怖がられているのがまるわかり。そんなにあからさまに警戒されるとちょっと悲しいかも。
 よく知らない異世界のお薬、そんなものをケガしてるところに使われるとなると、不安に思うのも分からなくもない。でも、効果はちゃんとしたものだ。私自身何度も使ってるから、それは自信を持って言える。ヘタに説明するよりはさっさと使っちゃった方がいいかも。
 こんなことになってるなんて知らなかったから、リフュールポットはひとつしか持ってきてない。それに対してケガしてるのは4人。このままじゃ足りないから工夫しないとかも。
 ポケットからマジカルペンを取り出して、リフュールポットを頭の上に放り投げて魔法をかけた。

「広がれぇ!」

 カボックにいた時にもよく使っていた、マナの力を増幅させる魔法。いつもはばくだんの範囲や威力を上げるためにしか使ってなかったから、おくすりに使うのはちょっと新鮮かも。
 異世界でもちゃんと使えるか心配だったけど、おくすりも魔法も問題ないみたい。魔法をかけた薬液は水の力を増幅させて、私たちの周りに降り注いだ。見ためこそ赤い液体だけど、その実は水の源素を固めたものだから、濡らしたり、汚したりする心配はない。
 それからすぐに、おくすりを浴びた4人の傷は癒えていった。強いおくすりじゃないから深い切り傷は治せない。けど、腫れは引いたし擦り傷のような小さな傷は塞がった。グリムくんのチリチリになってた毛もふさふさに戻っている。

「え?」
「痛みが、え?」
「オメー、なにしたんだゾ!?」

 見た感じではおくすりがばっちり効いたようだった。4人もそれに気付いてか、手やお互いの顔を見ながら驚いたように目を丸くしていた。
 そんな様子を見て、ちょっとだけ、してやったりな気分になっちゃった。

「だから、おくすりを使ったの」
「いやいやいや! どんな薬だよ!」

 エースくんは驚いたような顔をしてるけどそんなに驚くことかなぁ? この世界のおくすりだって十分すごいと思う。一昨日先生からもらったおくすりだって、味はひどかったけどとってもよく効いたもん。

「えと、私がいたとこの錬金術で作ったおくすり?」

 どんな。って聞かれてもこう答えるしかない。作り方と使い方は教わってるけど、詳しい成り立ちとかどうしてこんな効果があるのかまでは知らないもん。
 よく分からないけど使えるって意味では、スマホも似たようなものなのかも。

「そーゆーワケじゃ……まぁいっか」

 エースくんは納得してないような口ぶりだけど、諦めたようにため息をついた。
 イイことしたなって、ちょっとだけいい気分になってると、ユウくんに肩をつつかれた。

「ティナ」
「ん?」
「ありがとう。自分、傷薬とか買えないからすごく助かった」
「どういたしまして! えへへ……

 まっすぐにお礼を言われて、ちょっとくすぐったい。なんとなく照れくさくて、話題を変えることにした。

「えと、話は変わるんだけど、明日ってユウくんのお屋敷に行ってもいーい?」
「えっ?」
「ほら、お屋敷のお掃除。手伝うって言ったでしょ」
「あぁ。うん、大丈夫」

 ずっと気懸りだったユウくんのお屋敷のお掃除。今日こそはと思って聞いてみると、ユウくんはちょっぴり驚いたような顔で頷いた。

「よかったぁ!」

 ずぅっとお互いの都合がつかなかったけど、やっと叶った。ユウくんとグリムくんが身体を悪くする前に、あのお屋敷もどうにか片が付きそうでほっとした気分。まだ何もしてないんだから、ほっとするには早いんだけど、目処が立ったんだからいいもんね。
 それからさっそく明日の何時からお屋敷に行っていいか、修理が必要なところはあるかとかの話し合いをした。

「雨漏りも隙間風もすごいから、塞ぎたいとは思ってるんだ」
「だよねぇ……えと、道具とかはある?」
「探したんだけど、使えるものはなかったんだ」
「そっかぁ……んじゃあ、先生に借りられないかとか聞いてみるね」
「ありがとう」

 もし借りられないとなったらどうしよう。サムさんのところで買えばいいかな? 先生からもらったお小遣いはまだあるし、マレウスさんからもらった宝石もあるから、足りなければ売ればどうにかなるかも。
 修理といえば、長椅子のシートなんかも破れたりしてた気がする。あれも直すとなると、お裁縫道具も必要だよね。ヴィルさんから借りたお裁縫道具、使わせてもらおうかな。
 スカート作りにって借りたものなのに違う使い方をするのは良くないとは思う。でも、お裁縫道具をまるごと買うほどのお小遣いはない。ヴィルさんには悪いけど、こっそり使わせてもらおう。でも、せめて糸くらいは自分で買わないとだよね。放課後にでもサムさんのお店に行こうかな。
 そんなことを考えながらユウくんとお話していると、私たちの話を適当に聞きながらご飯をつつくエースくんたちが目についた。もし二人も手伝ってくれたら捗るかも。そう思って二人に声をかけた。

「ね、ね、エースくんたちも一緒にお掃除しない?」
「は? 無理」
「すまない、今週末はちょっと」

 あっさりフられてしまった。というのも、しばらくの間、ハーツラビュルは寮長さんの大暴れの後始末で忙しいのだそうだ。荒れたお庭をキレイにしたり、壊れた物を直したりするらしい。
 ……そんなに色々しなきゃいけないなんて、寮長さんどんな暴れ方をしたんだろ? ちょっと気になるかも。

「むしろ、こっちを手伝ってほしいくらいなんですけどー?」
「ティナは関係ないでしょ」
「そうなんだゾ! オメーらの寮のことはオメーらでやれぇ!」
「この薄情者!」

 ぶーたれるエースくんを、ユウくんとグリムくんでちくちくつつき出した。たしかに二人が言う通り、私は関係ない。でも、手が空いてたら手伝ってもいいかな、って気持ちはあるかも。
 ハーツラビュルのお庭がどんななのか見てみたいし、エースくんもデュースくんもお友達だから、力になりたいって思うもん。……まぁ、立派なお庭の手入れなんてしたことないから、できる事なんてないかもなんだけど。

 それからお屋敷のお掃除のこととか、エースくんの愚痴を聞いたりとお話をしているうちにお昼ごはんも食べ終わった。

 そして、あっという間に午後の授業も、ホームルームも終わった。昨日はうっかりしたけど、今日はすぐに先生の元に向かった。

「トレイン先生、あの、お伺いしたいんですけど……

 後片付けをするトレイン先生に声をかけた。ユウくんのお屋敷のお片付けや修理を手伝いたいこと、そのための道具は借りられないか聞いてみた。すると、途端に先生は渋い顔になった。

「なにかと思えば……。ふむ、道具の貸し出しは行なえるが、許可はできない」
「え、なんでですか?」
「当たり前だ。そんな危険な仕事、生徒にさせるわけにはいかないだろう。業者を手配するよう、学園長には私が伝えておこう」

 ぎょーしゃって話の流れからするに職人さんのことかな? でも、お願いしてすぐ来てくれるものなのかな? そうでないなら、ちょっと待ってられないかも。
 先生は危険な仕事なんて言ったけど、建物の簡単な修理であれば、カボックにいた時にお仕事でやったことはある。屋根や壁の穴を塞ぐくらいはできるから、応急処置だけでもしておきたい。

「あの、でも、私屋根の修理とかやってたのでできますよ!」

 私のお仕事の話をしても、先生は危ないからと頷いてくれなかった。それでもどうにか頼み込んで、ようやく先生はケガなんかをしないよう、よくよく気を付けることを条件にお屋敷修理の許可を出してくれた。
 それから、修理に使うような道具は植物園の管理小屋にあると教えてくれた。先生から管理人さんに話をしてくれるそうで、必要な時は植物園に取りに行くよう言ってくれた。

「女性がそんな仕事をするべきではないと思うのだがね」
「えと、ちゃんと気をつけて作業します!」

 許可してくれたとはいえ、先生は最後までいい顔をしなかった。けど、いいって言ってくれたし、いいんだよね。
 明日は植物園に道具を取りに行ってからユウくんのお屋敷に行けばいいかな。ついでに前に買ったグリムくんへのツナ缶も持ってこう。それに、時間もかかるかもだから、お昼ごはんも用意した方がいいかも。
 そんなことを考えていたら、教室に誰かが入って来た。イライラしたような足音が近づいてきて、誰だろうと思って見ると、クルーウェル先生だった。
 先生は怒ったような、厳しい目で私を見ていた。そんなクルーウェル先生の態度に、トレイン先生が不思議そうに眉を寄せた。

「どうかしたのか?」
「キースリンク、話がある。来い」
「うぇ?」

 クルーウェル先生はじいっと私を睨みながら、いつかのように腕を掴んできた。……なんか、昨日と同じことが起きてない? ヘンな気分になりながらクルーウェル先生の顔を見上げる。うん、どう見ても怒ってる顔だ。
 けど、そんな顔をされる覚えがないものだからびっくりした。トレイン先生は眉間に皺を寄せながらクルーウェル先生の腕をそっと掴んだ。

「やめなさい! 女性に乱暴などと」

 クルーウェル先生は私から手を離すと、面倒くさそうな顔でトレイン先生に向き直った。

「あぁ、すみませんね。なに、この仔犬が問題を起こしたので話を聞きたかったんです」
「問題だと!?」

 今度は席の方から大声が響いてきた。見ると、帰り支度をしていたセベクくんが手を止めて、睨みながらこっちに来た。
 話の流れとセベクくんの顔からして、かばってくれる感じはまるでないなぁ。って、他人事みたいに思っていると、トレイン先生はセベクくんに目を向けた。

「ジグボルト、君までどうしたんだ」
「僕はその人間の監督を任されています。この人間が問題を起こしたとなれば、僕の監督責任になるため、話を伺いたい」

 セベクくんは私をじぃっと睨みながら先生たちに言った。どうしよう話がややこしくなりそう。
 そんな、怖い顔をする二人をトレイン先生は交互に見て、ため息をつきながら小さくかぶりを振った。

「二人とも落ち着きなさい。彼女が怯えてしまう」
「むっ」
「ぐ」
「うぇ?」

 トレイン先生の言葉に二人はじぃっと私を見た。正直、驚きはしたけど怯えてはない。とはいえ、トレイン先生は私に気を使って、こう言ってくれてるんだろうと思って頷いておいた。

「えと、その、問題って言われても何がなんだか、です」
「こう言ってますが。ですが、彼女が問題を起こしたとなれば、私も話を伺いたい」
……分かりました」

 クルーウェル先生はやれやれとかぶりを振ると、セベクくんに目を向けた。

「ジグボルト、今回はお前の監督不行き届きにはならん。確認の上、必要であればドラコニアにはこちらから伝えるからお前は寮へ帰れ」
「ぐ……承知しました」

 セベクくんは悔しそうに答えると、荷物を持って教室を出て行った。教室を出る間際、それはそれはおっかない顔で私を睨んだ。
 セベクくんがいなくなると、教室には私たちだけ。どことなく寒々しい空気の中、クルーウェル先生は辺りを見回すと「いいか」と呟いた。

「トレイン先生、今日はもうここの教室は使わないんだったな」
「あぁ」
「なら、ここで話をさせていただいてよろしいか」
「構わない。キースリンク、いいな?」
「あ、はい。だいじょーぶです」

 とはいえ、なんの話か分からない。それならどこで話しても変わらないから頷いた。怒られるにしても、よく分からないところに連れてかれるよりは、見知った教室にいる方がまだ緊張しないもんね。
 場所はともかくとして、先生の言ったことが気になった。ヘンなこととか、した覚えはないんだけど。でも、先生の怒りっぷりから察するに、何かしちゃったんだろうというのはイヤでも分かった。本当に、覚えがないんだけど。
 困ってる私をよそに、クルーウェル先生はじぃっと私を見つめて、手にした教鞭を突き付けてきた。

「では聞こう。キースリンク、お前うちの仔犬たちに何をした?」
「へ!? わんちゃんですか?」

 クルーウェル先生はじっと私を見てるけど意味がわからなかった。なにかするもなにも、ここにきてからわんちゃんなんて見ていない。

「あの、なんの話ですか? わんちゃん、は、わかりません」
「クルーウェル先生、それでは伝わらないだろう」

 トレイン先生が呆れたように言うと、クルーウェル先生は苦々しい顔で「まどろっこしいな」と呟いた。

「トラッポラ、スペード、クドウ、それにグリム。こいつらに覚えはあるな?」
「えと、はい。ユウくんたちがどうかしたんですか?」
「どうもこうもない。お前があの4人に妙な薬を使ったと聞いたから、確認したかったんだ」
「なんだと!?」

 クルーウェル先生の言葉でトレイン先生は大声を上げて、ついで、驚いたような顔で私を見た。そんな顔をされるようなことなのかな? そんな反応を見ると、とっても悪いことをしたような気になって不安になってきた。

「え? え? ヘンなおくすりなんて使ってないですよ! その、ケガしてるみたいだったから、私のおくすりを使っただけで……
「薬を使ったことには違いないな」
「えぅ……そうですけど」

 トレイン先生は私に呆れ顔を見せると、クルーウェル先生に向き直った。

「それで、彼女の薬がどうだと言うんだ。私もA組の授業は行なったが、別段変わった様子は見られなかったが」
「逆だ。何でもないから驚いたんだ。先生も、昨日の事件はご存知だろう?」

 クルーウェル先生の言葉に、トレイン先生は難しそうな顔で頷いた。事件って、ハーツラビュルの寮長さんが大暴れしたことかな?
 クルーウェル先生はじぃっと私を見ながら説明してくれた。
 先生が言うには、クルーウェル先生はユウくんたちのクラスの担当で、朝の時点でケガまみれだったユウくんたちが帰る頃には治っているのを見て、とても驚いたらしい。
 それで、不審に思った先生がユウくんたちから私のおくすりでケガが治ったという話を聞いて、その確認をとりにきたんだそうだ。

「お前の世界ではどうだか知らないが……

 なんでも、この世界にも傷薬やケガを癒す魔法はあるけど、決して簡単なものではないのだそう。使うにしても取り決めは多くて、おいそれと使っていいものではないらしい。
 そして、効果の高いものは副作用なんかもあるから、ユウくんたちに使ったおくすりが安全なものか調べようとしているらしい。
 ……そうなんだ、前にリリアさんがケガを直してくれた時は、簡単に傷が塞がったし、リリアさんもなんでもないように使ってたから、そういうものだと思ってた。
 たしかにカボックでも治癒の魔法は難しいものではあった。神様にたくさんお祈りして、厳しい修行をして、ようやく身に付けることができるものだ。と、聖堂の騎士団長さんから聞いたことがある。
 この世界でも同じくらい難しいものなのかなってぼんやり考えていると、クルーウェル先生はまたじっと私を見ていた。

「それで、お前の使ったという薬はどういうものなんだ」
「えっと……

 怖い顔をするクルーウェル先生にみんなに使ったおくすり――リフュールポットの説明をした。
 水の源素を水のマナに加工してもらったもので、疲れや傷を癒すおくすりであること。回復力はそんなに強くなくて、ちょっとした傷を治すくらいの効果しかないこと。副作用はないこと。飲んだとしても、人の身体にはお水を飲むのとそうそう変わらないこと……そんな、私にできる範囲の説明をした。
 前に私が使っていた錬金術の話をしたことが幸いしたらしく、クルーウェル先生は納得したような顔を見せた。

「なるほどな。副作用はないと」
「はい。その、絶対とは言えませんけど……
「そうは言っても異世界の物だからな。その薬はまだ持っているのか?」
「あ、はい。もひとつ持ってます」
「ならそれを提出しろ。本当に問題がない物かどうか、こちらで調べる」
「えっ」

 先生の言うことは分からなくもない。知らないおくすりを使われた、なんて聞いたら心配にもなる。ちゃんと安全な物なのか調べようって思うのもしょうがないかも。
 先生はユウくんたちのことを心配してるんだから、渡すことで先生が安心するのであれば構わないといえばそう。
 けど、イデアさんに預けた道具とは違って、こっちは錬金術で作った道具だ。錬金術で作った道具には錬金術士にしか使えないって制約がある。調べるだけとはいえ、先生に扱うことってできるのかな?
 それが気になって答えあぐねていると、先生たちは少し厳しい目を向けてきた。

「えと……
「キースリンク、問題がないのであれば提出しなさい」
「問題はないんですけど、でも」

 渡さないことであらぬ疑いをかけられても困るかも。だから慌てて、このおくすりに限らず、持ってきた道具の制約について説明した。
 使えないというのは言葉の通りで、おくすりの蓋は開かないし、ばくだんは導火線に火を点けようとしてもウンともスンともいわない。仮に瓶を割っておくすりの中身を出そうとしても、薬液は源素に戻るだけ。そしてばくだんを火に放り込んでも爆発しなければ燃えもしない、ただの熱い石になるだけだ。
 それがなぜなのか、なんて理屈は説明できないものだから、先生からは余計怪しまれてしまった。

「よくもまぁ説明できないものを使おうと思えるな」
「えぅ……そのぅ、『習うより慣れだ』ってパパが言ってたので」
「なんであれ、やましいことがないのであれば提出しろ」
……わかりました」

 大事なものだけど、先生に余計な心配をかけるわけにはいかないもんね。この世界にはすごい道具がたくさんあるみたいだし、もしかしたら調べることもできるかも。そしたら、先生にも危ないものじゃないって分かってもらえるかもだ。
 そう思うことにして、フロシキに包んでたもうひとつのリフュールポットを先生に渡した。

「えと、これがユウくんたちに使ったおくすり……『リフュールポット』って言います」
「これが異世界の薬か」
「ふぅん、遮光瓶には入れないのか」
「そですね。錬金術で作った物は劣化しないんです」

 先生たちは難しいことを言い合いながら、色んな方向から瓶を見たり、振ったりしている。
 ウソのような話だけど、実際、何百年も前に作られた錬金術の道具がそのままの状態で残ってたって話を聞いたことがある。クルーウェル先生は納得していないような顔をしながら、リフュールポットをコートの懐にしまい込んだ。

「それで、この薬以外にも異世界の道具は持ち込んでいるのか?」
「えと、はい……

 そりゃあそうだ。カボックの外は魔物がウヨウヨしてるから、おくすりだけじゃなく退治用のばくだんだってある。ここに来る前はパパがたくさん押し付けてきたから、いつもより多いくらい。
 正直に答えると、先生たちはまた険しい目をした。

「それらは没収だ。すべてこちらで確認する」
「え」
「明日の朝にお前の部屋まで回収に行く。すべて提出しろ、いいな」
「そんな」
「当然だ! お前の持ち込んだ道具のせいで、生徒に万が一のことがあっては困るからな」
「う……

 こうもはっきり言われてしまえば頷くほかない。大事な道具だからちょっと気は進まないけど、そうも言ってられないもんね。
 それから明日の朝ごはんを食べ終わった頃に寮まで取りにくるから、ちゃんとお部屋で待っているように。と、釘を刺されて、ようやくお説教から解放された。

「えと、それじゃあ失礼します」

 難しそうに顔をしかめる先生たちにお辞儀をして、そっと教室を出た。よかれと思ってしたことなのに、こんなことになるとは思わなかった。
 これ以上怒られたら怖いから、今日は購買に寄ったらさっさと寮に帰ろうかな。部活に行こうと思ってたけど、出歩くよりは、明日先生に渡す道具の整理をした方がよさそうだもんね。 
 でも、先生はどうやって調べるつもりなんだろ? 不思議に思いながら、すっかりひと気のなくなった廊下を歩く。傾きはじめた陽が眩しい。

 サムさんのお店で糸を買ってから寮に帰ると、まずはクローゼットにしまっている元々着ていた服に取り付けていたポーチから、持ってきたそれらを机の上に出した。
 リフュールポット、ゼーレジェム、マナポット、ウロボロス、ガッシュの丸薬にトファナヴァッサ、フラム、レヘルン、喚雷針、エアロナーゲル、パルティア、ラルバの鍵……
 どれもこれもカボックを出る時にパパから押し付けられた道具たちだ。これだけの道具を作るのにコキ使われたパパのマナたちを思うとなんだかなぁって思っちゃう。
 改めて広げてみると我ながら呆れてしまった。こんなにいっぱい道具を渡してくるパパもパパだけど、受け取る私も大概だもん。よくもまぁ、落としもせずに持っていられたなって思っちゃった。
 種類があれば数もあるものだから結構な量かも。こんなにたくさん、ほんとにクルーウェル先生に渡して大丈夫かな? こんなにたくたんだと、持って帰るのは大変な気がする。
 全部渡しなさいって言われたけど、調べるならそれぞれ一つ渡せばいいかな? いくつか必要なら言うだろうし、まずは一つずつ渡して、いっぱいあるって伝えればいいかも。
 そうすることにして、取り出したそれらを先生が来たときにすぐ渡せるよう、一つずつ机に並べた。

「そうだ」

 渡した後、先生が困らないようにメモも付けておこうと思い付いた。私にはどれも馴染みのある物だけど、先生にはなにがなんだか分からないはずだもん。
 そうと決めればさっそく書こう。ノートを開いてそれぞれの絵と名前と効果、それと調合に必要な源素を書き出した。
 なんでもかんでも書く必要があるかどうかは分からないけど、なにかを調べる時は情報は多いにこしたことはないってママも言ってたもんね。

「えっと、リフュールポットは水素で、おくすりで……

 いつもあまり考えないで作って、使っていた物のことを言葉にするのは思っていたより難しかった。考えてみれば、元々の使い方とは違う使い方をしているものもずいぶんある。
 今は持ってないけど、メテオールはそれのいい例だ。
 お星さまを落とすことができるそれは、もともとはお空にある貴重な源素を採取するために、星を呼び寄せる道具だったらしい。
 でも、私もパパも、魔物をせん滅する時にしか使ってない。狼とかぷにとか、油断するとすぐ仲間を呼ぶから厄介だったんだもん。集まった群れにはしょっちゅう強化したメテオールを打ち込んでたんだよね。
 思い出していて、こんな間違った使い方をしてたら大昔の錬金術士に怒られちゃうかも。って、今さらながらに思ってしまった。
 そんなことを考えながら、思い出し思い出し書き出していて、あとはひとつだけ、というところで手が止まる。

 ラルバの鍵。

 変わった形の鍵のように見えるそれは、闇の源素と時の源素で作られたものだ。
 14ある源素の中で時素は特に希少なものだった。それだけに作れる道具は強力で扱いが難しいものばかり。だからかな、この鍵は数ある錬金術の道具の中で特に危険なものだった。
 次元を割って、その渦に魔物を巻き込む鍵。巻き込まれてしまえば、ぷにぷにだろうが、凶暴な狼だろうが、頑強な機械兵だろうが、危険なドラゴンだろうが関係なくその世界からいなくなってしまう。ある意味ではラナフレームとは真逆の道具だ。

……

 いくら錬金術士しか使えない道具とはいえ、これを渡すのは抵抗があるかも。
 もし調べる過程でまかり間違って発動なんかして、この世界に悪影響を及ぼしてしまったら……? つい考えて、次いでぞっとした。ばくだんであればケガをするだけで済むけど、鍵だけはどうしようもない。
 みんなの安全のためと動いてる先生を、そんな危険な目に遭わせるわけにはいかない。

……ごめんなさい」

 だから、鍵は洗面台の戸棚の中に隠した。先生の言う事を聞かないのはとても悪いことだと思う。けど、他の物とは桁違いに危険なこれを渡すわけにはいかなかった。
 罪悪感で胸がぞわぞわするのを感じながら、道具のメモ書きをしたページを破り取って、なくさないようレヘルンを文鎮代わりにして畳んで置いた。

「これでよし、っと」

 それからご飯を食べて、お洗濯をして、お風呂に入って、今日習ったことの復習をした。
 けど、後ろめたいことがあるものだから、どうにも気持ちがソワソワして頭に入らない。

「むぅ……

 結局、あまり身に付かないままベッドに潜った。こんな調子で来週からのほしゅーはちゃんと受けられるのかな? そう考えると、ちょっぴり憂鬱かも。
 でも、ユウくんと一緒に受けるんだからモタモタするわけにはいかないもんね。気持ちを切り替えるため、明日はどうしようか考えているうちに眠りについた。