いまち
2024-02-10 11:44:01
199057文字
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ティナとねじれた魔法の世界・2



9.ティナとセベクの錬金術


 朝ごはんもそこそこに早めに寮を出た。昨日決めた通り、クラスの子におはようを言うために。ちょっぴり緊張するけど、昨日があんな感じだったし、きっと大丈夫。
 そう思ってはりきって教室に来たものの、中にはまだ一人しか来てなかった。来るの早すぎちゃったかな? ほっとしたような、拍子抜けしちゃったような、微妙な気持ちになった。
 でも、やることは変わらない、緊張してドキドキする心臓を落ち着かせるために一度深呼吸。落ち着いて、隅の席でじっとしているその人に目を向けた。
 腕章を見るに、イグニハイド寮の人だ。入ってきた私に気付いていないのか、こちらに目を向ける様子はない。熱心に小さい本を読んでいるようだった。女の子の絵が描かかれた、ピンク色をした本だ。なんの本だろ?
 本を読んでるなら声をかけちゃったら邪魔になるかも? だとしたら悪いかも。
 そうは思ったものの、あいさつくらいはしていいよね。そう思い直してその人に向かった。

「おはよー」
「ふえっ!?」

 すごーく集中していたのかな? 驚かせちゃったかも。その人は大げさなくらいビクつくと、辺りをきょろきょろ見回した。といっても、教室には私たちしかいないんだけど。
 その人もそれに気付いたようで、恐る恐る、といった顔で自分を指さした。頷くとさらに驚いたような顔をして「おはよう」とごくごく小さい声が返ってきた。
 邪魔しちゃったかな。だとしたら、悪いことしちゃったかも。謝ろうかと思ったけど、その子はうーんと背中を丸めてしまって、話しかけられる雰囲気じゃない。
 落ち着いたらちゃんと謝ろうとひっそり決めて、授業が始まるまで、錬金術の教科書を読んでいることにした。
 教科書を読みながら、教室に入ってきたクラスの人たちにおはようを言ってみた。
 挨拶してみての感触はそんなに悪くない感じだった。ほとんどの人は驚いたような顔をするものの、普通にお返事が返ってきた。そうだったから、寮だけじゃなく、このクラスでも私は嫌われているわけじゃないと知れて、またちょっと嬉しくなった。
 ちょっと緊張したけど、思い切ってよかったなぁ。って思って、またぽかぽかした気持ちになった。

 そうしているうちに鐘が鳴って、クルーウェル先生がきて、授業が始まった。今日は錬金術だけで授業時間を二つも取っていて、一時間じっくり説明を聞いてから、次の時間に実習を始めるのだそうだ。錬金術って危ないことも多いもんね、ちゃんと理解した上でやらないとだもんね。
 しっかり気を引き締めて、教壇に立つ先生に目を向けた。ここでの錬金術――調合や精製の仕方を先生が説明している。聞きながら、先に教科書を読んでいてよかったとほっとした。予習していたおかげですんなり理解できてる気がする。

 先生の説明では、ここでの錬金術は人同士で協力して行うものなのだそうだ。
 一人でも調合できないことはないけど、二人で調合することで、よりよい結果を得られるのだそう。そして、そのためには相手との魔力の相性がとても重要だという。
 相性のいい相手と組めばより早く、より精度の高い結果が得られ、逆に良くない相手との調合では品質がイマイチな上、簡単な調合でも大失敗をすることもあるらしい。
 調合って失敗すると大変だよね、釜が爆発したり、ヘンな臭いがしたり……そんなひどい目に遭ったことがあるからよく分かる。錬金術はそんな失敗はないけど、魔技術で失敗した時はそれはそれはひどいものだった。

「相性が悪くとも訓練を積めば、ある程度はリスクは緩和できる。が、効率は悪い上にブロットも貯まりやすい、メリットはあまりないな」

 ぶろっと? は分からないけど、先生の言うことはなんとなく分かった。マナ調合でも、マナ同士の相性が悪いと時間がかかる上、ケンカして失敗しちゃうこともあるってパパが言ってたもんね。人間同士でもそんなことってあるんだなぁ。って、ちょっと面白くなった。
 そういうことだから、一年生の錬金術は基礎を学びつつ、色んな人と簡単な調合をして、相性を見て、二年生以降組む相手を見つけるのだそうだ。
 けど、この相性というのがなかなかのクセモノらしく、魔力の相性と性格の相性が合うかは必ずしもイコールではない。そこで気に病んではいけないと先生は付け足した。たしかに、仲良しだと思ったら実は相性が悪かった、なんてことになったら悲しいもんね。

「傾向としては同じ寮の者であれば、事故は起き辛い。だが、絶対ではないので気を抜かないように」

 となると、私と組むのはディアソムニア寮生なのかな。この教室には私とセベクくんとあと二人、ディアソムニアの子がいたはずだ。そのうちの誰と組むことになるんだろ? ちょっと不安だけど、楽しみかも。

「以上。次は簡単な精製でお前たちの相性を見る。全員、遅れずに実験室に来るように、いいな」

 そう言って先生が締めると、ちょうど授業終わりの鐘が鳴った。
 次は実験室で実際に調合をするらしい。たしか、実験室って魔法薬学室と違って校舎の中にあるんだよね。どこだったかちゃんと覚えてないし、遅れないためにも早めに移動しよう。そう思って教室を出ようとしたら、クルーウェル先生に呼び止められた。

「キースリンク、お前は錬金術師だとトレイン先生から聞いているが、そうなのか?」
「えと、はい。錬金術士です、一応」

 そうではあるけど、ここの錬金術とカボックの錬金術はまるで違うみたいだから、ここで錬金術士を名乗っていいのかはよく分からない。答えると先生は頷いた。なんでも私に確認したいことがあるのだそう。
 授業内容にかかわることだから、できれば二人でお話したいってことで、実験室でお話することになった。実験室の場所、ちゃんと覚えてなかったからちょっと助かったかも。

 先生について行って、実験室にきた。教室からはあまり離れてなかったから、どこだったかって忘れることはなさそうかも。
 実験室にはよくある大釜にたくさんのお薬の瓶、棚には調合の材料らしい植物や鉱物が並んでいた。調合をするところっていうのは世界が違っても変わらないのかも。なんとなく、ママの工房に似た雰囲気だった。馴染みのある感じについほっとしてしまった。
 そんな懐かしさから室内を見回す私に、先生は珍しいのかと聞いてきたけど、そんなことはない。

「えと、うちの工房に似てるから嬉しくなっただけです。えへへ……
「そうか。まぁ、そこに掛けろ」
「はい」

 手近な椅子に二人で掛けて、向かい合って先生とお話した。昨日もだけど、先生とこうやってお話するのって慣れないのもあって、ちょっと緊張する。

「では、キースリンク。お前の世界の錬金術について確認させてもらおう」
「はい! えと、それなんですけど、この世界と私のいたところの錬金術ってちょっと違うみたいなんです」
「ほう?」

 心なしか先生の目が光った気がする。こういった専門の授業をするくらいだから、先生は錬金術に興味があるのかも?
 どういうことだ、と先生に促されて、私が使っていた錬金術の説明をした。物を源素還元して、還元した源素をマナに別の物に調合してもらう……そんな一連の流れだ。
 説明したはいいけど、予想通りというか、先生には理解してもらえなかったようだ。口では「なるほど」とは言ったものの、その顔は難しそうで、きちんと伝わっていないのは明らかだった。

「正直何を言っているのかは分からないが、まるで違うものではあるんだな」
「そうですねぇ……あ、でもでも! 協力して調合するっていうのは似てるかもです」
「そうなのか? なら、今はその調合はできるのか?」
「えと、契約してるマナがいないから無理、ですねぇ」

 正直に答えると、先生はちょっとがっかりしたような顔をした。なんかゴメンナサイ。

「あの、でも源素還元は使えるみたいなんです」
「さっきも言っていたな。なんなんだ、それは?」
「えぇと……見せた方が早いかもなので、やってみますね」

 やってみせるのでいらない物を下さいって頼んでみると、先生は真っ白い紙を一枚くれた。……もらった教科書もだけど、この世界って製紙技術もすごいよね。どうやったらこんなキレイな紙を作れるんだろ。
 気になりつつ、もらった紙を源素に変えた。紙一枚だけだから、還元できたのは木素がちょっとだけ。入れ物がないとすぐ消えるそれを両手で掬って、驚いたような顔をする先生に見せた。

「えと、これが源素還元です。その物がどんな源素で出来ているのか感じ取って、編み物をほどく感じで分解するんです。今回は紙を分解したので『木素』という源素になりました」
……。なんだこれは、触っていいものなのか?」
「はい、入れ物に入れないとすぐ消えちゃいますけど」
「どれ」

 先生は手袋を外すと、ためらいがちに木素をつついた。けど、源素は錬金術士以外には見ることしかできないから、先生の指は木素の光をすり抜けて、私の手のひらを突いただけ。ちょっとくすぐったい。
 触っても感触もなにもないはずだ。手ごたえのなさからか、先生はむっとしたように眉間に皺を寄せた。

「まったく分からないな」
「人間に扱えるものじゃないですからねぇ」
「そのようだ。しかし不思議なものだな、お前のいた世界では誰でもこんなことができるのか?」
「いえ、錬金術士だけです。それでも、習っていっぱい練習しないと使えないです」

 ふうん、クルーウェル先生は息を漏らして消えていく木素を見つめていた。

「もう少し詳しく聞きたいところだが、それは後にするか。それで、その源素とやらを調合するんだったな。具体的にはどうするんだ?」
「えぇと、まずはマナと契約するんです」
「さっきも言っていたがマナとは? 使い魔とは違うのか?」
「使い魔、はごめんなさい、分からないです。んと、マナっていうのは……

 正直、マナが何なのか私にもよく分からない。なんせ生まれた時から当たり前のように側にいたんだもん、人間とは違うくらいしか分からない。だから、この世界の妖精さんみたいな存在だとだけ答えた。
 その時考えたのは前にお話した火の妖精さんと風の妖精さん。姿かたちは違うけど、あの子たちからはマナとよく似た力を感じた。想像でしかないけど、あの子たちもマナと同じような力があるんだと思う。だからたぶん、そんなに間違ってないと思う。
 妖精、と聞いて先生の瞼がぴくりと動いた。やっぱり、ヘンに思うものなのかな? リリアさんも私みたいな人はとても珍しいようなことを言ってたみたいだし。

「例えばだがキースリンク」
「はい」
「そのマナ契約とやらは妖精とするのだろう? あくまで例えばだが――ドラコニアやヴァンルージュと契約をすれば、その調合を行うことはできるのか?」

 それは、どうなんだろう? マレウスさんやリリアさんって源素を扱えるのかな? 私がいたところにいた妖精さんは木のマナの親戚みたいなものだって聞いたことはある。けど、妖精さんとマナ契約を結ぼうなんて考えたこともなかった。
 でも、源素を扱えるかどうか以前に、マレウスさんたちと契約するのがまず無理な気がする。
 マレウスさんたちは見るからに力の強い妖精さんだ。マナとの契約は体力を消耗する。そして、強いマナほどその消耗は激しい。私が契約していたニンフは生まれてから10年そこそこの強くないマナだったらしいけど、それでも契約した時は半日は寝込んでしまった。
 ニンフと桁違いに強いマレウスさんと契約しようものなら……? 良くて契約失敗、悪いと私が死ぬ、最悪の場合お互い制御できなくなって大惨事、なんてことも考えられる。そもそも、マレウスさんがそんな契約を飲むわけがないんだけど。
 とはいえ、これはあくまで想像だった。実際はどうなのか分からない。

「無理だと思います。妖精さんの種類? が違う気がするので」
「そうか。……まぁ、仮にできたとしてもドラコニアはないな」
「ですねぇ、できたとしても王子様と契約しようとは思えないです。私に扱えきれるとは思えませんし」
「それもそうだ。俺だって止める」

 先生は面白そうにくつくつ笑うと、ちらりと時計を見た。

「もう少し詳しく聞きたいところだが、それも後にするか。それで、調合とは具体的にどうするんだ?」
「えっと、源素を渡して『これ作ってー!』ってイメージするんです。そうするとマナが作ってくれるんです」
「お前は何もしないのか?」
「そですね。あ、でも、ちゃんと作る物をイメージしないと失敗しちゃうので、そこは集中しますよ!」
「ふむ」

 そうお話して、なんとなく、この世界の魔法に似てるような気がした。この世界の魔法って本人の魔力とイメージする力で成り立つ、って昨日の授業で先生が言ってたもんね。異世界の魔法なんて分からないと思ってたけど、マナ調合のイメージでやればなんとなく、うまくできるかもって気がしてきた。気がするだけかもしれないけど。

「なるほどな。概ね分かった。では最後に確認したいんだが」

 一通り説明し終えると、先生は今から授業でやる錬金術と私の錬金術とが影響し合わないのか尋ねてきた。
 分からないというのが正直なところだった。けど、マナ契約をするわけじゃないし、教科書や先生の説明を聞くに、似ているようでも違う技術のようだから影響はないと思う。たぶんだけど。

「妖精さんたちじゃないから大丈夫だと思います。契約なんかもしないですし」

 そう答えると先生は頷いて「違和感や問題があればすぐ報告するように」と真剣な目を向けてきた。ちょっとだけ大げさな気はしたけど、先生の目は真剣そのもの。……まぁ、大丈夫だと思ったら、そんなことはなかった、ってよくあることだもんね。今私がここにいるのだってそういうことだし。
 初めてする調合は慎重になるに越したことはないってママも言ってたもんね。先生も私を心配してくれてるみたいだから、素直に聞いておこうと頷いた。

「えと、分かりました。何かあったらすぐ報告します」
「よろしい」

 話は終わりということで、準備があるから一旦出るように言われた。
 荷物を教室に置きっぱなしにしているから取りにいかなきゃだもんね。実験室の場所は覚えたから、行って戻っても授業が始まるのに間に合うと思う。

「えと、お邪魔しました」
「ああ。……妖精か」

 出る間際、先生がぽつりと呟いたのが聞こえた。
 先生の呟きにちょっと考えた。本当に妖精さんとマナってよく似てるんだよね。もしかしたらここの妖精さんもマナと同じようなことができるかもしれない。
 それならちょっと試してみたいかも。そんなことをうっすら考えながら、置きっぱなしにしていた実験着を取りに教室に戻った。

 実験着を取って戻ってくると、ちょうど鐘が鳴ったところだった。
 急いで着替えて空いている席に着くと、さっきぶりのクルーウェル先生がきた。先生は私たちを見回すと、今からやる作業の説明を始めた。
 私たちに見えるように、握りこぶしくらいの大きさの茶色い石のような、砂の塊のような物を浮かせて見せて「哲学者の粘土」と名前を教えてくれた。

「この粘土は変質しやすいもので、術者の相性を見るのに適している。先にも説明したが、これからお前たちにはこの粘土を組み替え、互いの相性を確認してもらう。……テキストの7ページを開け」

 先生に言われてみんな一斉に教科書を開いた。私もそれに倣う。開いたページには粘土についての説明と、粘土を使った精製実験のやり方について載っていた。
 全員が教科書を開いたのを確認すると、先生が詳しい説明を始めた。一人が粘土に魔力を込めて、もう一人はその補助。まずは釜の中で粘土を溶かして、それから金属や宝石に組み替えるのだそうだ。他の材料を混ぜたり、粘土なのに捏ねたりはしない、純粋な魔力だけの調合というわけだ。
 精製するのに大切なのはお互いの魔力の相性と力量、それと調合品を明確にイメージする力。らしい。
 そう聞いて、さっき先生とお話したマナ調合のことを思い出した。ちょっと似てるかも。ただ、相手が契約してるマナじゃなくて、よく知らない人間だから同じようには出来ないんだろうなぁとは思うけど。

「説明は以上。質問のある者は? ……いないな。では、本日のペアを発表する。確認したら各々席を移動するように」

 占星術で出した事故が起きないであろう組み合わせだ。と、前置きして、先生は教卓の隣にある白い掲示板のようなものを裏返した。そこには実習の順番の数字と名前が二人一組で書かれていた。
 私は誰と組むのかな? ティナ? クレイン? どっちの名前で書かれてるのかと思いながら、上から順に名前を探した。

「あ……
「なッ!?」

 私が名前を見つけると同時に、向こうも見つけたんだろう。三つ隣の席からセベクくんの驚いたような声がした。席、離れてるのにはっきり聞こえたよ。ほんとに声がおっきいなぁ。
 たしかに、前の時間で先生は「同じ寮であれば相性がいい傾向にある」って言ってたし、そういうことなんだろうと思う。
 セベクくんからは嫌われてるみたいだから、他の子の方がよかったかも……なんて思わないこともない。けど、性格と魔力の相性は別々だそうだから、そこは気にしなくていいのかな?
 周りではみんなそれぞれペアの子と席に着いている。私も移動した方がいいよね。知らんぷりするわけにもいかないから、ちょっと怖いと思いながら、ピリピリしているセベクくんの隣に座った。

「えと、がんばろーね?」
……。ああ」

 声をかけるとセベクくんは難しそうに顔をしかめた。そんなに私と一緒がイヤなのかな。でも、先生が決めたことだから諦めてもらうしかないんだよね。
 そうは思えども、セベクくんの態度を見るとどうしても不安になる。先生は魔力の相性と性格の相性は関係ないって言ってたけど、信じていいのかなって思っちゃう。

 もやもやを抱えつつ、他のペアが精製していく様子を見ながら順番を待った。
 釜に放られた粘土はそれぞれのペアによって鉄、錫、銅、たまに宝石の原石なんかに変わる。結果はペアごとにまちまちだけど、ただの粘土が色々な姿に変わっていくのは、見ていてとても楽しかった。
 先生が言うには、いわゆる貴金属や純度の高い宝石は精製が難しく、もしここできちんとしたものを作れるようであれば、それはそれはすごいこと、らしい。
 とはいえ、銀程度であれば、初回の授業でも精製できるペアは少ないながらもいるのだそう。さすがに金や白金となると滅多にお目にかかれないけど、きちんと授業を受けて、相性の合う相手を見つければ、二年生に上がる頃には金の精製も難しくはない、らしい。
 金なんてそう簡単に作れるものなのかな、ってちょっと疑問に思ったけど、ここはとびきり優秀な生徒が通ってるって言っていたし、この学園であればそんな難しくないのかも?
 ……そう、この学園のレベルの高さを思い出して、私はちゃんとできるのかなって、心配になった。私だって錬金術士としての意地はあるもん。でも、ここの錬金術とは違うのを考えると、うまくできないかもって、落ち込んじゃう。
 前にリリアさんは「私には特別な才能があるんだろう」みたいなことを言ってくれたから、その言葉を嘘や勘違いにしたくないって気持ちはあるんだけど。

 そんなことを考えている間に、銀の精製に成功したペアが現れた。
 釜から精製完了の光と煙が上がって、クルーウェル先生が大きな杓子で中身を取り出すと、指先くらいの小さな銀の粒がじゃらじゃらと出てきた。
 先生は銀の粒を一つ手に取ると、にぃっと笑って「ぐっぼーい」と大きな声を上げた。……ぐっぼーいってなんだろ? たぶんだけど、誉めてるんだよね。当の二人は嬉しそうな顔をしてるし。
 
「形は歪だが紛れもなく銀だ。よくやったな」

 銀を作った二人に対して周りの子たちは歓声とブーイングを浴びせかけている。すごいことをしたんだから、一緒に喜べば楽しいのに。
 なんて、ちょっと思ったけど、男の人ってそういうとこあるもんね。酒場のおじさんたちのケンカのようなじゃれあいを思い出して、なんとなく納得した。
 先生に褒められたからか、二人は得意げな顔で「お前と組めば安泰だな」なんて言い合いながら席に戻った。
 そしてまた次のペアが釜へ向かう。前のペアがああだったせいで、やたらと注目されてしまっている。かくいう私も気になって見ちゃうんだけどね。そんな中、セベクくんだけは恐ろしく真剣な顔で教科書に目を落としていた。

「金……いや、しかし……
「セベクくん、金を作りたいの?」

 ぶつぶつ呟くセベクくんに聞いてみると、「当然だろう」と、少しむっとしたような顔を向けられた。

「若様の護衛として! リリア様の教えを受けた身として! 恥じない成績をとらねばならないからな!!」
「ジグボルト! 私語は慎め!」
「申し訳ありませんッ!」

 怒られてしまった。
 セベクくんは「貴様のせいだぞ」なんて私を睨んできたけど、今のはセベクくんの大声が悪いんじゃないかなぁ。でも、セベクくんの言葉を聞いて、私もちょっと考えた。たくさんお世話になってるし、私もリリアさんにがっかりされないようなイイ物を作りたいかも。
 でもなぁ、武器屋のおじさんのお手伝いで鉱石の精製はしたことあるけど、粘土を金に変える、なんてことはしたことないんだよね。金自体、馴染みのないものだしなぁ……考えていると、セベクくんはため息交じりに呟いた。

「先生が決めたとはいえ、貴様ととは……どうなるのかまるで想像がつかないぞ」

 そんなに心配しなくてもイイじゃない。ちゃんと教科書通りにやるつもりだもん。
 ちょっとだけ反発したくなったけど、セベクくんがそう思ってしまうのも仕方ないかも、とも思った。私だって「異世界の人と調合しなさい」なんて言われたら困るもんね。うん、仕方ない。

 ……でも、金かぁ。

 もし金のマナとかいたら、作れたりするのかな? 岩のマナだったらパパが契約してたけど、金のマナって聞いたことはないかも? 見たことないだけでいるのかな?
 ……なんて、いるかいないか分からない金のマナについて考えていたら、「ぼさぼさするな!」ってセベクくんの怒鳴り声。いつの間にか私たちの順番が来ていたらしい。セベクくんはもう釜についていた。慌てて私も釜まで走った。

 先生から説明と注意事項を聞いて、精製に取り掛かった。今回はセベクくんが魔力を注いで、私がサポートをするのだそう。
 みんながやっていたように粘土をそうっと釜に入れて、粘土を潰さないように、けれど釜の中に溶け込むように、溶けろー溶けろー、と魔力と念を込めながら二人で釜をぐるぐるこんこんした。そうしているうちに粘土は釜の中で溶け切ったのか手ごたえがなくなった。
 溶けた粘土はまるで還元した源素のようで、釜からは岩素のような気配を感じる。これじゃあ本当にマナ調合だなぁ……なんとなく、そう思いながら溶けた粘土をまた固めるために釜を混ぜていて、思わず手が止まった。
 似てるどころじゃない、この感覚はマナ調合そのものだ。だとしたら――

「何をしているんだ!」
「あ、ごめん」

 手が止まったせいかセベクくんに怒られて、慌てて作業に戻る。
(これならイケるかも)
 セベクくんはマナじゃないけど、マナ調合と同じ要領であれば、もしかしたら金も作れるかもしれない。金の精製なんてやったことないし、金そのものもほとんど見たことないけど。それでも、やってみようと思った。
 目を瞑って、意識を集中させる。セベクくんの魔力と粘土がばらけないよう、私の魔力で包むイメージで、昔トレジャーハンターのおじさんに見せてもらった金塊を思い浮かべた。

 金色で、つるつるしてて、重たくて、ちょっと柔らかくて、それから……

 セベクくんのぎゅうぎゅうに押し込んでくるような魔力に負けないよう、魔力を調整しながらイメージするのはなかなか大変かも。
 ちょっと気を抜けば押し負けそうで、かといってむやみやたらに魔力を込めれば釜の中がぐちゃぐちゃになる。ちゃんと粘土の源素(でいいのかな?)がセベクくんの魔力に絡むように、編むように魔力を込めた。
 やっていて、初めてニンフと調合した時のことを思い出した。あの時は力の制御の仕方が全然分からなくて、お互いすっごく疲れちゃったんだよね。
 頭の隅でそんなことを思い出しながら釜を混ぜていると、セベクくんの手がはたと止まった。どうしたのか見上げてみると、信じられないような目で私を見るセベクくんと目が合った。

「貴様、金を作る気か?」
「え、セベクくん、金を作りたいんでしょ? だったら目指してみるのもイイんじゃないの?」

 そういうとセベクくんは「はっ」と小バカにしたような目を向けてきた。

「身の程を弁えたらどうだ!」
「えぅー……

 そりゃあそうかもだけど、言い出しっぺがそれを言うかなぁ? なんとなく釈然としないものの、それでもやっぱり諦める気にはなれなくて、金を目指して魔力を注いだ。
(あれ?)
 そうしていて違和感に気付いた。私、金を作るって言ったっけ? 覚えはないけど、無意識のうちに口に出てたのかも?
 もしかして、と予感に似たひらめきが頭をよぎった。
 マナ調合では何を作るかマナに言わずとも思い浮かべるだけで伝わる。パパの言葉を借りるなら、錬金術士とマナは心を通い合わせているから、あえて言葉を交わす必要はない、らしい。ただ、言葉にした方がお互い作りたいものを明確にできるから、成功しやすいというだけ。
 もしかしたら、理屈は分からないけど、それと同じことが釜を通して起きてるのかもしれない。もし、そうだとしたらやっぱりマナ調合に似てる。改めてそれを感じて、ほっぺがちょっと熱くなった。

「うぇ!?」

 ……なんて、ほっぺを熱くしていたら、急にセベクくんが送り込んでくる魔力量が増えた。慌てて私も魔力を込める。
 いきなりこんなことをして危ないじゃない。制御する身にもなってよね! そう思って文句の一つでも言ってやろうかと見上げると、セベクくんはいやに真剣な顔をしていて、声をかけていいような雰囲気ではなかった。
 あんなことを言ってたけど、やっぱりセベクくんも金を作りたいのかな? ……だとしたら、私も手を抜くわけにはいかない、これでも(金は作ったことないけど)錬金術士だもん、下手なものを作るわけにはいかないもんね。
 セベクくんの魔力と溶けた粘土を魔力で包む。金になるよう指向を定めて。先生の説明からすれば、水素をレヘルンに変えるのとやり方はそう変わらないはずだ。
 定めて、狙って、魔力と粘土を編みこんで……出来あがりを強く強くイメージする。

 ほどなくして、釜から精製が済んだ光が上がり、釜に込められた過剰な魔力がぽんと弾けて煙が上がった。
 できたはいいけど、ものすごく疲れてしまった。やっぱりマナとは勝手が違うんだろうね。あと、セベクくんがいきなりやる気を出したせいだとも思う。でも、たぶん、感触は悪くなかった。金かどうかは分からないけど、それなりに形になったはずだ。
 ヘトヘトな私たちをよそに先生は「どれ」と他のペアの時と同じように、大きな杓子で釜から粘土だったものを取り出した。

 取り出されたのは金だった。

 大きさは私の握りこぶしの半分くらいで、元の粘土と比べるとずいぶんと小さくなってしまった。けど、間違いなく金だった。角に丸みがある、四角い板のような形で、文字通りの金ぴかだ。
 先生は調べているのか、金に杖を当ててぶつぶつ呟いている。まぁ、金に見えるだけの鉄かもしれないもんね。それでも、思った通りの形のものができたから私は満足かな。

「えと、金? できちゃったね?」

 先生が金(仮)を見ている間、何気なくセベクくんを見上げると、目を大きく見開いてぴくりとも動かない。
 作る気はあって、ダメ元で作ってみて、実際できたのだから、また「若様」がどうこう言いながら喜ぶものだと思った。でも、そうじゃないってことは、コレ、金じゃないのかな?

「セベクくん?」

 あまりにも動かないから、ちょっと心配になってつついてみると、途端に視界が揺れた。

「グッッッッッボーーーーーーイ!!」
「うえぇ!?」
「んぐっ!?」

 クルーウェル先生が私たちの頭をぐりぐりぐいぐい揺すってきた。いや、撫でてるのかな、これ? なんにせよ、すごい勢いだ。頭と視界がぐらんぐらんする。ちょっと気持ち悪い。

「紛うことなく金だ。まさかここまでとはな。さすがだ、二人とも」

 先生はにぃっと笑ってみせると、私たちに席に戻るよう言って、次のペアを呼んだ。まだぼうっとしてるらしいセベクくんの背中を押して、席に戻ってなんだかふわふわした気持ちで他の子たちの精製実習を見た。
 金、作れちゃったんだ……先生はあぁ言ってたけど、慣れれば二年生に上る頃には作れるみたいだし、実はそんなに難しいわけじゃないのかも? 一応、私も10歳の頃から錬金術をやってたから、他の子たちよりは慣れてるってのもあるのかもだしね。……私の錬金術とここの錬金術は違うはずではあるんだけど、それはそれとして考えとこ、うん。

 そんなこんなで授業は終わった。結局、私たちと銀を作ったペア以外、貴金属を精製できたところはなかった。
 作った石や鉄は希望があれば持って帰っていいらしい。持って帰らないものはまた粘土に戻して次の実習に使うんだそうだ。……レヘルンを還元してリフュールポットに作り直す感じかな? やっぱり似てるかも。
 私たちが作った金も持って帰っていいのかな? あまりお金もないし売れば助かるかもだけど、どこに売ればいいか分からないし、どう扱えばいいのか分からなくて怖いし。そう考えたら持って帰らなくてもいいかなぁ。
 セベクくんはちょっと気にしてるようだったけど、金には手を付けないでそのまま実験室を出て行った。もったいない気もするけど、どうすればいいかも分からないし、私ももらわないでいいかな。そう思って実験室を出ようとすると、またクルーウェル先生に呼び止められた。

「キースリンク、お前は居残りだ」
「えっ」

 居残り? なんで? 金を作ったのに? というか、私だけ? セベクくんは?
 疑問と不満をうずうずさせていると先生はかぶりを振って「確認したいことがある」と付け足した。授業前にお話もしたし、気に掛けてくれてたのかも。叱られるような雰囲気ではなさそうで、ちょっとほっとした。
 先生はほかの子たちがみんな出て行ったことを確認すると、休み時間の時のように座るよう促してきた。
 言われるまま座って、同じように向かい合う。怒られるわけじゃないと思うけど、やっぱりちょっと緊張するかも。先生は「それで」と切り出した。

「実際やってみてどうだ、身体や精神面に異常はきたしていないか?」
「えと、大丈夫みたいです。思ったよりマナ調合と似てるっぽくて、ちょっとびっくりしましたけど」
「問題がないのであればそれに越したことはない。……まさか金を作るとは思わなかったがな」

 先生はくつくつ笑うと、真剣な目で見つめてきた。

「一つ試したい。付き合ってくれるな」
「試す? なにをですか?」
「さっきと同じことだ。俺と精製してもらう」
「えと、わかりました」

 正直、さっきのでけっこう疲れたから気は進まないんだけど、言われたからにはやった方がいいんだよね。頷いて、さっきのように並んで釜の前に立つ。

「さっきと同じ、俺が魔力を注ぐからお前はサポートするように。いいな?」
「えと、はい」
「よろしい。では始める」

 先生は粘土を釜に入れると、魔力を込め始めた。私も合わせるように魔力を注ぐ。さっきと同じように先生の魔力と粘土を包みながら混ぜるイメージで。
 さすが先生なだけあって、粘土はあっというまに釜の中でバラバラになった。そこからも早い、溶けた粘土はあっというまにひと塊になって、あとは精製されるのを待つばかりになった。だから、さっきと同じように金をイメージしながら先生の魔力と粘土を私の魔力で包む。
 先生はセベクくんと違って、いきなり魔力を込めることはしないみたいで、さっきと比べるとずいぶん楽な気がする。
 楽ではあるんだけど、やりやすい、とは違うように感じた。セベクくんとの精製では滅茶苦茶なことをしてくれたから疲れたんだけど、不思議とやりやすい気がしたのだ。私としては先生みたいに丁寧にしてくれた方が合わせやすいと思うんだけど、それなのになんだか噛み合わなくて変な感じがした。
 それから後は早かった。かたまり始めて何分もしないうちに釜からぽんと煙が上がり、精製が終わる。そして、先生が中身を取り出すと、出てきたのはゴツゴツした銅の塊だった。
 ……おかしいなぁ、ちゃんと金をイメージしたはずなのに。

……やはりか」
「えぇと……

 よく分からないけど、先生はなにかがわかったらしい。がっかりしたような顔なものだから、怒られるのかとちょっと身構えたけど、そんなことはなさそうかも? 先生は小さくため息を吐くと「持って行け」とセベクくんと作った金を手渡してくれた。

「お前たちが作ったのは紛れもない純金だ。サムに渡せばそれなりに金になる、生活費の足しにするといい」
「え? ありがとうございます?」

 そっか、サムさんが買い取ってくれるんだ。それならとっても助かる。でも、セベクくんと一緒に作ったものだし、セベクくんにも一応は聞いておいた方がいいよね。さっきはいらないような顔をしてたけど。
 私がもらっていいのなら、今日もまたフルーツの缶詰を買っちゃおうかな。ちょっぴり楽しみに思いながら金をポケットに入れると、先生は「これも」と緑色の棒付きのキャンディをくれた。

「魔力補填用の魔法薬だ、授業が始まる前に舐めておくといい」
「わぁ、ありがとうございます」

 お薬ってことは甘くないのかも? でも、ヒヨコのようなかわいらしい形にちょっと嬉しくなってしまった。セベクくんと先生との調合で疲れちゃったからありがたいかも。
 お話はこれで終わりだそうで、私も教室に戻ることにした。ポケットに感じる金の重みにちょっとだけ誇らしい気分になる。
 セベクくんとは金を作れたけど、先生とは作れなかったってことは、相性はよくないってことなのかな? だとしたら寂しいかも。ちょっぴり残念に思いながら、お行儀は悪いけどキャンディの包みを開いて、歩いたまま舐めることにした。

「あぶっ!?」

 もらったキャンディはお薬というだけあって、それはそれは苦くてえぐみがあってひどい味だった。見た目がおいしそうなキャンディなものだから、騙された気分だ。先生はお薬って言ってたから騙されたもなにもないんだけど。
 むせながら廊下を歩いていたら、たまたま会ったユウくんにそれはそれは心配されてしまった。

 教室に戻って次の授業の教科書を出していると、とてもご機嫌な顔をしたセベクくんが戻ってきた。セベクくん、休み時間の度に教室を出ていってはこうやってニコニコして戻ってくるけど、何してるんだろ?
 気になるけどあまり突っ込まない方がいいかも。下手に話しかけてむっとされたら悲しいし、ご機嫌そうにしている方が話しかけやすいもんね。
 そう思って、先生からもらった金の話をしようと、隣に座ったセベクくんに声をかけた。

「セベクくん、ちょっといーい?」
「なんだ?」

 よっぽど機嫌がいいのか、いつものようなしかめっ面じゃなかった。

「あのね、さっき作った金なんだけど、私がもらってもいいかなぁ?」
「好きにすればいいだろう」

 ほっとしつつ聞いてみると、つまらなさそうに返してきた。ついでに「強欲な人間め」なんて付け足して。
 余計なことを言わなきゃ気が済まないのかなぁって、ちょっとがっくり。でも、好きにしていいなら、ありがたく貰っちゃおうかな。サムさんが買い取ってくれるそうだから、先生が言ったようにお小遣いの足しにしちゃおう。
 それで、今日もフルーツ缶を買っちゃおうかな。また食べられるのかと思うと、今から楽しみ。

「じゃあ、私が貰うね」

 一応そう伝えて、傷を付けないように金をハンカチに包んでポケットに入れようとすると、セベクくんから待ったをかけられた。やっぱり欲しいのかな? そう思ってセベクくんを見ると、ものすごーく渋い顔をしている。

「若様にご報告をしたい」

 搾り出すような声で言ったセベクくんに、たしかに、と思った。私もリリアさんに「ちゃんとできましたー」って報告したいかも。

「うん、いいよー。えと、お昼休みでいいよね?」
「いや、すぐにでもお見せしたい」
「えっ」

 そうは言うけど、授業が始まるまでもうあまり時間がない。今から走って行ったとしても、三年生の教室のフロアに着くくらいで授業が始まる。とてもじゃないけど間に合わない。私が時計を見ると、セベクくんもそれに気付いてか苦々しく顔をしかめた。

「じゃあ、次の休み時間に行こっか?」
「無理だ」

 提案するもセベクくんはため息をつきながら大きくかぶりを振った。なんでも、次の次の時間はマレウスさんは運動場、リリアさんは魔法薬学室で授業があるから、二人に一緒に見せることはできないのだそうだ。
 たしかにそれなら無理かも。二人とも校舎から出るし、それぞれが逆方向にあるもんね。ならやっぱりお昼休みかな。
 ……それにしても、なんでセベクくんはマレウスさんとリリアさんの時間割を知ってるんだろ。マレウスさんは護衛するからなんだろうけど、リリアさんの分まで覚える必要はない気がする。それはそれとして、三人分の時間割を覚えられる記憶力はすごいとは思うけど。
 悔しそうにするセベクくんを見ているうちに先生がきて、授業が始まった。あと二時間、ぷんぷんするセベクくんの隣で授業を受けなきゃいけないのだと思うと、ちょっとだけ気が滅入っちゃうかも。

 そうして二つの授業が終わってお昼休み。いの一番に教室を出るセベクくんに引きずられるようにして校舎を出た。食堂に向かうらしい、運動着を片手に歩く三年生の人たちの流れに逆らうように二人で走った。遠くには白衣を持った人たちがこちらに向かって歩いてきている。
 走っていて、よく考えたら、セベクくんに金だけ渡しておけばよかったんじゃないかと気付いた。錬金術の授業の後、ユウくんとお昼ごはんを一緒に食べようって約束してたし、これじゃあ待たせちゃうもん。
 今からでも渡しちゃって、私は食堂に行こうかな、なんて考えているうちにマレウスさんの姿が見えた。建物にくっつくように設置されている石像をじっと見つめている。

「マレウス様!!」

 セベクくんの大声にマレウスさんは私たちの方を向いた。制服を着てるとこって初めて見るかも。王子様っていっても制服を着ていると、他の皆と変わらないように見えてなんだか面白い。……とはいっても、ツノが生えてる人は今のところマレウスさんしか見たことないから、そこだけは皆と違うなとは感じるけど。

「なんだ、キースリンクも迎えに来てくれたのか?」
「いえ、セベクくんに連れてこられただけです」
……そうか」
「キースリンク! 貴様ッ!」

 マレウスさんはそう呟いて、がっかりしたように肩をすくめた。そんなマレウスさんを見て、セベクくんが私を睨んできた。ほんとのことなんだけどな。というか、マレウスさんはなにをがっかりしてるんだろ?

「だってそうでしょ。それより……
「なんじゃ、ずいぶん賑やかじゃのう」
「リリア様!」

 金を見せるんでしょ。そう言おうとすると、上から実験着を着たリリアさんが降って来た。魔法で飛んできたのかな? リリアさんの身体には大きすぎるであろう実験着の袖と裾がひらひらして、なんだか翼のように見えて、ちょっとかっこいいかも。
 マレウスさんとリリアさんが揃ってセベクくんの背筋が伸びる。

「実は、お二方にお見せしたいものがございます」
「僕たちに?」
「はて、なにかのう?」
「キースリンク」
「あ、うん」

 セベクくんに小突かれて、錬金術で作った金をポケットから出した。セベクくんはハンカチに包んだままの金を私から取り上げると、恭しく二人に差し出した。

「これはこれは」
「おぉ、お主らで造ったのか?」

 マレウスさんは金を手に取ってじぃっと見ている。じっとは見てるけど、あまり興味を持ってる感じはしない。
 先生ほど大きなリアクションじゃないことに残念な気がしたけど、マレウスさんは王子様だから、金なんて見慣れてるのかも。
 それにしても、元が小さな金塊とはいえ、マレウスさんの手にあると、より一層ちっちゃく見える。これ、売ったらいくらくらいになるんだろ。
 

「黄金なぞ腹の足しにもなりませんが、この通り精製できましたことをご報告いたします」
「金で作るスープって聞いたことあるよ?」
「誰もそんな下手物の話なぞ聞いていない! 話の腰を折るな!」

 怒鳴らなくてもいいじゃない。ちょっとだけむーっとしてると、セベクくんは二人にディアソムニア生として恥ずかしくない成績をとれた、とか、とても嬉しそうにお話ししている。
 そんなセベクくんをマレウスさんもリリアさんも誉めてるようだった。二人に褒められてセベクくんは涙を流しながら喜んでいる。
 セベクくんって面白いくらい表情がコロコロ変わるなぁ、なんて思いながらそんなやりとりを見ていると、リリアさんが私を見てにっこり笑っているのに気が付いた。

「キースリンクも、ようやったな。さすがは錬金術士よ」

 そう言って、リリアさんは小さい子にするように私の頭を撫でてきた。子どもみたいな扱いだけど、誉められて悪い気はしない。

「えへへ……ありがとうございます」
「キースリンク」

 くすぐったく思っていると、じぃっと金を見ていたマレウスさんが声をかけてきた。

「はい?」
「この金、譲ってもらえないか?」
「献上いたしますッ!!」

 マレウスさんの問いに間髪入れず、セベクくんがとんでもなく大きな声で答えてしまった。私のなのに、勝手に決めないでほしいんだけどなぁ。
 そう思っていたのが顔に出ちゃっていたのか、マレウスさんは「どうだ?」と改めて私に聞いてきた。
 サムさんに売ろうと思ってたけど、マレウスさんが欲しいって言うのなら、あげちゃってもいいかな? 元々もらう気はなかったあぶく銭ならぬあぶく金だから、いいといえばいい。その代わり、フルーツ缶は諦めなきゃだけど。

「えと、私も構いません。どうぞ」
「ふふ、ありがたく頂戴しよう」

 マレウスさんは嬉しそうに笑うと、私のハンカチごと金を懐にしまった。王子様が金を欲しがるなんてヘンだなぁとは思うけど、喜んでもらえてるならいいのかな?
 ハンカチは返してほしいけど、嬉しそうに笑ってるのを見ると、口を挟む気になれなかった。

「リリア」
「うむ。キースリンク、これを」

 リリアさんは大きく頷くと、キレイな緑色の宝石を渡してきて「これをサム坊に売るといい」と、こっそり耳打ちしてきた。金を売ろうとしてたの、バレてたのか。ちょっと恥ずかしいかも。

「ありがとうございます」
「セベク、お主にも頑張った褒美をやろう」
「そんな! お褒めのお言葉だけで充分過ぎます!!」

 両手を組んで、涙を浮かべてセベクくんは叫んだ。ついでに私を見て「強欲な人間とは違いますので」なんてちくっと言ってきた。
 しょうがないじゃない。この世界のお金なんて先生たちからもらった分しかないんだもん。これから生活していくためとか、カボックに帰るためにいくらお金がかかるのか分からないから、ちょっとでも蓄えておきたいんだもん。
 むっとした様子のセベクくんにリリアさんは「これこれ」と笑いかけた。

「意地悪を言うでないよ。ほれ、お主にはこれをやろう」

 そう言って、リリアさんはセベクくんに棒付きのキャンディを渡した。形は違うけど、私が先生に貰ったおくすりによく似ている。稲妻のような形で喚雷針に似てるかも。
 セベクくんはキャンディを受け取ると、また泣きながら喜んで、大事そうに懐にしまい込んだ。あんなところに入れたら溶けたり割れたりしそうだけど大丈夫かな?

「えと、それじゃ私は失礼しますね」

 校舎から銀髪の子が走ってくるのが見えた。あの人も護衛だそうだから、マレウスさんのお迎えに来たのかも。お話しも終わったし、私もそろそろお昼ご飯を食べに行きたい。
 マレウスさんたちに宝石のお礼を言って、ユウくんたちが待ってるだろう食堂へ向かった。